あなたの薬も中国製 影の製薬大国が握るサプライチェーン

イラスト:メインビジュアル

新型コロナウイルス禍が始まる2020年までに、中国は薬の原料である化学物質の生産で主要プレーヤーになっていた。抗生物質やビタミン剤といった身近な医薬品でも、いまや中国は欠かせない存在だ。

中国は医薬品原薬の大部分を輸出している

テトラサイクリン・ドキシサイクリン

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ビタミンB1

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アスピリン

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医薬品以外の用途も含む
(出所)Trade Map

2020年春、医薬品原薬メーカーの桂化学は想定外の事態に直面していた。

「大丈夫です。心配ないですから」

インドから利尿薬の原料を調達しているが、その受け取りが大幅に遅れていた。現地の仕入れ先が繰り返すのは、曖昧な返答ばかり。主力製品のひとつだけに、経営への影響は大きい。社長の桂良太郎は電話やメールで何度も問いただし、ついに原因を突き止めた。

「実は中国から材料が届かないんです……」

利尿薬の原料になる化学物質の入荷が止まっているという。新型コロナウイルスの流行を受け、中国政府が当時各地で進めていた都市封鎖の影響だ。

パンデミックでサプライチェーン(供給網)のもろさが明らかになったのは、医薬品業界も同じだった。薬をつくるのに欠かせない基本的な化学物質でさえも、世界は中国に頼らざるを得なかったのだ。

連載「中国ワクチンギャンビット」は欧米をしのぐ製薬大国になるという中国の野心と、そのしたたかな戦略・戦術に迫るシリーズである。最終回の第3部では、中国の成長を根幹で支え、世界の製薬業界の趨勢を決しかねない医薬品原薬をめぐる駆け引きに注目する。

完全なる変貌

世界の自動車や電気製品の生産が中国へシフトしたのと同様に、医薬品分野においても、中国はここ数十年間で一気に主要なプレーヤーにのし上がった。業界で「API(Active Pharmaceutical Ingredient)」と呼ばれる医薬品原薬がその最たる例だ。

薬ができるまでの一般的な工程
薬ができるまでの一般的な工程

APIとは疾患を防いだり、症状を抑えたりする薬の有効成分をさす。石灰などの化学物質を原材料にし、工場の大きな反応釜の中で化学反応を起こしてつくる。

原材料となる化合物から原薬,完成品である医薬品までの全行程を一社で手がける製薬会社は世界にほとんど存在しない。日米欧の医薬品大手もそれは変わらない。とりわけジェネリック医薬品を扱う後発メーカーは、原料の化合物や原薬を海外から輸入せざるを得ない。そして、その大半の経路は中国に通じている。

「医薬品のサプライチェーンをたどれば、遅かれ早かれ中国につながる」。日本薬業貿易協会の会長、藤川伊知郎は言う。

1990年代半ばまで、欧米と日本で世界の医薬品原薬の9割を生産していたといわれる。しかし時代は一変した。英国の規制当局の調査では、2017年時点ですでに中国の原薬生産の世界シェアは4割におよぶ。医薬品でも中国は着々と「世界の工場」の足場を固めつつある。

その影響力は、思った以上に身近なところにまで広がっている可能性がある。この記事の取材を進めていた記者(25)も、身をもってそれを実感した。

「感染性胃腸炎ですね。抗生物質を出しておきますから」

22年3月中旬のことだ。記者は激しい腹痛に襲われた。前夜食べたエビに当たったらしい。病院に駆け込むと、医師は胃腸炎に効く抗生物質「レボフロキサシン」を処方してくれた。

その抗生物質を調べて驚いた。ジェネリック薬の販売元によると、原薬を日本の2社、中国の1社から仕入れているという。さらに詳しく取材すると、日本の2社とも精製前の原薬を中国から輸入していたことがわかった。

米コンサルティング会社のデロイトによると、中国は抗生物質やビタミンなどの「安価で特許切れのAPI」を得意とする。人件費や土地代が高い欧米より、安く大量につくれるからだ。複雑な化学反応を必要としない原薬向け化合物にさかのぼれば、そうした傾向はさらに強まる。

