ロシア口実捏造の軌跡

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映像SNSでフェイク分析

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ロシアのウクライナ侵攻をめぐり偽情報が飛び交っている。どんな手法で作られ、どこから拡散していったのか。旧ソ連圏で広く使われるSNS(交流サイト)テレグラム上に広がった主なフェイクニュースを探し出し分析した。

Topic1

ロシアのフェイクは
SNSでどう広がったか?

日本経済新聞がロシアのウクライナ侵攻に絡む目立ったフェイクニュースを探したところ、ロシア政府系アカウントの投稿15件で、捏造(ねつぞう)などの偽情報が含まれることが確認できた。投稿されたのは、偽物の死体や文書の画像など。こうした偽情報を広げたアカウントを「丸」、引用・転送で拡散したことを「丸をつなぐ線」で表現することで、偽情報を広げた「ネットワーク図」として示した。投稿の閲覧数を示す丸の大きさから、どんなアカウントがフェイクの拡散に貢献したかが分かる。「テレグラムアナリティクス」の分析ツールを使い、各投稿の転送・引用先などを含むテレグラムの詳細な投稿データを抽出し分析した。

ネットワーク図の見方
  • アカウント種別
  • 政府系
  • 政府と関係の深い専門家
  • 拡散工作用とみられる
  • ロシア政府と距離を置くアカウント
  • その他
  • アカウント種別
  • 政府寄り
  • ロシア政府と距離を置くアカウント
  • その他
  • アカウント種別
  • ロシア
  • 中国
  • アルメニア
  • その他

累計閲覧数

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迫る侵攻、政府系アカウントが口実作り

テレグラム上で、ロシア政府系アカウント()から「フェイク」とみられる投稿が目立ち始めたのは2月18日。

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政府に近い専門家が拡散

ウクライナの破壊工作員が塩素タンク爆破を試みた、ウクライナ軍からの攻撃が激化、といった侵攻の口実となる内容を、政府に近い専門家()らが拡散。侵攻前の22日までに累計閲覧数は61万に。

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侵攻前後、工作アカウントが拡散加速

拡散は徐々に増え、侵攻後の2月26日までに累計約270万となった。1日あたりの閲覧数は侵攻前ピークの約3倍の150万に達した。拡散の主体は、情報工作用とみられるアカウント群()。侵攻を正当化する「口実」が大量転送される様子が見える。

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侵攻2週間後、二つ目の波

1日あたり閲覧数

戦況悪化で3月8日ごろから再び拡散が活発になった。10日には、1日あたりの閲覧数が侵攻直後のピークをさらに8割上回る270万となった。その後拡散はやや落ち着いた。

侵攻前後と、戦況が膠着した侵攻2週間後に偽情報の二つの波が確認できる。二つ目の波では、ウクライナ政府が偽情報を発信したとする内容が目立った。

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質より量で拡散、累計閲覧は1000万以上に

3月14日までに偽情報の拡散数は、累計1000万を超えた。16年米大統領選へのロシア政府の情報工作で、最大の成功例の一つとされるSNS動画投稿の閲覧数900万を超えた。偽情報の完成度は低いが、まとめて拡散することで一定の影響力を持った可能性がある。

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フェイク、批判投稿を量で圧倒

一部でロシア政府から距離を置くアカウント()の批判的な投稿も広がっているが、量で政府寄りの投稿()が圧倒している。

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拡散「内向き」、大半がロシア

フェイクの拡散経路は「内向き」で、97%がロシア()のアカウントだった。ロシアは国内へ偽情報を大量拡散することで、国民を世界の情報から分断している。

ロシア以外では、中国()、アルメニア()など親ロ国への拡散も確認できる。

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テレグラムの拡散経路を調べた偽情報15件

2/17

  • 「ルガンスク人民共和国」の幼稚園への砲撃は嘘だと主張

2/18

  • 「ドネツク人民共和国」でウクライナ工作員が塩素タンク破壊を試みたとする画像

  • 「ドネツク人民共和国」指導者がウクライナ軍砲撃激化で避難を求める映像(作成日が虚偽)

