衛星データで分析
東京・調布の道路陥没事故

東京都調布市の道路陥没現場(10月18日)=共同

トンネル工事後に2〜3センチ沈む

東京都調布市で10月に道路が陥没した地点を日本経済新聞が衛星データで分析したところ、東京外郭環状道路(外環道)のトンネル工事の掘削機が通った直後に周辺で2~3センチメートルの沈下と隆起が発生していたことがわかった。地表の変動はトンネルの真上以外にも広がっていた。「大深度」と呼ばれる地下40メートルより深い地点の工事との因果関係は不明だが調査と対策が欠かせない。

住宅密集地を避けるため地下を活用

外環道の全体計画

外環道は、都心から半径15キロメートルを環状に結ぶ幹線道路。東京都練馬区大泉から埼玉県を経て、千葉県市川市へつながる。完成すれば関越道、中央道、東名高速道が結ばれる計画で、都心部の渋滞緩和が期待される。

外環道の工事は「大深度」で進んでいた。大深度は地下40メートルより深い場所など一般的に利用されない深い地下だ。道路や鉄道など公益の事業は地上の地権者との用地交渉や補償をしなくても国土交通省または都道府県の認可を受けて使用できる。

深さ47メートルでトンネル工事

限られた地下のスペースを有効活用する目的で2001年に首都圏、近畿圏、中部圏の3大都市圏に限って特別措置法が施行された。国土交通省関東地方整備局と東日本高速道路、中日本高速道路は「安全対策を十分に実施することで、地表面の安全が損なわれる事象は生じないと考えられる」と説明していた。

現場の地下40メートルでは関越自動車道と東名高速道をつなぐトンネル工事が行われていた。陥没のあった地点は中央JCTから東名JCTの間に位置する。10月18日の1カ月前に地下を5階建てのビルの高さに相当する直径16メートルの掘削機が通っていた。

分析の手法

日本経済新聞は衛星から電波で地表の動きを観測する「干渉SAR」と呼ばれる技術を使ってこの周辺の地表の動きを過去に遡って分析した。衛星解析企業であるイタリアのTREアルタミラと日本のスペースシフトからデータを取得し、地表がどのように変動したかを調べた。

地表の変動、1センチ以上を捉えた

4月時点

沈下箇所

隆起箇所

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解析したのは陥没事故が起きた周辺の東西530メートル、南北870メートルの範囲だ。地下をまだトンネル工事が進んでいなかった4月8日を起点に1センチメートル以上の沈下があれば赤色、1センチメートル以上の隆起があれば青色のドットで示した。

9月20日

沈下箇所

隆起箇所

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陥没地点の真下を掘削機が通過した9月14日の直後の解析データ。急激な変化が確認できる。(以下掘削状況は10月18日時点)

10月12日

沈下箇所

隆起箇所

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陥没が発生する直前の解析データ。最大3センチ程度も沈下している場所もあった。

9月9日、9月20日、10月12日

沈下箇所

隆起箇所

9月9日

9月20日

10月12日

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日経の分析では陥没現場の東側で沈下が目立ち、西側は隆起とみられる動きも確認できた。トンネル工事の真上以外でも広範に変動があった。川を挟んだ向こう岸でも1センチメートル以上の変動が多数見られた。

沈下が最も深かった地点

隆起が最も大きかった地点

4月から8月までほとんど動きのなかった地点で、9月中旬を境に急激な変化が確認できる。沈下した地点では時間とともに沈下が深くなり、隆起した地点では少しずつ元に戻る動きも見られる。

陥没したのは住宅の目の前だった
10月18日)

東京都調布市の道路陥没現場(10月18日)=共同

トンネル工事の真上で異変が明らかになったのは10月18日だ。調布市東つつじケ丘2丁目で幅5メートル、長さ3メートル、深さ5メートルの穴が開いていると通報があった。

空洞も見つかった

1つ目の発見を発表(11月4日)

沈下箇所

隆起箇所

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11月4日、東日本高速は地下トンネルの真上に空洞を発見したと発表した。深さ5メートルの位置で、サイズは長さ30メートル、幅4メートル、厚さ3メートルだった。

別の空洞の発見を発表(11月22日)

沈下箇所

隆起箇所

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22日には別の地点で空洞が見つかったと発表した。深さ4メートルの位置で、サイズは長さ27メートル、幅3メートル、厚さ4メートル。地上には道路や住宅があるとみられる。

周辺ではひび割れや電柱の傾き
12月の取材)

家屋の異変を訴える住民は掘削機が通った工事ルート外にもいる。沈下がみられるエリアではブロック塀の隙間が広がり、幅4センチ程度のひび割れが発生。住民の男性は「付近のマンホールがどんどん盛り上がっているように見える」 と話す。

陥没箇所は防音シートで囲まれていた。

陥没現場は閑静な住宅街だ。トンネル工事期間中は工事ルート内外にかかわらず騒音や振動を感じた住民も多い。30代女性は9月半ばから「ドシン、ドシン」という重低音が家全体に響き渡るようになり「近所で誰かが大音量の音楽を流しているのかと思った。はじめは工事によるものだと気がつかなかった」という。

工事ルート外の集合住宅では騒音や振動の苦情を受けて、生活音への注意を呼びかける張り紙があった。「震度1くらいの揺れが毎日、朝から続いた」「独特の音と揺れで気持ち悪くなり、日中はあえて外に出かけるようにした」などの声も聞かれた。

専門家の声

東京工業大
竹村次朗准教授

大きな地盤沈下が起きたエリアは、締め固まっていない砂層だ。工事の大きな振動でこの砂層が締め固まり、地盤沈下が生じたのではないか。大きな振動が発生した理由として、掘削機の刃が摩耗したなかで地下深くの堅い地盤を掘った可能性が考えられる。

東京都立大
鈴木毅彦教授

地盤沈下・隆起が広範囲に及ぶ理由としては地下水の影響が考えられる。地下水が西から東に流れているなら、地下水の流れをトンネルが遮断すれば東側の水位が下がって地盤が沈下する。西側には地下水がたまって水位が上がり、地盤が隆起する可能性がある。

有識者の反応

国土交通省関東地方整備局と東日本高速道路、中日本高速道路は陥没をうけて有識者委員会(委員長:小泉淳早稲田大名誉教授)を立ち上げた。一部の委員会メンバーや国交省幹部は日経新聞の分析結果を見たうえで、陥没地点の近くで2センチメートル程度の沈下が起きていることを認めた。委員会はボーリング調査などでデータを得ており、干渉SARの衛星データは活用していないという。広い範囲の変動や時系列の詳細な変化は把握できていないとみられる。委員会は18日にも調査結果の一部を示す予定だ。

4つの事業で大深度工事が認可

大深度を活用することで道路や鉄道を合理的なルートで設計でき、事業期間の短縮やコスト削減につながる。これまで4つの事業で大深度地下の利用が認可され、東京と名古屋を結ぶリニア新幹線も認可を受けている。地下の工事と地表の変化の因果関係はわかっていない。今後、地下の有効活用を進めるためには今回の事象の徹底的な解明と対策が必要となる。