世界は中国抜きでは多くの薬をつくれないところまできている。

次の製薬大国とみなされていたインドも、事情は同じだ。欧州委員会の報告書によると、インドは世界のジェネリック医薬品で2割のシェアを握るが、実はその原薬の7割は中国からの輸入に依存している。

たとえば鎮痛剤であるイブプロフェンだ。インドの医薬品輸出促進評議会の調べでは、ほとんどの原薬を中国から仕入れている。インドは原薬の輸出大国でもあるが、それをつくるために必要となる化合物や「中間体」と呼ばれる原薬のもとはやはり大部分を中国製に頼っている。

最安への競争

中国は日本の原薬のマスターファイル登録で首位に躍り出た

出願者の国別のマスターファイルの新規登録数

出願者の国別のマスターファイルの新規登録数
(出所)医薬品医療機器総合機構

原薬を自社生産していた欧米の製薬会社が拠点を中国やインドに移したのも、理にかなった選択だった。新興国は化学物質の合成に関する環境規制が緩く、より安価に大量生産できるからだ。

原薬の登録データがこの変化を物語っている。

日本の医薬品医療機器総合機構が管理する原薬の詳細情報「マスターファイル」をみると、21年には中国が新規登録件数で首位に躍り出た。原薬メーカーは日本での販売に備えてデータを提出する。10年代初頭までは日本と欧州の企業が申請件数の大半を占めていたが、その後は中国とインドが存在感を増している。

中国の原薬シェアは欧州でも拡大する
  • 中国
  • インド
  • 欧州
  • 米国
  • その他

「CEP(Certificate of Suitability)」の新規出願割合、国別(%)

「CEP(Certificate of Suitability)」の新規出願割合
(出所)欧州医薬品品質管理局

欧州も人ごとではない。欧州医薬品品質管理局では「CEP(Certificate of Suitability)」と呼ばれる原薬の品質証明書を発行している。ここでも中国のシェアは急速に拡大しており、現在では新規申請数の20%以上を占めるまでになった。

高コレステロール薬のシンバスタチンなど、欧州企業が全くCEPを持たない薬も少なくない。これらのデータは一部の疾患治療薬に欠かせない原薬が、すでに欧州域内で生産されていないことを示唆している。

「製薬会社には、できるだけ安価に薬をつくらなければいけない、という巨大な圧力があった」。ドイツのコンサルティング会社、ムンディケア・ライフサイエンス・ストラテジーのアンドレアス・メイザーはこう話す。「それを達成するには原薬の生産をアジア、とりわけ中国やインドに移すほかなかった」

製薬大国としての中国の躍進を後押ししたのは、価格競争を優先した欧米勢だったといえる。

ジェネリックの台頭

各国政府にとって、ジェネリック医薬品は増大する医療費を抑えるための救世主だ。米医薬サービス・調査会社のIQVIAによると、米国で処方された医薬品のうち、ジェネリックが占める割合は2005年の50%から、20年には約90%にまで増えた。

後発医薬品メーカーも楽ではない。競合との違いを出せるのは、価格だけだからだ。ドイツのジェネリック医薬品業界団体プロジェネリカは、後発薬の平均価格はわずか0.06ユーロ(約8円)で風船ガム並みの安さと指摘する。

中国は原材料のコスト面で優位に立つ

(注)インドで原薬を生産した場合を100とする

中国は原材料のコスト面で優位に立つ
(出所)KPMG、インド工業連盟

医薬品原薬の価格については、中国がはるかに優位に立っている。KPMGインドの調査で、中国で医薬品を生産すればインドでつくるより20%も安く済むことがわかった。薬の生産コストのおよそ3分の2を占める原材料費が圧倒的に安価なためだ。

インドは原薬の原材料を中国に依存する

インドの輸入に占める中国の割合(%)、20〜21年

インドの輸入に占める中国の割合、20〜21年
(出所)DGCI&S

HIVの抗レトロウイルス薬であるラミブジンは一例だろう。中国のメーカーが生産すれば、価格は1キロあたり120ドルだ。これに対し、インドで製造されたものは137ドルと高かった。

苦い現実

インドが価格競争で後れを取っている理由の一つは、国内に化合物や中間体などの原材料を生産できる企業が少ないことがある。ラミブジンの原料となる化合物シトシンはインドでほぼ生産しておらず、自給が難しい。このためインドの原薬メーカーの多くは、主に中国からシトシンを輸入している。

