異形の資本主義国家、中国が産業競争力の強化へ走り続ける。データを駆使する21世紀型の産業競争では、国家主導の経済が優位性を持ちうる。自由を前提とする資本主義の真価が問われている。
力ずくの革新
「中国の飢えた虎」。国有半導体大手、紫光集団の趙偉国董事長はこんな異名をとる。2019年8月、その趙氏が内陸部の重慶市政府とDRAM工場を建設する契約を結んだ。「重慶は半導体メモリー工場を中核とした生産基地を整備するのにふさわしい」。DRAM工場建設には1兆円規模の資金が必要になるが、紫光と重慶市の契約には共同で投資ファンドを設けることも盛り込まれた。
世界3強に投資額匹敵
紫光は習近平(シー・ジンピン)国家主席の母校である清華大学が設立母体。重慶市は習氏の側近とされる陳敏爾氏がトップを務める。産業補助金の後押しも受け、紫光が10年間で計画する設備投資は11兆円。その規模は米インテルなど世界の3強に匹敵する。
中国勢の半導体技術は米韓企業に見劣りするとはいえ、「適者生存」の市場原理から離れた国家主導の産業投資は世界の競争環境をゆがめる。鉄鋼や液晶などで繰り返された力ずくのイノベーションが戦略部品である半導体に押し寄せる。
「経済発展には個人の自由が不可欠と言われてきたが、中国は必ずしもそうでないことを証明している」。クリントン米政権で国防次官補を務めたハーバード大のグレアム・アリソン教授は中国の国家資本主義が新しい産業競争で優位性を持ちうると警告する。
人工知能(AI)などがあらゆる産業の基盤となる21世紀には、いかにして多くのデータを集めるかが雌雄を決する。個人のプライバシーよりも国家の利益を優先する中国は間違いなく優位な立場にある。
「見える手」行方は
電子商取引のアリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は、ビッグデータとAIを組み合わせれば、国が資源配分を差配する計画経済が機能すると言い切る。アダム・スミスが成長の源泉とした「見えざる手」と対極をなす中国式の「見える手」経済は成功を収めるのだろうか。
アリババやネットサービスの騰訊控股(テンセント)などの世界的なテック企業は民間の競争から生まれた。だが習体制になってからの中国は民の領域を国家が次々と手中に収める。
定款で共産党への忠誠を誓う動きが上場企業に浸透し、ハイテク産業育成策「中国製造2025」などで国家主導の産業競争力強化に突き進む。主要国初の中央銀行による「デジタル人民元」も国家が決済や送金の情報を集める基盤になる。
ダイナミズム失うリスク
ただ国家による統制は経済のダイナミズムの芽を摘み、成長をむしばむリスクと背中合わせだ。
経済協力開発機構(OECD)によると、データの越境移転の制限やデジタルサービスへの外資系の参入規制の度合いは、ロシアやインドと比べても中国が格段に高い。日本経済研究センターは中国の実質成長率が2060年に0.3%程度に落ち込むシナリオを描く。海外から直接投資が入りにくくなり、データなど無形資産も推進力を失う。
中国はデータ越境などの規制が厳しい
米中の21世紀の覇権争いは激しさを増すばかりだ。中国がもしこの争いを制すれば、民主主義すら揺らぎかねない。自由競争を前提とする資本主義の真価がいま問われている。