Vision Pro分解 部品の4割は日本製

米アップルが発売したゴーグル型端末「Vision Pro(ビジョンプロ)」に使われる部品のうち、価格ベースで4割超を日本企業が供給していることが分解調査でわかった。ソニーグループのディスプレーやキオクシアのメモリーが採用され、国・地域別で最多だった。約300点の部品を細かく分析すると、臨場感のある「空間コンピューター」を支える技術が見えてきた。

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調査会社のフォーマルハウト・テクノ・ソリューションズ(東京・中央)の協力を得て、アップルが米国で2月2日に発売したビジョンプロを分解した。実機を分解する過程に沿ってビジョンプロに使われている部品を調べていく。部品配置や性能の検証を通じ、カギを握るデバイスを掘り下げる。

目を映すディスプレーは原価1.8万円

ガラスカバーを外すと、ゴーグルを覆う有機ELディスプレーが現れた。ここにユーザーの「両目」が映る。使用中でもまわりの人とコミュニケーションを取りやすくするためのアップル独自の仕組みだ。ディスプレーは立体的な形で、表面に凹凸の細かいレンズがついている。フォーマルハウトは原価を約1万8000円と推定する。

外界つかむセンサー・カメラ

前面にはゴーグル周囲の様子を読み取る多くのカメラ、センサーが搭載されている。左右に一対のメインカメラに加え、奥行きを測る3Dカメラも一対。中央にあるのは、距離を測りカメラのピントをあわせる役割などを担うセンサーだ。他にゴーグルを囲うように搭載された6つのカメラが周囲360度の様子をうかがい、手の動作なども把握する。

こうしたカメラ・センサー類自体は非先端品だ。フォーマルハウトの分析ではiPhoneX~12で使われた部品が多い。複数のカメラ・センサーの情報を遅れなく、統合して処理できるのがアップルの強みと言える。

心臓部に2つのチップ

心臓部となるメインの基板が顔を出した。目立つのがアップルが自社設計した2つの半導体だ。1つは「MacBook」などにも搭載されている「M2」チップ。様々なソフトを動かし、膨大な計算をこなす。対になるように置かれた「R1」チップは「ビジョンプロ」向けに設計された。ディスプレー上に臨場感のある映像を映す役割を担っている。

それ以外にも多くの半導体・電子部品が搭載されている。情報を保存する「フラッシュメモリー」はキオクシア製だ。

主要部品とメーカー

部品の種類役割メーカー
プロセッサー計算アップル(米)
プロセッサー映像処理アップル(米)
NANDメモリー長期記憶キオクシア(日)
DRAM短期記憶SKハイニックス(韓)

※フォーマルハウト推定

左右のレンズが目の真正面に移動

眼球の前にくるレンズは、水平方向に延びる軸につながり、上部には小さなモーターがある。人によって左右の目の間の距離が異なるため、両目の真正面にくるようモーターでレンズが移動する仕組みだ。眼球の動きを正確にとらえ、ピントがあった綺麗な映像を見せるための工夫だ。

モーターでレンズ位置を調整する

ソニーの高精細ディスプレー

ユーザーの視界を覆う左右のディスプレーは、視聴体験の価値を決める最も重要な部品だ。アップルが採用したのはソニー製の有機ELディスプレー。縦横3センチ前後の切手サイズのディスプレーに、発光する約1150万の画素が詰まっている。

解像度を示すPPI(インチあたりの画素数)は約2900と、米メタの最新機種「クエスト3」の液晶の約2.6倍ある。ゴーグル本体はスマホより大きいが、ディスプレーは非常に小さく、解像度はiPhoneの6倍以上と超高精細だった。画素がぎゅっとつまった小さなディスプレーを通し、臨場感がある映像が視野全体に広がる。

※フォーマルハウトの調査から日経算出(イラストはイメージ)

実際、ディスプレーの原価は両目で推定7万円と、今回の調査で最も高かった。レンズと一体化するユニットは、僅かなずれも起きないようネジを斜め向きに締めるなど、複雑な方法で組み立てられていた。フォーマルハウトの柏尾南壮代表は「カメラ用高級レンズのような組み立て方で、相当コストがかかる」と話す。

装着した人間を観察するレンズ

レンズ周辺にはディスプレー以外にも多くの技術が詰まっている。1つは目の動きを追跡する機構だ。樹脂レンズの土台部分のセンサーが、白目と黒目の境目を検知する。通常より大きなセンサーを片目に2つずつ搭載し精度を高めており、視線を使った直感的な操作を可能にしている。 他にも加速度センサーとジャイロスコープが顔の動きを検知。ゴーグルなしで「目にするはず」の風景と、映し出された映像との差をより小さくしている。

左右のファンは「Nidec」

大量のデータを高速処理する分、メイン基板付近では熱が発生して電力消費が増える。対策として、両目の位置に直径約4センチほどの冷却ファンが2基ついていた。ケース表面には、「Nidec」のロゴがくっきり見えた。ニデックのモーターを採用しているようだ。柏尾氏は「アップル製品でサプライヤーのロゴが目立つのは珍しい。静音性や安全性が評価されたのではないか」と話す。

立体音響、騒音も消す

「音」も空間コンピューターを実現する重要な要素だ。右側にある仮想コンテンツの音は右耳から聞こえるような臨場感のある立体音響を生み出すため、両耳付近に骨伝導のスピーカー、両目の下付近には3個のマイクがついている。冷却ファンの回転音などの騒音対策で、逆の波長の音波をかぶせるノイズキャンセリングの機能もある。

iPhoneのバッテリー活用

外付けのバッテリーは頑丈な造りで、分解に苦労した。アルミの筐体(きょうたい)をこじ開けると、縦10センチ、横5センチのバッテリーが3枚重なっていた。iPhoneで使われたバッテリーと同じタイプという。ケースに安価な樹脂ではなく、加工が難しいアルミニウムを使うあたり、アップルの見た目へのこだわりが見える。約350グラムの重みがあっても、ビジョンプロの電池消耗は激しく約2時間しか持たない。

日本製部品が4割占める
性能重視で重さに課題

iPhoneとは部品メーカーの国・地域構成ががらりと変わった

部品の製造企業を本社所在地・地域別に集計した。フォーマルハウト推定

主な部品の推定原価を合わせると、約1200ドル(日本円で約18万円)と販売価格(3499ドル)の3分の1だった。サプライヤーの国・地域別では、日本企業が全体の4割を占めた。大半はディスプレーやセンサーを提供しているソニーだ。同じアップル製品でも、最新のiPhoneで日本企業のシェアは10%程度だった。2Dから3Dの世界になったことで、カメラなどで得意としてきた日本企業の光学系技術が評価されている。

軽量性では分が悪い

機能面で欠点をあげるなら、重さだ。バッテリー込みで515グラムのクエスト3に対し、ビジョンプロはバッテリー抜きでも最大650グラムあり、長時間つけると首や肩に疲れを感じる。柏尾氏は「きれいな映像や操作性を優先し、軽量化には目をつぶった形」と話す。

多数のセンサーで集めた膨大なデータを独自の演算チップで処理し、遅延なく超高精細のディスプレーに映す――。アップルは新旧の技術を惜しみなく投じて、ビジョンプロ独自の臨場感を実現した。フランスの調査会社ヨールはゴーグル型端末の世界市場が2029年に1800万台と、23年の2.4倍に拡大するとみる。同社のロマン・フラウ氏は「さらなる普及には端末の低価格化に加え、誰もが欲しくなるような新しい使い方も必要になる」と指摘する。

3Dモデル
Apple Vision Pro by titocarmelouruguay licensed under CC-BY-4.0