分かる 教えたくなる 量子コンピューター QUANTUM-COMPUTER

分かる 教えたくなる 量子コンピューター QUANTUM-COMPUTER

量子コンピューターということばを見聞きして何を思いますか?高速計算できることは知っているけど仕組みはよく分からない」と立ち止まってしまう人も多いのではないでしょうか。そんな人泣かせの量子コンピューターについて、基礎から計算の仕組みまでQA方式でやさしく解説します。

POINT 1

常識が通用しない?
量子の世界

Q.1

量子コンピュータはなにがスゴいのですか?

A

少ない回数の計算で瞬時に答えを導き出せることです。あくまで例えですが、自転車などに使う4桁のダイヤル錠を想像してください。「2020」という番号で解錠できるとします。ふつうのコンピューターは「0000」から「9999」まで1つずつ数字を試して答えを探します。これに対して量子コンピューターはあっという間に「2020」を特定できてしまうイメージです。

なぜ、瞬時に答えを導き出すことができるのか
その謎に迫っていきます。

Q.2

そもそも「量子」とは何のことでしょうか?

A

人間の体や身の回りの物質を形づくるのは原子です。その原子は電子や陽子、中性子でできています。量子はこうした原子レベル以下の物質やエネルギーの粒のようなものと考えてください。

この量子には私たちの常識では理解できない不思議な現象が起きます。それは「同時に2つ以上の状態をとる」という現象です。

何のことだかよく分かりませんね。例えば2つの「おにぎり」があり、中に梅干しを1つ入れるとします。

ふつうなら左右どちらか、1つのおにぎりだけしか梅干しが入っていませんよね。ですが、量子の世界では不思議なことに「左右どちらにも梅干しがある」状態が起こりえます。

にわかに信じがたい現象ですが量子の世界にみられるこの物理法則を「量子力学」と呼びます。

Column

あのアインシュタインも
かかわった量子

量子力学はアインシュタインの「相対性理論」と並び、現代物理学の土台となっている理論です。オーストリアの物理学者、シュレーディンガーらによって20世紀前半に確立され、半導体や化学反応の仕組みの解明など私たちの生活に大きく貢献しました。

実はアインシュタインも量子力学の創始者の一人ですが、量子力学の考え方に反対し論争を巻き起こしたことでも知られます。

POINT 2

10~20年後に
産業・金融を
変える?

Q.3

どういう分野で活躍するのでしょうか?

A

量子コンピューターはまだ開発途上で、ビジネスで実際に利用される段階にはなっていません。 ただ、クラウド経由で利用することができ、活用方法を研究している大学や企業は多くあります。 量子コンピューターが得意とする分野がいくつかあり、先行しているのは材料(化学品)開発の分野です。

化学品は無数に種類がある分子の組み合わせです。 量子コンピューターを使えば、分子設計などのシミュレーション(模擬実験)を高速に実行できます。 画期的な材料によって電気自動車に搭載するバッテリーや食料生産に不可欠な肥料を効率よくつくる触媒などを早く世に送り出すことができるわけです。

Q.4

本格的な量子コンピューターは
いつごろ根付きそうですか?

A

使い道の模索は始まっていますが、幅広い計算に利用できる本格的な量子コンピューターが実現するのは時間がかかるといわれています。

技術的な課題が多いのです。現在の「ゲート方式」の量子コンピューターは量子ビットの数が50個程度。これを100万や1億といった数に増やす必要があります。量子の「重ね合わせ」や「もつれ」などを起こして計算する際にエラーが生じる課題を解決することも難題です。

従来、量子コンピューターが完成の域に達するのは20~30年後と言われてきました。GoogleやIBM、中国のアリババ集団など世界の有力企業はこうした課題に対応するため多額の資金を投じて開発を進めており、想定より早く実現するとの見方もあります。2021年5月に最新の開発計画を披露したGoogleは29年の「完成」を目標にしています。

Column

まだ生活の役に立たない
量子コンピューター

万能の量子コンピューターが実現するまでにはあと20年かかるともいわれます。ただそれまで全く利用できないわけではありません。

現在は量子ビットの数が50程度ですが、こうした開発途上の量子コンピューターは「NISQ」と呼ばれます。「ノイズのある中規模の量子コンピューター」という意味です。

Googleが2019年、従来のコンピューターには難しい計算問題を解く「量子超越」を達成し、NISQの時代が幕を開けたともいわれています。これから量子ビットの数が数百といった規模になってくると、実際に何かの役に立つ場面が出てくる期待されています。

Q.5

複雑な暗号が簡単に解読されるのではないかというニュースは本当ですか?

