地域格差は10年で約2倍
最低賃金のイロハ
2019年度の最低賃金の改定額が出そろいました。東京と神奈川で時給が1000円を超え、鹿児島など一部の地方は都市部と同等以上の引き上げ額を示しています。一方、「最低」基準の年収は都市部と地方で50万円近い差があり、地域格差が残ります。注目を集める最低賃金のイロハをまとめました。
最低賃金とは
~違反すれば罰則~
最低賃金を巡る代表見解
最低賃金は国が地域別や業種別に定めた賃金の最低額です。労働者の生活を安定させ、労働力の質を高めるなどの目的があります。最低賃金に満たない賃金で合意した雇用契約は無効です。労働者に最低賃金以上の賃金を払っていない雇い主は、最低賃金との差額を払わなければいけません。違反者には罰則があり、毎年、逮捕者も出ています。
まず、厚生労働省の中央最低賃金審議会で労働者や使用者の代表が審議し、目安となる金額を提示します。都道府県の地方最低賃金審議会はこの目安をもとに、各地方の実情を勘案して改定額を議論します。7月31日に決まった目安額は全国の加重平均で901円。8月9日までに都道府県ごとの改訂額が出そろいました。手続きが進めば10月に新しい最低賃金の適用が始まります。11月から給料が上がるかもしれません。
全国を格付け
~東京はA、鹿児島はD~
- ランクA(28円)
- ランクB(27円)
- ランクC(26円)
- ランクD(26円)
最低賃金の引き上げは、47都道府県を経済事情でA~Dに格付けするランク制度をベースにして目安額を決めます。中央最低賃金審議会ではランク制度について、全国で最低賃金引き上げの整合性をとるために必要としています。
ランク分けは県民所得や消費者物価など最低賃金に関わりが深いとみられる20指標を基準にします。企業の賃金支払い能力などを考慮して総合的に判断します。
1978年の制度導入から合計5回のランク区分の見直しがありました。2017年の見直しでは埼玉県がAランクに昇格するなどの変更が加えられています。
2005年までは各ランクで同じ引き上げ率でしたが、2006年からは上位ランクの引き上げ率を高めたため地域間格差が広がりました。
政治が左右する最低賃金
~引き上げ率は1%未満も~
- 最低賃金の引き上げ率(左軸)
- 最低賃金の加重平均(右軸)
きれいな右肩上がりに見える最低賃金ですが、引き上げ率と合わせると別の側面が見えてきます。
1980年代は全国平均で10円超の安定した引き上げが続く一方、引き上げ率は急落しました。引き上げ率が再浮上するのは1990年代前半です。バブル景気さなかの1989年に消費税を導入し、物価上昇の懸念もありました。2%台だった引き上げ率は、5%近くまで上昇しました。1999~2006年は厳しい経済情勢を反映し、引き上げ率は1%未満まで落ち込んでいます。
2012年に就任した安倍晋三首相は経済界に3%の賃上げを迫りつつ、2015年には最低賃金の全国平均も早期に1000円を目指す方針を宣言しました。2016年以降は3%台の引き上げ率が続いています。労働経済に詳しい日本総合研究所の山田久主席研究員は「最低賃金は社会政策から経済政策に移行している」と見ています。
広がる地域間格差
~きっかけは逆転現象~
最低賃金で働いた場合の年収差額
最低賃金は地域間格差が広がっています。最低賃金が生活保護水準を下回る逆転現象が問題となったためです。2007年にはゆがみ解消に向けて最低賃金法を改正しました。
逆転現象が起きていた上位ランクの都府県で最低賃金の引き上げ率を高めた結果、逆転現象は解消に向かいましたが、格差は広がりました。最低賃金で法定労働時間(週40時間)の上限である年2085時間働いた場合の年収を試算すると、最高額と最低額の差は2007年に25万2285円でしたが、2018年には2倍近い46万7040円に拡大しました。最低賃金の地域格差は、地方から都市部への人口流出の原因になるとの懸念もあります。
賃金格差
最低賃金の変動係数
その様子はバラツキ度合いを示す変動係数にも表れています。数値が高いほどバラツキが大きく、格差が大きいことを示します。変動係数は2000年代半ばまで低下傾向にありましたが、2008年以降に急上昇しました。厚生労働省は最低賃金と生活保護の逆転現象が解消したと判断し、近年は下位ランクの引き上げ率を高めにしています。足元では変動係数も低下傾向に転じました。
一方、地域格差を考えるには都道府県ごとの「生活コスト」を考慮すべきとの見方もあります。大和総研の神田慶司シニアエコノミストは家計消費額に着目。「都道府県別の1人あたり家計最終消費支出に比した最低賃金には、地域間の格差はほとんどみられない」と指摘します。「都市部は生計費も高いために高賃金でも金銭的な余裕があるとは限らず、最低賃金を理由に都市部への人口流出が起きているとは言えない」と話します。
最低賃金は1000円時代が目前に迫っています。ただ、最低賃金の引き上げを巡っては、中小企業の経営を悪化させ、雇用状況を悪化させる原因になるなどの慎重論もあります。
東京大学大学院の川口大司教授と津田塾大学の森悠子准教授は2002~2016年のデータから、最低賃金の引き上げが低技能労働者の代表である高卒以下で19~24歳男性の就業率を下げたとの結果を導きました。最近では韓国が文在寅(ムン・ジェイン)政権による急激な最低賃金の引き上げで雇用不振に見舞われています。川口教授は「最低賃金の『副作用』を防ぐには、高校中退防止など低技能労働者のスキルを底上げする施策が必要」と指摘します。一方、著名アナリストだったデービッド・アトキンソン氏のように最低賃金の引き上げが企業の経営努力を促し、日本経済の生産性を向上させるとみる有識者もいます。
「最低賃金を経済政策ととらえるなら、最低賃金だけでなく、平均賃金を引き上げるための総合政策が重要だ」。そう主張するのは日本総合研究所の山田氏です。地域別に最低賃金を決める現行制度が始まってから40年余り。貧困対策を趣旨に始まった最低賃金の意義づけや運用方法を見直す時期かもしれません。