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JAL機からの全員脱出

JAL機からの脱出経路

SNS上などの映像からは、乗客が3カ所の脱出シューターで次々と滑り降りているのが見て取れる。海外メディアは全員の生還を「奇跡」と伝えた。その陰で海保機側は機長を除く搭乗者5人が亡くなった。

炎上するJAL機
炎上するJAL機

JAL機は停止してまもなく火が胴体部分にも広がり、原型をとどめないほど焼け焦げた。

管制塔との交信記録

衝突前、海保機が滑走路上で約40秒間停止していたことも判明した。差し迫る危険を管制官も認識できていなかった。焦点の交信記録をたどる。

国土交通省が公表した交信記録

時間(2日)

交信者

内容

状況

17:43:02

JAL機

JAL516

「東京タワー(管制塔)、JAL516 スポット18番です」

"Tokyo TOWER JAL516 spot18."

状況 JAL機は千葉県の上空約1100メートルにいた。管制塔から進入継続の指示を受けている。

管制塔

Tokyo TOWER

「JAL516、東京タワー こんばんは。 滑走路34Rに進入を継続してください 。風320度7ノット。出発機があります」

"JAL516 Tokyo TOWER good evening RUNWAY 34R continue approach wind 320/7, we have departure."

17:43:12

JAL機

JAL516

「JAL516 滑走路34Rに進入を継続します

"JAL516 continue approach 34R."

交信時の音声

17:44:56

管制塔

Tokyo TOWER

「JAL516、滑走路34R着陸支障なし。風310度8ノット」

"JAL516 RUNWAY 34R cleared to land wind 310/8."

17:45:01

JAL機

JAL516

「滑走路34R 着陸支障なし JAL516」

"Cleared to land RUNWAY 34R JAL516."

交信時の音声

17:45:11

海保機

JA722A

「タワー、JA722A C誘導路上です」

"TOWER JA722A C."

状況 管制塔は海保機と交信した。進入の許可は出していない。

管制塔

Tokyo TOWER

「JA722A、東京タワー こんばんは。1番目。C5上の滑走路停止位置まで地上走行してください

"JA722A Tokyo TOWER good evening, No.1,taxi to holding point C5."

交信時の音声

17:45:19

海保機

JA722A

滑走路停止位置C5に向かいます。1番目。ありがとう」

"Taxi to holding point C5 JA722A No.1, Thank you."

状況 海保機は「1番目。ありがとう」と管制塔に呼びかけた。ほどなく滑走路に向かったとみられる。

交信は英語。日本語文は国交省による仮訳。音声は公表された交信記録をもとに、データサイト LiveATC.netから抽出。音量など調整・加工済み。

海保機長は事故後に「許可を得ていた」と説明した。それぞれの認識がずれている。指示の取り違いなどの可能性がある。

残る疑問

なぜ海保機は進入した?

海保機視点の再現3D

海保機は今回、管制塔から「taxi to holding point C5 (C5上の滑走路停止位置まで走行してください)」と命じられ、正しく復唱した。実際はその位置で指示通りに止まらず、滑走路内に誤進入した。管制塔が進入を許可する定型文は「Line up and wait(滑走路上で待機)」。明確に文言は異なる。指示の取り違えは考えにくく、疑問は消えない。

なぜJAL機は回避できず?

JAL機視点の再現3D

海保機は約40秒間、滑走路に止まっていた。JALの機長は「視認できなかった」と話した。搭乗していた3人のパイロットの誰もがなぜ異変に気づかなかったのか。一つの可能性は着陸を支援するヘッドアップディスプレーの存在だ。この画面越しにパイロットは滑走路を見る。表示情報が海保機と重なっていた可能性がある。日没後の暗さ、海保機が通常の民間機より小さいことも不利な条件だった。

なぜ管制は防げなかった?

