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中国軍日米欧と共同先端研究
極超音速など5年473件

日経分析 兵器転用の疑いも

中国の人民解放軍の関係者が、日米欧の大学や企業との学術連携に紛れ込んでいる実態がわかってきた。狙いは軍事転用が可能な「機微技術」だ。日本経済新聞が国際論文データベースを分析したところ、過去5年間で合計473件の先端分野の共同研究に軍関係者が加わっていた。民間研究を国防分野に積極的に取り入れる中国とどう向き合っていくのか、揺れるアカデミアの世界を追った。(敬称略)

アカデミアに紛れ込む中国軍

日本経済新聞は拓殖大教授の佐藤丙午ら専門家と国際学術論文データベース「スコーパス」を分析し、中国軍と密接につながる研究者が海外の先端研究を取り入れる手法を探った。

豪政府が2021年11月に公表した「機微技術リスト」を参考にした。この中から兵器開発に直結しやすく、中国軍が力を入れているとされる①極超音速滑空体②電波吸収素材③自律型無人航空機(UAV)――の3分野に対象を絞り込み、累計8500万件超の文献データを洗った。

中国が軍民融合を強めた17年以降、軍の関連組織が海外研究者と共著した学術論文は約4万5000件にのぼった。さらにデータ分析会社FRONTEO(フロンテオ)の人工知能(AI)に軍事転用のリスクが高い論文の特徴を学ばせ、3つの機微技術をめぐる研究の傾向をあぶり出した。

見つけたのは、極超音速ミサイルなど兵器への応用の恐れがある合計473件の共著論文だ。中国軍につながる39の機関や組織が国際的な研究プロジェクトに関わっていた。

習政権が中央軍民融合発展委員会を設立した17年から22年1月までに書かれたこれらの論文は、データベースにある3つの機微技術に関する4万5000件のごく一部に過ぎない。それでも共著者として名を連ねる海外の研究者は日米欧の24カ国に広がっており、中国との共同研究が一般となりつつある現実を示している。

機微技術をめぐる共同研究の内訳

17年以降に中国軍の関連組織・機関が共著者として加わった学術論文数(22年1月時点)

  • 極超音速滑空体
  • 自律型無人航空機(UAV)
  • 電波吸収素材
テーマ別内訳
論文共著者の出身国トップ10
軍事転用の恐れがある「極超音速滑空体」「電波吸収素材」「自律型UAV」に関係するキーワードをタイトルと要旨に含む論文が対象。米商務省の禁輸リストなどが対象とする39の中国軍系組織・機関が加わる共著論文を調べた
出所:スコーパスのデータをもとに日本経済新聞とフロンテオが分析

極超音速滑空体にまつわる共著論文が188件と最も多く、機体の姿勢や位置の制御、高温に強い材料などをテーマにしていた。こうした技術は軍事に直結しやすいため、日米欧の研究者の間ではプロジェクトの審査が欠かせないとの声があがる。

「中国のパートナーをよく知ることは重要だ。しかし教授個人や大学による検証には制度上の限界があり、当局による支援や情報共有が必要となる」。防衛産業や軍事技術に詳しい拓殖大の佐藤は警鐘を鳴らす。

「普通ではない」研究

中国軍は2019年の軍事パレードで、極超音速ミサイル「東風(DF)17」を公開した(新華社・共同)

伏線は至る所で張られていた。

2020年、電気・情報通信分野の世界的権威である米電気電子学会(IEEE)の科学誌に、中国を中心とする国際共同研究チームが学術論文を発表した。「極超音速で飛ぶ滑空体は摩擦熱による高温下でも、効率よく電波を送れるか」。プロジェクトには西安科技大のほかに、オーストラリアのニューサウスウェールズ大研究者も加わっていた。

音速の5倍を超す極超音速機はスペースシャトルが有名だ。中豪チームの研究テーマも一見、こうした宇宙開発など民生向けだが、実態は大きく違っていた。

英紙フィナンシャル・タイムズは21年後半、中国軍が同年8月に核弾頭を搭載できる極超音速ミサイルの発射実験に成功したと報じた。

猛スピードで飛ぶ極超音速体は既存のミサイル防衛システムでは迎撃が難しい。米軍制服組のトップである統合参謀本部議長のマーク・ミリーの言葉が世界の驚きを代弁する。旧ソ連が1957年に史上初の人工衛星を打ち上げ、米国の鼻柱をへし折った「スプートニクモーメント」を引き合いに出し、今回の衝撃度は「極めてそれに近い」というのだ。