インドは「規模の経済」で中国に劣る

平均的な生産容量(トン)

インドは「規模の経済」で中国に劣る。平均的な生産容量
(出所)KPMG、インド工業連盟

生産規模でもインドは中国に及ばない。原薬の中には、中国の生産能力がインドの2倍に達する例もある。KPMGインドとインド工業連盟の調査によると、たとえば抗生物質のアモキシシリンは中国企業の生産能力が平均で年1万4000トンに及ぶが、インドはわずか5000トンにとどまる。

何より政府や当局の動きが中印の明暗を分けている。

2000年代以降、医薬品原薬の工場が「東」に移るとともに、中国政府は関連産業を振興する奨励策や法律を相次ぎ取り入れた。05年には早々に、原薬生産の申請をスピード承認する行政措置を導入したほどだ。国家発展改革委員会が21年11月に発表した声明では、原薬が「国際競争において中国の製薬業界が持つ長期的な利点」であると明確に述べている。

欧米の製薬会社が中国勢に対し、寛大すぎるほどの技術支援を続けてきた経緯も見逃せない。「中国で収益性の高いブランド医薬品を販売するため、欧米メーカーの一部は抗生物質などの後発薬生産に必要な仕様書を中国に手渡した」。「China Rx:米国の医薬品の中国依存を暴く(未邦訳)」の著書で、生命・医療倫理のシンクタンク「ヘイスティングセンター」でシニアアドバイザーを務めるローズマリー・ギブソンはみる。

欧米勢が原薬生産の中国移転をいとわなかったのには、もう一つ理由がある。それは原薬ビジネスというのは、かなりの「汚れ仕事」になる懸念がある点だ。

原薬の生産は環境負荷を伴う大規模な化学反応が必要となる。このため2000年代に入ると、欧米諸国では監視の目が厳しくなった。

「反応釜の中に危険物質が蓄積し、格納容器が破損した場合に作業者や環境におよぼすリスクが大きい」。欧州の化学業界団体である欧州ファインケミカルグループによると、化学反応に欠かせないフッ素化や塩素化といった生産工程に対してはこうした懸念が早くから指摘されていた。

さらにフランスのプライスウォーターハウスクーパース調査では、原薬の生産は大気や水、土壌に化学廃棄物を残す可能性があるという。安全に原薬をつくり、適切に廃棄物を処理していくコストは企業に重くのしかかっている。

「医薬品原薬は有毒な化学物質に変化する場合も多い。欧州で生産したければ、高度な設備や汚染を防止する環境技術が必須になってくる」。ジェネリック医薬品のロビー団体、メディスンズ・フォア・ヨーロッパのエイドリアン・バン・デン・ホーベンは断言する。

欧州は厳しい環境規制を課し、原薬メーカーのコストは上がった
欧州は厳しい環境規制を課し、原薬メーカーのコストは上がった=メディケム提供

スペインの原薬メーカーであるメディケムの最高経営責任者(CEO)、エリザベス・スタンパは欧州で環境基準をクリアする難しさを語る。

「当社は環境上の理由から生産工程を大幅に見直した。顧客への説明、規制当局への再申請の負担は重く、コスト面から最終的に生産を停止した製品もある」。スタンパは日本経済新聞の取材に、同社が抗うつ剤アモキサピンと向精神薬ロキサピンの生産を大幅に見直さざるを得なかったと明かした。さらに高血圧の治療薬であるメトプロロールは完全に生産を取りやめたという。

スタンパは原薬メーカーが環境対策に取り組むためのインセンティブを求める。欧州の過度の医療費抑制策は逆に企業の体力低下や供給の先細りなど、多くの好ましくない副反応を生んでいるというのが彼女の見解だ。

解決策こそ問題

20年初頭めにサプライチェーンの混乱に巻き込まれたのは、桂化学だけではなかった。

コロナ感染が世界中に広がりだした直後、ドイツの医薬品製造受託会社であるコーデンファーマは中国から原薬向け化合物を一時輸入できなかったという。「最終的には汎用品と新薬向けの双方の生産に影響が出た」とCEOのマイケル・クィルムバッハは明かす。

