米国も研究加速
よく分かる
「デジタル」通貨
DIGITAL-CURRENCY
米国も研究加速
よく分かる
「デジタル」通貨
DIGITAL-CURRENCY
米バイデン大統領は2022年3月、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の研究を加速するよう指示した。「デジタルドル」が発行に一歩近づく。日銀による「デジタル円」検証も4月、民間システムとの接続など第二局面に入った。近い将来、私たちは紙幣や硬貨を使わなくなるかもしれない。くらしや経済はどう変わるのか。
デジタルのお金は3種類
国際決済銀行(BIS)のリポートによれば、世界65カ国・地域のうち6割がデジタル通貨の実験段階に進んでいる。今後3年のうちにデジタル通貨の発行が始まる可能性がある国・地域は、人口ベースでは世界の5分の1に及ぶ。暗号資産(仮想通貨)は、中央銀行の信用の裏付けがない、民間独自の無国籍通貨だ。
デジタル通貨は民間企業でも発行できる。米JPモルガン・チェースは「JPMコイン」を発行したほか、日本では3メガバンクや関西電力など74社が参加するデジタル通貨フォーラムが円ベースの「DCJPY」の22年内発行を目指している。当面は企業同士の決済やグループ内での決済用途に限定することで、世界の金融当局の理解を得ながら実用化を進める構えだ。
デジタル通貨
小国・新興国が先陣
20年に2カ国発行
21年は日本が実験
世界の国々・地域の発行状況
- 20年発行
- 21年発行
- 22年以降発行
2020年には中米カリブ海の小さな島国バハマと、アジアのカンボジアがデジタル通貨を発行した。21年にはナイジェリアが発行、EU(欧州連合)や中国、日本など経済大国も動き出している。米国はまだ具体的な計画を明らかにしておらず、動向が注目されている。
20 年発行
カリブ海に700以上の島
銀行無い島民も便利に
2020年10月に発行された、世界初の中央銀行デジタル通貨(CBDC)。700以上の島からなる国で、銀行の支店撤退などで金融サービスを受けられない住民に金融アクセスしやすくするのが狙い。バハマドルと1対1で連動、当初は国内限定で通用する。
20 年発行
日本発の技術を採用
ドル依存減らす狙い
自国通貨リエルより米ドルの利用が多く、デジタル化で利便性を高めてドル依存度を下げる狙いがある。スマートフォンアプリを使い、電話番号かQRコードで個人・企業間の送金や店舗への支払いをできるシステムだ。リエルと米ドルに対応。カンボジア国立銀行とブロックチェーン(分散型台帳)開発のソラミツ(東京・渋谷)が共同開発した。
21 年発行
アフリカ初のCBDC
仮想通貨人気も背景
アフリカ初の中央銀行デジタル通貨(CBDC)。利用者の口座保有状況や支払い能力によって1日の取引制限などの使用条件が設定されている。法定通貨のナイラが不人気な一方、暗号資産(仮想通貨)が人気なことも発行の背景にある。
22 年以降発行
金融覇権維持へ
ドルのデジタル化検討
米バイデン大統領が22年3月、デジタルドルの検討加速を各省庁に指示する大統領令に署名した。暗号資産(仮想通貨)市場の拡大や、中国のデジタル人民元に背中を押された格好だ。従来の慎重姿勢からは一歩前進も与野党またぎ賛否両論で、発行までにはなお時間。
22 年以降発行
北京五輪で利用可能
国際決済も将来視野に
中国人民銀行が金融機関を通じて発行する。広東省深圳市などで実証実験を始めており、すでに2000万人が利用している。22年の北京冬季オリンピックの会場でも利用可能に。将来は国際決済も視野に入れる。
22 年以降発行
「22年度に発行」
財務相が表明
インドのシタラマン財務相が22年2月、22年度予算案演説の中で表明。発行や流通を巡る手法は明らかにしていないが、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を検討しているとみられる。
22 年以降発行
21年4月に実証実験開始
現金の保管・輸送コスト低減
実験は3段階を想定。まず発行や流通など通貨に必要な基本機能を検証。2段階目で金利を付けたり、保有金額に上限を設けたりなど通貨に求められる機能を試す。最後に民間の事業者や消費者参加型の実証実験。実際の発行・流通には日銀法の改正が必要になる見込み。
22 年以降発行
3000ユーロの上限案で
預金からの資金流出防ぐ
