Visual Tokyo2020 Badminton

絶対王者の
その先へ

東京五輪バドミントン

針の穴を通すような正確無比のシャトルコントロールに、コート上を自在に動き回る華麗なステップ。バドミントン男子シングルスの桃田賢斗(NTT東日本)は、そのたぐいまれな技術とフィジカルを携え、一躍世界の頂点へと駆け上がった。

東京五輪のメダル候補がずらりとそろう日本の「新・お家芸」の先頭に立つ、絶対王者の強さの秘訣とは。


Player

注目の日本代表選手
桃田 賢斗・ももた・けんと

桃田賢斗 ももた・けんと

バドミントン男子シングルス日本代表。1994年9月1日生まれ、香川県出身。3歳上の姉の影響で小学2年生の時に競技を始める。福島県富岡町立富岡第一中学校、福島県立富岡高等学校を卒業し、2013年にNTT東日本入社。

主なタイトルは世界選手権優勝(18、19年)、ワールドツアーファイナル優勝(15、19年)、世界ジュニア選手権優勝(12年)など。19年は歴代最多の年間ツアー11勝。18年9月27日より世界ランキング1位。175センチ。

(注)成績、ランキングはすべて2021年6月時点

桃田賢斗の
3つの強さ

  • 自身の名を世界に広めた得意技「ヘアピン」
  • 絶対王者の地位を支える強固な守備
  • 海外勢の猛襲をはね返すオールラウンダー

巧みな
ネット技
相手を翻弄

ラリーの要所で自在に操り、
流れを手元に引き寄せる

ネット付近でシャトルをラケットに乗せると、白帯の上すれすれを通して相手コートにぽとりと落とす。髪留めに似た軌道が名前の由来である「ヘアピン」は、桃田にとって自身の名を世界に広めた「自信のあるショット」だ。

桃田のヘアピン、
3つのポイント

守備から攻撃へと転じる起点として使うことが多く、勝負の決め球としても有効。バドミントンプレーヤーなら誰しもが使う技だが、NTT東日本の佐藤翔治コーチによれば、桃田の場合は「勝負どころで(相手コートに)落としたい時に自信を持って打てる」。強固な下半身でコート前にしっかりと踏み込み、柔らかい手先で感覚を微調整しながらシャトルの高さや飛距離、角度を自在にコントロールしている。

高い技術の原点は中学時代。通っていた富岡第一中は富岡高との中高一貫でバドミントン練習が行われており、「(入学当初は)パワーやスピードで絶対先輩たちに勝てなかった。どうやって勝てるかをひたすら考えた」と桃田。フィジカルの差を補うためにヘアピンやフェイントといった小技を駆使するようになった。トッププレーヤーとなった今もラリーの要所で繰り出し、体格で勝る世界の強豪を翻弄している。


長期戦を
ものともしない
鉄壁の守備

実戦復帰後、
一から見直したフィジカルで相手を置き去りにする

リオデジャネイロ五輪直前の2016年4月、違法賭博問題で謹慎処分となり、戦いの場から姿を消した桃田。約1年の出場停止期間中に一から見直したのがフィジカルだった。以前は女子選手から後れを取るほど走るのが苦手だったが、期間中は「毎日かかさず体力作りに励む姿が印象的だった」とNTT東日本の須賀隆弘監督は明かす。「世界と戦うにはフィジカルが足りないと気づいた」と練習前後に1時間ずつ1人で黙々と走り込むようになり、トッププレーヤーへと返り咲いた現在もそのルーティーンをかかさない。鍛え上げたスタミナを武器に、長いラリー戦でも力負けしなくなった。

洗練されたコートワーク



フィジカル強化を進めることで、持ち前のフットワークにも磨きがかかった。日本代表で練習を日々ともにする女子シングルスの奥原希望(太陽ホールディングス)は「ステップの踏み方や待ち方がうまい。一見動いていなさそうに見えるが、本当は人一倍動いている」と評す。以前よりも速く広くコートを動き回ってシャトルを拾い続け、相手の打つコースを徐々に狭めていく。今やその堅い守備が、桃田の大きな武器になりつつある。


総合力
世界をリードする

攻撃、メンタル。
隙の無いプレーでライバルを抑え込む

ヘアピンをはじめとしたテクニックや、長期戦をものにするスタミナやディフェンス。世界ランキング1位を守り続けている桃田の圧倒的な強さの原動力はいくつも挙げられるが、一番の強みはどのプレーをとっても90点以上の質をそなえた「オールラウンダー」であることだろう。

(注)成績、ランキングはすべて2021年5月25日時点

2017年世界選手権優勝、1994年生まれのビクター・アクセルセン(デンマーク)の必殺技は194cmの高身長から繰り出す破壊力抜群のスマッシュ。1996年生まれの新星、アンソニーシニスカ・ギンティン(インドネシア)はスピードを生かした積極的な攻撃で相手の出ばなをくじく。世界のライバルたちは時には大きな刃(やいば)ともなる武器を携え王者を椅子から引きずり下ろそうと画策するが、桃田は隙の無いプレーではねのけ続けてきた。



