核開発の英雄が操る西側技術
手がかりは思わぬところにあった。一つは中国東北部、遼寧省瀋陽市にある渾南区第八小学校が流したネット投稿だった。
「農村出身の少年が我が国の核兵器事業の研究に身を尽くし、10年後には強国に貢献する技術者となりました。模範として大いに学び、見習うべきです」
中国国営メディアが放送したテレビ番組を紹介しながら、教師と生徒がかけ合う。いわゆる社会科の授業向けにつくられた教材だ。学校が2022年、SNSアプリのウィーチャットに公開した。
内容は物々しい。艦上や戦闘車両から次々とミサイルが飛び立つ映像が流れる。その後、一人の人物にフォーカスがあたる。
「私は習近平(シー・ジンピン)総書記がおっしゃる新時代の国防事業に貢献できる熟練工にただなりたいのです。そして技能で祖国に尽くしたい」
名前は陳行行(チェン・シンシン)。中国の核兵器開発を主力とする国家機関、中国工程物理研究院(CAEP)の所属だ。
番組は中国国営中央テレビ(CCTV)を中心に、中国各地の地方局やラジオ局、新聞社が結集して制作した。分かりやすい立身出世物語の形で、陳の足跡を紹介している。
1989年、陳は山東省の貧しい農村部に生まれた。猛勉強の末、専門学校に進み、CAEPに技師として就職する。その後も不眠不休で技術を磨き、核開発に欠かせない部品加工の大幅な省力化をなし遂げる。2019年には異例の若さで「大国工匠」という国家的な称号を受けた。
「精密加工の分野において、陳行行は不可能を可能にしている」。中国は国威発揚へ、陳を「核開発の英雄」としてプロパガンダに起用した。
サプライチェーン(供給網)をめぐる米中対立を追っていた取材班は大量のネット情報に検索をかけた。そしてたどり着いたのが、陳の業績をたたえる国営メディアの動画や記事だった。
そこに、最先端の工作機械が映り込んでいた。
陳が工作機械を操る画像では、特徴的な外観や製品型番の一部が判別できる。軍事情報サイトOryxでアナリストを務めるヤクブ・ヤノフスキに分析を依頼したところ、DMG森精機がドイツで生産した5軸加工機「DMU60 monoBLOCK」であることが分かった。
中国は核兵器の近代化を急ぐ。代表例が音速の5倍以上で目標に突き進む極超音速ミサイルだ。従来のミサイル防衛システムでは迎撃が難しく、世界の安全保障も前提が大きく変わりつつある。
米国防総省は10月、中国の核弾頭保有数が2030年には現在の500発超から1000発に急増するとの報告書を公表した。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、配備数で23年1月時点の米国(1770発)やロシア(1674発)に迫る勢いだ。
「量と質の両面で、中国は実力を急速に伸ばしている。台湾有事を念頭に、米国への核抑止力を高めるのが狙いだ」。防衛研究所の中国研究室室長の飯田将史は警鐘を鳴らしている。
唯一無二の秘密組織
3月13日、中国・北京。全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の閉幕式で、習近平は5年ぶりに国家主席として演説にのぞんだ。
「国防と軍隊の現代化を全面的に推し進める。国家の主権、安全、発展を守る鋼鉄の長城のような、国民の軍隊を建設しなければならない」
語気を強めたのが、人民解放軍の能力増強に向けたくだりだった。
念頭には米国の存在がある。「米国をはじめとする西側諸国は全方位の抑圧と封じ込めでもって、中国の発展を阻んでいる」。3月6日には国政助言機関である全国政治協商会議(政協)メンバーの合同会議に足を運び、米国を名指しして異例の批判を展開した。
台湾を巡る米国との対立は激しさを増す。日米欧の主要7カ国(G7)による包囲網も広がる。それでも中国が台湾を譲ることは決してない。
固い意思は習3期目政権の陣容にも見て取れる。共産党のトップ24で構成する中央政治局員には「台湾海峡閥」と呼ばれる職業軍人のほか、国有兵器大手の元トップ、核兵器開発に関わったとされる原子力政策のプロも加わった。
