縮む消費 ミニマリスト台頭
逆境の資本主義
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資本主義の常識がほころびてきた。資本を集め、人を雇い、経済が拡大すれば社会全体が豊かになる――。そんな「成長の公式」が経済のデジタル化やグローバル化で変質し、格差拡大や環境破壊などの問題が吹き出す。この逆境の向こうに、どんな未来を描けばいいのだろう。

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縮む消費
ミニマリスト
台頭

移ろう欲望 どうつかむ

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モノよりも経験を優先しフィリピンに移り住んだ男性(2019年12月)

資本主義の原動力である人々の「欲望」の対象が、モノから形のない共感や体験にシフトしている。モノを持たずにシンプルな生活をめざす「ミニマリスト」が若年層を中心に台頭。モノの大量生産・大量消費を前提に成長してきた従来型の資本主義経済を変え、新たな成長を生み出す。

モノを持たない

米国の経済学者、ソースティン・ヴェブレンは1899年の著書「有閑階級の理論」で、資本主義経済における消費の原動力は人々の見えや羨望にあると説いた。工業化が進みモノがあふれるようになると、高級品を見せびらかすための誇示的消費が増えるという。だがいま、若者たちはモノを持たない質素な生活を選び始めている。

フィリピンの永住権を取得したミニマリストの佐々木典士さん(2019年12月、フィリピン)

モノや家に縛られずに暮らしたい」。青く透き通る海が広がるフィリピン中部のドゥマゲテ。昨年9月に日本から移り住んだ元出版社勤務で作家、佐々木典士さん(40)の引っ越し荷物は2つのスーツケースと段ボール1つだけ。いまの主なお金の使い道は旅行だ。昨年も母親との南米旅行に約100万円を費やした。

ミレニアルがけん引

米オハイオ州に住むローズ・ラウンズベリーさん(38)の家にはほとんどモノが見当たらない。10歳の三つ子と夫の5人家族。居間にはテーブルとソファのみ。食器棚をのぞいても25枚ほどの皿と7つの鍋しかない。

仕事や育児に加えて家の片付けに追われ、おもちゃや日用品にあふれる生活に嫌気がさした。家にあった半分以上のモノを寄付。「モノから解放されて、自由を手に入れた気分」と話す。

モノの所有欲が乏しい「ミニマリスト」が台頭している。けん引役は1980年ごろから2000年にかけて生まれたミレニアル世代だ。世界で約20億人に上り、総人口の4分の1を占める。

ミニマリスト志向はミレニアル世代に目立つ

注)米調査会社、シビックサイエンスのデータを基に作成、ミレニアルは18~34歳、ベビーブーマーは55歳以上(2018年8月時点)

コンサルティング大手のデロイトによると、ミレニアル世代の人生の目標は「世界を旅する」が57%と最も高く、「自宅を購入する」(49%)などお金やモノへの欲求を上回った。

ミレニアル世代 人生の目標

出所)デロイトトーマツグループ

崩れる大量消費

資本主義経済の成長を支えた大量生産・大量消費。この図式を崩すのは意識の変化だけではない。デジタル技術の台頭でシェアリングサービスや個人間取引が容易になり、モノを持つ必要性が薄れている。

自動車ではシェアリングカーが1台増えると、乗用車販売が2台減るとされる。20年後には世界の新車販売を2000万台下押しするとの試算がある。個人間取引の影響も大きい。ニッセイ基礎研究所によると、日本の家庭に眠る不用品の総額は37兆円。市場に出回れば、新品需要が鈍りかねない。

世界のGDPに占める製造業の比率は低下

単位:%

出所)世界銀行

モノづくり産業の存在感も薄れていく。米国では国内総生産(GDP)に占める製造業の比率が、2017年までの20年間で5ポイント下がり11%になった。世界全体でも2ポイント低下した。

音楽ライブに100万円

デジタルを使いこなし、モノの所有欲が乏しいミレニアルが存在感を増すほど消費がしぼみ、成長は停滞するのか。

米ミニマリストの草分け、ジョシュア・ベッカー氏は「ミニマリストであっても欲望の総量は変わらない」と言い切る。モノの所有から、新たな欲望に矛先が変わったのだという。

カレーを通じて人に出会う。そんな場に共感する20~30代から人気を集める「6curry(シックスカレー)」(東京都渋谷区)

東京都内の会員制飲食店「シックスカレー」。30代を中心に人気を集め、開店から1年あまりで会員数は1000人に膨らんだ。昨年秋に2号店を開設するなど、運営規模が拡大している。運営会社の高木新平代表は「単にカレーを売るのではなく、人と人とが交ざり合う機会を提供している」と人気の理由を語る。

1日1皿カレーを食べられる会員の平均来店頻度は月2回。月額3980円の会費は割高にもみえるが「カレーを食べに来るというより、人に会いに来ている」。会員で会社員の北岡真明さん(31)は満足げに話す。会員になると店の運営に意見したり、「1日店長」を担ったりできる。会員はカレーを媒介にした交流や体験に価値を見いだしている。

投げ銭制の音楽フェス「全感覚祭」。来場者の募金だけで費用をまかない、2014年から毎年続いている

入場無料の音楽ライブに100万円を払う人もいる」。音楽イベント「全感覚祭」を主催するマヒトゥ・ザ・ピーポーさん(30)は話す。来場者が感動や共感の度合いに応じて払いたい分を募金する。昨年の開催経費2000万円はすべて投げ銭でまかなった。

マヒトゥさんは「この空間にいくら払うか。極端に利便性が追求されているいまだからこそ、自分でちゃんと考えて払い、自分の時間をちゃんと過ごしたいという欲求が高まっている」とみる。

「貨幣経済を超えることがたくさん起こっている」と話す多摩大学大学院の田坂広志名誉教授

消費者の様々な欲望を探し出し、満たすことで発展してきた資本主義経済。欲望がモノから感情へと移りゆくいま、需要のかたちは捉えにくくなった。需要不足による長期停滞を抜け出すためにも、企業は進化を急がなければならない。


取材・編集・制作
山下茂行、渡辺康仁、菊地毅、島谷英明、川崎健、藤田和明、井上孝之、京塚環、今井拓也、清水孝輔、野口和弘、竹内弘文、竹内悠介、増田咲紀、川手伊織、渡邉淳、岡村麻由、寺岡篤志、杉浦恵里、井土聡子、真鍋和也、藤本秀文、張勇祥、宮本岳則、佐藤浩実、高橋そら、河内真帆、野毛洋子、伴百江、稲井創一、板津直快、清水慶正、中尾悠希、榎本敦、湯澤華織、福島朗子、久保庭華子、佐藤綾香、大須賀亮、森田英幸、宮下啓之、安田翔平、斎藤健二、加藤皓也、藤岡真央、深野尚孝

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