漂流Brexit
「氷の女王の誤

欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う英国民投票から間もなく3年、事態は泥沼に陥っている。国民投票後に首相についたメイ氏はその冷徹さから「氷の女王」と呼ばれたが、党首の座を追われた。10日には後任となる与党・保守党党首を選ぶ選挙に向けて立候補者が出そろう。トップの退場に発展した迷走劇を「9つの誤算」で追った。

Cboe Brexit High50と誤算

Cboe Brexit High50とは?

シカゴ・オプション取引所(CBOE)が公表している株価指数のひとつ。時価総額でみた英企業の上位100社のうち、英国内の収益が占める割合が大きい50社で構成している。英国の欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)の影響を受けやすく、英離脱の先行き不透明感が強まると下落し、先行きへの楽観的な見方が強まると上昇する。

誤算1

国民投票、離脱派勝利で暗転

2016/6/23

「(英国という船の)船長たり得ない」

キャメロン英首相
(以下、肩書きは当時)

EUからの離脱の是非を問う国民投票は僅差で離脱派が勝利した。国民投票で残留支持を呼び掛けて勝利を収めることを狙ったキャメロン英首相(当時)のもくろみは外れ、投票翌日辞意表明に追い込まれた。

国民投票直前の市場では、最終的にEU残留派が勝利するとの楽観論もあった。離脱派の勝利で英ポンドは暴落して対ドルで約31年ぶりの安値水準を記録した。英国のみならず、日経平均株価も一時1300円超下落するなど、世界同時株安の様相を呈した。Cboe Brexit High50指数も国民投票の結果判明前は1万ポンド近辺で推移していたのが急落し、6月27日には8000ポンド割れ目前まで落ち込んだ。

誤算2

見切り発車の離脱通知

ロイター

2017/3/29

「他の惑星の住人のようだ」

ユンケル欧州委員会委員長

キャメロン氏の後任のメイ英首相は2017年3月29日、EUへ離脱方針を正式に通知した。離脱を巡って民意が真っ二つに割れたまま見切り発車での交渉スタートとなった。4月26日、EUのユンケル欧州委員長がロンドンを訪ねてメイ氏と離脱問題を協議したが、交渉を楽観視するメイ氏とは対照的に、決裂を懸念するEU側の見方が浮き彫りに。

英国の離脱交渉開始への期待からBrexit High50指数は2017年3月中旬、16年6月の国民投票後初めて1万ポンドの大台を回復した。しかし、17年3月末に英国が正式にEUへ離脱を通知し、交渉がスタートすると英国とEUの溝が徐々に浮き彫りとなり、再び1万ポンドを下回る水準へ落ち込んだ。

誤算3

英選挙で与党敗北、メイ氏失墜

ロイター

2017/6/08

「キャメロン氏に続いて今度はメイ氏のオウンゴール。複雑な交渉をさらに複雑にするだろう」

フェルホフスタット欧州議員/ベルギー元首相

メイ氏はEUとの離脱交渉に強いリーダーシップが必要だと判断し、6月8日の総選挙に打って出た。しかし事前予想に反して与党保守党は過半数割れし、逆に求心力が大きく低下する結果に。欧州議会の一部は英国の「オウンゴール」だと批判した。

メイ氏が17年4月18日に解散・総選挙を表明すると、Brexit High50指数は上昇に転じた。しかし、メイ氏の選挙戦のつたなさが徐々に浮き彫りになり、選挙で与党・過半数割れの敗北を喫すると下落基調へ転換した。

誤算4

対EU交渉、英国は後手に

©️欧州委員会

2017/7/17

「根本的な隔たりがある」

バルニエEU首席交渉官

17年7月、英国とEUはようやく本格的な離脱交渉をスタートさせた。ただ交渉会合の様子を映した写真では、分厚い書類を手にテーブルにつくEU側に対して、英交渉チームは手ぶらで登場。英側の準備不足が露呈し、その後の交渉が一貫してEUペースで進んだ一因にもなった。