中国が対米けん制で切り札とするのが核兵器であり、大きな役割を果たすのが陳のいるCAEPなのだ。
中国核開発の核となる中国工程物理研究院
「中国唯一の核兵器の研究開発・生産部門である」。CAEPはホームページで自らを特別な存在として紹介する。
建国の父・毛沢東の時代、1958年に核兵器の研究と関連施設の整備を担う国家プロジェクト組織として発足した。64年には西部、新疆ウイグル自治区で初の核実験に成功し、以来、中国の原爆・水爆開発を主導してきた。
いわば中国核開発の総元締めである。現在は副省庁級の国家機関の位置づけで、有事の際に守りやすい内陸部の四川省綿陽市を拠点に2万人以上が働く。
国有軍需大手や各大学との共同研究も活発に進む。多くはベールに包まれているが、いまなお核の研究者や専門技術者など人員を積極的に増やしていると専門家らはみる。
輸出管理の助言を手がけ、中国の防衛産業に詳しい産政総合研究機構の代表取締役、風間武彦は分析する。「中央政府である国務院の傘下にあるが、(習がトップを兼ねる軍の最高意思決定機関である)党中央軍事委員会の装備発展部が運営を直接管理している」
習と党へ権力が集まるなか、CAEPは核兵器の開発ペースを速めている可能性は高い。風間は「特に(陳が所属する)机械制造工芸研究所は軍とのつながりも深く、軍事転用可能な技術や製品の流出に注意が必要な下部組織だ」とみる。
米商務省は97年に「エンティティーリスト(禁輸リスト)」を初公表し、安全保障上の問題がある世界の組織を並べた。第1弾の1つにCAEPを指定したことからも、その懸念の深さがうかがえる。2020年にはCAEPに関連する10機関を新たにリストに加えた。
米ロに後れ、禁じ手に走る
中国は21世紀半ばまでに、米国に比肩する軍事強国をめざす。その根底に核戦力を据えるが、核は国際社会にとって禁じ手だ。なぜこだわるのか。
視線の先には、米国とロシアの背中がある。
20XX年、中台紛争が勃発。中国は日米に中立を保つよう警告を発し、戦術核を載せた弾道ミサイル「東風21」を西太平洋の海上で爆発させる。それでも両国が紛争に介入し続ければ、自衛隊の水上艦艇に「東風26」で核攻撃に踏み切る。
中台紛争の発生を前提とした場合の蓋然性は50%に及ぶ――。 東アジアの安全保障に詳しい政策研究大学院大学教授の道下徳成が、あくまで議論のためものとしつつも提示したシナリオだ。
使われうる低出力の小型核は破壊力を示す単位で数キロトン程度と、米国が広島や長崎で使った原子爆弾(16~21キロトン)以下の規模とされる。大量の実験と高度な開発力が問われる兵器だ。
米欧やロシアは核実験を繰り返してきた
しかし中国には焦りがある。「米ロに比べて、中国は核実験のデータが相対的に不足している」。笹川平和財団の研究員、小林祐喜は話す。「コンピューターによるシミュレーションも満足にできていない」
米シンクタンクの軍備管理協会によると、1945年~2017年に人類は累計2056回の核実験を繰り返してきた。中国はそのうち45回にとどまり、米国(1030回)やロシア(715回)に大きく出遅れる。
国別の核実験実施回数
- 大気圏
- 地下
米ロはすでに豊富な核の検証データを持つ。いまでは爆発を伴わない臨界前核実験やシミュレーションだけで、兵器の刷新と新たな弾頭を開発できるほどだ。
核兵器の開発を支える先端技術やノウハウの蓄積でも、米ロと比べた格差ははっきりしている。核戦力でロシアをしのぎ、米国と並ぶには、さらなるおきて破りに傾くほかなかった。
中国とCAEPが取りうるのは、西側技術の軍事転用という古典的な手段だった。
狙いは半導体のみにあらず
取材班は中国ネット上の公開データを使い、専門家らの助言をもとにCAEPの動向を分析した。
注目したのが公共入札情報だ。CAEPは調達したい技術や製品を自前の専門プラットフォームで提示している。応札した中国企業がその水準を満たす物品を納める。
