ロシア化進むマリウポリ
見せかけの「復興」

ロシアによるウクライナ侵攻で激しい攻防が繰り広げられた同国南東部の港湾都市マリウポリ。2022年5月にロシア軍が完全制圧してから9カ月がたった。ロシア側が実効支配を進めてきたが、占領地の状況を知る手段は限られる。人工衛星データやSNS (交流サイト)画像、現地の証言から街の様子を追うと、住民の生活再建は置き去りのまま進む見せかけの「復興」が浮かび上がった。

Topic 1街はどう変わったか
衛星とSNSで見る

マリウポリはウクライナ東部ドネツク州の都市で、ロシアが一方的に併合を宣言した4州に含まれる。衛星やSNSの画像には「ロシア化」の様子が映る。ロシア軍や親ロシア派武装勢力などの占領当局は復興を強調し、ロシアの通貨や教育への切り替えを進める。一方で、住民の生活は困窮が指摘される。23年2月9日撮影の衛星画像に、SNS画像や衛星データをマッピングした。

「ロシアによる復興」 
再開発で演出

日本経済新聞が衛星画像とSNS映像を分析したところ、少なくとも6つのエリアで大規模な新しい建造物を確認できた。多くは集合住宅で、病院や幼稚園とみられる施設もある。

病院屋上にロシア軍の文字
テレグラム @vskmo
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ロシア国防省系の建設会社が22年9月7日、市の中心部近くに新しく建てられたU字型の施設の動画を公開した。建物屋上には「ロシア軍」、側面には「多機能医療センター」を意味するロシア語の表記が見える。実際に運営しているかは確認できなかった。

マクサー・テクノロジーズ提供

衛星写真を見ると、この施設が建つ敷地内にはもともと別の建物があったことがわかる。屋上には「マリウポリ住民のために」などとロシア語で記されている。ただ、ウクライナ側に避難しているマリウポリ市議会は「占領者はマリウポリを軍事基地にしようとしている」と批判した。

市西部に新たな街 集合住宅や幼稚園
プラネット・ラブズ提供

市西部の空き地には新たな住宅街がつくられた。ロシア国防省系の建設会社によると、全12棟(1011戸)の集合住宅が22年11月に完成した(㊦画像の白線内)という。実際にどれだけの人が入居しているかはわからない。23年2月現在、周辺には他の建造物もつくられており、住宅街は拡大している(㊦画像の破線内)。

テレグラム @vskmo
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ロシア国防省によると、集合住宅に囲まれた敷地内に幼稚園の建設が進む(写真中央の黄色い建物)。今後プールやアイスリンクのあるスポーツ施設も建設予定と主張する。占領当局は復興をアピールするが、すぐ横にはロシア軍が破壊した街が広がる。

進む建物取り壊し
戦争犯罪の証拠隠滅か

22年2月から5月の戦闘で、ロシア軍は街全体を徹底的に破壊した。損傷した建物の一部は取り壊しが進むが、ウクライナ側はロシアが戦争犯罪の証拠を隠滅しようとしていると批判する。

集合住宅の9割が損壊

ロシア軍の攻撃でマリウポリの街はどれだけ被害を受けたのか。フランスのコンサルティング会社マサエ・アナリティクスは精緻な地形の観測ができる合成開口レーダー(SAR)衛星の画像をもとに分析した。画像は欧州宇宙機関(ESA)のSAR衛星「センチネル1」が撮影した。赤いハイライトは、22年4月17日時点で侵攻前と比べて建物の形状に大きな変動があったと推定されるエリアを示す。国連人権理事会の22年6月の報告によると、集合住宅の9割、民家の6割が損壊し、35万人が市外への避難を余儀なくされた。侵攻前のマリウポリの人口は40万人超だった。

住宅や歴史的建造物を取り壊し

被害を受けた建物の一部は取り壊しが進む。日本経済新聞は占領当局が発表したとみられる取り壊し予定リスト437件を参照しながら、SNSに投稿された映像や衛星画像で建物の状況を確認した。22年6月から23年1月までに集合住宅や歴史的建造物など少なくとも230件が取り壊されたことを確認した。

アゾフスターリ製鉄所近くの一角、取り壊し進む
プラネット・ラブズ提供

取り壊しが最も目立つのが、ウクライナ内務省系の軍事組織「アゾフ連隊」などが立てこもり抗戦の象徴となったアゾフスターリ製鉄所すぐ東側の一区画(白線内)。ほとんどの建物が取り壊された。

テレグラム @andriyshTime
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市外に退避しているマリウポリのアンドリュシェンコ市長顧問は22年12月、取り壊しが進む同区画の映像を投稿した。夕焼けの中、がれきの山が映る。

