ファナックもほれ込むベンチャー人材

 世界トップ級の技術者が集う人工知能(AI)ベンチャーのプリファードネットワークス(PFN、東京・文京)。今夏のインターンは4人を採用したが、応募者数は50人を上回る。副社長の岡野原大輔(33)は「インターン生はフルタイムの社員並みに厳しい基準で選考する」と説明する。米コロンビア大学大学院に留学中の久米絢佳(27)は「最先端を学ぶにはここしかない」と、わざわざ帰国してプログラムに参加した。

 東京大学大学院出身の松元叡一(25)は、2014年夏のインターン参加者だ。AIの最新技術「ディープラーニング(深層学習)」をテーマに選び、米グーグルなどが手がける第一線の研究を上回る成果を出した。松元は今年4月にPFNに入社し、AIの分野では世界の先端を行くプロジェクトの中心メンバーになった。その技術力にほれ込んだロボット大手のファナックは6月、PFNとの業務提携を決めた。

 「学生の方が専門的な知識をもっている場合も多く、我々も学ぶことができる」と副社長の岡野原は言う。インターンでは1人の社員がメンター(指導役)となり、数カ月間、学生につきっきりで課題に取り組む。そして今年、久米のメンター役は松元が務める。才能を呼び寄せる最大の磁力もまた、才能だ。

 「従来の手法では採れない」 大企業に危機感

 腕に覚えがある技術者は、世間での会社の知名度や高い収入だけで活躍の場を選ぶわけではない。隠れた才能はどこに埋もれているか分からない。脚光を浴びにくい人材にアプローチするため、彼らの心を刺激する舞台が用意される。

 8月下旬。横浜市のコンベンションセンター、パシフィコ横浜の会議室が約150人の聴衆で足の踏み場もないほどに埋まった。開かれたのは、情報セキュリティー分野の技術コンテスト「SECCON(セクコン) 2015」 の予選だ。

 大会は、オンラインゲーム会社からセキュリティー診断を任されたという設定。不正なスコア書き換えや個人情報の詐取などにつながる「穴」を調べ上げて、効き目がある対策をまとめる。事前の選考を勝ち抜いた学生、社会人の5チームが審査員の前で成果をアピールして順位を競った。

 「このゲームソフトは攻撃者がプログラムを読み取りにくい『難読化』が施されていますが、残念ながら大した効果はありませんね」。参加者の自信たっぷりのコメントに会場がどっと沸いた。彼らが持つ技能の高さの裏付けでもある。

 セキュリティーコンテストでは国内最大規模で、富士通やNECなど20社超が協賛する。業界をあげてスキルを底上げする表向きの目的に加えて、企業にとってはもうひとつ狙いがある。有能なハッカーをあぶりだし、あわよくば囲い込むことだ。

 コンテスト終了後には関係者限定の懇親会がある。上位チームの技術者と熱心に語り合う企業担当者の姿がみられた。ハッカーらは一般的な企業の採用プロセスにひっかからない人材も多い。NECの担当者は「こちらから出向いて一本釣りすることも考えないといけない。従来型の採用では網にかからない」と危機感を口にする。

学歴は不問 「ギットハブ」で実力見抜く

 「当社にとっての優秀な人材は技術が好きで手を動かせる人。高卒だろうが東大卒だろうが学歴は関係ない。コミュニケーション能力も、ネットのチャットツールで意思疎通できれば十分」。インターネット動画大手ドワンゴの技術コミュニケーション室長、清水俊博(35)はこう言い切る。

 ドワンゴは今夏、米アップルの腕時計型端末「アップルウオッチ」を使ったアプリ開発をテーマに学生向けのインターンシップを実施した。倍率が約10倍に達する応募者を選考するため、今年からある条件を新たに加えた。ソフトウエア技術者向けのソーシャルサイト「GitHub(ギットハブ)」のアカウント提出を必須にしたのだ。

 同名の米ベンチャー企業が運営するギットハブは、世界中の1000万人を超えるソフトウエア技術者が登録する。自らのプログラムをギットハブに登録したり、誰かのプログラムに修正を加えたりしながら、新たなソフトウエアを生み出していく。活動履歴を見れば実力は一目瞭然。ドワンゴの清水は、ギットハブを選考基準としたことで「今年は確実にインターン参加者のレベルが上がった」と話す。

 「ギットハブのアカウントは、履歴書のどんな美辞麗句よりも技術者の能力をさらけ出す」。ギットハブ共同創業者兼CEO(最高経営責任者)のクリス・ワンストラス(30)は言う。隠れた人材が表舞台に立ち、世界を相手にして腕を振るえる時代になっている。