確認できる22年1月〜23年7月の入札契約900件超のうち、性能や用途次第で各国の輸出規制の対象になりうる調達例が140件見つかった。さらに契約書に記載のある製品スペックを解析すると、日米欧や台湾などの企業108社の製品や技術が渡っていた疑いが浮上してきた。
一つは半導体である。
「すべての中古転売をうまく防ぐことはできないが、新しい輸出規制によって当社製品が悪用されるリスクは大幅に減るはずだ」
日本経済新聞の取材に対し、米エヌビディアの広報担当者は説明する。
今回の調査でCAEPは22年1月の入札契約を通じ、人工知能(AI)の処理に特化したエヌビディア製の画像処理半導体(GPU)「A100」を入手した可能性があることが分かった。米政府が22年10月に先端半導体や関連する製造装置の輸出規制を強める直前だ。
A100は現在、規制の対象になっている。CAEPは駆け込みで手に入れたA100をコンピューターに組み込み、AIによる核爆発シミュレーションなどに生かしている可能性がある。
ほかにも米国のインテルやAMDの製品など、半導体関連の調達品は約10件あった。
さらに特筆すべき傾向が見えてきた。調査で最も多かった契約は工作機械だったのだ。
中国は日独から先端工作機械を輸入する
- 米国
- ドイツ
- 日本
軍事転用が疑われる140例の入札のうち、工作機械は実に45%の63件におよぶ。その大半が日本やドイツ、台湾の製品だった。
多くの機械は国際的な規制水準をわずかに下回る性能のようだ。しかし輸出管理に詳しい工作機械業界の関係者は警戒する。「基準に達しないからといって、核開発に利用できないわけではない。輸出管理上、重要なのは用途だ」
日本では製品スペックが輸出規制の対象外でも、核兵器や通常兵器に使われる可能性が判明すれば、経済産業相の事前許可が必要になる。
どんなモノでもつくれてしまうマザーマシンだからこそ、メーカーが意図せぬ分野への流用リスクも高まる。
CAEPの陳が手がけたような、金属タービンだけではない。モーターやポンプ、軸受けなど、核開発には多様な部品が欠かせない。「手に入れやすくするために、輸出規制水準を微妙に下回る製品を調達しようとするのは中国の常とう手段だ」。日本核物質管理学会で事務局長を務める岩本友則は指摘する。
中国机床工具工業協会によると、中国の工作機械生産額は2022年に1823億元(約3.6兆円)に達した。世界最大ながら、5軸加工機を含む高性能な機械の大部分は輸入に依存しており、その7割ほどを日本とドイツに頼っている。
CAEPは公開している入札情報で、工作機械の具体的な使い道には一切言及していない。だが中国の核戦力増強に、日独の工作機械が一役買っている恐れはどこまでいっても拭えない。
入札情報で見えた軍事転用のリアル
CAEPが対象の技術や部品をすべて入手できたか、入札データだけでは完全には追えない。だが文書に記した製品スペックをつぶさにみていくと、中国の核開発をめぐるサプライチェーンに多くの西側企業が取り込まれている現実が浮かび上がる。
ドイツ社製の5軸工作機械(22年8月契約)
22年5月に出した公告の「采购需求(調達要件)」をみると、応札する中国企業に対し、ハイスペックの工作機械を求めていることがわかる。
「要求实现高效率、高精度、高可靠性。……采用成熟先进的技术及系统,保证系统具有良好的动态品质」―高効率、高精度、高信頼性の実現を要求する。
……先進的な技術およびシステムを採用し、高品質を保証すること(日本語訳)
具体的な契約書は「型号規格(型番仕様)」と「生产厂家(メーカー)」がデジタル編集で白塗りになっていた。解析をかけると「徳国(ドイツ)OPS」の文字と製品名があらわになった。
OPS・インガソール・フンケンエロジオンの5軸加工機はDMG森精機製と同様に性能が高いとみられる。核開発装置のタービンから、モーター、遠心分離機の容器、ミサイルの羽根まで容易につくれる。CAEPは何らかの開発に生かすため、OPS製品の調達に動いたとみられる。
日本経済新聞はOPSにコメントを求めたが、回答を得られなかった。