日本 桃田賢斗
守備寄り
オールラウンダー

桃田の世界ランキングの推移


もっとも、リオ五輪以前の自分自身について桃田は「ただ勝てばいいと思っていた。人として本当にだめだった」と振り返る。2016年には違法賭博問題が発覚、謹慎処分を受けた。出場停止期間中に会社のバドミントン教室や社会貢献活動に参加する中で、プレーできる環境のありがたみや周囲の支えの大きさを実感。「感謝の気持ちを忘れないようにしたい」と常に口にするようになった。「あの時間がバドミントン以外の部分を成長させてくれたし、今のプレーにつながっている」と言う。

絶対王者とはいえプレーはなお未完成。日本代表の中西洋介コーチは「スマッシュの速さなど、まだまだ世界10位ぐらいのレベルのものもある」と指摘する。六角形チャートが膨らみきった究極の総合力を身につけるために、より厳しいトレーニングを続けている。



Game

競技の特徴と勝敗の鍵

初速
300km以上
最速の球技

緩急を使い分けた
多彩なショットで
頂点を目指す

1992年バルセロナ大会から五輪の正式競技に採用されているバドミントン。テニスや卓球など他のネットスポーツと異なり、半球状のコルクに水鳥などの羽根を接着剤で固定した「シャトル」をボール代わりに使用する。



水鳥タイプのシャトルはガチョウやアヒルの羽根を使用。国際大会のシャトルには中国の特定地域のガチョウの羽根が採用され、手作業で作られる。湿度や温度によって飛距離やショットの感触が異なることから、同じ種類のシャトルの中にも1~6のスピード番号がある。試合前に試打を行い、その日使用する番号が決まる。


球技最高速度比較

ラケットで打った瞬間の初速はあらゆる球技の中で最も速く、2013年にタン・ブンホン(マレーシア)が放ったスマッシュの初速493km/hはギネス記録として認定されている。ただ、空気抵抗を大きく受けるため、初速と相手コートに届くときの終速は大きく違う。スマッシュ以外にも、相手コートのバックラインギリギリに高さをつけて落とす「クリア」や、ネットすれすれで床と平行にスピードをつけて押し出す「ドライブ」などバドミントンならではのストロークの種類が多く、多彩で緩急差に富んだラリー戦が行われる。

瞬発力
つくりだす
特別な靴

丸みを帯びたソールが特徴。安定性や耐久性も必須

長方形のコートを前後左右に激しく動き回るバドミントン。狭いエリアでの瞬発力が求められることから、靴は耐久性はもちろんのこと、安定性やフィット感も重視して作られている。大きく踏み込んで、足の外側に力がかかってもぐらつかずにしっかりと踏みとどまれるように、ソールの外側は丸みを帯びているのが特徴。スマッシュなどで蹴り上げる力も必要なため、吸収力や反発力を備えたクッションがソール内に組み込まれている。


ラケットはテニスより一回り小さい全長680mm以内、幅230mm以内のものを使用。ストリングド・エリアと呼ばれるフレームの内側の部分は縦280mm以内と定められている。重さは70~100gと、ずっしりした打球音とは裏腹にかなり軽め。選手は自分のプレースタイルによって重量の異なるラケットを使用している。


駆け引きが
カギを握る
持久戦

1プレーで数十回のラリーは当たり前。常に頭脳戦が展開される

ショットの初速と終速が異なり、コートも縦13.4m、横6.1mと手狭なことから、スマッシュ1発で決まるシーンはほとんどない。トップ選手は緩急つけた正確なショットを打つのはもちろん、詰め将棋のようにラリーの2手先を読んでプレーしている。相手の動きを予測し、逆をつこうとする駆け引きもこの競技の魅力。そのため、シングルス、ダブルスともに1プレーで何十回ものラリー戦が展開されるのは日常茶飯事だ。

ラリー73回
2017年世界選手権女子シングルス決勝 奥原希望vsシンドゥ・プサルラ



2017年世界選手権女子シングルス決勝では、奥原希望がシンドゥ・プサルラ(インド)と約2時間にわたる死闘を繰り広げた。第2ゲームの最後は73回もの壮絶なラリーとなり、ゲーム後はポイントを取ったプサルラも、落とした奥原もコートにしゃがみ込んで動けなくなるほど。最終的には体力で上回った奥原がゲームをものにし、日本女子初の世界女王に輝いた。世界の舞台で戦いぬくには、瞬発力はもちろん、長丁場の戦いを何試合も耐え抜く持久力が必須となる。


20年1月、桃田は遠征先のマレーシアで交通事故に遭い、右目眼窩底骨折などの大けがを負った。競技人生が危ぶまれるほどの危機を乗り越えると、「支えてくれた人たちのためにも東京五輪で金メダルを取りたい」と初めて口にするように。新型コロナウイルス禍で大会が1年延期となった今、その思いをいっそう強くしている。

「世界1位として、自分が(見る者に)与えられるものがあるはず。目の前の試合を一つ一つ、全力で戦いながら過ごしていきたい」。王者としての使命感と誇り、そして大切に温めてきた「感謝」の思いを胸に、桃田はまだまだ強くなる。

負けられない
闘いがはじまる

Next Tokyo 2020

取材・記事
堀部遥
ディレクション
清水明
企画
森田優里
WEBデザイン
安田翔平
マークアップ
宮下啓之
映像、CG
伊藤岳
写真
柏原敬樹、山本博文
イラスト
大島裕子

ビジュアルデータ 一覧へ戻る

この記事は有料会員限定です

ご覧いただくには有料会員の登録が必要です

有料会員にて表示される方は こちら を経由してご覧ください