五輪氷上の勝負
スケート靴は刃が命

優雅に舞い、激しくぶつかり合い、超高速で滑り抜ける――。2月4日に開幕した北京冬季五輪。冬季五輪の華とも言える存在である氷上競技で勝利をつかむカギとなるギア(道具)がスケートシューズだ。一口にスケート靴と言っても競技によって形状や特性は千差万別で、氷と接するブレード(金属製の刃)は時に0.1ミリメートル単位の調整が施される。スケート靴には、それぞれ選手のこだわりがそこかしこに詰め込まれている。

取材、撮影した写真と市販の立体モデルを組み合わせるなどして3Dモデルを作成。画像の一部はイメージです。

以下のブラウザの最新版では3Dモデルをご覧いただけます。

フィギュアスケート
繊細なこだわり

内側と外側のエッジを乗り分ける

フィギュアスケート靴のブレードで氷の接地面にあたる部分はエッジと呼ばれる。接地面は平らではなく、職人が磨きあげる僅か数ミリメートルの逆U字型のくぼみがある。選手は内側と外側のエッジをうまく乗り分けてステップを踏んだりジャンプを踏み切ったりする。

つま先のギザギザで氷を突いて踏み切る

ブレードの先端にあるギザギザした部分が「トウピック」。トウループ、ルッツ、フリップはトウピックを氷に打ち付けるようにして跳ぶため「トウジャンプ」と呼ばれている。

靴とブレードの取り付け位置はそれぞれ

O脚の選手、X脚の選手、扁平(へんぺい)足の選手、そして何の癖もない選手。スケート靴を履く選手の足にはそれぞれ個性がある。靴とブレードはビス(ネジ)で固定されているが、その取り付け位置は必ずしも一定ではない。選手と職人が位置調整を重ね、その選手なりの「氷上に真っすぐ立てる状態」を探っていく。

エッジのイメージ

いくつもの種類のジャンプを繰り出す五輪のフィギュアスケーターたち。己の肉体の限界に挑戦しているだけあって、スケート靴との向き合い方は真摯かつ繊細だ。靴の重さやブレードの長さ、靴とブレードを取り付ける位置や角度、エッジに施す溝の深さまで、選手それぞれに好みがある。

トウピック
様々な形でジャンプ支える

JACKSON ULTIMA社の
「MATRIX」シリーズ

ブレードの先端にあるギザギザした部分「トウピック」には様々な形があり、ギザギザの「山」の数や大きさなどが異なる。近年、女子を中心に国内外のトップスケーターたちが愛用しているJACKSON ULTIMA社(カナダ)のブレード「MATRIX」シリーズにも、「ELITE」(上)、「FREESTYLE」(中)、「SUPREME」(下)などの種類がある。

ロシア勢愛用はギザギザ小さめ

女子フィギュア界を席巻するロシア勢が好んで使用しているとされるのが「SUPREME」(下)だ。3つを並べて比べて見ると、ギザギザが他と比べて小さいのがわかる。

ジャンプやスピン、ステップなど多彩な技を繰り出すため、スケート靴には選手それぞれに繊細な好みがある

選手と対話を重ね、理想の一足を共に作り出していくのがブレードを研磨する職人だ。スケート靴や用品の専門店を運営する小杉スケート(大阪市)の横浜店(横浜市)でスケート靴の調整をしている鷹取吾一さんは「ブレードを靴の真ん中に取り付けるなら僕たちの仕事はいらない」と話す。選手が口にする「ちょっと滑りにくい」「何か倒れる」といった感覚的な言葉の意味を推し量り、0.1ミリメートル単位でスケート靴の細部を調整する。

ブレードはまず電動のグラインダーで研磨し、最後は職人が丸い砥石を使い手作業で細部を仕上げる

ブレードは進化し軽量化がどんどん進んでいる。日本女子のトップ選手が使うステンレスにアルミ合金を組み合わせたタイプであれば200グラム程度で、従来のモデルと比べて80グラム程度軽い。僅かなところでジャンプの成否が分かれるのがフィギュアスケート。この80グラムが大舞台での成績を左右するかもしれない。

アイスホッケー
軽くても丈夫

素材が進化、軽くて丈夫なカーボン製に

以前は革が主流だったアイスホッケー靴は、軽くて丈夫なカーボン製へと進化を遂げた。本場・カナダのメーカーであるBauerとCCMという2社のシェアが圧倒的だ。

ブレードはワンタッチで着脱可能

ブレードはホルダーと呼ばれる土台にはめ込まれており、ワンタッチで着脱可能だ。激しくぶつかり合うアイスホッケーではブレードにトラブルが生じることがあり、すぐに交換できる仕様となった。

ブレードの研ぎ方は選手それぞれ

アイスホッケーのブレードは真っすぐではない。末端から先端に向かって弧を描くような形状になっている。ブレードの研ぎ方やカーブを変えることで滑りの質は変わってくる。スピード重視や安定感重視など、研磨する職人が選手それぞれの好みに応える。