中国製5軸機が搭載する西側部品(22年4月契約)
中国広東省の地場メーカー、広東今科机床が生産する工作機械の写真と、内部構造を詳細に模したイラストが確認できる。
性能表をみると、内部に組み込むCNC装置にドイツの「海徳漢(ハイデンハイン)」製品を使っている。日本のTHKや日本精工(NSK)の部品も搭載する高性能の工作機械のようだ。
民生向けには航空エンジンや自動車部品といった複雑な加工品を製造できる。使い方次第では核兵器の高度化にも生かせる。
「部品サプライヤーに適用されるすべての輸出管理規則を順守している。弊社製品を軍事用途に無断で使うことを厳しく非難する」
ハイデンハインの広報担当者は日本経済新聞の取材にこう回答した。公告で記載のあった広東今科机床を含む、応札企業10社をブラックリストに登録したという。
THKは「厳しく社内審査を実施したうえで契約書を取り交わしているが、すべての最終需要者の捕捉は難しい」と答えた。
日本精工は「CAEPが当社製品を入手した事実を把握していないため、見解は差し控えたい」とした。
自動化ラインの構築(22年11月契約)
米国や台湾製の工作機械2台と、ファナック製のロボットを組み合わせた自動化ラインのイラストが載る。
4時間以上の無人作業を実現できるとし、実験装置などに使う部品の加工効率化につなげる狙いだ。
同様の入札(22年1月契約)
別の契約案件では、仕様図に牧野フライス製作所の機械もあった。完成イメージ図では中国製のロボットと並んで、牧野フ製のCNC放電加工機2台が確認できる。
放電加工機は火花で金属を溶かしながら、任意の形に仕上げていく。超硬合金など硬い素材でも加工できるため、金型の製作に向く。
契約書が示す自動化ライン技術はすでにCAEPに流通した可能性がある。核開発に転用されている疑いは否定できない。
制御不能の供給連鎖
CAEPの入札に応じ、契約を交わした企業は115社あった。すべて中国の販売代理店やメーカーだ。世界の企業データベース「オービス」を使って分析すると、そのうち少なくとも17社で最終的なオーナーが中国政府、または国有軍需大手や軍と結びつきが強い大学と資本関係にあった。
日米欧など西側企業にとってこうした企業が2次、3次の流通業者となり、実態を見えなくさせているケースも多い。
たとえば北京哈徳曼自動化設備(北京市)という工場自動化機器メーカーだ。
この会社は米国や台湾のメーカーの工作機械を仕入れ、CAEPに納めようとしていた。それだけではない。そうやってCAEPに販売する製品には、日本精工やファナック、英レニショーといった日欧企業の部品とシステムも多数組み込んであった。
日本精工などからすれば、北京哈徳曼は2次以降の取引先であり、直接関係はない。しかし実際にはその北京哈徳曼を介して、CAEPへ各社の技術が流れた恐れがある。
「18~22年の間に、応札した中国企業と年間数台から20台の納品実績があった。応札企業に該当の入札案件について照会したところ、当社製ロボットをCAEPに売却しないとの回答を得た」
ファナックの広報担当者は説明する。CAEPが要求する技術仕様にファナック製ロボットが近かったため、北京哈徳曼が許可なく応札資料に含めたという。「これまでCAEPに保守サービスを提供した実績はない」とも話す。
米ハーディングの担当者は「輸出入の法令と社内方針を常に順守している」と話す。応札した中国企業との取引については、「特定の顧客や製品に関する情報は差し控える」とした。
貿易管理に詳しい日本の政府系研究機関の幹部は「相対の取引と違って複数企業が加わる入札制度は流通経路を複雑にするだけでなく、最終需要者を不透明にする」と警戒する。
中国とCAEPには複雑に絡み合ったサプライチェーンが宝の山に映る。
グローバル化で、世界の工作機械産業も生産や販売の分散が進んだ。全体像をとらえるのは、どの企業でも難しい。中国はその間隙を縫うように、長年にわたって西側の先端技術に触手を伸ばしていた恐れがある。