A

高い計算能力を持つ量子コンピューターが実現すると、インターネットの通信などで使われる「暗号」が解読される恐れが指摘されています。 

ネットでパスワードなどの重要な情報をやりとりする際には通常、誰かに盗み見られてもわからないよう「暗号化」の技術が使われています。「RSA暗号」が有名ですが、これは通常のコンピューターでは解くのが難しい複雑な素因数分解の問題をもとに成り立っています。

なぜ素因数分解は難しいのでしょうか。例えば「157×541」というかけ算は、スマホの電卓を使えば簡単にできます。答えは「84937」です。

一方、最初に「84937」という数字があり、それを素因数分解する作業は少々、複雑です。

巨大な整数の素因数分解はスーパーコンピューターでも解くのが難しく、この原理を基に現代の暗号は成り立っています。ところが、複雑な計算を短時間にこなす量子コンピューターの手にかかると暗号が破られてしまうリスクがあります。

もっとも、暗号解読は少なくとも今の量子コンピューターの性能では不可能です。現時点であまり心配する必要はありません。対策の検討も始まっており、どんな手段を用いても不正な解読が不可能といわれる「量子暗号通信」も登場しています。

POINT 3

ふつうのコンピューター
との違いは?

Q.6

コンピューターの計算の仕組みを教えてください

A

先ほどの量子力学を利用したマシンが、量子コンピューターです。量子コンピューターはふつうのコンピューターと仕組みが大きく異なります。遠回りになりますが、まずふつうのコンピューターの仕組みを説明しましょう。

コンピューターは「0」と「1」の組み合わせで情報を処理します。文字、画像、音、計算、すべてそうです。アルファベットならAが「0000」、Bが「0001」、Cが「0010」……といったイメージです。0と1で表す情報処理の単位を「ビット」と呼びます。

実際にはコンピューターの中の回路で電圧を高くして「1」を表し、低くすることで「0」を表します。その組み合わせや繰り返しにより計算や動画再生ができるのです。

Q.7

量子コンピューターは
この仕組みと何が違うのですか?

A

量子コンピューターは「0でもあり、1でもある」という「量子ビット」を情報処理の単位にしています。これは0と1が重ね合わさった状態です。実際にこの「重ね合わせ」を作り出すために利用する代表的な技術が、物質を絶対零度(セ氏マイナス273.15度)近くまで下げて電気抵抗をなくす「超電導」です。リニア新幹線でもおなじみの技術ですね。

例えば、超電導の回路を流れる右回りの電流で「1」を表し、左回りの電流で「0」を表すと見立てて、この2つが重ね合わさったような状態を作ります。超電導にするのは余計なノイズを取り除き「0であり、かつ1でもある」状態を実現するためです。

Column

スーパーコンピューター
との違いは?

高速のコンピューターといえば、日本のスーパーコンピューター「富岳(ふがく)」。2021年6月28日発表のスパコンの計算速度に関する世界ランキングで、3期連続で首位を獲得しました。1秒間に44.2京回(京は1兆の1万倍)もの計算を実行できるとてつもない速さです。

スパコンは様々な用途で使われますが、苦手な問題もあります。量子コンピューターは、そうした問題を素早く解く役割が期待されています。2019年にはグーグルが最先端のスパコンで約1万年かかる問題を、量子コンピューターが3分20秒で解いたと発表しました。量子コンピューターが解ける問題はまだ限られていますが、将来はスパコンに代わって一部の計算を担うようになると考えられています。

スパコン
  • 強みCPU(中央演算処理装置)などを大量につなげ高速計算を実現。開発の歴史が長く応用範囲が広い
  • 課題計算に膨大な時間がかかかるなど苦手な問題が一部存在
  • 得意分野薬や材料の開発、自動車の設計、地震・津波の対策、気象予測など多彩な計算に対応
量子コンピューター
  • 強み量子力学を利用し、スパコンが苦手な問題も高速に解けると期待
  • 課題まだ研究開発の途上で、解ける問題は限られる。実用化はこれから
  • 得意分野将来的には材料開発や金融などの分野に革新をもたらす可能性を秘める
POINT 4

瞬時に答えを
求められる理由

Q.8

「0であり、かつ1でもある」という状態をつくることにどんな意味があるのでしょうか?