パンデミックに慌てたインド政府は20年4月に、鎮痛剤パラセタモールや抗生物質クリンダマイシンを含む原薬の輸出を制限した。国内需要の急増に加え、これらの原薬は中国への原料依存度が高いものでもあった。

プロジェネリカのマネージングディレクターであるボーク・ブレットタウアは分析する。「原薬向け化合物の生産は規模がものを言いう世界であり、つくればつくるほど値段を下げられる。最も安価なサプライヤーに需要が偏り、一部の製造業者だけが残るようになった」

桂化学が自ら解き明かしたように、どんなに生産が簡単な化合物でも、その原材料をつくれる会社は世界で数例しか存在しないケースがある。

「化合物生産は収益性が低く、多くの企業が市場を撤退してしまった。中国のメーカーは知らず知らずのうちに、少数で多くを支配するサプライヤーになってしまったのではないか」。桂化学社長の桂良太郎はみる。

医薬品のサプライチェーンを巡る問題は、今回のパンデミックで突然浮上したわけではない。

「仕入れ先の地理的な集中は、新型コロナの流行が始まるずっと以前から主要な懸念事項だった」。イタリアに本拠を置く医薬品原薬メーカーのダイファーマで、後発薬向けAPI開発事業を率いるアンドリュー・グラドッジは話す。

中国の原薬メーカーは上海周辺に密集する
  • 米国
  • 日本

日本の医薬品医療機器総合機構と米食品医薬品局(FDA)に登録されている原薬メーカー

日本の医薬品医療機器総合機構と米食品医薬品局(FDA)に登録されている原薬メーカー
(注)医薬品医療機器総合機構、米FDA

中国企業に代わる第2、第3の原料化合物サプライヤーを見つけられないことは多々あるという。このためダイファーマは不測の事態に備え、一部の化合物の自社生産を始めた。

原薬向け化合物を生産する企業は中国国内でも偏在している。日本と米国に登録する化合物メーカーのうち、4割が上海市、浙江省、江蘇省に集中する。それだけに習近平政権が進める「ゼロコロナ」政策の影響を懸念する声は多い。日本薬業貿易協会の藤川によると、22年3月に上海で都市封鎖が始まって以降、現地からの原料出荷に遅れが出ているという。

こうした中国依存は経済的な問題にとどまらない。

「医薬品の供給依存は外国政府の地政学的な戦略に対して脆弱である」。21年6月に米ホワイトハウスが発表した「サプライチェーン報告書」はこう指摘し、医薬品分野でも進む中国依存のリスクを浮き彫りにした。

インド産業開発研究所の准教授、レジ・K・ジョセフは「国家安全保障上のリスクは間違いなく存在する」と語る。広く使われる抗生物質のペニシリンを例に挙げ「もし中国からの(原料の)供給が止まったらどうなるのか。インドには生産施設がなく、誰もが中国に依存しているため、別の供給源を見つけるのは容易ではない」と危惧する。

コロナの感染対策や治療に使う医薬品でも、専門家は中国が深く関わっているとみる。

「コロナ重症患者の治療に欠かせない後発薬は鎮静剤、抗生物質、抗炎症剤を含むが、これらの医薬品に必要となる原薬の90%を中国が生産している」。ヘイスティングスセンターのギブソンは20年3月、米国上院で証言した。

米情報会社クラリベイトの調べでは、52あるコロナ治療薬のうち、4分の3は米国内に生産拠点がない。

デロイト中国でヘルスケア部門を統括するイェンス・エワートは、中国政府がいかに原薬の自国生産を重要視してきたかを力説する。それは単に開発や生産のコストを下げるだけでなく「サプライチェーンを上流から抑える」狙いも含まれているという。

これはコロナワクチンにも当てはまるとエワートはみる。「中国がワクチンをここまで迅速に開発できたのは、国内の製薬会社は簡単に原薬にアクセスできたという理由がある。他の国では輸入を待たないといけない」

これまで中国勢は生ワクチンや不活化ワクチンなど従来型の製品を開発していたが、急速に米国のファイザーやモデルナがつくる「mRNAワクチン」にカジを切り始めている。

中国のステミルナ・セラピテクスは原材料の大部分を中国内で調達し、mRNAワクチンを開発している
中国のステミルナ・セラピテクスは原材料の大部分を中国内で調達し、mRNAワクチンを開発している=AP・FeatureChina

