グローバル化がもたらす痛みが、「保護主義の亡霊」をよみがえらせようとしている。成長の源となる自由貿易の基盤を固め直せるのか。資本主義が力を取り戻せるかどうかがかかった重い課題だ。
廃れる鉄鋼の街
2016年6月の熱狂をこの街のひとたちは時々思い出す。「政治家が過度のグローバル化を進め、富や雇用が海外に行ってしまった」。大統領選をにらんだトランプ氏が訪れて演説集会でこう述べ、鋼材への関税引き上げを約束した。ここは「ラストベルト(さびた工業地帯)」の一部、米北東部ペンシルベニア州モネッセン。1970年代までは鉄鋼で栄えていた。
18年に関税は引き上げられたのに、「状況は変わらないどころか、悪くなるばかり。店は閉まり、若者は街を出ていく」。地元の図書館員、デニス・フォードさんはあきらめ顔で話す。街に残るのはコークス工場1つだけ。街道沿いには誰も住まなくなった荒れ果てた家が並ぶ。
高関税で米国内の鉄鋼価格は一時的に大きく上昇した。だが、米中摩擦が重荷となり、19年の世界の貿易量は前年比1.2%増と10年ぶりの低い伸びになったと世界貿易機関(WTO)はみる。これが響いて世界の景気は低迷し、鉄鋼需要は急速に冷え込んだ。鉄鋼価格は足元で関税引き上げ前さえ下回り、モネッセンの苦境は深刻になった。
貿易、経済を効率化
経済のグローバル化が進み、敵視されることも増えた自由貿易。だが、国境をまたいだ競争を促し、成長を後押しする資本主義の大きな柱だ。冷戦が終結した90年以降、毎年の世界の貿易量と国内総生産(GDP)の伸びの方向性が一致する割合は約9割に達する。
世界の貿易量と成長率は連動性が高い
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世界全体でみれば輸出入は相殺し合い、GDPの計算には影響しない。それでも貿易の伸びと成長に強い関係があるのは、「それぞれの国が得意な産業に特化し、足りないものは輸入すれば経済は効率的になる」からだ。約200年前、英経済学者リカードが説いた「比較優位」論。その重みはいまも変わらない。
とはいえ、自由貿易の恩恵はまんべんなく行き渡るわけではない。追われる側の先進国は痛みを感じ、保護主義に傾斜してしまう。
劇薬のドル管理
「より積極的にドル相場を管理していく」。米大統領選で民主党の候補を狙うエリザベス・ウォーレン上院議員は、「経済的愛国主義のためのプラン」と題した自身の政策を説明する文書でこう宣言した。狙いは輸出と国内製造業の後押し。「管理」とはドル売り介入を意味する。基軸通貨の押し下げは世界を揺るがしかねない劇薬だ。中国との貿易交渉を進める姿勢を見せているトランプ氏も、大統領選で有利になるとみれば「新たな貿易戦争カード」を切る恐れがある。
開かれたシステム、糧に
保護主義の先には不幸な結末しかないと歴史が証明している。1929年の世界恐慌の後、自国産業の保護を狙った関税引き上げが横行。世界的な貿易の減少で恐慌が深刻になり、ついには世界大戦が起こった。
開かれた貿易システムを成長の糧とする動きもとぎれてはいない。米国が離脱しても環太平洋経済連携協定(TPP)は11カ国でスタートし、日欧の経済連携協定(EPA)も発効した。
米国を引き戻し、自由貿易の基盤を固め直せるだろうか。資本主義が力を取り戻すためには、この難しい課題を避けては通れない。