A

量子コンピューターは複雑な計算問題を圧倒的な速さで解けるとされていますが、そこに「量子ビット」の特性がかかわっています。

「0」と「1」を組み合わせてビットで情報を表すふつうのコンピューターは、ビットのパターンごとに情報を1つずつ処理していきます。例えば4ビットの場合、「0000」から「1111」まで16通りの組み合わせになり、16回計算が必要です。100通りなら、100回の計算が必要になります。

一方、4量子ビットでは「0であり、かつ1でもある」という状態を利用して16通りをいっぺんに表せます。10量子ビットなら1024通り、50量子ビットなら1125兆通りを一度に扱えるわけです。「同時に2つの状態をとる」という量子力学に基づいています。

Q.9

実際にどうやって計算しているのでしょうか?

A

0と1の重ね合わせ状態を持つ量子ビットを作り出すだけで計算はできません。電子レンジにも使われるマイクロ波を当てるなどして量子ビットを操作し、答えを導いていきます。

Q.10

答えはどんな形で導くのですか?

A

具体的にはあらかじめ設定したアルゴリズム(計算方法)に基づき、量子ビットを操作していきます。「ゲート操作」ともいわれ、その組み合わせによって回路を構成し、答えを求めます。

量子コンピューターの「回路図」に沿って説明しましょう。まず回路で使われる主な「ゲート」の働きを 紹介します。

1つめは、先ほどから何度も出ている
「0と1が重なった」状態を作ることができるゲートです。
「アダマールゲート」といいます。回路図ではの記号で表されます。

アダマールゲートを「回路図」に配置してみましょう。
は計算前の量子ビットが「0」の状態であることを表します。楽譜のように線を左から右にたどっていくとアダマールゲートを通ります。ここで最初「0」だった量子ビットは「0と1が重なった状態」になります。
最後の記号は最終的に出てくる答えを「測定」するという意味があります。
2つめは、ある量子ビットが別の量子ビットに影響を与えるゲートです。影響を受けると0だったビットが1に反転するといったことが起きます。
専門的にいうと量子ビット同士を「もつれさせる」働きを持つゲートで「CNOTゲート」といいます。
ごく単純な4量子ビットの回路図でみてみましょう。
「重ね合わせる」ゲートを通ると、50%の確率で1、50%の確率で0の答えが出る状態になります。
その後、「もつれさせる」ゲートを通れば片方の量子ビットはもう一方の量子ビットに影響を与え0と1のどちらかに答えが絞り込まれます。

分かりやすいように回路図を花の育成に例えてみましょう。

白か赤どちらかの花が咲くタネ(量子ビット)に肥料を与えて生育を始める(計算を始める)とつぼみは50%の確率で白か赤(0と1の重ね合わせ)になります。

その後、どのような肥料を与えるか(どういうゲートの組み合わせで量子ビットを操作するか)、肥料をどのように与えるか(どんなアルゴリズムを実行させていくか)によって白か赤かの花の色(0か1かの答え)が決まります。

つまり最初は「0」の状態のビットを複数の「ゲート」で操作し、それが「測定」されたときに、それぞれどのビットが0で、どのビットが1かの答えが出るという仕組みです。

このようにゲートを駆使してさまざまな問題を解く量子コンピューターは「ゲート方式」と呼ばれます。この方式は汎用的な計算に利用できるのが特徴ですが、量子コンピューターにはもう一つ、たくさんの選択肢の中からベストの答えを導き出す組み合わせ最適化問題に特化した「アニーリング方式」というものもあります。

量子が人類を変える

量子コンピューターの開発は期待先行の面もありますが、21世紀最大級の技術革新になる可能性を秘めています。毎日、世界のあちこちで桁違いの計算が実行されるようになれば産業界や私たちの生活を根本から変えます。量子という謎に満ちた物理現象を人類がどのように利用していくのか目が離せません。