中豪のプロジェクトは、中国の兵器開発になんらかの貢献を果たした可能性がある。

この研究には、西安科技大とニューサウスウェールズ大という学術機関だけが関わったわけではなかった。論文の共著者に並ぶのは、中国電子科技集団(CETC)と中国航天科技集団(CASC)という中国の国有2社だ。前者は政府向けIT(情報技術)インフラに加えて電子戦技術を開発し、後者は宇宙船とともにミサイルも手がける。ともに中国を代表する「軍民融合企業」とでも呼ぶべき存在である。

研究論文は滑空体のレーダーシステムを風や熱から守るドーム型のカバー内で作動するアンテナの性能に焦点を当てている。ところがスペースシャトルなど大気圏に再突入する宇宙船は、必ずしもレーダーによる誘導を必要としない。めざす場所に寸分の狂いもなく飛行体を導く。専門家から見ると、この研究がミサイル用途を想定しているのでないかと疑惑が膨らんでいる。

テーマが「機微技術」であることを理由に、3人の専門家が匿名を条件に日本経済新聞に語った。極超音速に詳しい国内大学の教授は、商業利用には「珍しい」としたうえで「軍事利用される可能性が高い」と述べた。兵器の調達や研究開発に携わるほかの2人は「論文で説明する滑空体が一回限りの使用を前提としている」と指摘し、図表やイラストがミサイル技術を想起させると話す。

プロジェクトに加わる中国航天科技は18年に極超音速ミサイルの発射実験を実施したと発表している。中国の学術論文データベース「中国知識基礎設施工程」によると、西安科技大から参加した准教授の許万業は13年に空軍西安飛行学院とアンテナカバーの電子性能に関する共同研究を手がけていた。この学院は高度な空中戦を訓練する軍の専門機関だ。

中国航天科技と許からコメントは得られなかった。

ニューサウスウェールズ大はすべてのプロジェクトを審査していると説明する。「我々は外国からの干渉を真剣に受け止め、不適切な影響を検知する包括的な対応策を導入した。これには専門の上級顧問の任命や大学関係者による委員会の設置を含んでいる」。広報担当者は話す。

同時に同大学は、オーストラリアの技術革新には国際的な共同研究が欠かせないと強調する。「国益を追求するために海外パートナーとの関わりを持ち続ける」と広報担当者は付け加えた。

成長途上のスーパーパワー

中国はすでに世界トップクラスの軍事大国になった。その背景には習近平政権が推し進める「軍民融合」政策がある。

民間の商業研究と国防分野の垣根をなくし、軍事力を柱とする国力増強をめざす国家戦略だ。17年に中国共産党が「中央軍民融合発展委員会」と呼ぶ司令塔組織をつくり、習が自らトップに就いた。この政策の重要性がうかがえる。

企業など民間側の役割はますます大きくなっている。英シンクタンクの国際戦略研究所によると、20年に中国軍傘下の軍事科学院が採用した民間出身の研究者は700人を超え、2年間で5倍に増えた。

「人民解放軍が独自に専門家を育成するのは難しく、軍民融合政策のもとで民間の技術力が必要とされている」。防衛省防衛研究所の主任研究官、八塚正晃は指摘する。

それだけにとどまらない。中国は欧米の「頭脳」も狙っているとの批判がある。

21年11月、米オハイオ州で徐延軍という中国人が有罪判決を受けた。理由は経済スパイと企業秘密窃盗の罪だ。米国は徐が中国情報機関の所属だと主張する。「複数の偽名を使って、航空分野の有力企業をターゲットにしていた」。司法省の声明によると、多数の証拠が出てきたという。

たとえばジェットエンジンの世界的なサプライヤーであるGEアビエーションが標的になった。

17年に同社のある社員に中国の大学での講演「依頼」が舞い込む。米当局の調べでは、このときに窓口になったのが徐だった。その後、徐は社員に「システム仕様や設計プロセス」の情報を要求した。米司法省は「(徐が)世界のどの企業も開発できないGEアビエーション独自の複合航空エンジンファンに関する技術を盗み、中国の国家利益を図ろうとした」と指摘した。

