PATENT WARS in DIGITAL ERA
PATENT WARS
in DIGITAL ERA
総集編
10年後の技術覇権を競う米中、置き去りにされるニッポン――。人工知能(AI)や再生医療など今後の技術開発の主翼を担う先端10分野の技術特許情報を分析したところ、こんな未来図が浮かび上がってきた。猛烈に出願件数を重ねる中国、地力の強さ見せる米国に「技術立国」日本が大きく水をあけられている。
10分野の国別出願件数ランキング
まずは各分野の国別出願件数の2000年以降の変遷をみてみよう。2000年当時日本は10分野中5分野で首位の座にあった。これが10年になると3分野に減った。そして17年には首位の座をすべて米中に明け渡した。
Topic 1
特許数、
9分野で中国独走
2017年の国別順位を詳しくみると、件数ベースでは中国が一人勝ちの様相だ。10分野中9分野で中国が首位となった。10分野の17年単年の合計件数の49%を占めた。
2位で最も多かったのは米国で7分野を占めた。米中2強争いの構図が改めて浮き彫りになった。
日本は7分野で4位に沈み、出願件数の合計は全体の11%にとどまった。
Topic 2
10年後の技術覇権
中国の手に?
調査を実施した10分野
今回調査した10分野は、今後10年の閒に様々な産業領域に応用が見込まれる基幹技術を対象とした。例えばAIで先行できれば自動運転や再生医療でも優位に立つなど相乗効果は大きく、10分野での技術覇権は国の競争力そのものを左右する可能性がある。
10分野のグラフ・ランキング
上のタブから10分野のうちいずれかを選択するとそれぞれの「出願国別年数推移」が閲覧できる。
AI技術はビッグデータ解析をもとにものづくりから医療、日々の生活に密着したサービスなどありとあらゆる分野に応用が期待される。長らく米国が首位だったが、15年以降中国の出願数が急増し、17年に首位の座に躍り出た。
質・量ともに米IBMが強さを見せた。日本勢は15年以降の件数ランキングから姿を消した。中国の伸びのけん引役は百度(バイドゥ)。自動運転技術や音声認識技術で世界屈指の技術力を誇る。
中国が唯一米国に首位の座を明け渡したのが量子コンピューターだ。米グーグルが19年11月にスーパーコンピューターの性能を超える「量子超越」を実現したと発表。35年には実用化するとも言われる。日本は10年まで件数で首位だったが、11年に転落。米国は17年の出願件数が10年比15倍になり、独走状態だ。
すでに量子コンピューターを外販するカナダのDウエーブ・システムズが14年までの件数ランキングで首位に。同社は質ランキングでも首位となった。Dウエーブ型と異なる汎用型の開発も進み、グーグルやIBM、マイクロソフトなどが質・量ともに充実させてきている。
再生医療は傷ついた組織や臓器をよみがえらせ、従来の薬でも手術でも治せなかった不治の病を治すとされる技術分野だ。長く首位だった米国は15年に一気に中国に抜き去られた。日本も右肩上がりに出願件数を増やし健闘するが4位に沈む。
中国政府の研究機関、中国科学院が件数ランキングで長年にわたり存在感を見せた。ただ質ランキングで中国勢は消え、米勢が上位に。医療機器大手の米ジョンソン・エンド・ジョンソンが買収したヤンセン社やアクテリオン社などもランクインしメガファーマによる買収合戦が激化している。
自動車開発の主戦場が、燃費効率などハード面からAIを基軸にしたソフト面に移っている。17年の特許出願数はわずか2年前の2.3倍。日米中が競う三つ巴の様相になっている。日本は08年まで首位だったが10年以降中国が急上昇した。
質ランキングで首位だったのが米グーグルだ。量で強さを誇るトヨタ自動車を交わした。グーグルは自動運転関連会社のウェイモも8位にランクイン。グーグル勢はAIを用いた自動運転技術や実証実験の走行距離などで他社を圧倒している。
