朝鮮中央通信

*出典元の各論文を末尾に記載

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北朝鮮ミサイル開発
学術名目で技術輸入か

制裁違反疑い研究100件超、
8割に中国関与

北朝鮮は2022年以降、弾道ミサイルなど80発以上の発射実験を実施した。国連制裁は他国から北朝鮮への技術移転を規制するが、軍事開発のペースは衰えない。

「北朝鮮は国外の研究者との共同研究を通じ軍事技術を獲得しているのではないか」

国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁の履行状況を調べる専門家パネルは近年、中国の研究者との「連携」を注視してきた。

論文データを分析すると、北朝鮮が主に中国から、学術交流の名目で公然と技術を「輸入」している疑いが浮上した。

01

黒塗りの資料から
浮かぶ兵器開発の影

基礎研究が隠れみの
背後に中国

黒塗りが目立つ国連報告書

国連が北朝鮮制裁の履行状況をまとめた2021年9月の報告書では、制裁違反の疑いがある論文が4ページにわたって名指しされた。その全てに中国の研究機関に所属する研究者が関わっている。中国側は「違反に該当する共同研究はない」と反論。「専門家間で合意が得られず」(専門家パネル元委員で経済産業研究所の竹内舞子氏)研究者の名前は黒塗りにされた。

国連報告書
論文を調べると共著者名が出てくる

論文タイトルなどを基に分析を進めると、黒塗りの下に隠れた2人の主要な研究者の名前が浮かび上がってきた。その1人が中南大学の王青山教授だ。

王青山教授が関わった論文の研究テーマ

王青山氏が手がけた論文の研究テーマは「composite(複合材)」、「vibration analysis(振動解析)」などが多かった。耐久性の高い素材・部品の開発を念頭に置いていることがわかる。論文の中身を見ると、ミサイルの部品に似た形状の図が次々に登場する。

王青山氏の論文内の図表
※ 分かりやすく比較するという観点から、図表は一部回転させ、向きをそろえて表示しています。
ミサイルの弾頭型の物体
ミサイルのボディー型の物体

論文の中身を見ると、ミサイルの部品に似た形状の物体の耐久性検証を繰り返していた。航空宇宙工学の専門家、東京大学の土屋武司教授は「弾道ミサイルにも転用できる技術」だという。

類似のテーマで、王青山氏が北朝鮮の研究者と共著した論文は確認できるだけでも19件あった。

もう一人がハルビン工程大学の王振清教授だ。ミサイルの構造強化にも使えるテーマなどで、北朝鮮の研究者と制裁違反の疑いのある論文9本を共著していた。

ハルビン工程大は人民解放軍の研究機関を前身とし、23年には習近平(シー・ジンピン)国家主席が来訪し軍事研究の加速を促すなど軍との関係が極めて深い。

人民解放軍との強いつながり

王振清氏が軍の研究所と共著した論文内の図版

同氏は北朝鮮と共同研究する傍ら、中国国内では物々しい内容の論文を多数執筆していた。論文内の図表には弾頭型やミサイル型のイラストが頻繁に登場する。

論文のタイトルに軍事研究と取れる言葉が並ぶ

王振清氏が人民解放軍系の研究機関の研究者らと一緒に研究してきたのは「発射体の鉄筋コンクリートへの穿通(せんつう)」、「水中での爆発による衝撃の分析」、「ミサイルによる滑走路の攻撃シミュレーション」など。明らかに軍事向けと見て取れる研究が並ぶ。中国の論文データベースで機密情報を含むとして閲覧が制限されている極超音速機に関する論文も執筆していた。

中朝には2016年の国連制裁強化以前から共同研究の実績があり、軍事テーマが繰り返し研究されてきた。研究者らの個人的な関係を通じ、制裁強化後も機微情報が中国から北朝鮮に流出し続けている疑いが濃厚だ。

02

データから見えてきた
制裁逃れ疑い

100件超
制裁後もそしらぬ顔で継続

制裁逃れが疑われる北朝鮮の国際研究はどのくらいの規模でなされているのだろうか。日経は国際学術論文データベース「スコーパス」の約9000万件の文献データから北朝鮮と他国の研究者の共同研究論文を抽出し、東大の土屋教授など各技術分野の9人の専門家の協力の下、分析した。

