政府は安全保障上の問題があるとして、半導体製造などに必要な3品目を巡り輸出管理を強めました。個別案件ごとの輸出申請を順次認める見通しですが、今後も輸出が円滑に進むかは不透明で、韓国には管理強化の対象品目が広がるのではとの疑念もくすぶります。外交問題に日韓産業界の「半導体連合」が揺らいでいます。
TOPIC 1 半導体が看板商品
貿易摩擦、中国の台頭、日韓関係の悪化――。
韓国経済の屋台骨が揺らいでいます。
半導体が看板商品
韓国の半導体輸出額
半導体は韓国の看板商品です。スマートフォンの普及やIoTの進展を追い風にしたメモリーの好調で、輸出額は最近10年で4倍に成長。2018年には1000億ドル(約11兆円)を突破しました。現在は輸出全体の20%近くを半導体が占めています。半導体産業の浮き沈みは韓国経済の「体温」を決めます。
GDP成長率を下方修正
韓国の半導体輸出は急減速
半導体輸出は米中貿易摩擦の余波で18年後半から急減速。足元では前年より約3割少ない水準です。7月、韓国政府は19年のGDPの実質成長率見通しを2.4~2.5%と、昨年12月時点の2.6~2.7%から引き下げました。7年ぶりの低成長です。
企業業績にも暗雲
サムスン電子の連結業績
半導体市況の悪化で、サムスン電子は19年4~6月期の営業利益が前年同期から6割減りました。中国政府が産業政策のロードマップ「中国製造2025」で半導体産業の投資を加速させており、市場の主導権を握るための開発競争も厳しくなりそうです。こうした中、日本は半導体材料で韓国の優遇措置を解除しました。現状では輸出問題が半導体のサプライチェーンに与える影響は限定的ですが、韓国経済は屋台骨である半導体産業の急所を突かれたのです。
TOPIC 2 製造現場は日本頼み
世界を席巻する韓国半導体。
急成長を支えるのは日本の技術です。
半導体ができるまで
シリコンウエハーの調達
半導体作りの出発点は、ケイ素(シリコン)をスライスしたシリコンウエハーです。
シリコンの純度は99.999999999%以上。表面の平坦さも重要で、ウエハーを東京ドームの大きさに拡大しても高低差は髪の毛1本分(約0.1ミリ)あるかどうか。日本の信越化学工業とSUMCOで世界シェアの6割超を占め、韓国も日本からの調達に頼っています。
薄膜を重ねる
絶縁性の薄膜に重ねて塗布するレジスト(感光剤)は半導体の中核材料の一つです。光に反応して溶媒に溶けやすくなるなどの機能があります。温度や湿度の変化に敏感なため、厳しい管理が必要です。
輸出問題のきっかけになった優遇措置の解除で話題のレジスト。市場はJSRや東京応化工業、住友化学など日本勢の独占状態です。レジストをウエハー上に均一に塗膜する塗布装置も、東京エレクトロン1社で世界シェアの8割超をおさえています。
回路を転写する
フォトマスクは転写したい回路パターンをガラス基板に描いた半導体の「設計図」です。合成石英のガラス基板にクロムなどの遮光膜を塗布したマスクブランクス(ガラス原版)から作ります。光を照射する露光装置は半導体製造の最重要装置です。
フォトマスクは半導体メーカーの内製化が進んでいますが、外販専門の凸版印刷や大日本印刷なしでは消費量をまかなえません。ガラス原版はHOYA、信越化学工業がトップメーカーで、最近ではAGC(旧旭硝子)が参入しました。露光装置は蘭ASMLをニコンやキヤノンが追いかけています。
不要な膜を除去し素子を作る
ドライエッチングは高電圧でプラズマ化させたガスでウエハーを微細加工します。ウエットエッチングは薬液で薄膜を溶かす方法で、フッ化水素の水溶液であるフッ酸を利用します。窒化膜の除去にはリン酸を使います。