  • 「ルガンスク人民共和国」指導者がウクライナ軍砲撃激化で避難を求める映像(作成日が虚偽)

  • ドネツク中心部の破壊された車両の映像

2/21

  • 国境付近の建物が破壊されたとする映像

2/22

  • 死体を爆発の自作自演に使用したとみられる映像

  • ロシア領内にウクライナ軍が侵入したとする映像

2/23

  • ロシア系メディア関係者がドネツクでウクライナ軍のドローン砲撃を受けたとする映像

2/26

  • ゼレンスキー大統領が首都から逃げたとロシア下院議長が主張

2/27

  • チュグエフで撮影された血まみれの女性をフェイクと主張

3/9

  • ロシア国防省が発表した「ウクライナの研究所で生物兵器の成分が開発されている」とする文書

  • ロシア国防省が公開した「東部ドンバスへの攻撃に関するウクライナの秘密命令」とされる文書

3/10

  • マリウポリの産科小児科病院の爆撃で「妊婦はモデルが演じている」と主張

3/13

  • ゼレンスキー大統領の病院訪問は過去の映像と主張

(注)「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」はロシアが一方的に独立承認


中国、ギリシャなどでも拡散

テレグラムの利用は旧ソ連圏、インドなどに偏っている。その外側では、ロシアの偽情報はどう広がっているのだろう。画像検索で偽画像を無批判に拡散するニュースサイトがどの地域に集まっているか探ってみた。

ロシア発の偽情報の拡散が確認できた件数の地域別割合

主要な検索エンジン(グーグル、マイクロソフト、ヤンデックス)でロシア発のフェイクニュースに含まれていた画像を検索し、上位に表示されたもののうち、地域言語ニュースサイト(英語・ロシア語・ウクライナ語を除く)で偽情報を検証せずに転載していた事例を抽出した。

英語圏を中心に西側メディアでは、ロシア政府発の偽情報の多くはすぐに検証・否定されていた。だが、中国、ギリシャ、アルメニアなど、ロシアと政治・経済的に近い国の現地ニュースサイトは、偽情報をそのまま転載することも多かった。特に中国は、確認できた事例の約3割を占め、最大の拡散先だった。

Topic2

複数のフェイク映像が
SNSに投稿されていた

ロシア側はウクライナ軍のドローンがテレビの撮影クルーを砲撃したとの動画を流したが、フェイクニュースと推定される。ウクライナのゼレンスキー大統領が投降を呼びかける偽動画なども拡散した。一方で、ウクライナ側からも偽情報が広がっている。


ロシア国防省系メディアが
ドローン爆撃を捏造

ロシア国防省系メディア「ズベズダ」は2月23日、親ロシア派が支配するウクライナ東部ドネツク州で、ウクライナ軍ドローンが撮影クルーを砲撃した、との動画を流した。爆弾の速度、音声の分析からフェイクニュースと推定した。

飛んできた爆弾が見えない

動画では、通常の爆弾の速度なら映るはずの飛来物体を確認できない。この映像の条件で映らない物体の速度は計算上、時速2700キロ(音速は約1225キロ)に及ぶ。拓殖大の佐藤丙午教授は「音速の2倍ならそれだけのスピードを出す動力の軌跡が出るはず。爆発力も弱い」と指摘する。ドローンの砲撃ではなく、地面に埋められた爆発物が爆発した可能性がある。

爆弾の飛来音が聞こえない

親ロ派武装勢力のメディアは2月23日、同じ場所、同じタイミングで撮影した映像を流した。国防省系の映像では聞こえなかった、物が飛んできたかのような飛来音が爆発直前に入っている。