犠牲者多数の劇場も取り壊し ウクライナ側は反発
マクサー・テクノロジーズ提供

ロシア軍は22年3月、民間人が避難する劇場を空爆し、多数の犠牲者が出た。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「戦争犯罪」と結論づけた。衛星画像を見ると22年11月時点で、悲劇の舞台となった劇場は白い囲いで覆われている様子が確認できる。

テレグラム @andriyshTime
https://t.me/andriyshTime/6406 https://t.me/andriyshTime/6406

22年12月には劇場の取り壊しが始まった。23年2月上旬にSNSに投稿された映像では、劇場の正面部を残してほとんどが取り壊されている。占領当局は再建のための工事だと主張するが、ウクライナ当局は「住民殺害の証拠隠滅を図っている」と反発している。

こうした建物の取り壊しや再建などの工事のため、ロシア側から多くの人が流入しているとみられる。市外に退避したマリウポリのボイチェンコ市長によると、ロシアからの建設労働者や兵士など約3万人が滞在しているという。 ただ、アンドリュシェンコ市長顧問は、労働者への給与未払いの発生を報告している。

消されるウクライナの痕跡
進む「ロシア化」

建物の取り壊しだけでなく、国旗が置き換わり地名の表記が変わるなど、マリウポリの各地でウクライナの痕跡が消され「ロシア化」が進んでいる。

看板などロシア語表記に
テレグラム @andriyshTime
https://t.me/andriyshTime/1317 https://t.me/andriyshTime/1317

占領当局は22年5月以降、標識の表記や通り名をロシア語に変更し始めた。象徴的な例が市の入り口にあるウクライナ語でマリウポリと形作られたモニュメント。アンドリュシェンコ市長顧問は22年6月7日、改修が進む様子を投稿した。

AP

22年6月12日に撮影された写真では、モニュメントはロシア国旗の三色に塗り替えられた。さらに、ウクライナ語の「І」の文字(左から4文字目)はロシア語の「И」に変更された。

学校にロシアの国旗や教科書
テレグラム @oplottv
https://t.me/oplottv/32100 https://t.me/oplottv/32100

学校など公共施設の修繕が進む。新学期を迎えた22年9月1日、親ロシア派のテレビ局が投稿した学校の映像には「ロシアの歴史」と表紙に書かれた教科書が映る。

学校のフェイスブック(侵攻前)
https://www.facebook.com/marzoch65 https://www.facebook.com/marzoch65
テレグラム @oplottv(侵攻後)
https://t.me/oplottv/32100 https://t.me/oplottv/32100

修繕された校舎の前にはロシア国旗が掲げられ、入り口は国旗と同じ色使いの3色の風船で飾られている。学校のフェイスブックのプロフィール画像に残る侵攻前の校舎には、ウクライナ国旗が掲げられていた。

市場ではルーブル流通、戦闘の爪痕も
ユーチューブ @milamarik3846
https://youtu.be/Za0tteepAjc https://youtu.be/Za0tteepAjc

避難せずに市内に残ったとみられる人物が23年1月、寒空の下で営まれる市場の様子をユーチューブに投稿した。この映像を分析すると、「サーモンステーキ 1キロ1200ルーブル」などと表記され、ロシアの通貨の流通を確認できる。

ユーチューブ @milamarik3846
https://youtu.be/Za0tteepAjc https://youtu.be/Za0tteepAjc

道路を走るバスには「サンクトペテルブルクとマリウポリは姉妹都市」とロシア語で書かれている。ロシアの独立系メディア、ノーバヤ・ガゼータ欧州によると、サンクトペテルブルクは22年上半期に約1億ルーブルをマリウポリの復興資金として提供した。

ユーチューブ @milamarik3846
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生活の再建が進んでいるように見える一方、映像には戦闘の爪痕もとらえられていた。左上奥の建物の屋根にはブルーシートがかけられ、手前の建物の窓ガラスは割れたまま。復興はまだまだ道半ばの様子だ。

進まぬ生活改善 暖房も不足
テレグラム @mrplonline
https://t.me/mrplonline/3647 https://t.me/mrplonline/3647

生活の改善は進んでいない可能性が高い 。22年12月、マリウポリの生活情報などを伝えるテレグラムチャンネルが、厳しい寒さから助けを求める画像を投稿した。

テレグラム @mrplonline
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ある建物のベランダからは「助けてください 凍える 暖房がない ガスがない 明かりがない 水がない」と書かれたメッセージが発せられていた。