パキスタンの天才少女、オンライン教育で開花

 パキスタンのハディージャ・ニアジ(14)は8月、カナダの名門ウォータールー大学での10日間のサマースクールに参加した。学んだのは「量子暗号」のコース。「パキスタンでは教育環境も研究設備もまだまだ。すばらしい体験だった」と目を輝かす。 大半はカナダの学生だが、ジンバブエやトルコ、ブラジルからの秀才が国境を越えて集まった。最先端の実験、一流の研究者による講義、同年代の学生との交流は忘れられない経験になった。15~18歳のプログラムだが、ニアジは特別枠として参加した。

 ニアジを天才少女として世界が知ったのは、2013年にスイスで開かれた世界経済フォーラム(通称、ダボス会議)。米国の著名コラムニスト、トーマス・フリードマンから12歳にしてインタビューを受けた。

 「今はどんな講義を受けているの?」
 「天文学です。米デューク大学の教授に教わっています」

 無料の大規模公開オンライン講座(MOOC)で提供される高難易度のコースを次々と履修し、優秀な成績を収めていた。10歳で米スタンフォード大学のAIの講義を受講したのを皮切りに、数学や物理学などに進み、今は量子力学に熱を上げる。ダボス会議ではその才能に加えて、無料オンライン教育が果たす世界的な知の底上げも関心の対象になった。

 

 MOOCのシンボルであるニアジは、インターネット電話でのインタビューで、「パキスタンでは自分のような年齢で先端研究を学ぶ機会はない。MOOCによって世界の向こうをのぞけた」と話した。「パキスタンはネットが安定しているし、みんながノートパソコン、携帯電話を持っている」。誰もが平等にオンライン教育を始められる環境にあるという。

 現在、パキスタン北部ラホールの私立学校に通う。MOOCで修了した講義は約25にのぼる。今回のカナダのサマースクールを巡っては、MOOCの先生が「合格するかもしれないから、とりあえず応募してみてと誘ってくれた。背中を押してくれた、このちょっとした言葉が大きい」と笑顔をみせる。

 「量子力学の分野に進み、将来は物理学者になりたい」と夢を膨らませる。未来のコンピューターとも呼ばれる「量子コンピューター」にも興味があり、研究機関に進むことや米シリコンバレーで働くなど選択肢は無限にある。そして、もうひとつライフワークにしたいことがある。MOOCの普及活動だ。パキスタン国内での学校教育の支援、スキル育成や就業に役立つオンライン講座の立ち上げなどが念頭にある。「他の国の人とも学び方をシェアできる。MOOCは将来やりたいことを明確にしてくれる。世界への扉」と訴える。

 一握りのエリートや秀才だけのものではない、グローバル規模での教育革命が起ころうとしている。

「ハーバードX」は193カ国 
世界に広がるネット受講者

リセット

  • 北米
  • アジア・オセアニア
  • ヨーロッパ
  • 南米
  • アフリカ
  • 中米
  • 西インド諸島

 米ハーバード大学が世界に無料で配信する大規模公開オンライン講座(MOOC)「ハーバードX」の受講者の国籍分布をグラフで示した。「地域別」と「国別」のボタンで表示を切り替えることができ、それぞれのエリア・国の部分にカーソルを合わせると登録者数を表示する。

「知の民主化」が促すグローバル教育革命

 米スタンフォード大教授らが設立したMOOC「Coursera(コーセラ)」は、約120の教育機関が1000を超す講座を配信、登録者数は世界で1400万人を数える。米マサチューセッツ工科大学(MIT)と米ハーバード大学が共同で設立したedX(エデックス)も、登録者は500万人以上だ。

 ハーバード大学がエデックスで配信する講義シリーズ「ハーバードX」の受講者の国籍は193カ国(8月24日現在)と、ほぼ全世界を網羅している。いつでも、どこでも、誰でも、インターネットとパソコンさえあれば一流大学の講義を受講でき、質疑応答などもできるMOOCは「知の民主化」と表現されることもある。教育インフラの未成熟な国でチャンスをつかむニアジのような受講者もいれば、MOOCを使って自らのキャリアを大きく転換することに成功する人もいる。

 米国のMOOC「Udacity(ユーダシティ)」は今年5月、米グーグルと提携して基本ソフト(OS)「アンドロイド」向けのソフトウエア開発の講義を始めると発表した。グーグルのエンジニア14人が教壇に立ち、最先端の開発技術を伝授する。講義はアラビア語でも配信。グーグルはエジプトの学生2000人を対象に奨学金を出す。シリコンバレーでのキャリアサミットなども計画している。「テクノロジーの業界では人材が圧倒的に不足している。高品質の講義を世界に配信することで、埋もれた才能を発掘できる」。ユーダシティ副社長のクラリッサ・シェン(38)はこう強調する。同社は今後、エジプトと同様の活動を世界各地で広げていく方針だ。 (敬称略)

取材・制作森園泰寛、河本浩、安田翔平、田中深一郎、 新井惇太郎、岩戸寿

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