パリオリンピック ブレイキンがわかる 個性と即興でバトル 初代王者へ躍れ
FUJIFILM INSTAX Undisputed Masters

パリ五輪の新競技、ブレイキン。

米ニューヨークのギャングの抗争に端を発するダンスは、半世紀の時を経てスポーツとして進化を遂げた。

体一つで勝負し、音楽との調和や即興性を生かして個性をぶつけ合う。パリの中心・コンコルド広場が舞台のカラフルなショーは、まもなく開演だ。

ストリートから
世界へ

NY発祥のヒップホップカルチャー

起源は1970年代初頭のニューヨークのストリート。ギャング同士の抗争が続く中、当時のボスが「殺し合いをせずに音楽で勝負しよう」と提唱し、ダンスを通じたバトルが行われるようになった。その後はヒップホップカルチャーとともに発展を遂げ、世界中へと広まっていく。

米ニューヨークの路上でブレイキンを踊る少年を群衆が見守っている白黒写真
米ニューヨークの路上でブレイキンを踊る少年(1984年)=AP

総当たりからトーナメントへ

五輪には男女各16人の選手が出場。予選では4人ずつ4グループに分かれ、グループごとに総当たりで戦う。各バトルでは1分間×3ラウンドのパフォーマンスを行う。準々決勝からは、各グループ上位2人の計8人がトーナメント形式に。決勝まで戦うとなれば20ラウンド近いバトルになるため、多彩な技や強靱(きょうじん)なフィジカルが求められる。

予選はブロックごとに総当たり線で各2名勝ち上がり、準々決勝以降はトーナメント戦

5人の審判、5つの基準

五輪では5人の審判が「技術性」「多様性」「完成度」「音楽性」「独創性」の5つの基準をもとに審査する。より優れていると思った選手に審判が票を入れるシンプルな判定方式で、ラウンドごとの勝利数が多いほうがバトルの勝者となる。各選手ごとに基準の得手不得手があり、個性はバラバラ。対戦相手との相性で判定内容が大きく変わってくるのも見どころだ。

審判による審査結果が会場のモニターに表示されています
都内で開催されたブレイキンの大会「FUJIFILM INSTAX Undisputed Masters」での審査の様子

ブレイキン
4つの基本要素

ブレイキンを構成する主な要素は「トップロック」「フットワーク」「パワームーブ」「フリーズ」の4つ。各要素には無数のムーブ(演技)があり、選手たちはそれらを自在に組み合わせ、時にオリジナルの技も混ぜながら個性を発揮していく。

エース・半井のダンスを映像でチェック

日本男子のエース、半井重幸(ダンサー名SHIGEKIX)の1分間のダンスをひもとくと、半井ならではの個性が見えてきた。ここでは実際の映像を見てみよう。

都内で開催されたFUJIFILM INSTAX Undisputed Mastersで演技するSHIGEKIX

タイムラインでひもとくと…
スタートからトップロック→パワームーブ→フリーズ→フットワーク→フリーズ→フットワーク→フリーズ→フットワークの順で構成されている

冒頭、床を足でステップを踏みながら軽く「トップロック」を披露。場の空気をつかむやいなや、「パワームーブ」と呼ばれるアクロバティックな回転技を次々と披露しながらフロアを盛り上げていく。時に体や動きを止める「フリーズ」を織り交ぜながら緩急をつけ、そのまま低姿勢で音に合わせて足さばきを披露する「フットワーク」へ。最後はもう一度フリーズをぴたりと決め、「見たか」と言わんばかりに対戦相手を指差す。バランスの取れた構成ながら、得意のフリーズを中心に半井の魅力が詰まっている。

立ったまま踊る動き
トップロック
TOPROCK

立ったまま踊る動きを指し、ほとんどのラウンドで冒頭に行われる。数秒程度で次のムーブに移ることが多いが、中には長尺でトップロックで魅せる選手も。意味や解釈が込められた動きもあり、スタイルの表現の一つとして使われている。

低くしゃがみこんで手を床につけた状態で、足さばきやステップを行う動作
フットワーク
FOOTWORK

低くしゃがみこんで手を床につけた状態で、足さばきやステップを行う動作。派手な動きこそないが様々な音楽のテンポに合わせて正確に動く必要があるため、高い技術が要求される。パフォーマンスの中盤に盛り込まれることが多い。

頭で回るアクロバティックな動き
パワームーブ
POWERMOVE

ブレイキンを代表するアクロバティックな動き。体の様々な部分で床を回るのが特徴で、代表的なものに頭で回る「ヘッドスピン」、背中や肩で回る「ウインドミル」、開脚した状態で背中をつけずに手だけで回転する「エアートラックス」などがある。

片手だけで体を支えて停止している動き
フリーズ
FREEZE

上記3つを組み合わせた流れの中でピンを刺すように、音楽に合わせて体をぴたりと止める決めポーズ。アクロバティックな動きをした後に空中で姿勢を止めることが多い。主な技に、椅子に座っているように見える「チェアフリーズ」がある。

ジェスチャーで相手を挑発?