中国のバイオベンチャー、斯微生物科技(ステミルナ・セラピテクス)によると、同社のmRNAワクチンは原材料の9割を国内で調達できているという。すでにブラジルなどで臨床試験が決まっており、年4億回分の生産を計画する。

コロナ治療薬も、結局は中国に頼る部分は大きい。「中国からの原材料を一切使わずに世界市場向けに大量生産できたとしたら驚きだ」。英マンチェスター大学の上級講師、ロリー・ホーナーは話す。

政治的な急旋回

米国、欧州連合(EU)からインド、日本に至るまで、各国政府は医薬品サプライチェーンの自立をますます求めるようになっている。

とりわけ強力に推し進めているのがインドだ。

20年3月、インド政府は総額694億ルピー(約1200億円)におよぶ原薬生産の振興計画を打ち出した。特に中国に依存する53種類の原薬や化合物の生産企業を募り、補助金を支給する。

「原薬の輸入依存を低減する重要な政策であり、インド独自のエコシステムを確立する第一歩になる」。インドのコンサルティング会社プラクシス・グローバル・アライアンスのスミット・ゴエルは期待を寄せる。

インドでは原薬の中国依存が一段と進む

輸入における中国の割合(%)

インドでは原薬の中国依存が一段と進む。輸入における中国の割合
(注)2017年は統計なし
(出所)UN Comtrade

国内生産に十分なインセンティブを与えて価格を下げ、輸入原薬との競争力を高めようというのが骨子だ。ゴエルは「インドも特定の原薬では強力な生産能力を有しているが、中国のプレーヤーは規模と政府の支援策でより優位に立っている」と付け加える。

中国は自国の製薬産業をさらに大きく育てようとしている。欧米と同様に、環境対策は中国政府にとっても大きな課題であるのは間違いない。しかし市場から締め出される企業がある一方、こうした改革は中国の原薬業界のさらなる強さにつながると見る向きもある。

中国の原薬メーカーは淘汰されつつある

中国の原薬メーカーと製薬会社の数

中国の原薬メーカーと製薬会社の数
(出所)国家食品薬品監督管理局

中国政府は15年ごろから、品質管理や生産方式の「クリーン化」を重視するようになった。これが淘汰の引き金となり、中国国内の原薬メーカーと製薬会社の数は15年の5065社から16年には4176社に減少した。

15年に発表した水質汚染防止行動計画では、原薬の生産を「クリーンな変革」が必要な産業の一つとして指定した。同年の環境法や翌16年に可決した汚染物質の生産者に課す環境保護税の影響も大きかった。

波紋は中国国外にもおよんでいる。

鎮痛剤パラセタモールの主要原料であるニトロクロロベンゼンを生産していた安徽八一化工の事例がそうだ。20年末に環境問題から工場閉鎖に追い込まれると、世界的なパラセタモール原薬の価格急騰を招いた。

中国は長年にわたって、品質の低い原薬生産でも悪名高かった。08年には汚染された血液の抗凝固薬ヘパリンを輸出し、米国で少なくとも81人が死亡する事故が起きた。

世界的な汚名を返上するため、中国政府も対策に取り組み始めている。

18年には政府の医薬品競争入札を推し進める「集中購買政策」を導入した。ここに品質を底上げするためのしかけを盛り込んだ。主な対象になったのが後発薬メーカーだ。先発医薬品と同等の品質を保たなければ、政府の大量購買に加われない。

英法律事務所CMSチャイナの朱王強(ニコラス・ジュ)は「医薬品の集中購買政策により、製薬会社は簡単に原薬のサプライヤーを変えられなくなり、慎重に調達先を選ぶようになった」と分析する。

中国政府は新薬向け原薬の開発にも力を入れる。デロイトによると、中国の特許取得済み原薬の世界市場シェアはわずか9%にすぎない。対して米国は36%を占める。中国が急速に知的財産へシフトする理由がここにある。

「中国政府は従来品からハイエンド製品に移行するよう奨励しており、中国が競争力を持つ原薬の種類も広がっている」。デロイトのエワートは分析する。「世界の医薬品サプライチェーンにおける中国の存在感は今後数年間でさらに増すだろう」