管制官視点の再現3D

管制官も海保機の誤進入に気づくことができなかった。本来、着陸機が接近する滑走路に別の機体が進入した場合、注意喚起する「滑走路占有監視支援機能」がある。今回は画面の点灯などによる警告に担当者が気づいていなかったとみられる。航空機が指示を聞き損ねたり取り違えたりして動くのを防ぐ「誤進入防止システム」も工事中だった。稼働していたとしても視界が良好だった事故当時は運用条件に当てはまっていなかった。

国の運輸安全委員会は海保・JAL両機のボイスレコーダーを既に回収し、管制官への聞き取りも始めた。事故の経緯の本格的な解明はこれからだ。

異例の事故 識者の見方

元主任航空管制官 田中秀和氏

元主任航空管制官

田中 秀和

3者それぞれ事故防げた

管制官とパイロットとのやり取りには誤解が生じないよう、定型文を用いている。国土交通省が公開した交信記録を見る限り、海保機は管制官からの指示を正確に復唱しており、不自然な点や意思疎通の間違いは起きていない。

災害派遣の任務を負っていた海保機は大幅に遅延していたとの情報がある。滑走路への進入許可を複数の民間機が待っている状況でもあった。管制から「(離陸)1番目」と伝えられて「ありがとう」と応じている。焦りから何らかの理由で滑走路への進入や離陸の許可が出たと思い込んだ可能性は否定できない。

航空機の事故は複数のミスが重なって発生する場合が多い。海保機のパイロット2人は滑走路に入った際、近づく着陸機がいないかなどの安全確認を徹底していれば、事故を防げた可能性がある。海保機は約40秒も滑走路に止まっていた。管制官も夜間で見えにくい状況であったとはいえ、目視を徹底していれば誤進入を指摘できる機会はあった。

JAL機も3人いたパイロットのだれかが気づけなかったのか。新鋭機への搭載が進むコックピットのヘッドアップディスプレーが目視しにくい状況を生んではいないか。

海保機、管制官、JAL機、3者ともに事故を防げる可能性はあった。徹底的な検証と再発防止が欠かせない。

東京大学先端科学技術研究センター教授 伊藤 恵理氏

東京大学先端科学技術研究センター教授

伊藤 恵理
新技術の導入を

現在の航空交通管理のインフラ基盤は1950〜60年代にかけて確立した。それから通信・航法・監視技術が発展しデジタルデータを利用できるようになったこともあり、刷新の動きが2000年代から世界中で始まっている。管制官とパイロットが音声ではなくデータでやりとりする仕組みや、空港の全航空機の飛行情報を共有して離着陸の間隔を安全に自動制御するシステムの研究開発も進む。

障害となるのはコストだ。特に、経済的な利点や支援がなければ、航空機に搭載する新技術の導入は進まない。産学官の国際連携で研究開発を促進しなければならない。メーカー、研究者、パイロット、管制官、国内外の行政機関などが一堂に会し、世界で足並みをそろえる必要がある。国際基準の策定に日本がより積極的に取り組むべきだ。

今回のような事故が発生した際には、原因を徹底的に究明すると同時に、ヒューマンエラーの責任を特定の個人・組織に負わせないための法律の制定も重要となる。事故の経緯を解明しやすくするとともに、再発防止に向けて管制官やパイロットを支援する新技術の導入につなげなくてはならない。

データでみる羽田空港

利用拡大、絶え間ない往来

羽田空港の年間発着枠
羽田空港の年間発着枠
国交省資料より作成

羽田は訪日客の増加などに対応するため、航空機の受け入れを増やしてきた。2010年には4本目の滑走路を使い始め、発着枠は年48.6万回に膨らんだ。国際空港評議会(ACI)によると、離着陸は1時間あたり最大90回に及ぶ。

先進国でも屈指の混雑度

2024年1月1日の離着陸予定便数
2024年1月1日の離着陸予定便数
英航空情報会社シリウムのデータから作成。G7の主要な空港を2つずつ抜粋

英航空情報会社シリウムのデータで主要7カ国(G7)の中心的な空港を比べると、羽田は米ダラス・フォートワース空港、米アトランタ空港についで離着陸が多い。事故前日の1月1日は計1297便だった。

事故状況の調査手法

JAL機の動きは世界の航空機を追跡する「フライトレーダー24」のデータをもとにした。事故の状況はSNS投稿画像やライブカメラの映像、翌日の空撮写真などから分析した。衝突時の再現は、事故機に寸法を合わせた3Dモデルを用意し、デジタル空間でシミュレーションを繰り返した。爆発や衝撃のメカニズムに詳しい熊本大学の波多英寛助教の助言を受けた。

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