牧野フの担当者は本音をもらす。「(日本経済新聞から)問い合わせを受けるまで事態を把握していなかった。正直びっくりしている」
入札データで明らかになったように、同社の中国関連会社が製造・販売する工作機械2台がCAEPに渡っていた。しかし兆候や手がかりも含めて、そうした動きを捕捉できていなかった。
CAEPに牧野フの工作機械を売ったのは、広東省地盤の深圳模徳宝科技という精密機器の販売業者だ。牧野フは21年に深圳模徳宝科技と取引を始めたが、知らぬ間にこの会社がCAEPの入札に加わり機械を横流ししていた。
深圳模徳宝科技は典型的な軍民融合企業とみられる。同社のウェブサイトでは、スーパーコンピューターを擁する国家超級計算深圳センター(広東省深圳市)と協力関係にあると前面に出している。
米商務省は21年4月、核兵器や極超音速ミサイルの開発に関与している疑いがあるとし、同センターをエンティティーリストに追加した。深圳模徳宝科技はそうした機関と一体となって、核戦力の増強に貢献している可能性が高い。
CAEPが入手した工作機械はいずれもエントリー機で、規制の対象外であると牧野フは強調する。深圳模徳宝科技との取引は中止し、今後については「新規顧客の照会や管理を強化し、再発防止に向けた取り組みをしていく」とした。
深圳模徳宝科技からコメントは得られなかった。
これらのケースは氷山の一角にすぎない。
工作機械以外も含むCAEPの調達品のうち、最も多かったのが日本製だ。台湾とドイツ、米国、スイスがそれに続く。核開発の強化へ、世界中から先端技術をかき集めている様子が見て取れる。
調査の対象となった22年1月〜23年7月の期間だけで、CAEPに技術や部品が渡った可能性のある西側の機械メーカーや部品サプライヤーは合計80社超にのぼった。日本のファナックや安川電機、独シーメンスといった世界を代表する企業を含む。
全社に聞き取り調査したところ、各社とも直接関係のある1次取引先までは法令に沿った輸出審査を徹底していた。しかし2次以降についてはそれが容易でなく、看過を強いられているというのが共通する回答だった。
工作機械を構成する軸受けやモーターなどの汎用部品になるほど、どこに流通しているか見えづらくなる。正当な理由なく中国の顧客に取引先を制限するよう要請すれば、それはそれで独占禁止法に抵触しかねないとの見方もある。
日本では、経済産業省が輸出先として注意を呼びかける「外国ユーザーリスト」にCAEPを載せていない点を問題視する声もある。米国などが警戒を強めるなか、日本が規制の「穴」となりかねないからだ。
今回の入札データ分析でCAEPに製品が流れた恐れがある半導体製造装置メーカーの担当者は話す。「外国ユーザーリストに記載がないので(対象の取引は)法令順守の面で問題ない」
CAEPは各国の監視をかいくぐり、世界的なサプライチェーンの隙間にしみ出す先端技術を狙う。なかでも現地子会社などを通じて中国と長年ビジネスを続けてきた企業ほど、標的になる懸念は増す。
日本の工作機械メーカー、TAKISAWAもそうして目をつけられた形跡がある。
同社の台湾子会社は22年7月、上海滝沢科技(上海市)という中国の販売代理店から4台のCNC旋盤機械を受注した。
しかし、そのわずか1カ月後だ。CAEPは上海滝沢と電撃的に、その4台の機械を買い取る契約を結ぶ。
TAKISAWAの担当者は「日本経済新聞の問い合わせ後に輸出管理の担当役員が台湾子会社を訪れ、事実関係を確認した。販売代理店には注文のキャンセルを通知し、すでに同意を得た」と説明する。上海滝沢とは取引はあるが、資本関係はない。
「中国法に詳しい現地法人などに事業を任せている間に、最終的に自社製品がどう使われるのかといった危機感が薄れていく」 経済安全保障に詳しい拓殖大教授の佐藤丙午は中国進出企業の傾向を分析する。
上海滝沢科技からコメントは得られなかった。
管理のわずかな穴突く
CAEPの陳が144枚の羽根付きタービンを削り出せたのは、DMG森精機の5軸加工機があればこそだった。ここでもサプライチェーン管理のわずかな隙を突かれた。