ラガルド総裁が21年7月、「デジタルユーロプロジェクトを開始する」と表明。銀行預金から資金流出を防ぐため、3000ユーロ(約40万円)程度の保有上限を検討。誰が何に使ったのかを見られない匿名性を担保するための「匿名バウチャー」も特徴。利用者はデジタル・ユーロにバウチャーを付けて送れば、一定額まで当局に中身を見られずに送金可能。発行は26年以降に。
22 年以降発行
金融システムの
米ドル覇権から脱却の思惑も
2022年中に実証実験を始め、23年にも発行する計画。第1弾の実験では個人間の送金を検証、第2段階で小売店での支払いやデジタルプラットフォームとの連携や公共料金の支払いなどに広げる考え。ロシア国内の12銀行がテスト参加表明済み。
22 年以降発行
海外出稼ぎ者含めて
金融サービスを提供
20年に独自のデジタル通貨の実現可能性や政策への影響調査を目的に専門委員会を発足。海外出稼ぎ労働者や銀行口座を持たない国民がデジタル金融サービスを享受できるようにして金融包摂を実現する狙い。
電子マネーや
仮想通貨とどう違う
価格の安定性や
通用力で違い
仮想通貨、
値動き荒く決済に不向き
暗号資産(仮想通貨)は、企業が発行する株式のような解散価値がないため、適正な価格を見いだしづらい。ビットコインの価格は激しく動くので、買い物をするたびにビットコインの時価を調べなくてはならない。値上がり益に課税されるのも煩雑だ。
デジタル通貨は価値が安定
デジタル通貨の価値は、法定通貨と完全に1対1で対応している。1デジタル円は、現金1円と等しい。価値はほぼ一定でビットコインのように値上がり益は狙えないが、物やサービスの価格を表示したり、代金を決済するのに向いている。
どこでも
誰にでも使える
電子マネーは
使える場所が限られる
PayPayやSuicaなど民間の電子マネーは払い込んだ現金を、特定の運営会社の限られた経済圏で使うことを想定している。そのため、自由に引き出したり、違う運営会社の電子マネーと交換することができない。中央銀行が発行するデジタル通貨は、どこの店でも使うことができ、誰に対しても送金できるという現金同様の利便性を目指している。
中央銀行発行するデジタル通貨は、どこの店でも使うことができ、誰に対しても送金できるという現金同様の利便性を目指している。
電子マネーは
振り込みに1カ月
電子マネーでは、商品を売った代金が、店の銀行口座に振り込まれるまで1カ月程度かかる。
一方、デジタル通貨で受け取ることは、紙幣や硬貨を受け取ることと同じなので、商品の販売と現金の受け取りにタイムラグがない。
3つの違いを整理すると
仮想通貨 | デジタル通貨 | 電子マネー | |
---|---|---|---|
発行主体 | 民間企業や団体 | 国や民間企業 | 民間企業 |
特徴 | 法定通貨を基準としない独自通貨 | 法定通貨を裏付けにデジタル発行 | 法定通貨をデジタル化 |
価格 | 変動幅が大きい | ほとんど変動しない | 払い込み法定通貨と同額 |
具体例 |
|
|
|
利用者同士の交換 | 可能 | 可能 | サービス内に限定 |
決済利用場所 | 店舗によって利用可能 | 国発行ならどこでも利用可能 | 国発行なら利用可能 |
火をつけたのは
フェイスブック
フェイスブックが
中央銀行を刺激
世界の中央銀行はなぜここまでデジタル通貨の開発に力を入れるのか。背中を押したのは米フェイスブック(メタに社名変更)が2019年に掲げた「リブラ(その後ディエムに名称変更)」構想だ。世界の27億人の利用者がメッセンジャーなどのアプリを通じて国境を越える低コストな送金サービスを実現しようとした。
事業計画書に書かれたミッションにはこう書かれている。「多くの人々に力を与える、シンプルで国境のないグローバルな通貨と金融インフラになる」
有力企業が参加を表明したが、開始前に脱退
リブラは日常の決済に使いやすい、現金のようなデジタルマネーを目指していた。リブラは「リブラ・リザーブ」という100%の裏付け資産を持つことで、通貨リブラの価格を安定させる。リブラ・リザーブは、リスクの小さい銀行預金や短期国債で運用する。ビットコインのような激しい価格変動は基本的に起きない。
発行・運用を管理するリブラ協会には当初、ビザやマスターカード、ペイパルなど大手企業も名を連ねた。世界人口の3分の1、中国の2倍が利用する世界通貨が誕生するかに思われたが...