占領当局も暖房不足を認めている。東部ドネツク州の親ロ派幹部、プシーリン氏は22年12月3日、「マリウポリで暖房器具の提供が遅れている。(予定した)1万2000台のうち150台しか提供できていない」とSNSに投稿した。

Topic 2証言

ロシア人労働者と
マリウポリ元住民


電力供給ストップ、通信は不安定」

建設作業員のロシア人
リセフさんはテレグラムアカウント@donotwakeに現地の様子を投稿している

ロシアは3年間の復興計画を「2年で終えられる」(フスヌリン副首相)とマリウポリ「復興」を強調する。ロシア人のセルゲイ・リセフさんは現地の建設現場で22年12月まで1カ月半働いた。「壊れた住宅の屋根が張り替えられていった。多くのリソースが投じられている印象を受けた」と街の様子を語る。

ホテルで資材の運搬や修繕作業などを担当。同じ現場ではロシアの建設業者から派遣された50人ほどが作業にあたった。ロシア南部ダゲスタン共和国や南西部ロストフ州、中央アジアのトルクメニスタン出身者のほか、侵攻前に工場で働いていた地元住民もいたという。

午前9時から午後6時まで働き、日当は2000ルーブル(約3700円)と「ロシアの地方都市と同水準」だった。滞在先として借りた住宅への電力供給は止まったままで、1週間は発電機などでしのいだ。通信環境は「とても不安定」で、スマートフォンには東部ドネツク州のロシア占領地域で立ち上げられた「フェニックス」という事業者名が表示された。

行き交う装甲車 漂う緊張感が生活の一部に

破壊された住宅が並ぶマリウポリの第一印象について「恐ろしい光景だった」。ヘルメット姿の建設作業員だけでなく、銃を持ったロシア兵や装甲車が通りを行き交っていた。時折、地雷を除去したとみられる爆発音が遠くで聞こえ、中心部で「爆破テロ」があったとも耳にした。「緊張感がなお漂っていたが、それが日常生活の一部となりつつあった」

食品や日用品は主に市場で購入した。リセフさんが直前に滞在していたロシアが実効支配するウクライナ南部クリミア半島と比べて「10〜15%高い価格だと感じた」。値札はロシア通貨ルーブル表記が多く、滞在中に営業を始めたカフェやスーパーもあったという。

廃虚と化した市街地では役に立つ地図はなかったが「マリウポリの人たちはどこで何を買えるかを親切に教えてくれた」。ロシア人に対して「落ち着いた様子で接している」ように見えたという。ロシア軍の包囲攻撃が続いた当時の「つらい体験」を直接聞く機会もあった。

市内のバス停の様子(22年11月)
リセフさんが働いた建設現場の様子(22年11月)

生まれ育った町、もうない

避難のマリウポリ元住民

マリウポリから避難した住民はロシア占領下の故郷をどうみているのか。「生まれ育った町とは思えなかった」。匿名を条件にオンラインで取材に応じた20代の女性は、22年11月に一時帰宅して目の当たりにしたマリウポリの光景をこう振り返る。

侵攻前の市中心部の様子

女性は22年3月にマリウポリから避難し、高齢の親族に会うために11月に現地を訪れた。避難先の東欧から第三国を経由してロシアに入り、マリウポリに向かった。ロシア入国時には携帯電話を調べられ、同行者とともに入国が認められるまで9時間かかった。厳しい取り調べを恐れて普段は使っていない古い携帯電話を持参した。

マリウポリでは多くの住宅が壊れたまま残り、むき出しになった室内からおもちゃがのぞいていた。「現実ではなく恐怖映画の中にいる」ようなショックを受けたという。軍用とみられるヘリコプターが低空を飛び交い、通りには銃を持った兵士が歩いていた。「とても怖かった。一人では外に出ることもできなかった」

身を寄せた親族の家はガスの供給が途絶えたままで、暖房もしばしば止まった。携帯電話やインターネットはほとんど通じない。市内の交通網は限られたルートと便数でバスが運行を再開しており、大勢が停留所でバスの到着を待っていた。ロシアから運び込まれたとみられる「サンクトペテルブルク」と記されたバスも見かけた。

現地の暮らし 生活ではなく生き延びる

通貨はロシアのルーブルに切り替わっていた。再開した店は少なく品ぞろえもわずか。住民は市場でものを売って生活をつないでいるという。女性の親族と同じようにとどまることを選んだ住民の多くが高齢者だ。現地の暮らしは「生活というよりも毎日生き延びる」のに近いと表現した。

ロシアが主張する再建は「国(ロシア)にやっていると見せるため」で、実態はずさんな作業が横行していると証言した。空き地に建てられた住宅がすぐに倒壊したり、住宅の修復で道路に面した窓ガラスしか付け替えられなかったりしたという。「報告のために写真を撮らなければならないからだ。それが彼らのやり方だ」とみる。

