アゾフスターリ製鉄所 激戦地で何か起きたか SNSとデータで追う

ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリ(ドネツク州)。ウクライナ内務省系の軍事組織「アゾフ連隊」などがアゾフスターリ製鉄所に立てこもり驚異的な粘りで抵抗を続けたが、大半の兵士は投降し制圧された。抗戦の象徴となったアゾフスターリ製鉄所90日間の激戦をSNS(交流サイト)動画と衛星データで追う。

Topic 1戦場の現実、
SNSに拡散
情報戦の様相

SNSに投稿された大量の映像には、ロシア軍が徐々に包囲網を狭め、製鉄所を激しく攻撃する様子やアゾフ連隊の抵抗の姿が記録されていた。侵攻後、被害を受けたマリウポリの衛星画像(5月12日撮影)に、撮影位置を推定したSNS映像をマッピングした。

迫るロシア軍の車列

https://t.me/Ratnik2nd/3396

ロシア軍はマリウポリの包囲を進めた。西に約20キロ離れた街マンフシュで、マリウポリ方面へ向かうロシア軍車両の長い列が撮影された。

産科病院に空爆
避難する妊婦の姿も

https://twitter.com/OlenaIvantsiv/status/1501603358687256581?s=20&t=8f1TR_TwgB1pp4Kkmarmbg

ロシア軍は民間インフラや住宅地を破壊する作戦を展開。3月9日には産科医院を空爆した。映像には避難する妊婦の様子が映っている。

廃虚と化した街
ドローン映像

https://t.me/polkazov/4274

アゾフ連隊は3月23日、廃虚となった住宅街のドローン映像をテレグラムに投稿した。見渡す限りほとんどの建物が破壊されている。

港で攻撃続けるロシア軍

https://t.me/RtrDonetsk/4552

ロシア軍は4月10日、港や製鉄所に残るウクライナ軍の守備隊を孤立させた。4月11日のテレグラムの映像に、港を走る戦車や付近の建物が爆発する瞬間が映っている。

イリイチ製鉄所近くに多数の遺体

https://t.me/SIL0VIKI/47158

ロシア国防省は4月15日、北部のイリイチ製鉄所を制圧したと主張した。4月19日に投稿された映像では、製鉄所前の道路に複数の遺体が確認できる。

アゾフ連隊の抵抗
ロシア軍車両を破壊

https://twitter.com/Polk_Azov/status/1516388893213564934

抵抗を続けるアゾフ連隊は4月19日、ロシア軍車両を破壊する映像をSNSに投稿した。

ロシアが掌握宣言
製鉄所管理棟にチェチェン部隊

https://twitter.com/skazal_on/status/1517201197006036992

ロシアのプーチン大統領は4月21日、マリウポリの掌握を宣言した。アゾフスターリ製鉄所の管理棟前でチェチェンの部隊が喜びの気勢を上げた。掌握宣言後もアゾフ連隊は製鉄所に立てこもり抵抗を続けた。

敷地内にロシア兵の姿

https://t.me/Sladkov_plus/5352

4月28日に投稿された映像では、アゾフスターリ製鉄所の敷地内をロシア軍兵士が歩く様子を確認できる。

破壊されたウクライナ軍の戦車

https://t.me/mod_russia_en/1168

ロシア国防相は4月28日、製鉄所内のウクライナ軍の戦車を破壊したとする映像を公開した。

飛び散る破片 巨大な黒煙
ドローン映像

https://t.me/RtrDonetsk/5510

5月6日に投稿されたドローン映像には、激しい爆撃で製鉄所の建物の破片が飛び散り、黒煙に包まれる様子が映っていた。

Topic 2完全制圧へ
ロシア軍が
攻撃を激化

衛星データに映される
激しい戦火

衛星の熱検知データを用いると、3月以降、戦闘の激化に伴いロシア軍による砲撃などが急増した様子が分かる。
米航空宇宙局(NASA)は人工衛星に搭載した放射計を使って宇宙空間から地表面の温度を推定する。観測結果から常温よりも明らかに高温なエリアや周辺に比べて高温なエリアを抽出し、「熱異常」を検知している。
3〜4月にマリウポリで熱異常データが観測された地点を見ると、3月15〜31日の期間には同1〜14日の約9倍の熱異常が観測された。熱異常の急増は戦火の激しさを物語る。

熱異常データで見る
戦況の推移
各地域の熱異常の割合
7日間移動平均。NASAデータをもとに日経が分析。

各州の熱異常がウクライナ全土の熱異常に占める割合を見ると、3月下旬から4月上旬にかけて熱異常の集中が北部のキーウ州からマリウポリを含む東部のドネツク州に移った。首都キーウ周辺から撤退し、主戦場を東部に移したロシア軍の動きがデータに反映されている。

製鉄所の75%の建造物に被害
衛星画像で確認
UNITARは衛星画像の判読から製鉄所の被害を分析した

国連訓練調査研究所(UNITAR)は衛星画像の判読からアゾフスターリ製鉄所の被害を分析する。ロシア軍の攻撃により4月25日時点で製鉄所の294棟の建造物のうち220棟(約75%)に被害が生じ、そのうち50棟(約17%)は完全に破壊されたと分析する。砲撃で生じた穴も214個確認された。

Topic 3アゾフスターリ、
東京ドーム
235個分の「要塞」

ロイター

激戦のマリウポリで「最後のとりで」となったアゾフスターリ製鉄所。運営するウクライナの鉄鋼大手メティンベストのウェブサイトによると、ソ連時代の1930年に着工し、33年に稼働した。侵攻前の生産量は鉄が年間570万トン、鋼が620万トンと欧州最大級の生産能力を誇り、ウクライナ有数の工業都市の発展を支えてきた。