ドライエッチング装置ではラムリサーチなどの米国勢に交じり、東京エレクトロンが奮闘します。一方、ウエットエッチングで使うフッ化水素は日本のステラケミファと森田化学工業が大手。超高純度品で世界をリードします。リン酸も日本のラサ工業や日本化学工業、東ソー系の燐化学工業が市場をおさえています。
切断・組み立て・検査(後工程)
エポキシ樹脂は半導体チップを湿気やホコリから守るための封止材に使います。薄膜でも内部のチップを保護できる性能が求められます。
ウエハーからチップを切り分けるダイシング装置はディスコや東京精密など日本勢がほぼ独占しています。封止材用途のエポキシ樹脂では住友ベークライトと日立化成が世界首位を争っています。
TOPIC 3 日本企業の「韓国詣で」
隣国への依存度を高めているのは
日本企業も一緒です。
凋落する日本、台頭する韓国
半導体メーカーのトップ10
2000年代に入って日の丸半導体が投資競争に敗れ去る中、韓国は日本の半導体材料や製造装置の受け皿になりました。新たなトップランナーが隣国に現れ、営業マンや経営幹部が韓国を日参する「韓国詣で」が始まりました。
日本の装置を爆買い
日本の半導体製造装置の輸出額
韓国半導体はメモリで世界シェアの過半を掌握しました。躍進を支えたのが、日本の製造装置です。半導体の製造ノウハウは装置メーカーに蓄積されていたのです。17年には装置輸出先の4割近くを韓国が占めました。
韓国市場は世界2位
世界の半導体材料市場
開発競争の先頭集団を走る韓国半導体は高機能材料の主要顧客でもあります。台頭する中国企業を技術力で封じ、国内の生産拠点を維持したい日本企業には渡りに船でした。18年に韓国の材料市場は世界2位の規模になっています。
TOPIC 4 諸刃の剣?
騒動の広がりと長期化は
日韓経済に変化を生じさせかねません。
韓国企業による国産化
韓国の国産比率目標
半導体製造装置や材料の国産化は韓国の悲願です。日本の経済産業省にあたる韓国の産業通商資源省は2022年の国産比率を装置で30%、材料で70%とする目標を示しています。
韓国政府は日本による優遇措置の解除に反発し、半導体材料の開発支援に年間1兆ウォン(約920億円)を拠出する構想を明らかにしました。半導体材料は製造原価に占める割合が低い一方、むやみに変更すれば生産トラブルの原因になります。そのため、これまでは調達先の切り替えに慎重でした。
日本以外からの代替調達
蛍石の生産シェア
韓国企業は代替品を模索しており、その有力候補が中国です。中国企業は材料技術でも着実に実力をつけています。材料を作るための素材である基礎原料や鉱物資源も豊富で、フッ化水素の原料鉱石である蛍石では世界生産の6割を握ります。輸出問題で漁夫の利を得た中国がサプライチェーンの支配力を強めるかもしれません。
韓国の電池用黒鉛の輸入額
一例がリチウムイオン電池の主要部材で、正極材とリチウムイオンを受け渡しする負極材(黒鉛)です。最近10年で韓国は輸入先の中国シフトを進めました。日本産は車載用など高機能品に勝負を懸けますが、中国勢の攻勢にさらされています。
生産拠点の脱・日本
主要顧客の韓国半導体を手放すまいと、日本企業が生産拠点を韓国や第三国に移転させる可能性もあります。世界中で保護主義的な動きが広がる中、国境を越えて製品を届けるグローバルな供給網に警戒感を強める経営者もいるためです。
議論は平行線 対立激化も
日本の優遇対象国
「優遇対象国」から除外へ
政府は8月2日の閣議で、安全保障上の輸出管理で優遇措置を取る「優遇対象国」から韓国を除外する政令改正を決定しました。除外後は、軍事転用の恐れがあると判断した輸出案件について個別審査を求めることができます。日本政府は安全保障上の措置でWTOルールには違反しないと主張しますが、韓国は世界貿易機関に提訴する構えです。韓国ではリチウムイオン電池など半導体以外の材料にも影響が広がるのではとの懸念が広がっています。