電気を通すプラスチックの総称。有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)が代表的な使用例だが、太陽光パネルなど様々な場所に応用される夢の汎用技術。今後期待が高いのがヒト型ロボットや人工臓器などに使える「人工筋肉」素材だ。2000年に導電性高分子開発でノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏が生みの親。長く日本のお家芸の技術だったが、12年に中国に件数ベースでかわされた。
質ランキングでは10社中4社が韓国勢で日本は京セラと信越化学工業の2社が入ったのみ。中国勢も件数ランキングで上位を占めるだけに日本の存在感低下が懸念される。
Topic 3
BATHが躍進先導
技術買収も加速
BATHの出願件数合計と順位
(15年以降)
出所:アスタミューゼ
中国躍進の先導役がBATH(百度=バイドゥ、アリババ集団、騰訊控股=テンセント、華為技術=ファーウェイ)だ。件数ランキングの上位を占めた。1990年代から加速した同国経済の改革開放路線と歩調を合わせ、中国企業の存在感を世界で高めてきた。
Topic 4
特許の質 米に軍配
質ランキング上位10社の国別数
一方で特許の質
を分析すると上位には米企業が名を連ねた。各10分野の上位10社を合計した100社のうち、米企業が64社を占めた。日本企業が18社と続き、素材分野で強さを見せた韓国が8社だった。中国企業はドローン分野での1社にとどまった。Topic 5
中国急進の背景
進む「知財強国」戦略、
科学技術費は日本の3倍
中国「知財強国」の主な施策
出願の奨励
中央政府が国際出願1件あたり50万元(約780万円)を上限に助成
専門家の増加
中国は国を挙げて知財の専門人材育成を進める。単に中国国内での育成にとどまらず弁理士や弁護士を次々と米国留学させ、国際的な知見を持つ人材を育成、国内の知財法廷や特許の質向上を図る
損害賠償制度
特許や商標権侵害などで裁判所が認定した損害額の最大5倍まで賠償額を引き上げるよう検討中(現在は3倍、日本は1倍)
裁判所の機能強化
2019年1月、中国は最高裁にあたる「最高人民法院」に知財法廷を設置し二審を最高裁で審理する体制を整えた(日米は高裁に設置)
出所:特許庁
中国が急速に特許分野で勢いを増す背景にあるのが、同国が国を挙げて「技術立国」戦略を掲げている点だ。15年に発表した国家第13次5カ年計画で「知財強国」計画を公表。さらに同年に公表した「中国製造2025」でも情報技術や航空宇宙、素材など23品目で先端技術の国産化を進めると宣言した。
主要国の科学技術費推移
科学技術費の推移をみても中国は急増している。09年には日本を交わし世界2位に浮上、その後も増額を続け17年は50兆8000億円で日本の3倍、米国の55兆6000億円に肉薄している。
Topic 6
日本蚊帳の外、
論文でも注目度低く
優れた論文著者数
研究の最先端の現場で日本の存在感は薄れている。優れた論文著者数ランキングでは世界11位に沈んだ。ここでも米中が2強。「技術立国」を自称する日本だが第2次産業革命を支えたものづくり技術が中心だ。世界の潮流がデジタル中心の第4次産業革命に突入した今、日本の技術覇権は5年後も危うい。日本には現実を直視した戦略策定とやる気が求められている。
これからの技術覇権を占う重点技術10分野の知財データをもとに、特に注目度の高い量子コンピューター、AI、再生医療、自動運転の4分野について個別企業の取り組みにもフォーカスした特集を順次公開していく。
注1:調査は知的財産データベースを運営するアスタミューゼ(東京・千代田)が集計した独自データを元に分析した。 日本経済新聞社はアスタミューゼに出資している。
注2:特許数は世界80カ国以上の特許庁への出願特許について、複数の国にまたがる同一内容の特許を1件とし、出願人の国別に国名をカウントした。
注3:特許の質ランキングは日本、米国、欧州それぞれの特許庁と、世界知的所有権機関(WIPO)に出願された特許を分析した。世界中での出願件数に加え新規性・進歩性に関わる先行技術の審査官引用数や特許権の残りの有効期間、将来性などアスタミューゼによる独自指標をもとに出願人別の評価値を算出し、総合評価した。