中国当局はこの容疑は「まったくのでっち上げ」と主張している。

真偽はなお不明な部分もあるが、軍民を一体運用していく戦略は中国軍の技術的な遅れを埋め、独自の新装備を開発するのに役立っているようだ。中国政府はこうした取り組みに多額の資金も投入している。ストックホルム国際平和研究所の推計によると、21年の軍事費は約2700億ドルに増え、米国の7680億ドルを猛烈に追い上げている。

潤沢な資金力を背景に、中国軍は着実に実力を蓄え始めている。米グローバル・ファイヤーパワーの「軍事力ランキング」を見ると、中国は直近の22年版で米国とロシアに次ぐ3位に入った。

世界軍事力ランキング2022
軍事力、財政、物流、地理など50以上の個別要素に基づき、142の国・地域をランキング。*数値が小さいほど理論上の戦闘力が高い。
出所:グローバル・ファイヤーパワー
米中の軍事力比較(2022年)
*推定
出所: グローバル・ファイヤーパワー
中国の軍事費は増加傾向

(単位:兆ドル、20年レート換算)

中国と92~12年のロシアは推定
出所: ストックホルム国際平和研究所

中国は現代の戦争を一変しかねない新たな兵器の開発で米国と真っ向から勝負を仕掛けている。人の操縦を必要としない自律型ドローンが一例だ。

中国国営メディアの環球時報は19年、多数の国産ヘリコプター型無人ドローンが群れとなって、軽火砲や小型爆弾、機関銃で自動攻撃を繰り返す独自技術を確立したと報じた。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など中東における米国の同盟国に、軍事用途の無人ドローンを輸出しているともされる。

21年の中国国際航空宇宙博覧会で初公開した中国製の遠隔操縦型偵察ドローン「無偵(WZ)7」
同博覧会でデモ飛行する中国空軍のステルス戦闘機「J20」(新華社・共同)

新たな技術と同時に、中国はステルス戦闘機のような従来型の兵器にも磨きをかけている。最近まで中国軍の航空部隊はロシア製エンジンのコピーを使っていることで知られてきた。しかし環球時報によれば、最新の第5世代ステルス戦闘機「J20」は国産エンジンを搭載し、大量生産の段階に入ったという。

中国政府は軍を効率運用していくために、大規模な組織改革にも力を入れている。15年にはロケット軍と戦略支援軍を創設し、宇宙、サイバー、電子、情報、通信、そして心理戦と多様な戦場で軍を一体運用していくための素地を整えた。

こうした取り組みはすべて習政権の意向につながっている。習は17年の共産党大会で「習近平思想」と呼ぶ新たな国家目標を提唱した。35年までに経済力や科学技術力を大幅に高め、建国100年となる49年に「社会主義現代化強国」をつくり上げるという内容だ。「21世紀半ばまでに世界一流の軍隊を建設する」として、軍の実力を米軍と並ぶ水準まで引き上げることを狙っている。

合法だが不透明

18年に北京で開いた中央軍事委員会で代表と握手する習近平(シー・ジンピン)国家主席(新華社・共同)

軍備拡張の動きと歩調を合わせるように、アカデミアの世界に対する中国の浸食もじわり広がりだしている。

きっかけはやはり17年だ。国営新華社によると、中央軍民融合発展委員会が中国全土に重要通達を送った。「軍民融合分野のあらゆる組織は承認なしに国家や軍事機関、国有企業と誤解されやすい文言を用いてはいけない。すでに使用している場合は、直ちに変更しなければならない」。文書にはこう記されていた。

この命令に従うように、軍が所管する人民解放軍ロケット軍工程大は多くの学術論文で「High-Tech Institute of Xi’an(西安ハイテク研究所)」という目立たない別の英名を使用している。シンクタンクの豪戦略政策研究所(ASPI)は18年、この英語の別称は研究論文でのみ使っているようだと報告した。

無害のように見える別名を隠れみのにして、巧妙に海外の研究者らに近づく。日本も無関係ではいられない。

21年には、富山県立大の研究者が北京師範大の教授、侯立安と放射能汚染水の処理に関する論文を発表した。この侯が「西安ハイテク研究所」の所属だったのだ。論文の共著者である富山県立大の准教授は日本経済新聞の取材に対し「彼が軍関係者とは知らなかった。別称が中国軍の大学を意味することも知らなかった」と述べた。