戦争で損壊した住宅は取り壊され「マリウポリは少しずつ空虚な荒れ地になっていくだろう」。住民は立ち退きを迫られ、ロシアは新たに建てた住宅を主にロシア人に引き渡そうとしていると説明した。将来故郷に戻れる日がくると思うかと尋ねると、こう答えた。「戻りたい。でも、私が知っているマリウポリはもうない」

侵攻前の市内の砂浜の様子。奥にはアゾフスターリ製鉄所が見える
マリウポリ訪問時に女性の同行者が撮影した写真。建物は焼け焦げ窓ガラスが割れたままだった
侵攻前の劇場前の様子

Topic 3識者の見方・分析

恐怖による支配、住民に適応迫る」

小泉悠氏
東京大学先端科学技術研究センター専任講師

民間勤務から外務省専門分析員、未来工学研究所特別研究員などを経て22年から現職。専門はロシアの軍事、安全保障政策。

ロシアはマリウポリで非人道的な事態によって大勢が犠牲になった痕跡を早く消し去り、ロシアのおかげで生活が改善したとアピールしたいのだろう。新たな建物ができても、インフラを本格的に整備し直して運営する能力が現時点であるとは思えない。生活再建自体への関心は薄く、住民が置き去りにされている印象をうける。

ロシアにとってマリウポリの政治的な重要性は高い。アゾフスターリ製鉄所の戦いで「ネオナチから住民を解放した」と国内に主張しているからだ。実効支配する東部ドンバス地方とクリミア半島をつなぐ幹線に位置し、軍事戦略上も欠かせない。ほかの占領地の状況はさらに悪く、戦闘で荒廃したまま放置されていることが予想される。

占領地域の住民は年金や医療といった社会保障をうけるためにロシアのパスポートの取得を迫られるとみられる。生きるために「ロシア化」を受け入れざるを得ない状況がつくり出されているのではないか。ロシアは14年にクリミア半島の併合を一方的に宣言した当時も「年金の受取額が上がる」といった即物的な利点をしきりに強調していた。

ロシアは歴史的にも同様の領土拡大を繰り返してきた。それは恐怖による支配と表裏一体だ。不都合な住民を「選別キャンプ」に送り込み、拷問しているとの証言もある。沈黙して生き延びる方法を考える住民もいるだろう。ロシアが「解放」したという雑なプロパガンダがまかり通り、少しずつロシア化が進行していく恐れもある。

象徴的な復興、生活立て直しは二の次」

長谷川雄之氏
防衛省防衛研究所研究員

専門は現代ロシア政治・外交。18年から防衛研究所の地域研究部米欧ロシア研究室研究員。東北大博士(学術)。

ロシアはマリウポリなどの占領地域でロシア通貨ルーブルへの切り替えなど比較的着手しやすい面から実効支配を試みている。ウクライナ東・南部4州の併合を一方的に宣言した22年秋に承認した関連法案では、ロシアへの移行期間を26年1月1日までに完了すると定めた。長期戦を想定して段階的に占領統治を進めていく構えといえる。

ロシアは北極圏の開発などでも戦略的に重視する地域に人員を投じて機動的に町をつくり、軍人や国境警備隊などを家族ごと移住させてきた。マリウポリ一帯も、ロシアからクリミア半島への兵たんルートとして軍事的に掌握を続けることが最大の目的とみられる。

今後は5月9日の対ドイツ戦勝記念日での軍事パレードの開催や、例年9月にある統一地方選挙にあわせた選挙の実施を通じて、実効支配をアピールしていくことが考えられる。プーチン政権は国内外に順調な再建や統治を誇示したいのだろうが、すべては戦況次第だ。

ロシアが一方的に併合を宣言し、保養地としてロシア人の人気を集めたクリミア半島ですら、水不足という問題が浮上していた。ロシアの財政的な余力は乏しく、マリウポリの立て直しは住民の生活は二の次で、象徴的なものにとどまる可能性が高い。他の都市に逃れるのが難しい弱い立場の住民が占領下でさらなる生活苦を強いられることが予想される。

SNSの画像・映像について

記事で取り上げたSNS画像・映像は、研修を受けた日本経済新聞記者がファクトチェックした。画面内に映る建造物や道路などの目印を衛星画像やストリートビューと比較し、マリウポリで撮られたことを確認。検索エンジンの画像検索でオリジナルの投稿者を見つけ、映像の元データが手に入る場合にはメタデータ(属性情報)で撮影日時などを確認した。