本格的な離脱交渉が始まったものの、先行きへの期待は高まらず、Brexit High50指数はおおむね1万ポンドを下回る水準での低迷が続いた。

誤算5

重要閣僚が辞任、焦りの色濃く

©️欧州理事会

2018/7/09

「EUの植民地になってしまう」

ジョンソン英外相

EUが事実上の交渉期限と定めた18年秋が迫る中、メイ英首相は交渉打開へ離脱後もEUとの強い経済的なつながりを維持する方針案を閣議決定。強硬離脱派の重要閣僚らが「EUの植民地になってしまう」と反発して相次ぎ辞任する事態に。メイ氏の求心力の弱さが改めて浮き彫りになった。

18年春になると、交渉進展への期待から5月下旬にはBrexit High50指数は過去最高水準を記録した。しかし7月にジョンソン外相らがメイ首相方針に反発して辞任すると、楽観論は吹き飛んで下落へ転じ、10月下旬には国民投票直後以来、約2年3カ月ぶりに9000ポンドの大台を割り込んだ。

誤算6

EUと英国、離脱協定で読み違え

ロイター

2018/11/14

「極めて重要な一歩になった」

バルニエEU首席交渉官

英政権とEUは離脱協定案で暫定合意し、メイ氏は閣議承認を断行。反発したEU離脱担当相が辞任するなど英内政の混乱がさらに広がった。EUのバルニエ首席交渉官は「秩序ある離脱へ極めて重要な一歩になった」と英閣議決定を歓迎したが、英議会による承認という大きな壁が待っていた。

英国とEUが離脱協定案で暫定合意するとBrexit High50指数の下落にいったん歯止めが掛かった。しかし英議会での承認を得るハードルの高さが意識されるにつれて徐々に下落基調を強め、18年12月下旬には国民投票以来の最低水準をつけた。

誤算7

協定案否決、失望膨らむ

ロイター

2019/1/15

「無秩序な離脱のリスクが高まった」

ユンケル欧州委員会委員長

英議会はメイ政権とEUが暫定合意した離脱協定案を採決し、賛成202票、反対432票の歴史的大差で否決した。EUのユンケル欧州委員長は採決結果を受けて「無秩序な離脱のリスクが高まった」と指摘。合意なき離脱への備えの強化を欧州委員会に指示した。

英議会はEUとの離脱協定案を圧倒的大差で否決したが、市場は「想定通り」と冷めた反応。Cboe Brexit 50指数の下落は限定的でその後、上昇基調となった。

誤算8

離脱また先送り、出口は遠く

©️欧州委員会

2019/4/11

「英国はこの時間を無駄にしないでほしい」

トゥスクEU大統領

3月29日の離脱予定日が迫る中、英を除くEU27カ国は首脳会議で離脱延期を認めることで合意。英側へ早期に離脱協定案を可決させるか、代替案を表明するよう求めた。それでも英側は打開策を示せず、EUは4月に最長10月末まで離脱を延長することを決めた。

EU側が離脱の延期を最終的に容認し、19年3月29日の「合意なき離脱」がひとまず回避されると、安心感からBrexit High50指数もわずかながら回復基調に。ただ先行きリスクは消えていないため、上昇力は乏しかった。

誤算9

メイ氏、涙の退場

ロイター

2019/5/24

「EU離脱を達成できなかったことを今も、そして今後も深く悔やむ」

メイ英首相

離脱協定案の英議会承認に向け、最大野党の労働党の協力を取り付けるため、メイ氏はそれまで拒んできた国民投票のやり直しに応じる可能性に言及した。しかし逆に与野党から猛反発を食らう事態となり、最終的には辞任の表明を余儀なくされた。「氷の女王」とも呼ばれ、気丈なイメージが強いメイ首相だったが、辞任表明の記者会見では涙も。英離脱を実現できぬまま、無念の退場となった。

取材
森本学、中島裕介
デザイン・マークアップ
伊藤岳
編集
上阪欣史、新田祐司

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