バトル中、時おり選手たちが対戦相手をあおるようにジェスチャーを送る場面が見受けられる。各動作には意味があり、審判にアピールする意味でも重要なパフォーマンスだ。代表的な動作は、相手の技の完成度が低い時に出す「ア・リトル・モア」(親指と人さし指で何かを挟むような仕草)や、相手が技を失敗した時に使う「クラッシュ」(床を手でたたく)など。駆け引きを楽しむ上で、どんなジェスチャーが出てくるかも注目だ。

「トゥワイス」(指を2本立てる)で対戦相手をあおるSHIGEKIX
同じ技を繰り返したときに出す「トゥワイス」(指を2本立てる)で対戦相手をあおるSHIGEKIX

注目の
日本人選手

パリ五輪に出場する日本人選手は男女2人ずつの計4人。2023年のアジア大会を制していち早くパリ五輪代表内定を決めた半井を始め、どの選手も国際大会の常連で幾多のタイトルを持っている。スタイルも個性もバラバラの「最強布陣」が、表彰台の頂点を狙う。

ダンスするSHIGEKIX

ダンスで
音を奏でる
不動のエース

SHIGEKIX
SHIGEKIXの顔写真
半井重幸/SHIGEKIX

22歳・大阪府出身
得意技:ミュージカリティーとフリーズ

日本ブレイキン界の絶対的エース。小学生の頃から海外の大会に出場し、これまで世界最高峰の大会「レッドブルBC One」など数々のタイトルを総なめにしてきた。2023年9月には世界選手権で銅メダルを獲得。同年10月のアジア大会を制し、いち早くパリ五輪代表に内定した。
オールラウンダーで、中でもミュージカリティー(音楽性)に秀でる。日本ダンススポーツ連盟の石川勝之・ブレイクダンス本部長によると「流れている音を取るのではなく、音が体内に染み込んだ状態で踊っている」といい、寸分の狂いもなく技をメロディーに乗せることができる。象徴的なのがフリーズの場面。曲のピークとともにぴたりと体を止める様は、もはやアートのようだ。

ダンスするHIRO10

爆発力で
かき回す
若手のホープ

HIRO10
HIRO10の顔写真
大能寛飛/HIRO10

19歳・石川県出身
得意技:パワームーブ

急成長を遂げている日本ブレイキン界の若手のホープ。直前の五輪予選シリーズ第1戦・上海大会では「ゾーンに入っていた」と無尽蔵の体力を見せつけて3位に入り、続くブダペスト大会も安定した成績を収めて残り1の代表枠に滑り込んだ。
1分間のバトルのほとんどをパワームーブに費やしているといってもいい「超」パワー型で、後半になるほどスピードとキレが増していく。「パワームーブのスキルが高いだけでなく、軸がしっかりしていて高難度の技をつなぐバランス感覚もすごい」と石川さん。年始の能登半島地震で地元は被災。「自分が頑張ることで勇気を届けたい」と五輪での活躍を期する思いは誰よりも強い。

ダンスするAYUMI

掃除も
アイデア、
コミカルに踊るベテラン

AYUMI
AYUMIの顔写真
福島あゆみ/AYUMI

41歳・京都府出身
得意技:フットワークとオリジナリティー

鍛え上げた肉体を生かしたパワーやスピードを武器とするダンサーが多い中、福島は独自の道を切り開いている。フットワークを軸に床をテキパキと移動。床を雑巾でふく動作を入れた「お掃除ダンス」など日常生活からインスピレーションを受けてダンスに取り入れることも多いといい、さながらアニメーションを見ているようだ。
「僕が到底思いつかないオリジナルな動きで、細かいつなぎの部分もスムーズ。相当いろんな動きをやってきたキャリアの長さを感じる」と石川さんも絶賛。大学生の時に競技を始め、ダンサー歴は20年以上。41歳のベテランがみせるコミカルなパフォーマンスには、ブレイキンの真髄とも言える「個性」が詰まっている。