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2016年に研究協力への制裁が強化されて以降に、北朝鮮の研究機関に所属する研究者が他国の研究者と共著した論文は657件あった。

共著論文のうち、少なくとも110件が国連制裁の対象となる分野に深く関わる内容だった。王青山・王振清両氏による航空宇宙分野の研究など、軍事応用が具体的に想定できるものに絞り込んだ数字だ。純粋な理論研究は含まない。

制裁違反疑いのある論文のうち、中国の研究機関に所属する著者が参加した論文は85%の94件だった。中国の研究者とともに日本の研究者が共著者に名を連ねている事例もあった。

6割の67件には中国政府系の資金が入っていた。北朝鮮の先端技術開発を中国政府が幅広い分野で事実上支援していることがうかがえる。

8割の88件には、人民解放軍に近い研究機関の所属歴がある研究者が参加していた。これらの論文の成果は軍事用途に使われるおそれがある。

国連安保理の決議は、北朝鮮が公式に後援したり、北朝鮮を代表したりする個人や団体が関係する科学技術協力を禁じている。輸出管理や核軍縮に詳しいミドルベリー国際大学院モントレー校のキム・ヒョク研究フェローは「北朝鮮の研究者は国の組織から情報を求められれば断るのは難しい」と話す。

国連制裁に抜け穴
基礎的研究、禁止は困難

制裁履行の責任を負う各国政府は、技術移転につながりかねない国際共同研究を自国の輸出管理法などで規制している。だが、汎用性が高い基礎的な研究は軍事技術に直結するかの判断がしにくい。汎用技術まで規制すると科学や産業の発展を妨げてしまうとの意見も根強い。安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル元委員の古川勝久氏は「国内法に落とし込む段階に抜け穴があり、基礎研究の名目で技術流出しているのが実態だ」と指摘する。

多くの技術が「デュアルユース(軍民両用)」であることも、北朝鮮と協力国に言い逃れの余地を与えている。軍事転用可能でも民生向けの技術と主張されてしまうためだ。学術研究が制裁の抜け穴になっていることを改めて注意喚起し、技術移転に歯止めをかける対策が急務だ。

この記事で関与を指摘した中朝の研究者と大学はいずれも日経の取材に応じなかった。国連の中国政府代表部には同国の研究者が制裁違反に関わっている疑いを指摘したが、回答はなかった。

03

ネットワークに浮かぶ
流出技術の実態

繰り返される研究協力
ミサイル応用か

著者が共通している論文同士を線でつなぐと、何重もの線で結ばれた「クラスター(塊)」が現れる。このクラスターは、研究が集中している分野を示す。人民解放軍に近い研究者が関与した論文(  )が多く集中する分野は、軍事応用される可能性が高い。

  • 北朝鮮との共同研究論文
  • 人民解放軍に近い機関に所属歴がある研究者が関与した論文
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制裁違反の疑いがある論文の22%を占める振動制御や構造解析などの「構造強化」技術はその代表格だ。「飛行中にバラバラにならないよう強度を保つための汎用的な技術でミサイル・ロケットにも応用可能だ」(上智大の長嶋利夫教授)という。軍に近い研究者が多数関わっていた。

軍に近い研究者が多く関与する分野は他にもある。例えば合金開発やレーザー加工など高機能素材関連だ。合金の機能を高めると「宇宙や高速飛行などの極限環境での利用ができるようになる」(慶応大の鈴木哲也教授)。ミサイル部品の開発にも応用でき、制裁違反が疑われる論文の48%を占める。

航空宇宙6割、先端製造も
素材や構造強化で連携

国連制裁の対象は医療交流などを除く核関連や航空宇宙、先端製造技術といった分野。制裁対象分野で分類してみると、航空宇宙が6割、先端製造技術が4割だった。

技術一般的な用途軍事的な用途
高機能素材自転車のフレームミサイル部品
構造強化建物や橋ミサイル本体
機械モーターミサイルエンジン部品

航空宇宙に関連する技術の多くは軍事にも使える。先端製造技術は自動車や電気製品の部品加工などが主な用途だが、ミサイル部品の表面加工などに活用できる。基礎研究であっても製品開発に直結しており、技術の流出に警戒しなければならない。

