れる
インターット

逆転の情報勢力図

世界をひとつにするはずだったインターネットに、深い亀裂が走っている。国際関係の悪化が影響し、国境線が情報流通を滞らせ始めた。ネットの分断を意味する「スプリンターネット」という造語がささやかれる中、データを巡る世界の勢力図の変遷を追った。


新たな情報覇者、
中国

世界を巡るデータを最も多く手にしているのは誰なのか。
日本経済新聞データエコノミー取材班は、国境を越えて流通するデータ(越境データ)量を主要国・地域別に分析した。すると中国が米国をも圧倒する「情報覇者」だったことがわかった。

国境を越えて流通する
データ量のランキング

国境を越えて流通する
データ量のランキング

国境を越えて流通する
データ量の推移

国境を越えて流通する
データ量の推移

国境を越えて流通する
データ量の推移

国境を越えて流通する
データ量の推移

中国のデータ量 
米国の2倍

2019年、越境データが最大だったのは中国だった。中国本土と、本土への情報通信の出入り口となる香港を合わせると、世界全体のデータ(約4億8566万Mbps)の23%を占める。米国のほぼ2倍の規模だ。

※1秒間にその国・地域を出入りするデータ容量で比較した。Mbpsはメガビット毎秒のことで、1秒間に送受信可能なデータ量を表す単位。

米国1強時代は、今や昔

ネット黎明(れいめい)期の2001年、米国は最大のデータ大国だった。欧州諸国や日本も上位だったが、今や順位は大きく変わった。インドやシンガポールが躍進し、日本は最下位に沈んだ。

データの伸びに格差

各国とも2010年以降、急激にデータ量を伸ばした。その伸び率の差が順位の変動に反映した。

中国は米国を猛追。2014年についに逆転した。

中国と米国の勢いの差は明らかだった。中国は2001年から2019年にかけてデータ量を7500倍にしたが、米国は219倍だった。

新興国のデータの伸びもすさまじかった。一足飛びにモバイル決済や高速通信などの最新技術を普及させる〝リープフロッグ〟の恩恵を受けて一気に躍進。日本は225倍にとどまり、シンガポールやベトナムにも追い抜かれた。


3極化する
データ勢力

世界のデータ流通を巡る変化は、各国のデータ量にとどまらない。 活発にデータをやり取りする相手の顔ぶれも様変わりした。 各国・地域のデータ通信の対象国の内訳を詳しく分析すると、米中欧の3極を軸にした新たな情報勢力図が浮かんできた。

米国のデータ流通 
相手国の内訳

  • 中国・香港
  • 日本
  • 英国・フランス・ドイツ
  • ロシア
  • シンガポール・ベトナム
  • インド
  • ブラジル

中国・香港のデータ流通 
相手国の内訳

  • 米国
  • 日本
  • 英国・フランス・ドイツ
  • ロシア
  • シンガポール・ベトナム
  • インド

ロシアのデータ流通 
相手国の内訳

  • 米国
  • 中国・香港
  • 日本
  • 英国・フランス・ドイツ
  • シンガポール・ベトナム

インドのデータ流通 
相手国の内訳

  • 米国
  • 中国・香港
  • 日本
  • 英国・フランス・ドイツ
  • シンガポール・ベトナム

縮む米国情報圏

かつて米国は越境データの4割を英独仏とのやり取りで占め、情報力で他国を圧倒した。現在は2位に転落し、情報圏の重心もブラジルなどアメリカ大陸中心に移った。グローバルな影響の低下は否めない。

アジアに広がる
中国のデータ力

新たなデータ覇者の中国は、東南アジアに情報圏を広げた。米国と日本相手の比率が高かった2001年から一転。中国系企業の進出とともに、シンガポールやベトナムとの間のデータ流通が急増した。

欧州に近づく、
ロシアとインド

データ増が著しいインドとロシアは欧州と接近する。
ロシアは2001年から越境データを1900倍以上に増やし、そのうち33%が英独仏の3カ国相手となった。

データ量を2万倍以上に増やしたインドも、欧州3国とのやりとりが全体の44%に及ぶ。欧州は、これらデータ新興国とのつながりを強め、米中に並ぶ第3の情報圏を形成する。


摩擦と分断

米中欧の3つの情報圏は、データの獲得をかけたつばぜり合いを演じる。 新興国の中には規制を強化し、データの囲い込みに走る動きもみられる。 新たな資源としてのデータを巡る摩擦や分断が進めば、世界の情報流通が滞りかねない。

激化する米中データ摩擦

米国はトランプ政権下で、中国との対立が激化。情報通信やクラウドサービス分野での中国企業の排除に動いた。中国の動画投稿アプリ「TikTok」への圧力は記憶に新しい。
一方の中国も米IT大手のネットサービスを国内から締め出した。2020年にはデータ管理の世界基準作りの構想を掲げるなど、米国に代わり世界のデータ経済を主導しようとする構えもみせる。

グーグルやフェイスブックなど、米国のネットサービスを遮断

TikTokやウィーチャットなど、中国のネットサービスに圧力

個人情報巡り、
米欧も対立

欧州と米国の間にも、亀裂が生じている。
欧州司法裁判所は20年、米国のデータ保護ルールを不十分とみなし、欧州から米国に個人データを送る枠組みを「無効」とする判決を出した。今後、欧米間のデータ流通が先細りする可能性がある。

欧州司法裁判所が「米国のデータ保護ルールは不十分。個人データを欧州から移転する枠組みは無効」と判断。

欧州の姿勢に「深く失望した」(ロス商務長官)と不快感。日本やオーストラリアなどとのデータ流通の枠組み「越境プライバシールール(CBPR)」を、欧州抜きで進める。

データを囲い込む国々

データを自国に囲い込む「データローカライゼーション」が新興国を中心に広がる。中国やロシアのほか、東南アジアやインドなどが国内へのサーバー設置を企業に義務付ける法令を整備。データを国内保存させ、国外への持ち出しを厳しく制限する。
世界のデータ流通の障害になりかねず、大手企業からは「ビジネスを窒息させる」との反発が出ている。

  • 既に法律あり
  • 法案段階
欧州国際政治経済研究所(ベルギー)

データエコノミーは豊富なデータ流通が保たれてこそ、その真価を発揮する。ネットが分断されて情報の目詰まりが起これば、世界の活気も失われてしまう。国家間の対立を乗り越えて地球規模の自由なつながりを取り戻せるのか。人類は岐路に立たされている。