2030年「宇宙の家」 3Dプリンター駆使

 米ニューヨークを拠点にする建築家、曽野正之(45)は9月27日、念願の夢をかなえた。建築コンペで自ら応募した案件が最優秀賞を勝ち取ったのだ。都市の顔になる高層マンションや洗練された商業施設を設計したのではない。つくるのは「氷の家」、場所は火星だ。標高約6800メートルのアルバ山の周辺が有力候補地という。

3Dプリンターで4階建ての住居をつくる (C) Clouds AO / SEArch

 まったくの絵空事ではない。米航空宇宙局(NASA)は2030年代を目指し、宇宙飛行士が火星で1年間滞在するプロジェクトを進めている。宇宙で生活するための「家」を建てられないか、アイデアを大真面目に募集した。火星にある素材と3次元(3D)プリンター、ロボットなどを使い、地球から遠隔操作して組み立てられる家――。それが条件だ。

 150件以上の応募があったなかから、白羽の矢が立ったのが曽野と妻の祐子(39)ら8人が手がけた「MARS ICE HOUSE」だった。

新たな生活領域へ 地球飛び出す建築家

 「太古に洞窟をすみかにした人類は、今や300メートルを超える超高層マンションで暮らしている。宇宙も生活領域になる」(曽野)。こんな発想で4年ほど前から宇宙建築についての研究を進めてきた。今回のコンペで、曽野は主にデザインを担当。米コロンビア大学の研究グループが母体となったチーム、SEArch(サーチ)が加わり、理論上可能なことを立証した。

 平均気温マイナス60度、表面の気圧が地球の1%弱といわれる環境に耐え、人体に有害な宇宙放射線から守る家を追求した。特殊な加工を施したフィルムで全体をまず覆ったうえで、貝殻のような外観の氷の家を建てる。3Dプリンターが壁となる5センチ幅の氷を下から積層していく仕組みだ。

 93平方メートルの土地につくる4階建て(高さ16メートル)の「火星ハウス」内には、キッチンやトイレ、寝室のほか図書室なども用意。室内では宇宙服やヘルメットからも解放され、普段着でくつろげる。「4人の宇宙飛行士が地球と同じように快適にすごせる」(曽野)

 室内に太陽の光が差し込むと、氷の壁は一面のガラス窓のようになる。火星の雄大な風景、その先に広がる壮大な宇宙を目にしながら、毎朝目覚めることになる。居住スペースの一角には水耕栽培で緑が生い茂る庭も想定する。

 「宇宙飛行士やエンジニアに続いて、宇宙に行けるのは建築家になるとされる」。曽野は宇宙旅行サービスが普及すれば、月や惑星には研究拠点に限らず、宿泊するホテルの建設需要が生まれると予想する。建築家にとっても宇宙ビジネスは遠い世界のテーマではない。これから確実に広がる領域で、フロントランナーになる切符を手にした。

日の丸宇宙ベンチャー支える「強み」

 「日本でもやれなくはないはず」。PDエアロスペース(名古屋市)の緒川修治(45)は国内における宇宙ベンチャーの草分け。有人宇宙航空機を設計・製造する。

 会社を立ち上げたのは2007年。米国で勃興していた宇宙ベンチャーの勢いをいち早く嗅ぎ取った。三菱重工業で次期支援戦闘機プロジェクトに加わり、アイシン精機でターボチャージャーなど自動車部品を開発したキャリアを持つ。

2016年末の試験機への搭載をめざしエンジン開発を加速

 2020年をめどに宇宙旅行サービスを実現させる計画。航空機の性能を大きく左右する独自エンジンの燃焼試験に11月から取りかかる。まず陸上でテストを繰り返し、2016年末に試験機に搭載して飛行させる。宇宙に向かって着実にステップを踏む。

 超小型衛星のアクセルスペース(東京・千代田)、宇宙ごみの除去衛星を開発するアストロスケール(シンガポール)など、日本人起業家によるベンチャーが相次ぎ誕生する。「数百基の単位で人工衛星を生産するようになれば、自動車や電機業界にある品質設計、量産ノウハウが生きる」。A.T.カーニーのプリンシパル、石田真康(36)は話す。米国の過熱ぶりに目を奪われがちだが、未知数の宇宙ビジネスで日本勢が巻き返すチャンスはまだある。

 こうした動きを支える基盤が手の届く範囲にあるのが日本の強みだ。神奈川県茅ケ崎市にある従業員30人足らずの町工場で、金属を削り出す音が聞こえる。宇宙空間に飛ばす衛星の部品を製造する由紀精密だ。

 もともとは公衆電話向けの部品製造を主力としたが、受注減で一時は経営危機に陥った。2008年に航空宇宙の展示会に出展したのが浮上のきっかけで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などから依頼が舞い込むようになった。

 顧客の設計段階からプロジェクトに入り込み、完成イメージを深読みして部品をつくりあげる技術力を評価される。現在、売上高の3割程度を航空宇宙関連が占め、今年5月にフランスのリヨンに現地法人を構えた。社長の大坪正人(40)は「宇宙産業はとんでもなく大きな市場になる」と確信している。(敬称略)

取材・制作森園泰寛、松本千恵、岩戸寿、河本浩、清水明

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