調査概要

国際学術論文データベース「スコーパス」から、論文発表時に北朝鮮の研究機関に所属する研究者と他国の研究者が共著した論文を抽出。そこから制裁で共同研究などの学術協力が禁じられている航空宇宙、先端製造技術などの分野への応用可能性に言及したもの、過去に軍系の研究機関で研究された記録がある技術を含むものを制裁違反の可能性が高い論文とみなした。専門家が軍事応用が想定できるとみなした技術を扱ったものも含めた。北朝鮮への科学技術協力に対する制裁が強化された直後の2016年12月以降の論文を対象とした(データ収集は2023年9月)。

研究者の過去の所属歴はスコーパスの登録データ、大学・研究者個人のウェブサイトなどの情報を参照した。人民解放軍に近い中国の研究機関は、米商務省が安全保障上懸念のある組織として公表する禁輸リスト、オーストラリアのシンクタンク、豪戦略政策研究所(ASPI)が人民解放軍との関係が「極めて近い」と分類した軍の研究機関・軍産複合企業を含めた。

調査協力(記載を許諾いただいた方のみ)
  • 稲見昌彦・東京大学教授
  • 岩本友則・日本核物質管理学会事務局長
  • 酒井啓司・東京大学教授
  • 鈴木哲也・慶応義塾大学教授
  • 土屋武司・東京大学教授
  • 鳥居粛・東京都市大学准教授
  • 長嶋利夫・上智大学教授
  • 藤原幹生・情報通信研究機構研究センター長
論文出典リスト
  • 1A closed form solution for free vibration of orthotropic circular cylindrical shells with general boundary conditions, Composites Part B: Engineering, Volume 159, Zhao et al / Elsevier 2019
  • 2Investigation of thermodynamic and shape memory properties of alumina nanoparticle-loaded graphene oxide (GO) reinforced nanocomposites, Materials & Design, Volume 181, Liu et al / Elsevier 2019
  • 3Optimization of thermo-mechanical properties of shape memory polymer composites based on a network model, Chemical Engineering Science,Volume 207, Wang et al / Elsevier 2019
  • 4Free vibration analysis of functionally graded carbon nanotube reinforced composite truncated conical panels with general boundary conditions, Composites Part B: Engineering, Volume 160, Zhao et al/ Elsevier 2019
  • 5A general vibration analysis of functionally graded porous structure elements of revolution with general elastic restraints, Composite Structures, Volume 209, Guan et al, / Elsevier 2019
  • 6Three-dimensional exact solution for the free vibration of thick functionally graded annular sector plates with arbitrary boundary conditions, Composites Part B: Engineering, Volume 159, Zhao et al / Elsevier 2019
  • 7A modeling method for vibration analysis of cracked laminated composite beam of uniform rectangular cross-section with arbitrary boundary condition, Composite Structures, Volume 208, Kim et al, / Elsevier 2019
  • 8Dynamic analysis of composite laminated doubly-curved revolution shell based on higher order shear deformation theory, Composite Structures, Volume 225, Choe et al / Elsevier 2019
  • 9A unified Jacobi-Ritz formulation for vibration analysis of the stepped coupled structures of doubly-curved shell, Composite Structures, Volume 220, Qin et al / Elsevier 2019
  • 10Vibration analysis of the coupled doubly-curved revolution shell structures by using Jacobi-Ritz method, International Journal of Mechanical Sciences, Volume 135, Wang et al / Elsevier 2018
  • 11弹着点对钢筋混凝土侵彻深度的影响, 应用数学和力学第44卷, 黄成龙ほか / 2023
  • 12Research on damage effect of penetration and explosion integration based on volume filling method, International Journal of Impact Engineering, Volume 177, Wei et al/ Elsevier 2023
  • 13弹体侵彻混凝土后的反弹效应, 工程力学, 黄成龙ほか / 2023
  • 14水下爆炸离心机试验中爆炸荷载的缩比关系研究, 土木工程学报第54卷, 马上ほか / 2021