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出所: civitai, pixai.art, seaart.aiで公開された画像

「このピカチウ、
クオリテーが
高すぎて怖い」

「人間かAIか、
どちらが描いたか
分からない」

都内の制作会社で働く
アニメーターは
不安を口にした。

描いたのは生成AI(人工知能)。「ONE PIECE(ワンピース)」や「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」……。AIにより既存アニメを模した画像が際限なく生み出されている。

生成AIは革新的な手法で文章や画像、映像、音声を生み出し、急速に進化する。著作権のルール整備は進むが、ユーザーによる悪用で日本のソフトパワーを代表するアニメを蝕(むしば)み始めた。ネットに氾濫するAIアニメの実相に迫る。

量に生成されたアニメ画像は、世界中からアクセスを集める生成AI画像共有サイトで公開されている。誰でも好みの画像を生成でき、投稿が可能になっている。複数のサイトで世界的に人気のあるアニメ13タイトルのメインキャラクター名を検索すると、9万枚を超す画像が引っかかった。

日本経済新聞は専門家の協力を得て約9万枚の画像すべてを調べ、原作のアニメ画像と複数の特徴が似ている約2500枚を抽出して詳しく分析した。

著作権侵害の疑いがある画像は定番の人気アニメだけでなく、最近アニメ化された作品まで多岐にわたっていた。

ピカチュウ、1200枚超

オリジナル

オリジナルのピカチュウ
ポケットモンスターの公式サイトから

生成AI画像

生成したピカチュウ
civitaiから

2019年までの知的財産(IP)の累積収入額が921億ドル(約14兆3000億円)で世界首位とされる「ポケットモンスター」。メインキャラクターのピカチュウに類似した画像は1200枚超見つかった。

公式サイトにあるピカチュウの画像と照らし合わせ、特徴が似ているかどうかをチェックした。ピカチュウは実在しない生き物で固有の特徴が多い。顔は同じでも身体は別の生き物で生成されたり、銃を持つといったアレンジが加えられたりと、ブランドを毀損しかねない画像もあった。

マリオ、本物そっくりに

オリジナル

オリジナルのマリオ
任天堂の公式サイトから

生成AI画像

生成したマリオ
civitaiから

アニメ化されている任天堂の人気ゲーム「スーパーマリオ」の主人公マリオは約470枚あった。特徴的なジャンプのポーズを再現した画像のほか、米国のトランプ前大統領を模したとみられる人物と並んで描かれた画像もあった。オリジナル画像に遜色ないほど精度の高いものも見つかった。

ルフィ、他作品と合成

オリジナル

オリジナルのルフィ
ONE PIECE(ワンピース)の公式サイトから

生成AI画像

生成したルフィ
civitaiから

「ONE PIECE(ワンピース)」の主人公ルフィは、米国の人気作「バットマン」や「スパイダーマン」のキャラクターと合成された画像があった。顔はルフィだが、身体や服装が異なっている。

最近のアニメでも侵害疑い

生成AI画像

生成したアーニャ
SPY×FAMILY
アーニャ・フォージャー
生成した竈門炭治郎
鬼滅の刃
竈門炭治郎
生成した虎杖悠仁
呪術廻戦
虎杖悠仁
生成したデンジ
チェンソーマン
デンジ
生成したキティ
ハローキティ
キティ
生成した江戸川コナン
名探偵コナン
江戸川コナン

civitai, pixai.art, seaart.aiから

従来の人気作に加えて、「鬼滅の刃」や「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」などこの数年の間にアニメ化された作品の類似画像も生成されている。

イラストの絵柄は、アニメ風や実写風などさまざまだ。背景も市街地や部屋の中、大自然といった好みのシーンを作り出し、表情やポーズも自在に変えている。絵柄を原作に寄せ、一見して公式と見分けがつかないような画像もつくられている。

女性キャラクターに似せた生成画像も多くあり、主人公以外にも権利侵害が広がっているもようだ。

生成と投稿の流れ

生成と投稿の流れ

seaart.aiから

生成AIは膨大なデータを読み込んで特徴を学習し、目的のコンテンツを生成できる。生成AI画像共有サイトでは、ユーザーがプロンプト(指示文)を入力して画像を生成、公開できる仕組みとなっている。個人のパソコンで作って楽しむだけなら問題ないが、既存の著作物と酷似したコンテンツを共有サイトで投稿すると著作権侵害にあたる恐れがある。

9割でプロンプトにキャラ名

分析の対象とした約2500枚のプロンプトを調べると、約9割にキャラクター名が記載されていた。アニメの作品名が含まれているケースもあり、ユーザーが意図を持って似た画像を生成したとみられる。

プロンプト例(一部抜粋)

キティ
weapon ak47, hello kitty from sanrio in the scene blood, zombies in the city, perfect view, perfect details, ---
生成したキティ
コナン
conan, masterpiece, best quality, 1boy, 1girl, scarf, glasses, brown hair, short hair, child, winter clothes, black hair, ---
生成したコナン
ルフィ
1boy, wanostyle, monkey d luffy, smiling, upper body, ((masterpiece)), (best quality), ---
生成したルフィ

civitaiseaart.aiから

知的財産に詳しい三村小松法律事務所の田邉幸太郎弁護士は日経が調査で抽出した画像について「著作権を侵害している画像が多く紛れている可能性がある。キャラ名がプロンプトに入っていると、侵害と認められやすくなる」と話す。

著作権侵害を判断するうえで、日本では特徴的な表現が似ているかどうかの「類似性」に加え、既存の著作物を参考にしたかどうかの「依拠性」という基準がある。生成AI画像による著作権侵害の裁判例は国内ではまだないというが、短時間で大量に生成できるため、これまでと比べて対応のハードルは高くなっている。