「彼(侯)の所属は契約書の段階では北京師範大だけだったが、その後に何の予告もなく西安ハイテク研究所が論文の草案に加えられた」と振り返る。

ロケット軍工程大のホームページによると、侯は14年に核ミサイル配置と環境保護をテーマにした研究で中国人民解放軍の「軍隊科学技術進歩一等賞」を獲得している。

日本経済新聞はロケット軍工程大と侯に取材を求めたが、どちらも応じなかった。

論文で「火箭军工程大学(ロケット軍工程大)」は「High-Tech Institute of Xi'an」となり、「火箭军装备研究院(ロケット軍装備研究所)」は「High-Tech Institute of Beijing」へ名前が変わる (中国科学誌の無機材料学報)

日本経済新聞の調査でも、中国軍に関連する組織が学術論文で正体を悟られないよう、ある種の「偽名」を使っているのが確認できた。ロケット軍の下部組織であるロケット軍装備研究所は「High-Tech Institute of Beijing(北京ハイテク研究所)」という英語の別称を名乗っていた。

実際に中国の科学誌「無機材料学報」の掲載論文を見てみるとわかりやすい。中国語では共著者の所属がいずれも本来の軍事組織名になっているが、英語はそれとはかけ離れた別名が確認できる。

論文で名前を使い分ける行為は違法ではない。だがこうした中国人研究者らと共同研究を手がけるリスクを懸念する声は増えている。中国軍との潜在的なつながりが不明瞭にされ、知らぬ間に機微技術の流出事案に巻き込まれかねないからだ。輸出規制に詳しい日本の政府系研究機関の幹部は「国際的な慣行を無視しており、最終的に誰がどのような形で共同研究した技術を使うのかという透明性が保証されていない」と述べた。

不明瞭なつながり

日本経済新聞の分析では、中国側で最も積極的に共著論文に関わっていたのは西北工業大だった。同大は「国防七子」と呼ばれる中国軍と緊密な国立大学の一校で、数十年間にわたって中国防衛産業の発展に貢献してきたことで知られる。

共同研究から軍需企業へと至る道

共著論文から遡る中国人教授の素顔

出所:スコーパス、天眼査、西安ソフトウエアパーク開発センター、西北工業大

西北工業大は19年、先進的な電磁波シールド材料について学術論文を共同発表した。米ドレクセル大、韓国科学技術研究院、そして日本を代表する電子部品メーカーの村田製作所が共著者として名を連ねていた。

論文ではスマートフォンへの活用を念頭に「マキシン」と呼ぶ炭素系の材料を紹介している。素材技術に明るい日本材料技研の代表取締役社長、浦田興優は「マキシンは一般的に電波を吸収できるカーボンナノチューブと機能的に類似した最先端材料だ」と話す。

だが軍事的な転用が可能だと示唆する声もある。

笹川平和財団の上席研究員、小原凡司は指摘する。「ステルス戦闘機はレーダー電波の反射を極力減らすように設計しているが、補完的に電波を吸収する材料を機体の一部に塗布している」。レーダー(波)が返ってこなければ、その機体を見ることはできない。ステルス機には3つの機微技術のうち、2番目の電波吸収素材が重要な役割を果たす。

中国が米国のF22やF35に対抗し、大型ステルス機「J20」の量産をはじめたのは記憶に新しい。最近は輸出向けに中型ステルス機「FC31」の開発にも乗り出している。西北工業大が村田製などとともに発表した論文はこうした新型機に生かされている可能性がある。

村田製の広報担当者は日本経済新聞の取材にこう述べた。「ドレクセル大に以前依頼をして試作したマキシンの使用を許可しただけで、論文には直接貢献していない。(共著者である)西北工業大の2人の教授とは全く接触しておらず、どのような人物かは確認していなかった」

共著者の一人である西北工業大教授の成来飛は、セラミック複合材料を扱う「西安鑫垚陶瓷複合材料」という企業の創業者兼会長を務めている。西北工業大は同社の3%の株式を保有する。これらは中国国家知識産権局が公開する特許データと、中国企業データベースの天眼査から確認できた。さらに成ら西北工業大の共著者2人が所属する大学内の拠点については、科学専門誌の「中国材料進展」が新型ステルス戦闘機を研究する国家重点実験室と紹介している。

西安鑫垚陶瓷複合材料は典型的な軍民融合企業と言っていいだろう。最高経営責任者(CEO)の王佳民は拠点を置く西安の国家ハイテク産業開発区の企業紹介ページで「当社は総事業の9割以上を軍需製品が占めている」と語っている。