ダンスするAMI

かっこよさ
を追究する
オールラウンダー

AMI
AMIの顔写真
湯浅亜実/AMI

25歳・埼玉県出身
得意技:テクニックとバランス

半井と同じオールラウンダー型で、卓越した技術を武器に世界のブレイキンシーンを渡り歩いてきた。2019年世界選手権で初代女王に輝くと、22年にも2度目の女王に。猫背気味に始まるトップロックが特徴的で、猫のようにポーカーフェースながら繰り出すムーブはどれもキレ味たっぷりだ。
「勝ち負けよりもかっこよくなければだめ」と弱冠25歳ながらクラシカルなスタイルを信条とする。一つ一つの動きには基礎が染み込んでいて繫ぎがなめらかで、「フットワークでは右回りも左回りも同じレベルでこなすことができる」(石川さん)ほど。毎バトルにテーマがあるといい、パリの舞台でどんな物語を披露してくれるかも注目だ。

歴史の分岐点となる大会に

ブレイクダンス本部長・
石川勝之さんに聞く

石川勝之KATSU ONE

1981年、神奈川県生まれ

大学入学後に本格的にブレイキンを始め、数々の国際大会に出場。2013年にブレイキンのイベント企画などを手掛ける会社「I AM」を設立。18年から日本ダンススポーツ連盟(JDSF)ブレイクダンス部の本部長を務める。

ブレイキンについて解説する石川勝之のインタビュー映像の様子
五輪競技入りで技術向上

元々カルチャー色が強かったブレイキン。五輪競技の仲間入りを果たしたことで、技術は大きく向上した。「パワームーブのキレが増すなど、毎回コンスタントにハイレベルなダンスをやりきる人が増えた」(石川さん)。JDSFでは定期的に合宿期間を設けて本番のバトルを想定したスパーリングを敢行し、専門家による食事サポートも導入。スポーツならではの文化を採用しながら、最強日本代表を作り上げてきた。

日本代表合宿で大能を指導する石川勝之
日本代表合宿で大能(左)を指導する石川氏
海外勢への対策はメンタル

男女ともに金メダル候補をそろえる日本だが、各国には手ごわいライバルがそろう。石川さんの注目は、男子は22年世界選手権王者のフィリップ・キム(カナダ)や23年大会王者のビクター・モンタルボ(米国)、女子は昨年アジア大会覇者の劉清漪(中国)や、世界選手権女王のドミニカ・バネビッチ(リトアニア)、地元のシア・デンベレ(フランス)。選手によって相性は変わってくるが、「どんな相手でも自分のスタイルを変えないでいくメンタルの強さが重要になってくる」と話す。

フィリップ・キム(カナダ)、ビクター・モンタルボ(米国)、劉清漪(中国)、シア・デンベレ(フランス)、ドミニカ・バネビッチ(リトアニア)の競技中の様子
(左から)フィリップ・キム(カナダ)、ビクター・モンタルボ(米国)、劉清漪(中国)、シア・デンベレ(フランス)、ドミニカ・バネビッチ(リトアニア)
狙うは金メダルただ一つ

「ブレイキンの数十年の歴史の中でも一番の分岐点になる」。パリ五輪を間近に控え、石川さんは胸を高鳴らせている。色とりどりのダンサーたちに、空間を支えるクールな音楽やMC……。世界中の耳目を集める舞台だからこそ、ブレイキンの魅力をどう伝えるか。業界を支える立場として、思案は尽きない。そのためには、勝負の世界で結果を出すことが不可欠だ。「確実にメダルを取るためのことはやっていく。金メダルを狙いにいきます」と石川さん。直前合宿でも大会本番を想定したリハーサルを繰り返しては、入念に爪を研いでいる。

決戦は大会終盤の8月910日

数々の厳しいバトルをくぐり抜けてきた半井も、今回のパリ五輪には特別な思いを抱えている。「パリ大会にはいろいろなものがまとわりつく。プレーヤーとしてやってきたことがどういう結果になるか、不安もある」と正直な心境を語る。

それでも「一番自分がファンのようにわくわくして楽しみながら当日を迎えたい」と半井は言う。試合は大会フィナーレとなる8月9、10日。コンコルド広場での舞台の中心で、日本選手たちはスポットライトを浴びる瞬間を思い描き続けている。

カメラに向かってポーズをとる日米対抗戦の時のshigekix、Hiro10、AYUMI、AMI