中国の広州インターネット法院(裁判所)は2月、AIが生成したウルトラマンに酷似する画像に関して著作権侵害を認定する判決を出した。日本のコンテンツが標的とされていることが浮き彫りとなった。

アニメのAI画像が氾濫する背景には、アニメが著作権者に無断で機械学習されている実態がある。日本動画協会の「アニメ産業レポート2023」によると、全世界に配信される日本アニメの市場規模は22年で3兆円に迫る。急速に技術進歩した生成AIがアニメ産業にとって脅威となっている。

スクロール

「生成AI海賊版」

今回の調査では、3つの画像共有サイトの投稿画像を分析した。電気通信大学の調べで、月間のアクセス数が今年4月時点で約2320万だった画像共有サイト「civitai」のほか、800万アクセスを超える「pixai.art」「seaart.ai」を対象とした。

画像共有サイトの「civitai」
civitaiから

civitai」では1600枚超の類似画像が見つかった。インターネット上の海賊版コンテンツに関する調査を長年実施している電気通信大の渡邉恵理子教授は「海賊版サイトに掲載されているコンテンツが生成AIの学習に利用されている可能性はある。(原作を違法コピーする)これまでの海賊版の仕組みとは異なり、ユーザーが好きなようにアレンジできる『生成AI海賊版』にもなりうる」と指摘する。

「こうした画像を生成、共有するサイトの多くは、学習元としているイラストのデータセットを公開していない。大量の著作物を無断で学習に使用している可能性があり、まさに『ブラックボックス』の状態だ」と渡邉教授はみる。

毎月200枚以上生成、
海外サーバーから配信

AIで簡単に画像を生成できるStableDiffusionやMidjourneyといったサービスが登場して「画像生成AI元年」となった22年以降、著作権を無視した画像が相次いで生成されている。24年は毎月200枚以上が確認できた。電気通信大の調べでは、いずれも日本国外にサーバーがあるという。

取材班は3つのサイトに対して類似画像が掲載されている現状や今後の対応について問い合わせた。civitaiは「知的財産を尊重している。米国法に従い、侵害コンテンツの削除や侵害を繰り返すアカウントの停止など必要な措置と調査を実施する」と回答した。pixai.artseaart.aiからはコメントを得られなかった。

規制に向かう世界

生成AIと著作権をめぐる
各国の対応

欧州連合の地図
欧州連合(EU)

2024年5月、世界初の規制法成立。AI製の明示など透明性求める

米国の地図
米国

新サービスを巡り争いが生じれば裁判所が違法性を判断

日本の地図
日本

無断利用が著作権侵害にあたる場合もある

急速に進化する生成AIの規制は強まっている。欧州連合(EU)では5月、AIの開発や利用を巡る世界初の規制法が成立した。生成AIの提供企業にAI製であることを明示させるなど透明性の担保を求める。

米国では目的や性質など要件を満たせば著作権侵害にならない「フェアユース(公正な利用)規定」と呼ばれるルールがある。新サービスについて争いが生じれば合法か違法かを裁判所が判断する。近年ではAI開発企業が訴えられるケースがみられる。

日本では文化庁が24年3月、AIによる文章や画像などの無断利用が著作権侵害にあたる場合もあるとした考え方を取りまとめた。業界団体や個人から2万件を超えるパブリックコメントが集まり、無断学習について懸念の声が上がっていた。

動画生成AIの幕開け

画像から映像へ――。24年に入り、OpenAIとGoogleが高性能な動画生成AIを相次ぎ公表した。高画質な映像はコンテンツのあり方を根底から覆すイノベーションである一方、著作権侵害への懸念を一層高める恐れがある。

動画生成AI「Sora(ソラ)」が作った映像=OpenAIの公式サイトから

生成AIの動向に詳しいデジタルハリウッド大学の橋本大也教授は「生成AIが民主化されると誰もがアニメを作れる時代になる。新しいタイプのクリエーターが何千万人と出てくる」と予測する。日本アニメの著作権を守るためには「AIを使って著作権侵害している画像を検出する技術を開発するのがいいのではないか」と話す。

AIを使いこなしてどう進化するのか、日本アニメは新たなフェーズを迎えている。

生成AI画像の調査手法

裁判官として知的財産事件を数多く担当してきた三村小松法律事務所の三村量一弁護士らから著作権侵害の判断方法について指導を受けた複数の記者が画像を分類した。

対象のアニメの公式サイトなどからオリジナル画像を選び、複数の特徴が似た画像を抽出した。キャラクターの顔が多少異なっていても、全体像が似ていれば分析対象に加えた。変身形態も同一キャラクターとした。

調査対象のアニメは、19年までの世界のIP累積収入額ランキングと22年の国内動画配信サービス視聴者数ランキングの10位以内から選んだ。

調査対象のキャラクター

世界の知的財産(IP)累積収入額ランキング(2019年まで)

1ポケットモンスター(ピカチュウ)
2ハローキティ(キティ)
6アンパンマン(アンパンマン)
8スーパーマリオ(マリオ)

(出所)経団連資料

国内動画配信サービス視聴者数ランキング(2022年)

1SPY×FAMILY(アーニャ・フォージャー)
2鬼滅の刃(竈門炭治郎)
3ONE PIECE(モンキー・D・ルフィ)
4名探偵コナン(江戸川コナン)
5進撃の巨人(エレン・イェーガー)
6キングダム(信)
7チェンソーマン(デンジ)
8呪術廻戦(虎杖悠仁)
10ガンダム(アムロ・レイ)

(出所)アニメ産業レポート2023