どうなる異次元緩和 
日銀委員のスタンスを読み解く

 日銀の金融政策決定に携わる政策委員会に7月1日、トヨタ自動車出身の布野幸利審議委員が加わった。5年間の任期を終えた東京電力出身の森本宜久氏の後任だ。黒田東彦総裁をはじめとする9人の委員の1人として一票を投じる。

 ただ5対4の僅差で決まった2014年10月末の追加緩和をきっかけに、政策委員の間には大規模な「異次元緩和」をめぐる溝が生まれている。黒田総裁や岩田規久男副総裁が積極的な立場なのに対し、木内登英委員らは副作用を懸念し一段の緩和に慎重だ。追加緩和以降は政策変更もなく表向き平静さを取り戻しているが、日銀が次の一手を打つうえで火種はくすぶる。各委員のスタンスを最近の発言などをもとにビジュアル化し、緩和政策と物価の行方を追う。

強気の黒田総裁、
多数派を固められるか


景気・物価強気派

景気・物価弱気派

緩和
慎重派

緩和
積極派

※敬称略

黒田東彦

黒田東彦

岩田規久男

岩田規久男

中曽宏

中曽宏

原田泰

原田泰

石田浩二

石田浩二

木内登英

木内登英

佐藤健裕

佐藤健裕

白井さゆり

白井さゆり

布野幸利

布野幸利
(7月1日就任)

●写真をクリック、またはタップで各委員の説明を表示します。

 「確かな手応えを感じている」。黒田総裁は13年4月の導入から2年たった異次元緩和の効果に自信を示す。物価上昇率は低空飛行が続き、目標の2%に達する時期は15年4月末の会合で「15年度を中心とする期間」から「16年度前半頃」に先送りしたが、なお達成への意欲は揺らいでいない。岩田副総裁も「目標の早期実現に向けたコミットメントを変更する考えは全くない」と強気を貫く。日銀執行部出身の中曽宏副総裁と、リフレ派の原田泰委員も黒田総裁を支持する。

 これに対し、追加緩和に反対した委員のスタンスはどうか。木内委員は追加緩和以降もただ1人反対を続け、緩和縮小を主張している。佐藤健裕委員は「緩和継続が当然という予断を持たずに判断する」と表明し、政策の効果や持続可能性を気にかける。石田浩二委員は「緩和のアクセルを緩めることもいずれ必要になる」とし、場合によってはさらなる追加緩和も辞さない構えの緩和積極派と距離を置く。

 物価の見通しにも隔たりがある。「2%に達する時期は16年度前半頃」との見方に木内委員、佐藤委員、白井さゆり委員の3人が反対した。

2015年6月19日年間80兆円ペースの緩和を継続
2014年10月31日追加緩和
2013年4月4日量的・質的金融緩和の導入(年間60~70兆円ペースで緩和)
日経平均株価
物価上昇率
総裁
黒田東彦黒田東彦
副総裁
岩田規久男岩田規久男
中曽宏中曽宏
審議委員
原田泰原田泰
白井さゆり白井さゆり
布野幸利布野幸利
石田浩二石田浩二
佐藤健裕佐藤健裕
木内登英木内登英
2015年
12月18日

金融緩和の「補完措置」導入

1万8986円
↓0.1%
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
反対(注)
反対(注)
反対(注)
2014年
10月31日

追加緩和
(年間80兆円ペースに緩和を拡大)

1万6413円
↑1.0%
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
反対
反対
反対
反対
2013年
4月4日

量的・質的金融緩和の導入
(年間60~70兆円ペースで緩和)

1万2634円
↓0.3%
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成
賛成

(注)ETF購入枠の追加、長期国債の購入年限の長期化、J-REITの購入限度額の引き上げに反対。成長基盤強化支援融資の拡充、貸出支援基金の延長、適格担保の拡充には賛成。

※日経平均株価と物価上昇率(生鮮食品と消費増税の影響を除く総合指数)は会合時の直近の値

 物価は当面、0%程度の低い水準が続く。原油安の影響が消える15年度後半から再びプラス幅を拡大し、16年度前半に2%の目標に達する――。これが日銀の描くシナリオだ。思惑通りに物価上昇が加速するかどうかが目標実現の正念場になる。

 追加緩和に反対した森本氏の後任として政策判断が注目される布野委員は、輸出企業を代表するトヨタ出身。円安を伴う大胆な金融緩和を支持するなら、黒田総裁は多数派を固められそうだ。ただ、シナリオ通りに物価が2%に向かって上がり始めれば、緩和縮小を唱える慎重派の勢いが増す可能性がある。意見が異なっても議論を尽くしたうえで最良の政策を採用するのが理想だが、委員のスタンスがばらつくなかで今後の政策運営の難易度は増している。

膨張する日銀資産、
表裏一体の効果と副作用

日本銀行の時系列統計データを基に作成。2010年1月から2015年5月分まで。
ETF…上場投資信託 REIT…不動産投資信託

 異次元緩和に伴い、日銀の資産は大きく膨らんでいる。資産の大部分を占める長期国債の残高は緩和前から2倍以上に拡大し、いまや日銀は国債の3割弱を保有する最大の国債ホルダーだ。日銀による大規模な国債購入が金利を押し下げており、黒田総裁は「10回近くの利下げを同時に行ったのと同等の政策効果」と誇る。

 株価指数連動型上場投資信託(ETF)の残高も増えている。ETFは白川方明前総裁時代の2010年に購入を始めたが、当初の購入規模は年5000億円。現在の購入規模は追加緩和を経て年3兆円と当初の6倍だ。株式市場でも日銀のETFの買い方に関心が集まり、無視できない存在になっている。

 金融市場で「クジラ」に例えられるほど存在感を高めている日銀だが、その大きさゆえに弊害もある。日銀による国債購入はいったん金融市場を経由しているとはいえ、事実上、国債消化は日銀頼みの状況。緩和に慎重な審議委員らは副作用の大きさを気にかける。緩和からの出口を探る局面が訪れれば、各市場に大きなストレスを与える可能性を秘めている。

取材・制作
牛込 俊介、清水 明、安田 翔平

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