周波数でわかった音の「付け足し」
爆発直前の飛来音だけ周波数帯の特徴が異なり、音を足した可能性がある=日本音響研究所提供

爆発直前の飛来音について、日本音響研究所(東京・渋谷)に分析を依頼したところ編集の可能性を示す痕跡が見つかった。この動画の音声の多くは、画像中央の周波数帯の範囲内にある。だが、爆発直前の飛来音だけは画像下部の周波数帯に多く記録されており、他の音と特徴が異なる。つまり、飛来音は同じ現場の音ではなく、爆撃がフェイクであることを隠すために後から付け加えられたと推定される。


「ゼレンスキー氏が投降呼びかけ」
首や骨格が本人と異なる

3月中旬、ウクライナのゼレンスキー大統領が投降を呼びかける偽動画が流布した。人工知能(AI)に本物のデータを学習させ、そっくりの動画や音声を合成する「ディープフェイク」技術が使われた。動画の首の長さや骨格が本人と異なり、別の人物にゼレンスキー氏の顔を合成した可能性がある。AI技術に詳しい NABLAS(東京・文京)の中山浩太郎代表は「解像度を上げる補正技術を使えば、今でも人間に判別が難しくなる可能性は十分ある」と指摘する。


「ウクライナ兵がロシア領内に侵入」
ウクライナ軍車両ではない

ロシアのタス通信は2月21日、ロシア領内に侵入したウクライナ軍車両をロシア軍が破壊し、5人のウクライナ兵を殺害したと報道した。その後、この事件に関わったウクライナ兵がヘルメットに付けていたとされるカメラ映像がSNSで拡散した。

映像には、兵士と車両が移動している様子が映っている。軍事サイト「Oryx」は、この映像で出てくる車両を「BTR70M」装甲兵員輸送車とみている。ウクライナ軍はBTR70Mを運用しておらず、Oryxは「偽旗作戦」の可能性を指摘した。


「ウクライナ破壊工作員が塩素タンク爆破を試みた」
過去の映像と音声を使用

親ロ派武装勢力は2月18日、親ロ派支配地域で塩素タンク爆破を試みたウクライナの破壊工作員との銃撃戦とする映像を流した。親ロ派はウクライナ側の犯罪を示す証拠と主張していた。だが、日本経済新聞が動画のメタデータ(属性情報)に残る編集履歴を分析したところ、10日前の2月8日に作成されたことが分かった。英調査報道機関ベリングキャットは2010年にユーチューブに投稿されていた動画の「爆発音」が使われた可能性があるとして「フェイクの可能性がある」としている。


「ロシア軍の戦闘機を獲得」
ウクライナ側からのフェイク投稿

「ウクライナ農民がロシア軍の戦闘機を捕獲した」としてSNSで拡散された写真

ウクライナ側からもフェイク投稿が出ている。ウクライナメディアのツイッターアカウントは侵攻開始後の3月11日に「ウクライナ農民がロシア軍の戦闘機を捕獲した」とした写真を投稿した。

日本経済新聞が写真の出所を調べると、実際はクロアチア国防省が2011年5月26日にホームページで掲載した軍事式典関連の写真であることがわかった。戦闘機には所属する国籍を識別するために標章があるが、尾翼にあるのはクロアチア軍のマークでロシア軍ではない。さらに拡散された映像の背景に映る建物の看板に書かれたURLのドメインは「.hr」でクロアチアを示している。


「虐殺映像はフェイク」
目の錯覚をもとに強弁

ウクライナが4月2日までに奪還した首都キーウ(キエフ)近郊で、民間人とみられる多数の遺体が見つかった。現地入りした欧米のメディアは路上に多くの遺体が横たわる写真や映像を伝えた。これに対しロシア国防省は「これらの虐殺の映像はウクライナと欧米メディアのフェイクだ」とテレグラムで発信している。ウクライナのインターネットテレビ局「Espreso.TV」の報道を検証したという投稿の「映像の中で遺体が動いていた」との主張を拡散している。しかし、実際の映像をよく見ると「ねじ曲げた解釈」である可能性が高いことがわかる。

