雪も青空も「創作」

衛星データで見た
北京五輪会場

北京郊外の延慶にできた人工雪のスキー場=写真は欧州宇宙機関(ESA)

降雪のため空に放たれたロケット弾、工場を止めて広がる青空――。2022年北京冬季オリンピック・パラリンピックは、中国国内でも雪の少ないエリアに人工雪を積もらせ、企業の稼働を制限して大気汚染をおさえようとしている。衛星データで五輪会場の「空模様」を探った。

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人工雪のスキー場
徐々に山中で完成

北京五輪は3つの競技エリアがある。スケートやフリースタイルスキーの会場がある北京市内、アルペンスキーやボブスレーの会場となる北京郊外の延慶、スキージャンプやノルディックスキーが行われる河北省・張家口。張家口は北京から北西へ約180キロ離れたところにある。人工衛星画像でそれぞれの会場を調べたところ、延慶では雪の少ない山中でスキー場が徐々に人工雪で覆われていく様子が分かった。衛星写真はすべて欧州宇宙機関(ESA)から入手した。

延慶地区 ・アルペンスキー ・ボブスレー ・リュージュ など
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冬の早い時期に降雪があったためか、アルペンスキー会場やその周辺に雪が積もっている

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その後の降雪がなく、雪が解けた様子がうかがえる。スキー会場の雪もかなり減った

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現地メディアによると人工の造雪作業が始まったのは11月15日。約1週間たったこの日、スキーコースの一部が白くなった

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スキー会場のコースで雪で覆われる部分が少し増えた

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スキー会場のコース全体が白くなった。11月中旬から造雪した結果が空からも確認できる

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降雪があったのか、スキー会場の周辺にもうっすら雪が積もっている

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周辺の山肌から雪が見えなくなった。スキー会場はしっかりと雪に覆われている

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1月中旬に衛星から撮影した画像では、スキー会場の雪が少し解けた印象

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周囲の山々がうっすら雪化粧をした様子。雪深い印象はない

張家口地区 ・ジャンプ ・クロスカントリーなど
2022年2月1日の衛星写真。3つの会場で最も北にある張家口は国家スキージャンプセンターも含め周囲の山々でも積雪が確認できる
北京地区 ・フリースタイルスキー ・氷上競技 など
2022年2月1日の衛星写真。フリースタイルスキーの競技を開く「ビッグエア首鋼」は北京市内の製鉄所跡地に設置された。川のあたりを除いて目立った積雪は見られない
シベリアから乾いた風 降水・降雪は少なく

北京がある中国北部(華北)はユーラシア大陸の東端に位置する。冬季は内陸のシベリア方面から乾いた北西の風が吹き、降水や降雪が極端に少ない地域として知られている。気象庁によると、12~2月の北京の降水量(平年値、降雪を含む)は3カ月合計で10.2ミリと、東京の2月単月と比べ5分の1以下の水準だ。

延慶では170台の人工雪の造雪装置を導入しているという。写真は北京五輪の公式サイトより

データを記録、公開していない国や都市もあり降雪量の厳密な比較は難しいが、一般的に地上気温がセ氏3度を下回ったときは雨が雪になることが多いとされる。

日本の気象庁が公開しているデータでは、1998年に冬季五輪が開催された長野市の場合、2月の気温は0.4度、降水量は49.1ミリ。2002年大会の米ソルトレーク(ユタ州)の2月は気温が2.1度、降水量は33.2ミリ。どちらの都市でも一定の降雪があることが数字から見て取れる。一方、北京の場合、2月の平年気温は0.6度と低いが、降水量は5.6ミリにとどまる。 こうした気象条件から、スキー場整備は人工的な降雪に頼らざるを得ない状況にある。

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ロケット弾で
「降雪1センチ」

河北省気象局の公式サイトに掲載されていた降雪のためのロケット弾発射の様子

スキージャンプ会場がある張家口市は1月20~22日、人工的に雪を降らせる目的でロケット弾145発を発射した。同市の気象局が発表した。作業後、競技会場では新たに約1センチ降雪が観測されたという。同局は「会場周辺の雪を効果的に増やし、五輪の雰囲気を良好にするためだ」とコメントした。
大気中の土ぼこりなどの微粒子を核にして氷の粒ができ、地上に落ちるまでに溶ければ雨、溶けなければ雪になる。人工的な降雨や降雪は、核になる微粒子を上空で人為的に増やす方法がある。今回はロケット弾を打ち上げて上空で「ヨウ化銀」を含む煙を発生させるなどしたとみられる。
九州大学の西山浩司助教(気象学)によると、ヨウ化銀は自然界で核になる物質に形などが似ており、短時間で氷の粒ができやすい性質があるという。飛行機で雲の中に低温の液化炭酸ガスをまいて氷の粒を作る方法などもあり、国内外で実験に成功したとの報告はある。ただ「人工の雨なのか自然の雨なのかを評価しにくく、効果の測定が極めて難しい」と西山助教は話す。日本では、2001年と13年には東京都が奥多摩の小河内ダムで、ヨウ化銀を含む煙を上空へ送る装置の試運転を行った。都は降雨が認められたとしているが、因果関係を疑問視する声もある。

