日本の実力は?

データで知る
パラリンピック

 リオデジャネイロで開催する夏季パラリンピックは今年で15回目。その歴史をひもとくと、参加選手数も種目数も、五輪を上回る勢いで増えている。日本の実力や各国のメダル争いをデータで探りながら、2020年の東京大会を展望した。

ロイター

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拡大の勢い オリンピック上回る

1960

2016

参加国・地域数

18

159

8.8

五輪は2.5

参加人数

209

4300

20.6

五輪は2.1

競技数

8

22

2.8

五輪は1.6

競技種目数

113

528

4.7

五輪は2.0

※ 国際パラリンピック委員会、国際オリンピック委員会、日本オリンピック委員会、リオデジャネイロ・パラリンピック公式サイトなどのデータをもとに作成

 この半世紀、パラリンピックの参加国・地域数は約9倍、参加人数は約20倍になった。その拡大の勢いは五輪を大きく上回る。背景には、参加選手の対象が広がったこと、競技性が高まるとともに各国の支援が手厚くなったことなどがある。パラリンピックは、同じ競技でも「クラス分け」によって種目が多くなる。障害の種類、部位、程度により選手の身体能力には差があるため、公平に競うためだ。例えばリオデジャネイロ大会の陸上男子100メートルは16種目に分かれ、16個の金メダルが存在する。

リハビリから競技へ
半世紀の歴史

1960

1964

1968

1972

1976

1980

1984

1988

1992

1996

2000

2004

2008

2012

2016

夏季五輪開催地 夏季パラリンピック開催地
ローマ イタリア 1960 ローマ イタリア
東京 日本 1964 東京 日本
メキシコシティ メキシコ 1968 テルアビブ イスラエル
ミュンヘン 西ドイツ 1972 ハイデルベルグ 西ドイツ
モントリオール カナダ 1976 トロント カナダ
モスクワ ソ連 1980 アーネム オランダ
ロサンゼルス 米国 1984 ニューヨーク
ストーク・マンデビル
米国
英国
ソウル 韓国 1988 ソウル 韓国
バルセロナ スペイン 1992 バルセロナ スペイン
アトランタ 米国 1996 アトランタ 米国
シドニー オーストラリア 2000 シドニー オーストラリア
アテネ ギリシャ 2004 アテネ ギリシャ
北京 中国 2008 北京 中国
ロンドン 英国 2012 ロンドン 英国
リオデジャネイロ ブラジル 2016 リオデジャネイロ ブラジル

 障害者スポーツは、戦争で負傷した軍人のリハビリ目的で始まったといわれる。パラリンピックの起源は、脊髄損傷者を治療していた英国のストーク・マンデビル病院が1948年に開いたスポーツ大会。その後、60年にローマで開いた車いす競技の国際大会が第1回のパラリンピックとされている。第2回の東京大会では「パラプレジア=対まひ」と「オリンピック」を合わせた言葉として「パラリンピック」という愛称がついた。

 五輪と同一都市で開くことが定着したのは88年のソウル大会から。パラリンピックという名称を国際オリンピック委員会(IOC)が認可したのもこの大会からで「パラレル=五輪と同様のスポーツ大会」という解釈に変わった。89年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立され、2001年にはIPCとIOCが「五輪開催国は、五輪終了後、引き続いてパラリンピックを開催する」ことで合意。桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部の田中暢子准教授によれば、その時、フィリップ・クレーブンIPC会長は、パラリンピックの「リハビリ思考」を改めようと「スポーツはスポーツであり、それは障害者にとっても変わらない」という方針を明確に打ち出した。

ロンドンのメダル数
日本は24位

日本

参加
選手数
135
メダル
獲得数
16
メダル
獲得率
12%

 パラリンピックの競技性が高まると、各国が予算を投入して強化に取り組んだ。2012年のロンドン大会では中国の強さが際立った。メダル獲得数は231にのぼり、メダル獲得率(参加選手に占めるメダル獲得者数の割合)は8割を超えた。メダル争いの激しさに伴い、顕著になったのはドーピング問題だ。リオ大会では国家主導でドーピングを行ったとみられるロシアに対し、IPCが全選手出場停止の処分を下した。日本は一定数の選手を送り出しながら、メダル獲得数がなかなか伸びていない。ロンドン大会で選手数は11位だったものの、メダル数は24位だった。

グラフ並べ替え

  • 参加選手数
  • 獲得メダル数

※ ロンドン大会(2012年)のメダル獲得数上位30カ国で比較
※ 国際パラリンピック委員会のデータをもとに作成

共同

補助金
日本は5年で6倍

 日本では財政支援が年々、手厚くなっている。公益財団法人日本障がい者スポーツ協会が国などから受け取った2016年度の補助金は約18億8千万円。この5年で約6倍に増えた。14年に、障害者スポーツの所管官庁が厚生労働省から文部科学省へ移ったことも補助金の伸びにつながった。

 ただ、選手の実感とは温度差がある。リオ大会参加予定選手に聞いた一般社団法人日本パラリンピアンズ協会の調査では、選手1人あたりが競技活動で負担する額は年間147万円ほど。4年前のロンドン大会時の調査と変わらなかった。現在の補助金が強化合宿の増加など練習環境の整備に使う部分が多いことが背景だ。そうした中、今年6月、独立行政法人日本スポーツ振興センターは、選手個人への「アスリート助成」をパラリンピック選手に適用することを決めた。メダルの獲得が期待される選手が対象で、年間240万円支払われる。

障害者スポーツへの補助金

※ 公益財団法人日本障がい者スポーツ協会の資料をもとに作成

2020年、東京大会に向けて

 「パラバブル」。今、パラリンピックをめぐってささやかれる言葉だ。2020年の東京大会に向け、財政支援が膨らんでいることを指す。選手や関係者が心配するのはバブルの崩壊だ。20年以降に財政支援が急速に減り、障害者スポーツの発展が足踏みするのでは、という見方だ。

 桐蔭横浜大学の田中准教授は「20年までに競技を根付かせ普及につなげる制度づくりが必要」と話す。「ロンドン大会を開いた英国でも大会後に財政支援が大幅に減った。ただし、資金配分後の使い道を監視し、不適切なものには罰金を課すなどの仕組みを作って支援を続けている」(田中准教授)という。

リオパラリンピック
期待のアスリートたち

01

競泳

木村 敬一

02

陸上

辻 沙絵

03

ボッチャ

高橋 和樹

04

ゴールボール

安達 阿記子

05

車いすテニス

上地 結衣

06

自転車

藤田 征樹

07

競泳

鈴木 孝幸

08

陸上

佐藤 友祈

制作
板津直快、夏目祐介、寺澤将幸、鎌田健一郎、安田翔平、清水正行

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