西北工業大の2人の教授と西安鑫垚陶瓷複合材料はいずれも、日本経済新聞の取材に応じなかった。

中国への圧力

21年11月、バイデン米大統領はホワイトハウスで習近平国家主席とオンライン会談にのぞんだ(ロイター)

機微技術の軍事利用を懸念し、欧米諸国の間では共同研究のルールを厳しくするといった新たな動きが出始めている。

米下院は22年2月、「米国競争法案」を可決した。国内の半導体産業を中心に先端技術の育成を強化し、中国に対抗していく。

この法案は21年6月に上院を通過した草案と年内にも一本化する予定だ。上院が認めた案では、たとえばサイバーセキュリティー分野で中国を意図的に支援する第三国の企業への制裁の可能性に言及している。

英国も21年5月、軍事技術に関連する特定の機密分野について大学院レベルの研究者を審査する「学術技術承認スキーム(ATAS)」を改正した。これにより、当局が調べる対象が留学生から研究に携わる外国人全般へと広がった。

「各大学や英国政府、安全保障機関と緊密に連携し、国際共同研究における安全保障上のリスクを特定して軽減できるように支援している」。英国の学術機関の集まりである英国大学協会の広報担当者は説明する。

オーストラリアも21年11月に、国際共同研究に対する外国からの干渉を防ぐガイドラインを作成した。敵対的な外国の政府、諜報機関による影響から国内大学の学生や教員を守りつつ、共同研究で得られる成果を国内産業に生かす狙いだ。

各国政府の締め付けが厳しくなるにつれ、中国の研究機関と協力するリスクがそのメリットを上回り始めたとみる専門家も多い。

米コビントン・バーリング法律事務所のスティーブン・ラドマーカーは「風評リスクを減らすため、米国のエンティティー・リストに載っている中国の研究機関とはできるだけ連携しない方がいい」と指摘する。エンティティー・リストとは、米商務省が公表している貿易制限リストだ。米国企業が特定の機微技術を輸出することを禁止している。

中国はこうした流れに反発を強めている。21年6月に全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会が反外国制裁法を可決し、中国の国益を損ねると判断した外国企業に当局が強力な対抗措置を講じられるようになった。

乱れる足並み

多くの欧米諸国が対中姿勢を厳しくするなか、日本は中国との共同研究に比較的寛容な姿勢を保っている。

経済産業省と文部科学省の合同調査によると、21年4月時点で320の大学のうち34%が留学生を審査する内部規定を持っていなかった。

日本の大学における内部規定の策定状況

日本の大学の3つに1つが外国人留学生を審査する内部規定を設けていない(21年4月時点)

320大学が対象

国立大および医・歯・薬・理工系学部を置く公立・私立大
出所:文部科学省・経済産業省合同調査

輸出規制に詳しい日米の弁護士らによると、米国政府は日本に米国並みに厳しい経済安全保障システムを構築するよう圧力をかけているという。日本は22年度から留学生に対する規則を強め、長期在留する外国人学生が重要技術にアクセスするには経産相の事前認可が必要になった。

それでもまだ多くの関係者は、米国を満足させるには十分ではないと考えている。経産省の担当者は「経済安保に対する意識が低いと見なされれば、同盟国からも日本との共同研究を敬遠される恐れがある」と話す。

さらに事態を複雑にしているのは、大半の先端技術はデュアルユース(軍民両用)が可能という現実である。

「アカデミアの世界では日々の学術交流の中でノウハウや専門知識を共有することが一般的によくある。それだけに機微技術を扱う場合はより慎重になるべきだ」。有機合成の国際論文を執筆してきた東大教授の小林修は話す。

米国内でも、政府と研究者の意見は必ずしも一致していない。

米司法省は22年2月、トランプ前政権下で始めた特別プログラム「チャイナ・イニシアチブ」を打ち切ると発表した。中国による知的財産の盗用疑惑に対抗する内容だったが、スタンフォード大など米トップ大学の教授数十人が「対象がアジア系の研究者に偏っており、逆に米国の技術競争力を損なっている」と批判していた。

カネと人材

数々の疑念と懸念はあるものの、世界の研究者や大学にとって中国は依然重要なパートナーであることに変わりはない。資金と人材の供給源となっているからだ。

群馬大イノベーションセンター教授の伊藤正実は「共同研究に際して中国政府系の組織や機関が提示する多額の補助金に、誘惑されてしまう研究者も少なくない」と明かす。

21年に江西省九江市の軍分区副司令官らが、UAV企業である江西壮竜無人機科技のドローンを視察した (江西壮竜無人機科技のウェブサイト)