国土の6割で人工降雨を計画

中国では干ばつなどの被害を抑えるため、2025年までに全国土の約6割にあたるエリアで人工降雨や降雪ができる仕組みを整える計画だ。その一環で21年1月、同国初の気象制御ドローン(小型無人機)「甘霖-I」の試験飛行に成功した。「恵みの雨」という意味で、従来の有人航空機に比べで低いコストで運用できるという。
中国以外の国でも、例えばアラブ首長国連邦(UAE)では21年7月、国立気象局の主導で猛暑を抑える人工的な雨を降らせたと現地で報じられた。ただ、温暖化対策として進められる気象制御は、地球環境や生態系への影響は十分には解明されていない。国際ルールの整備もまだこれからだ。

中国初の気象制御ドローン「甘霖-I」(新華社のウェブサイトから)
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冬季五輪の人工雪
1980年の米大会から

レークプラシッド五輪を控え、降雪機で雪をまく作業員(1980年2月)=AP
スキージャンプ、今はレールを助走

英ラフバラ大などの研究者が1月26日、気候変動によりウインタースポーツの危険度が増すと指摘する報告書「危ないゲレンデ」(Slippery Slopes)をまとめた。報告書によると、人工雪は日本のラボで発明された後、米国で研究が進み、機械が導入され、冬季五輪では1980年の米レークプラシッド大会で初めて使われた。世界のスキーリゾートの95%程度は、程度の差こそあれ人工雪に頼っているという。
スキージャンプの助走路は現在、雪ではなくセラミックなどに人工的に氷を張った「アイストラック」がほとんど。降雪で助走路に雪が詰まると摩擦で助走速度が落ちてジャンパーには不利になるとされる。

(上)1998年の長野五輪のスキージャンプ台。選手は雪の上を滑り降りていた
(下)2018年の平昌五輪のスキージャンプ台。選手は2本のレールを滑り降りている
「粗くて硬い」人工雪 大ケガの心配も

英ラフバラ大研究者らの報告書によると、天然雪では氷の割合が約10%、空気の割合が約90%なのに対し、人工雪では氷の割合が30%ほどに高まる。人工雪は粗くて硬い雪質になりやすく、スキーで転倒した場合に大きなケガにつながる恐れがあるという。報告書では、フリースタイルスキーの英国代表として2002年ソルトレークシティー五輪に出場したローラ・ドナルドソンさんの以下の証言を紹介している。「(空中技を競う)スーパーパイプの大会で人工雪に頼ると、壁や地面が硬い氷になってしまう。選手にとってかなり危険」
21年11月、テスト大会を兼ねたスノーボードクロスのワールドカップ(W杯)が五輪会場の張家口で開かれた。現地に入った五十嵐幸太ヘッドコーチは「人工雪で非常に硬い雪。ソフトな自然雪で滑ることが多い日本としてはあまり慣れていない部分もある」と話す。中国での大会出場経験が豊富なアルペンスキー男子の小山陽平選手(ベネフィット・ワンスキークラブ)は「寒い地方なので乾いた(ような)雪で、引っかかりやすい印象」という。雪質に合わせ、スキー板に塗るワックスの選択も重要になりそうだ。

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青空呼ぶ工場停止
石炭ストーブも交換

北京の空模様を意図的に作り出すのは、人工雪だけではない。冬季五輪・パラリンピック開催中に青空を広げようと、中国政府は大掛かりな大気汚染対策をとっている。生態環境省によると、1月1日からパラリンピック閉幕後の3月15日まで粗鋼生産量を制限している。北京市、天津市、河北省、山西省、山東省、河南省が対象地域で、規制期間中はこれらの地域の粗鋼生産量が前年同期に比べて3割以上減るという。また、北京市や天津市、河北省などでは2020年末までに2500万戸が石炭を燃やすストーブからガスや電気など他のストーブに交換した。21年は追加で350万戸程度で交換したと推計される。

色が薄いほど二酸化窒素の濃度が低いことを表す=画像は欧州宇宙機関(ESA)

北京の汚染濃度、1月に急低下

対策の効果はあるのか。欧州宇宙機関(ESA)が公開している大気観測衛星「Sentinel-5p」のデータで、北京周辺の大気汚染物質の濃度を調べた。火力発電や暖房、自動車などから排出される二酸化窒素(NO2)を見ると、2022年1月中旬から急激に低下し、2月1日には1㎡あたり70マイクロmol(2週移動平均)と過去2年余りで最も小さい値になった。今冬のピークだった21年11月29日の10分の1近い水準だ。ESAが公開している衛星画像で直近の22年 2月3日と約1年前の 21年1月31日を比べると、北京周辺でNO2濃度の高い地域(濃い赤色)が大きく減り、空気が清浄になっていることが確認できる。

北京の二酸化窒素濃度

窒素酸化物に詳しい大阪府立大学の安田昌弘教授にこのデータを示したところ「中国が取り組む工場停止などで二酸化窒素の量が減っているといえるだろう。大気中には一定の二酸化窒素があり、雨などで地上に落ちる。そのため、新たに供給される窒素酸化物がないと大気中の濃度は減っていく」と話した。濃度に上下動がなく急激に下がった点についても「大気中への汚染物質の供給が減ったことが理由といえる」と説明する。