アイスホッケーが他の氷上競技と大きく異なるのが相手とのコンタクト(接触)が認められている点だ。その激しさは「氷上の格闘技」と称されるほどで、スケート靴も衝撃に耐えうる性能が第一に求められる。

試合中の激しい衝撃に耐える性能のほか、軽さやブレードの交換のしやすさも兼ね備える=ロイター

耐久性と同時に軽さも求められるため、素材はカーボン製が主流となっている。スキーブーツのようにゴツゴツとした外見だが、ブレードを装着した状態でも1足850グラム前後。手にしてみると驚くほどの軽さだ。靴の前部にはベロ、後部にはバックタンがある。これは脛(すね)やアキレス腱(けん)を保護するためのもので、他のスケート靴と比べて長さが目立つ。

ブレードはホルダーと呼ばれる土台に組み込まれており、ワンタッチで着脱できる。試合中の激しい接触でブレードが欠けることもしばしば起こるため、それに応えられるようにブレードも進化し、すぐに交換できるような仕様となった。ブレードはステンレス製が主流だが、最近では新たに「カーボンを組み込んだブレードも登場している」(小杉スケートの鷹取さん)。各メーカーの熾烈(しれつ)な開発競争が続く。

先端に向かって弧を描くようになっているブレードの形状には、それぞれの選手の好みが反映されている。スピードを求めるか、それとも安定感を重視するか。職人は選手とのコミュニケーションからプレースタイルに合った形状を導き出し、その形を保つように小まめにブレードを磨き上げていく。素材は進化し、シーズンごとに新しい靴が登場する。その変化に対応できるよう、職人は日々自らの研磨技術の向上に務めている。

スピードスケート
速さを追求

踵が離れるスラップスケート

他種目との大きな違いは、ブレードの踵(かかと)側が離れる「スラップスケート」だ。蹴り出した後につま先側のスプリングで戻る仕組み。ブレードが氷に接する時間が長いため、効率的に力を伝えられる。

エッジは極細 硬いブレード主流に

ブレードの長さは靴の約1.5倍で、エッジの厚さはわずか1ミリメートル程度。フィギュアのようなU字ではなく、直角に研磨される。滑走時のしなりを求めて軟らかいブレードが好まれる時代もあったが、スケート大国オランダや2018年平昌五輪金メダリストの小平奈緒選手らが成果を上げたこともあり、現在は硬いブレードが主流になっている。

靴はカーボン製でカチカチ
足との一体感重視

トップ選手の靴は足形を取ることから始まる。「力が逃げないよう、靴の中の容積率が100%になる」(エスク・サンエススケート事業部の吉田健二次長)ことを目指してかなりきつめに設計され、主にカーボンを貼り合わせる。素足での着用が推奨されている。

ショートトラック
ブレード短く

踵は離れないノーマルスケート

踵が離れる「スラップスケート」は使用できず、離れない「ノーマスルケート」が使われている。ブレードも短めだ。

フィギュアやホッケーとは異なり、原則一方向のみに進むスピードスケート。空気抵抗を極力減らして速さを追求する歴史の過程で誕生したのが、スラップスケートだった。1980年代からオランダで開発が進み、98年長野五輪前から使われるように。日本勢でいち早く適応した清水宏保選手が金メダルを獲得した。

踵が離れる「スラップスケート」は速さを追求する歴史の過程で生まれた

一見すると直線のブレードも、目を凝らすと船底のように僅かに曲がっている。曲がりの「大きさ」はスピードスケートで曲率半径(R)24(半径24メートルの円の円周部分を切り抜いた曲線)程度。曲率が小さいほどブレードは強い曲線を描くため、頻繁にカーブがあるショートトラックはR10が一般的という。微細な変化が滑りに直結するため、研磨は主に手作業だ。

靴はオランダのバイキング、米国のマーケージといった海外勢のほか、精密部品加工エスク(長野県下諏訪町)のサンエススケート事業部などが手掛ける。同事業部は国内で最初にスラップスケートを作り、今もブレードを含めたスケート靴作製の全工程を担う。平昌五輪で2つの金メダルを獲得した高木菜那選手は高校時代から同事業部の製品をはき続けている。

個人でトップ選手の足元を支える職人もいる。福岡市の大井久孝さんは2010年バンクーバー五輪銀メダリストの長島圭一郎選手や同五輪銅メダリストの加藤条治選手らの靴を製作。足型から選手の足首の角度やバランスを観察し、「お尻が前に出て、一番氷に力が伝わりやすいフォームを自然につくれるように」とミリ単位で調整する。

北京五輪でも男子500メートルで長島、加藤両選手以来となるメダル獲得が期待される新浜立也選手ら複数の選手が大井さんの靴を着用して大一番に挑む見込みだ。