マンチェスター大のホーナーは「中国はすでに画期的な医薬品原薬をつくる技術と能力を備えている」と指摘する。その上で「中国の課題はいかに新しい原薬を発明し、市場に送り出していくかだ」と付け加えた。

後戻りはできない

海外に移転した原薬の生産機能を国内に戻す。中国に対抗する日米欧が取れる手はこれしかないが、現実は難しい。

2021年9月、フランス首相カステックスは南東部のルシヨンにある化学工場を訪れた
2021年9月、フランス首相カステックスは南東部のルシヨンにある化学工場を訪れた=SEQENS提供

フランス政府は20年6月、パラセタモール原薬の生産を国内で再開する計画を発表した。しかしパラセタモールは非常に安価な薬だ。フランスの薬局では8錠入りが3ドルで買える。プロジェネリカのブレットタウアは「生産の国内回帰は最終製品の販売価格が高くないと続けられない。そうでなければ製薬会社は世界の市場で出回る安い原薬を選び続けるだろう」とくぎを刺す。

インドが掲げる国内生産の強化計画でも、一部の原薬はいまだ担当メーカーが決まっていない。インド産業開発研究所のジョセフは多くの原薬は輸入した方が圧倒的に安く済み、国内生産は企業にとって「もうからない」ためだとみる。

「医薬品原薬の自給自足を促し、中国依存を減らすには、価格競争力と大量生産を両立できる新たな政策を目指すしかない」。ジョセフは主張する。

フィッチ・レーティングスの企業調査責任者であるフローラ・チューは、中国製原薬の広がりは今後も止められないと予測する。「現時点では各国の生産回帰は規模が限定的であり、中国がコスト面で引き続き優位な状況にある。世界の製薬会社は依然、中国の原薬に頼らざるを得ないだろう」とコメントした。

では、世界はどのように医薬品のサプライチェーンを多様化し、中国による薬の「外交カード」化を防いでいけるのか。

専門家の多くは、製薬会社へのコスト抑制圧力が大きすぎると考えている。

「スーパーに行って、いつも一番安い野菜を買うとは限らない。新鮮か、何日も売れ残っていないか、多くの消費者は品質を確認するはずだ」。欧州ファインケミカルグループの会長であるステファン・デンジガーは指摘する。

現在の欧州の産業政策は基準を満たさない低品質の医薬品まで優遇しすぎている。デンジガーはそう非難する。「特に政府調達では供給の安定性のほか、社会的・環境的な最低基準の順守といった要素も考慮に入れなければならない」

中国と競争し、コストのかかる環境対応を進めるには、生産技術への投資も大きな役割を果たす。原材料費の抑制に役立つためだ。

「競争力をつけるには、テクノロジーに一貫して投資し、生産規模を拡大していかなければならない」。インド製薬連合の事務局長、スダルシャン・ジャインは強調する。インドの国立医薬品教育研究所を筆頭に、同国内の研究機関や企業は新たな生産体制の確立を急ぐ。

中国に対抗していくために、ヘイスティングセンターのギブソンは販売仲介会社や購買組織といった「中間業者」の役割見直しを提唱する。中でもジェネリック医薬品は販売価格の大部分を流通費が占めているという。

「先進技術を使えば、より早く、より安く、より少ない環境負荷で、生産できる医薬品はたくさんある」。ギブソンによれば「生産コスト自体は最大の問題ではない」。

医薬品のサプライチェーンがいかにもろく、無意識のうちに中国に大きな競争力を与えてしまっていたか。今回の新型コロナは多くの国にそれを実感させた。

生産機能は一夜にして戻るものではない。

だからこそ「次のパンデミック」も見据え、市民の命を左右する医薬品の安定供給は各地で喫緊の課題となる。

メディスンズ・フォア・ヨーロッパのバン・デン・ホーベンは過度の価格競争を抑えながら、企業の投資を適切に引き出すインセンティブ政策があれば、よりバランスの取れたサプライチェーンを構築できるはずだと強調する。

「良い政策があれば、欧州も中国やインドと競争できるはずだ」。ホーベンの論旨は明快だ。やるべきことも難しくない。「月に行けと言っているわけではないのだ」。そう訴える。(敬称略)