各国の政府や中央銀行、
一斉に反対
表向きの理由は様々だが、批判の核心にあったのは、通貨主権の侵害だ。中央銀行は通貨を発行することで「通貨発行益(シニョリッジ)」という利益を得ている。人々が保有する紙幣に利子を払わないが、発行残高の大部分を国債などで運用して収益を得ている。
リブラ・リザーブは中央銀行と似た仕組みで、発行残高に利子を払わない一方、短期国債などの運用で得る利子はリブラ協会の収入になる。中央銀行や政府は、これまで独占した通貨発行益を奪われかねない。先進国の中央銀行を中心にリブラへの規制論が強まっていった。
リブラ協会と中央銀行は
通貨発行で利益を得る
リブラ計画は頓挫
リブラ協会は2020年4月、複数の法定通貨を裏付けに発行する仕組みをやめると発表し、国家から独立したデジタル通貨としての性格を放棄した。同時に米ドルなど単一の法定通貨とリンクしたデジタル通貨を発行する計画修正をおこなった。同年12月には「リブラ」の名称を「ディエム」に変更し、仕切り直しを図った。
だが、壁は破れなかった。リブラ協会改めディエム協会は22年1月、技術資産を米銀行持ち株会社のシルバーゲート・キャピタル・コーポレーションに売却すると発表した。同協会幹部は「規制当局との対話の中でこのプロジェクトを先に進められないことが明らかになった」との声明でくやしさをにじませた。
どうなる日本
日銀も発行秒読み?
世界の中央銀行の動きに背中を押される形で、日本銀行も21年4月にデジタル通貨の実証実験に乗り出した。まだ発行を決断したわけではないが、必要と判断すればすぐに発行できる体制を整えておく狙いだ。
3段階で実証実験
日銀の実証実験は3段階になる。まず、システム上で実験環境をつくり、電子上のお金のやりとりで不具合が起きないか基本機能を検証する。その上で、お金に金利を付けたり保有できる金額に上限をつけたりする金融機能が動くかどうかを試す。最後のパイロット実験で、民間の事業者や消費者が加わり、地域を限定して実際の決済に使えるかどうかを検証する。
ただ日本ではすでにPayPayなど民間事業者のキャッシュレスサービスが普及し始めている。日銀がデジタル通貨を発行した場合、どうすみ分けるのだろうか。こうした疑問への答えを出そうとしているのが「デジタル通貨フォーラム」だ。民間によるデジタル通貨発行に必要な共通基盤の開発を進める組織で、3メガバンクやNTTグループ、JR東日本などが参加している。
デジタル通貨を介して
電子マネーを相互につなぐ
デジタル通貨フォーラムの前身であるデジタル通貨勉強会が2020年11月に公表した最終報告書にひとつのアイデアが書いてある。これが2層構造デジタル通貨だ。支払い手段としての共通領域と、ポイントを付けたりするキャッシュレス事業者の独自性を発揮する付加領域からなる2層構造にすることで、キャッシュレスサービスの相互運用性を持たせる試みだ。例えば、PayPayでチャージした電子マネーをJR東日本の「Suica」で使えるようにする狙いだ。
この勉強会は共通部分を民間でつくることを想定していたが、ある参加者は話す。「この共通部分を日銀のデジタル通貨に置き換えることもできる」。日本でもデジタル通貨が普及する素地は整いつつある。
全国民に現金給付
プライバシーなど課題も
デジタル通貨は低コストで高速な取引を可能にするという仮想通貨の利点と、価格の安定性や信頼性という法定通貨の利点の双方を兼ね備える可能性がある。政府・中央銀行が新型コロナの感染拡大に伴う給付金を支給する際に使う未来は近いかもしれない。
その際に乗り越えなければならない壁がプライバシーと本人確認の問題だ。プライバシーが筒抜けになってどこかの国や企業が利用するなら問題だし、完全匿名なら資金洗浄疑惑を呼んでしまう。2021年は国際的な共通ルールの整備なども課題になりそうだ。