中国軍の関連組織から補助金を受ける共同研究も珍しくない。

たとえば北京航空航天大と英リーズ大に籍を置く研究者が22年1月に共著した学術論文だ。極超音速滑空体などの冷却システムをテーマにしていた。研究助成金を出したのは、中国空気動力研究発展センターを主体とする開発プロジェクト「国家数値風洞」だ。

中国空気動力研究発展センターは国防七子の一角であるハルビン工程大がホームページで「軍部隊」と明記している。ミサイル拡散の恐れから、米エンティティー・リストや日本の経産省の懸念対象に載っている組織だ。専門家の多くは同センターが極超音速ミサイルの開発に関与しているとみる。

リーズ大の広報担当者は「教授は北京航空航天大の一員として研究に携わった。リーズ大での非常勤職を通じた業務とは全く別のものだ」と説明する。北京航空航天大はコメントの要請に応じなかった。

国連教育科学文化機関(ユネスコ)によると、19年には中国は100万人以上の留学生を世界各地に送り出した。「勤勉で優秀な学生が多く、膨大な労働力を必要とする実験作業などでは貴重な人的資源だ」。輸出規制や経済安保について調査やコンサルティングを手がける産政総合研究機構の代表取締役、風間武彦は話す。さらにこう付け加える。「彼らは帰国後に共同研究や転職あっせんの仲介役にもなる」

「良かったらうちに来ませんか」。新型コロナウイルスが拡大する直前の20年春、日本人教授のもとに中国人の元留学生から1本のメールが届いた。教え子が教授をつとめる中国の大学へ転職の誘いだ。

驚くのはその報酬金額だった。「現在の3倍ほどの年収を提示された」。魅力的ではあったが、日本で研究を続けたい気持ちも強く、最終的に断ったという。

アカデミアの世界で中国人研究者の存在感が高まるにつれて、国際的な監視の目はますます厳しくなる。

「国防七子」の卒業生は中国の防衛産業に大きな役割を果たしている

(人数)

  • 十大国有軍需企業
  • 人民解放軍
  • 民間企業
西北工業大、ハルビン工程大、ハルビン工業大は19年、北京理工大は20年、その他は21年 ※南京航空航天大は非開示
出所:各大学の卒業生就職状況報告レポート

東京工業大と日本最大の空圧機器メーカーであるSMCの研究員だった蔡茂林のケースは一つの考察対象となりうる。

蔡は中国に帰国後、15年にUAVを研究開発する「遼寧壮竜無人機科技」を設立した。中国国家知識産権局の公開データベースによると、その事業の過程で偵察用UAVの地上爆撃システムの特許を取得する。さらに政府の軍民融合政策に沿って軍事協力を推進する工業団地「中関村軍民融合産業園」のホームページでは、蔡の企業が軍との軍事演習に加わった様子を取り上げている。蔡の企業はこの工業団地に拠点を構える一社だ。

蔡は現在、北京航空航天大の教授を務める。海外の優秀な中国人科学者らを集める政府の取り組みである「千人計画」にも参加している。

日本経済新聞の取材に対し、蔡は「爆撃の特許は単純なアイデアで、実際の製品ではない。これまで人民解放軍にUAVを提供したこともなく、15年の軍事演習に1回参加しただけだ」と述べた。その上で「米国の要請ですべての共同研究を停止させるのは冷戦時代の発想だ」と付け加えた。

企業ホームページには21年に地方の軍幹部が訪れ、ドローン製品を見学した様子を紹介している。蔡は「民間企業として軍の見学依頼を断るのは難しい」と打ち明ける。

蔡を20年以上にわたって指導してきた日本人の元教授は匿名を条件に「非常に残念だ」と語った。彼が専攻していた空気圧技術を「軍事研究に適用すべきではない」と教えていたという。蔡は「そもそも空気圧技術は民生用の自動化に応用するものであり、軍事転用は絵空事だ」と話す。

疑念が深まる蔡の事例は、中国の研究者との学術連携を巡る国際的な議論が激しさを増していることを浮き彫りにする。あらゆる国の大学も企業も、他人事(ひとごと)ではいられない。米中対立が深まるにつれ、その緊張はさらに高まっていくだろう。とりわけ軍事利用の可能性がある機微技術なら、なおさらだ。