DMG森精機の広報担当者は「ドイツ政府から輸出許可を得たうえで、CAEPとは別の企業に民生用途として輸出した」と説明する。「その後の経緯は不明だが、欧州の輸出管理法に違反するような対応はしていない」と付け加えた。
同社は世界の顧客に対し、第三者が故意に機械を取り外したり、解体したりすれば、電源が自動的にオフになる遠隔管理システムの導入を進めている。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」を使い、不正流用を防ぐためだ。
軍事転用の恐れがある民生技術をめぐっては、世界的な輸出管理の枠組みがあるにはある。
代表例が「ワッセナー・アレンジメント(WA)」と呼ぶ仕組みだ。米ソ冷戦終結後、主に西側の有志国が集まって立ち上げた。
工作機械のような汎用機器の不正利用を防ぐために規制品目を議論している。すべての国・地域への輸出を対象としており、中国向けも含めて目を光らせる。参加国は合意した品目リストに基づき、国内法で輸出規制をかけている。
しかし実情は42カ国が加わるため、意思決定に時間がかかる。さらにウクライナに侵攻したロシアもメンバーに入っている。協定そのものも紳士的な申し合わせにすぎず、法的拘束力を持っていない。
具体的なルール運用でも各国で差がある。工作機械の性能を左右するCNC装置が一例だ。機械本体に内蔵している場合、日本では本体とCNC装置をそれぞれ個別に審査するが、原則ドイツでは個別にチェックしていない。
つまり精度の低い工作機械のなかに組み込んでしまえば、そのCNC装置がどんなにハイテクで軍事転用のリスクが高くても、運用上はドイツの規制の網をすり抜ける懸念がある。
実際、今回の調査でCAEPに渡ったおそれのある5軸加工機には、すべてドイツ製のCNC装置が搭載してあった。
「連邦政府は輸出規制を強める政策を進めている。個別事例は最終使用者が意図する用途によって判断している」。ドイツ連邦経済・輸出管理庁(BAFA)の広報担当者は話す。
CAEPの入札で最多だった日本製品は汎用の工作機械や関連部品が大半だ。一方でミサイルや核実験のシミュレーションにも使える半導体は米国製、工作機械の頭脳であるCNC装置はドイツ製が多かった。
中国が巨大市場であるのは間違いない。輸出管理をめぐる対応の違いは、中国での事業機会をうかがう各国の温度差を映す。
何よりしたたかなのが米国だ。
表面上は中国と激しいつばぜり合いを演じるが、輸出規制に詳しい弁護士の石本茂彦は「日本企業が尻込みしている間に、米企業が類似品を売りさばくこともある」と明かす。規制を回避できるようにあえてダウングレード品を開発するケースも散見される。
エヌビディアは今回調査で最先端半導体がCAEPに渡っていた可能性が判明した。現在は中国向けに米規制に触れない新型半導体を売り出していたが、米政府は10月、こうしたダウングレード品も取り締まる方針を示した。いたちごっこは続く。
米中の対立はもはや後戻りできないところまで来ている。中国向けビジネスで米国制裁の余波を受ければ、その代償は計り知れない。
だが一方で企業もまた、生き残りへ知恵を絞る。西側諸国も中国封じ込めで結束を見せるが、その内実は決して一枚岩ではない。
「中国との取引が今後本当になくなるのかどうか、真剣に考え始めるようになった」
工作機械部品を中国に輸出する台湾メーカーの社長は匿名を条件に、日本経済新聞の取材に答えた。
中国をあらゆる産業のサプライチェーンに組み込んできたのは、他ならぬ米国を筆頭とする西側諸国でもある。その中国と、今後どう向き合っていくか。
「輸出管理の重要性は理解している。でも中国マーケットも欲しい」。そう続けた台湾メーカー社長の言葉は、ジレンマに悩むあまたの企業を代弁している。(敬称略)
日本経済新聞は中国工程物理研究院と傘下の研究所、同機関に所属する技術者の陳行行氏にコメントを求めたが、いずれも回答は得られなかった。