敷地面積は東京ドーム235個分に当たる11平方キロメートルと広大だ。ソ連時代に「核攻撃を想定して設計」(親ロシア派幹部)され、分厚い壁で覆われた地下壕(ごう)にはトンネルが迷路のように張り巡らされている。市幹部がSNSに投稿したイメージ図には6階建ての地下施設に居住空間やカフェ、園芸場が描かれていた。マリウポリ市街地が制圧された後もアゾフ連隊やウクライナ兵、民間人が製鉄所内に残り、ロシア軍への抵抗を続けた。親ロシア派は最大4000人が立てこもっているとの見方を4月に示していた。

戦渦に巻き込まれたのは今回が初めてではない。第2次世界大戦ではソ連に侵攻したナチス・ドイツの占領で破壊され、一時生産停止に追い込まれた。ロシアがウクライナに侵攻した2014年に親ロ派武装勢力がマリウポリを攻撃した時にも作業員が地下に避難したという。その後、ロシアの再侵攻に備えて水や食料が蓄えられた。

ロシア軍の激しい攻撃を受けた難攻不落の要塞の再建は見通せない。親ロシア派幹部はアゾフスターリを取り壊し、公園などにする案があると明かした。マリウポリ市側は「ウクライナ軍の英雄的な行為を思い出させるものを消し去りたがっている」と反発する。損傷した施設から有害物質がアゾフ海に流出する恐れも指摘されている。

Topic 4アゾフ連隊、
ロシア対抗へ
義勇兵が結成

ロイター

アゾフスターリで籠城を続けたアゾフ連隊とはどんな組織なのか。その誕生はロシアがウクライナに侵攻した2014年に遡る。

ウクライナ東部親ロシア派勢力支配地域の地方選挙に抗議するアゾフ連隊の隊員(2016年5月、キーウ)
ウクライナ東部親ロシア派勢力支配地域の地方選挙に抗議するアゾフ連隊(2016年5月、キーウ)=ロイター

アゾフ連隊は14年5月、東部で騒乱を起こしたロシアが支援する親ロ派武装勢力に対抗するために熱狂的なサッカーファンなどを含む義勇兵が集まって結成した。当時、脆弱だったウクライナ軍を補う狙いで、同国のオリガルヒ(新興財閥)の支援も受けて立ち上げられた民兵組織のひとつだ。

実際に14年6月には親ロシア派が市庁舎などを一時占拠したマリウポリの奪還に尽力した。同年11月には内務省傘下の国家警備隊に組み込まれ、正式に国が認めた準軍事組織となる。今回の侵攻では内務省から兵器の供給や訓練を受けた精鋭部隊として、最前線でロシアへの抵抗を続けた。

製鉄所内部のシェルターに残されたアゾフ連隊の負傷兵
アゾフ連隊が5月10日にテレグラムで公開した負傷兵の写真=Dmytro Orest Kozatskyi/アゾフ連隊・ロイター

思想や振る舞いが問題視されてきた側面もある。創設者が白人至上主義と批判され、当初は極右思想を持つメンバーの集まりとみられていた。国連機関や人権団体がウクライナ東部での親ロシア派武装勢力による略奪や拷問とあわせて、アゾフ連隊による人権侵害を指摘した報告書も過去にある。

ロシアはアゾフ連隊を「ネオナチ」と糾弾し、侵攻を正当化する口実に使ってきた。連隊側はナチス支持を否定し、過激主義思想を持つメンバーは排除されたと反論する。近年は極右的な性格が薄れ、900人以上とされる隊員の思想や出自は多様化したとの見方が多い。連隊を離れた創設者が結成した極右政党も19年の最高会議(議会)選挙でほとんど支持されなかった。

アゾフスターリ製鉄所からバスで移送されるウクライナ軍の兵士(5月20日、マリウポリ)
アゾフスターリ製鉄所からバスで移送されるウクライナ軍の兵士(5月20日、マリウポリ)=ロイター

ロシア国防省は計2439人のウクライナ兵が5月16日以降に製鉄所から出て「投降」したと主張した。アゾフ連隊の司令官についても特殊装甲車両で移送したと説明した。制圧に苦戦したロシアが実際より多い人数を発表している可能性も指摘されている。ロシア国防省は地下を含めて製鉄所を完全掌握したと発表し、敷地内の地雷の撤去を始めている。

製鉄所から親ロシア派支配地域に移送されたアゾフ連隊の処遇への懸念は強い。ウクライナ側が捕虜交換を求めているのに対し、ロシアでは「ナチスの犯罪者」として裁くべきだとの意見が出ている。第2次世界大戦でソ連がナチス・ドイツに勝利した歴史と重ね合わせて、侵攻の目的を「非ナチ化」と強弁するプーチン政権が連隊の制圧を「戦果」のアピールに使うことが予想される。

SNS映像について

記事中で取り上げたSNS映像は、英非営利組織のセンター・フォー・インフォメーション・レジリエンスが公開している検証済みの映像から選び、専門家による研修を受けた日本経済新聞記者が再度ファクトチェックをした。映像に映る建造物や道路などの目印を衛星画像やグーグルストリートビューと比較して撮影場所を特定。映像の元データが手に入る場合には、メタデータ(属性情報)で撮影日時などを確認した。