豊かさの現在地 経済成長、日本と世界は

撮影場所:渋谷スカイ

もはや当たり前のように低空飛行を続ける経済、新型コロナウイルス禍、拭えない格差や不平等ーー。私たちはかつてなく満たされない時代を生きているのかもしれない。失われつつある物心の豊かさを取り戻すことはできるのか。データをもとに日本の豊かさの現在地を探ってみよう。日本経済新聞は新連載「成長の未来図」をスタートした。

鈍る成長、
幸福
模索する世界

「高度成長期」「栄光の30年」などと評された第2次世界大戦後の成長のピークからおよそ半世紀が過ぎ、先進国の経済は慢性的な低成長に陥っている。少子高齢化へ向かう人口動態が成長の余力を削ぎ、富は社会の隅々に届きにくくなった。

米グーグルの書籍データは時代ごとの人々の関心事を映す。世界の英語文献に「economic growth(経済成長)」という単語が登場する頻度は戦後の成長期に急伸したが2000年以降は低迷。逆に「happiness(幸福)」が足元で130年ぶりの水準まで伸びた。「成長」の実感が乏しくなり、人々の心は満たされにくくなった。

先進国は慢性的な低成長に

%

1人あたりGDP成長率推移
幸福経済成長への関心度が逆転

%

幸福への関心度と経済への関心度の推移
注:Maddison Project、Google Books Ngram Viewerのデータから作成。実質GDPは日米英独仏5カ国の成長率の移動平均

世界3位の
経済大国は
低幸福国

30年にわたる経済低迷にあえぐ日本で、人々の充足感は乏しい。国連が聞き取りをもとにまとめる調査で、世界3位の経済大国である日本の幸福度の数値は世界40位。幸福感を表に出さない国民性も指摘されるが、果たしてそれだけだろうか。

国・地域別の幸福度指数(2021年版)
出所:国連

低成長や不平等が
日本の充足感を奪う

各国の経済・社会指標をマトリクスにして比べた。先進34カ国の中で数値が優れるものは赤く、そうでなければ青く塗り分けた。この「豊かさの見取り図」からは、日本の閉塞感が浮かんでくる。


先進国平均

平均
🇯🇵 日本
🇺🇸 米国
🇬🇧 英国
🇫🇷 フランス
🇩🇪 ドイツ
🇩🇰 デンマーク
🇫🇮 フィンランド
🇸🇪 スウェーデン

スクロール

成長率がゼロ付近の
低温経済

日本の国内総生産(GDP)や賃金の伸びは過去20年間の年平均でいずれもゼロ付近と先進諸国の中でも弱い。高齢化が進み、物価の伸びや金利が低い低温状態は「ジャパニフィケーション(日本病)」とまでいわれ豊かさをむしばむ。

GDPと賃金の伸び

経済成長率%

賃金の伸び%

注: IMFとOECDのデータから作成。いずれも物価変動を除いた実質で、2000~19年の年平均成長率

賃金が上がれば消費が喚起され、企業業績が伸びて賃金も増える。結果、経済の規模が大きくなるのが経済成長の基本的なサイクルだ。しかし過去20年を見ても日本は成長の循環から遠ざかっている。

時間あたりの労働生産性

  • 2000年
  • 2020年

ドル

出所:OECD

成長の循環が生まれない理由は生産性の低さにある。人口が減る日本で賃金アップの原資は生産性の向上にある。ところが日本の時間あたりの労働生産性はトップのアイルランドの半分の水準しかなく、過去20年間の伸び率も低い。

色濃くなる
所得格差の影

「一億総中流」といわれた時代は今は昔。全体の賃金が伸びず、低所得の家庭が増えて日本も格差とは無縁ではない。一方で教育への公的な投資額は他国と比べても少なく、解消への取り組みは不十分だ。

相対的貧困率の推移

%

出所:OECD

1国の中で比較して所得の低い世帯がどれほどの割合を占めるかを示す相対的貧困率は、特に先進国における格差や貧困の指標として注目される。多くの国で上昇傾向にあり、日本は15.7%と先進国の中で高い水準にある。

根強い不平等、
多様性は遠く

ジェンダーギャップ指数で156カ国中120位と日本は男女平等で大きく劣る。行政や企業の腐敗を認知する人の割合が多いことは社会の不平等感を物語る。他者への信頼感の薄さもあり、多様な人の力を生かし活力ある社会を遠ざけてしまう。

他者への信頼度指数
外国人
外国人信頼度
別の宗教
別の宗教信頼度
初対面
初対面信頼度
知人
知人信頼度
隣人
隣人信頼度
注:家族以外の他者について、分類別に信頼するか否かを聞いた世界価値観調査のデータから作成。「信頼する」と答えた人が多いほど数値が高くなる

知人、隣人、異なる宗教の人、外国人、初対面の人。家族以外の人を信頼するか否かを聞いたデータから他者への信頼度を算出した。日本では初対面、別の宗教、外国籍の人を平均的に信頼しない傾向にあり、閉鎖的な社会の空気が浮き彫りになった。

健康や安全
長所を生かせるか

もちろん日本にも良い面はある。世界トップの健康寿命や良好な治安、失業率の低さなどは社会に安心や安定をもたらしてくれる。人々の充足感を高めるために、世界でも称賛されるこうした長所を生かすことが肝要だ。

出生時の平均健康寿命の推移

出所:WHO

健康で長生きするという人類共通の夢を世界で最も実現しているのは日本だ。過去20年、頭打ちになる国もある中で日本は安定して伸びている。世界に押し寄せる高齢化の波と向き合うため、日本の健康長寿は一つのモデルになるかもしれない。

マトリクス全体を見渡し、他国と見劣りする項目が多い日本は幸福度も低く、北欧やドイツは逆の傾向にあった。満たされない社会から脱却するための課題は多い。

与えるより
勝ち取る政策を

成長と豊かさを取り戻すため、どのような政策アプローチが日本にはもとめられるのか。経済学の立場で経済と幸福の関係を研究した著書のある青山学院大学の友原章典教授に聞いた。

青山学院大教授 友原章典氏の顔写真

青山学院大教授
友原章典氏

先進国における経済成長の鈍化がどのように人々の幸福感や生活の満足度に影響を与えるかを論じるのは難しい。ただ成長が弱まることで社会には様々な変化が起き、人々の心に作用するのは間違いないだろう。格差の拡大や晩婚・未婚化など従来の経済学の成長や生産の概念だけで測りきれない問題も生まれている。

日本で特筆すべきは、自分の生活や将来をコントロールしたり、政治に何らかの影響を与えたりする「統制感」が顕著に弱いことではないか。選挙に行っても世の中は変わらない、格差があって自分の人生は好転しないといった具合に統制感が弱いと幸福度は下がると考えられる。現金給付など「与える」政策よりも、雇用対策などで未来展望を自分の力で描けるような「自ら勝ち取る」政策が必要だ。

新型コロナウイルス禍による変化の計測も必要だ。希薄になった人間関係を見るための人と人との物理的な距離、周囲の自然環境、リモートワークで時間の使い方が乱れていないかなどだ。データを集めるのは簡単ではないが、コロナ後を見据えてより複合的に豊かさを図る必要がある。