マネ逆流 失われる規律
逆境の資本主義
Scroll

資本主義の常識がほころびてきた。資本を集め、人を雇い、経済が拡大すれば社会全体が豊かになる――。そんな「成長の公式」が経済のデジタル化やグローバル化で変質し、格差拡大や環境破壊などの問題が吹き出す。この逆境の向こうに、どんな未来を描けばいいのだろう。

連載:逆境の資本主義
3

マネー逆流
失われる規律

株式、再び大衆の手に

イントロを見る
ニューヨーク証券取引所と向かい合う少女の像(2019年12月、米ニューヨーク)

資本主義の主要パーツ、株式市場が変質している。デジタル化が進むなかで企業の投資が鈍り、余った資本を株主に返還する。あふれるマネーは限られた投資家しか参加できない未公開分野に流入。株主の監視機能が働きにくく、一部の投資家しか成長の果実を受け取れない。株式所有の裾野を広げて多様な価値観を取り込むことが、市場機能回復の一歩となる。

宇宙船より自社株

1602年、約650万ギルダーを集めて発足したのが世界初の株式会社、オランダ東インド会社だ。この会社の株式を売買する市場として、同じ年にアムステルダム証券取引所が生まれた。近代株式市場の始まりだ。

ロッキードは積極的な自社株買いが株価を押し上げてきた

単位:億ドル

単位:ドル

出所)QUICK・ファクトセット

企業が多数の投資家から資金を集めて事業を担い、利益の一部を配分する――。資本主義の根幹を担う株式市場の基本機能が揺らいでいる。米防衛大手のロッキード・マーチン。2019年秋に有人宇宙船「オリオン」の生産を米航空宇宙局(NASA)から受注した。トランプ米大統領がぶち上げた、宇宙飛行士を月に送るプロジェクトだ。

マネーの循環が変質

だが同社にとって最大の資金の使い道は宇宙船開発ではない。自社株買いだ。過去10年で計200億ドル(約2.2兆円)の自社株買いを実施。発行済み株式数は3割減った。

世界の上場企業は増資を上回る自社株買いを実施

単位:兆ドル

経済のデジタル化や低金利を背景に、株式市場は企業がお金を集めて成長をめざす場から、投資家への還元を競う場へと変わった。世界の上場企業は18年度まで8年連続で増資額を超える自社株を買った。

弱まる経営監視機能

成熟企業が手元資金の活用に苦慮するなか、成長の果実を狙うマネーは上場市場の外側に向かう。米国では18年の株式未上場企業の調達額が、上場企業の約2倍の2.9兆ドルになった。

米国では企業自身が株式の最大の買い手に

単位:兆ドル

出所)FRB、JPモルガン・アセット・マネジメント
注)1946年第4四半期からの累積額

ただ、未上場企業への巨額のマネー流入には危うさが漂う。多様な株主による監視機能が働きにくいためだ。象徴が米シェアオフィス大手のウィーカンパニー。創業者の公私混同に歯止めをかけられなかった。

ウィーカンパニーを去ったアダム・ニューマン氏=ロイター

個人投資家が未上場企業に投資できないのは不公平だ」。19年9月、米証券取引委員会(SEC)のクレイトン委員長は訴えた。有望な未上場企業にファンドなどが巨額を投じ、上場は彼らの利益確定の場となっている。「旬」を過ぎた上場後には値上がりが限られ、個人投資家は利益を得にくい構造になった。

上場市場をみても、高度なIT設備を備えたプロ集団が超高速で大量の株売買を繰り返す。個人投資家は脇に追いやられがちだ。日本では1949年度に69%だった株保有に占める個人比率が、いまは2割強だ。

成長の果実広く

個人は労働者としてもかつてのような分け前を得られない。世界経済が生む付加価値のうち、労働者の取り分を示す労働分配率は過去60年で9ポイント下がった。富の偏りをどう正すべきか。

労働分配率」は長期的に低下

単位:%

出所)フローニンゲン大学「PWT9.1」から計算

ヒントが中国・北京近郊の農村にあった。タイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループが運営する鶏卵生産工場は東京ドーム11個分の敷地を抱える。だが工場は「完全自動制御」で雇用をほとんど生まない。CPはその代わりに土地を提供した近隣農家約5000人を「株主」とみなして配当を出す。利益を地域に広く配分する仕組みだ。

CPグループは中国で住民が「株主」の鶏卵生産工場を運営(中国・北京近郊)

ニューヨーク大学経営大学院のアルン・スンドララジャン教授は「大勢の人々が株式を保有すれば資本の集中を防げる」と話す。

個人株主づくりに活路

海外投資家はもうこりごりという気分になった」。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンはいう。欧米流の先進的な企業統治の取り組みが評価され、オリックスの外国人株主比率は一時67%に達した。だが海外投資家の多くが、08年のリーマン・ショックを機にリスク回避の売りに回った。株価は高値から一時9割超下げ、市場では経営危機の噂も流れたほどだ。

その後、同社が進めたのが地道な個人株主づくりだ。個人向け経営説明会や株主優待の拡充で10年前に3%だった個人株主比率は12%に高まった。「企業理念を分かってくれる多様な株主に長期に持ってもらえれば、企業統治はうまく機能する」(宮内氏)

「アニマルスピリットを出せない世の中になっている」と語るオリックスの宮内義彦氏

米シリコンバレーでは、米著名起業家のエリック・リース氏が企業や投資家の短期志向を排した新たな証券取引所の設立に奔走する。米当局から認可を得た新たな取引所の名前は「ロングターム証券取引所」。上場する企業には長期業績に連動した報酬制度の導入や長期投資家との対話を義務づける。「投資家が安心して長期志向の経営を進める企業に投資できる市場にしたい」。リース氏はこう意気込む。

50年あまり前、パナソニック創業者の松下幸之助は論文で「株式の大衆化を進めよう」と説いた。人々が株を持てば配当などの収入を得られる。株の大衆化こそが、富を社会に行き渡らせるひとつの解になる。


取材・編集・制作
山下茂行、渡辺康仁、菊地毅、島谷英明、川崎健、藤田和明、井上孝之、京塚環、今井拓也、清水孝輔、野口和弘、竹内弘文、竹内悠介、増田咲紀、川手伊織、渡邉淳、岡村麻由、寺岡篤志、杉浦恵里、井土聡子、真鍋和也、藤本秀文、張勇祥、宮本岳則、佐藤浩実、高橋そら、河内真帆、野毛洋子、伴百江、稲井創一、板津直快、清水慶正、中尾悠希、榎本敦、湯澤華織、福島朗子、久保庭華子、佐藤綾香、大須賀亮、森田英幸、宮下啓之、安田翔平、斎藤健二、加藤皓也、藤岡真央、深野尚孝

ビジュアルデータ 一覧へ戻る

この記事は有料会員限定です

ご覧いただくには有料会員の登録が必要です