シリーズ:解剖経済安保リチウム世界大戦 出遅れた日本、 欧州は再資源化で先行
輸出規制や権益確保、
「金属戦争」に危機感
リチウムの需要が急増している。国際エネルギー機関(IEA)によると、22年のリチウムの需要は5年前の17年比で3倍となった。米中が争奪戦を繰り広げ始めるなか、資源国で保護主義が台頭する。仏ルノーのジャンドミニク・スナール会長は「将来は金属戦争になる」と危機感をあらわにする。
リチウム資源国で広がる輸出規制
資源保有国で保護主義が台頭する。先駆けたのはメキシコだ。22年4月、リチウムを国有化した。1年後には世界シェア2位のチリも国有化を発表した。さらにチリやアルゼンチンなど4カ国が石油輸出国機構(OPEC)を想起させる一種の「リチウムカルテル」の結成を協議する。エンジン車時代の産油国のように、電気自動車(EV)時代ではリチウム資源国が世界に影響力を発揮する存在になる可能性がある。
資源確保の動き
国を挙げてのリチウム権益確保の動きも加速している。目立つのが産油国だ。リチウムが石油の地位にのし上がる可能性に備える。23年1月、サウジアラビア政府系ファンドの公共投資基金と同国鉱業大手マーデンがリチウムなど鉱山資産に投資する共同出資会社を設立した。イランは3月、850万トンのリチウム鉱床を発見したと主張した。
リチウムが2国間の新たな火種になる可能性も出てきた。インド地質調査所は2月、隣国パキスタンとの係争地を含むカシミール地方で推定590万トン規模のリチウム鉱床を発見したと発表した。係争地にリチウムが埋蔵されているならば、核兵器を保有する両国間の緊張を高めかねない。
世界で相次ぐ権益確保の動き
欧州、リチウムの再資源化に先手
電池パスポートも導入
スクロール
EUが電池材料のリサイクルを義務化
リチウム資源国の保護主義台頭に備え、非資源国は対策を打ち始めた。欧州連合(EU)はリチウムなどEV向け電池材料のリサイクルを域内で義務づける規制を導入する。主要材料のリチウムは使用済み電池から2027年までに50%、31年までに80%を再資源化する必要がある。資源国から輸入したリチウムをEU域内で再び資源化し、将来的に輸入を減らすことを狙う。リサイクルにより非資源国から「資源国」になる構想だ。
電池パスポートの仕組み
EUはリサイクル規制の実効性を高める狙いで、蓄電池の製造過程や環境負荷に関する情報を記載した「電池パスポート」の導入を決めた。電池材料のリサイクル率や産出国、電池セルの製造・組み立て国、サプライヤーなど基本情報のほか、サプライチェーン(供給網)での二酸化炭素(CO2)排出量についても表示が必要になる。一方で電池パスポートの導入は「電池技術を丸裸にされる」との懸念がつきまとう。電池産業が弱い欧州が、電池パスポートを通じて電池メーカーなどにあらゆる情報開示を求めてくる恐れがある。
権益確保や再資源化でも後手に回る日本
世界がリチウムの確保に一斉に動く中、非資源国の日本は出遅れている。経済産業省は22年の蓄電池戦略で、30年にリチウム38万トンが必要との試算を示したものの、権益確保に向けた具体的な取り組みやリサイクル規制の検討などはこれからだ。EVの開発に出遅れるなか、リチウムの確保にも出遅れるならば、日本経済の屋台骨である自動車産業の先行きは危うい。
日本政府は30年の生産目標を掲げる
岸田文雄首相は7月、サウジアラビアを訪問し、脱炭素分野で新たにパートナーシップを結んだ。水素やアンモニアのほか、リチウムイオン電池に必要なレアアース(希土類)の鉱山開発で協力する。日本が鉱山探査の知見を提示し、サウジの初期調査を技術支援する。EV時代をにらみ、脱炭素技術を求める中東諸国と新たな連携の枠組みをつくり上げ、中国の台頭に対抗する。
日本政府もリチウム確保に取り組むが・・・
日本はリチウム資源権益の争奪戦に出遅れている。リチウムイオン電池の生産拡大に巨額の補助金を出しているが、上流の資源確保と下流の資源リサイクルの分野でも政策支援を手厚くする必要がある。