Topic3

ロシアの偽情報作戦はお家芸

「ウクライナのナチス政権が、ロシア系住民のジェノサイド(大量虐殺)を企てている」。侵攻を正当化するためにロシアがばらまいている偽情報だ。旧ソ連時代からの領土拡張の歴史において偽情報はお家芸といっていい。第二次大戦では「ウクライナ系・ベラルーシ系市民の保護」という実態のない理由でポーランドに侵攻した。2014年には「ウクライナ親米政権が弾圧している」との偽情報を口実に軍事介入し、クリミア併合に成功したことで自信を深めていた。

ロシアは旧ソ連時代から長年にわたり
偽情報工作を展開してきた

第2次世界大戦

  • KGBの前身組織に偽情報(ロシア語でdezinformatsiya)専門部署

    ここから1950年代に偽情報(disinformation)という英単語が使われ始めた

  • ロシア赤軍が戦闘で偽情報や偽旗作戦などのマスキロフカ(欺瞞作戦)を多用

東西冷戦期

  • 1980年代「エイズは米国防総省の生物兵器研究の結果生まれた」との偽情報を流布

2014

クリミア併合

  • クリミア半島のロシア系市民は弾圧されているとの偽情報を拡散。併合を正当化

  • 秘密裏に兵員を送り込み制圧していながら、その事実を当初は否定

2016

米大統領選

  • ロシア政府系のインターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)がSNSで多数のアカウントを使い大量投稿。銃規制や人種差別などに関する投稿で米世論の分断を試み

  • トランプ氏の対抗馬だった民主党のヒラリー・クリントン氏を攻撃する偽情報を流布

2020

米大統領選

  • 民主党のバイデン氏に不利な偽情報を拡散

2022

ウクライナ侵攻

  • 「ウクライナ東部でジェノサイド(集団虐殺)が行われている」と主張

  • 「ウクライナが秘密裏に核兵器や生物兵器を開発している」と根拠を示さず断定

  • 「ゼレンスキー大統領は逃亡した」との偽情報をプーチン政権幹部が流布

偽情報は敵対勢力の分断にもよく使われてきた。冷戦時代には「エイズは米国が作った生物兵器」との情報をばらまいた。米大統領選では、情報工作組織インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)が人種など社会集団間の対立を先鋭化させる投稿を拡散した。

Topic4

専門家の見方・分析

豪ロイヤルメルボルン工科大講師

ジェイ・ダニエル・
トンプソン 氏

専門はオンラインメディアで、偽情報の拡散や「言論の自由」のあり方を研究。ロシアの偽情報戦略に関する論文を執筆。

「民主主義への大きな挑戦」

ウクライナ問題でツイッター上に拡散された偽情報を分析したところ、その圧倒的な量と拡散スピードに驚いた。特にロシア政府の公式アカウントが主要な偽情報源であり、拡声器の役割を果たしているようだ。何が本当で、何が噓なのかという疑念をインターネット上に植え付けることは民主主義を崩壊させる恐れもある。

今回もロシアが過去採用してきた情報工作と多くの類似点があった。昔の画像や映像を本来の文脈から離れて意図的に使用したり、背後にいる組織を隠しながら偽の草の根運動を演じたりしているからだ。ボットと呼ばれる自動プログラムも使い、あの手この手で有利な情報を拡散させている。ただロシア国内には政府に反対する人も多く、ウクライナを巡る情報工作が成功したかは現時点でまだ評価できない。

SNSの利用者にとって、これまで以上に「デジタルリテラシー」が重要となるだろう。疑わしい情報に接したときは無理に反応せず、運営企業に報告するなどの冷静な対応が適切だ。つい感情的になって衝動的に拡散をしてしまえば、それこそロシア側の思うつぼになってしまう。

事実と異なる場合は正しい資料や証拠を共有し、皆で議論を促進することが必要だ。誰かの投稿を削除し、フェイクニュースというレッテルを一方的に貼るだけでは堂々巡りになってしまう。ロシアの情報工作は民主主義そして公衆の安全への大きな挑戦であり、今こそ我々は立ち上がり対処しなければいけない。

(聞き手は綱嶋亨)