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|世界の難民数
難民発生国・地域(多い順)

難題に挑む

 紛争や迫害から世界中で急増する難民。広がる格差や貧困の問題。貧苦はテロを生む温床にもなりリスクや不安を増大させる。企業や社会、そして我々はどう向き合うのか。こうした難題を解きほぐす最前線のムーブメントを追いかける。

難民問題に一石 ドイツ発「バーチャルクラス2.0」

 2015年だけで難民申請者が100万人を突破したドイツ。受け入れを巡る世論が割れるなかで、20~30代の若者が中心となり難民向けの無料オンライン大学「キロン大学」を立ち上げた。

 首都ベルリンの中心街から少し南に進んだ地域の中規模ビルにある「移民ハブ」。ソマリア大使館も入居するビルの6階には、朝から様々な国籍の人が出入りする。

 ラシャ・アッバス(31)は14年9月、難民として3年間の滞在許可を得た。シリアの首都ダマスカスでジャーナリズムを学んでいたが、独裁政権下で女性がこの分野に関心を持つこと自体への嫌がらせもあり途中で断念していた。内戦が激化するなか欧州に渡り、自由な雰囲気のドイツで学ぼうと思った。だが、シリア政府発行の公式な書類が必要といわれた。難民には不可能だ。

 そんな役所対応に失望しかけていた時、知人からキロン大学の構想を聞いた。ネットを使い最長2年間は自らが望む授業を選び、その後は提携先のリアルの大学で学び学位も取得できるという。

 「最初はこの考え自体が信じられなかった。でも現実に私は学ぶことができている」

 共同創設者、マルクス・クレスラー(26)が着想したのは14年夏。持続可能な移民・難民の受け入れをテーマにした財団の会議で刺激を受けた。「米ウーバーテクノロジーズなどのシェアリングサービスは社会を変えたかもしれない。だが、難民のような深刻な問題に解決策を示せていない」。クラウドファンディングで資金を募り、大学で物理学を学ぶクレスラーは友人らと協力し企業や財団を巡った。

 「構想を脅威とみる既存の大学もあったが、決して競合しないと理解してもらえた」(クレスラー)。独名門のアーヘン工科大学、米エール大学などの授業が無料で受けられ、公的なドイツ語教育機関とも連携しドイツ語の授業も用意した。

 理念に共鳴した独BMWや米グーグル系の財団などが、運営資金を提供し、ボランティアは350人に。今では1500人の〝学生〟を受け入れるまでになった。5割がシリア出身者、ほかにもイラン、イラク、パキスタンからも受け入れた。

トルコでの開設と起業家輩出めざす

 支援の輪を広げようと各地を飛び回るクレスラー。次の目標は難民の出身地に近いトルコで「第2キロン大学」を創設、 そして大学出身者から起業家を生み出すことだ。

 「イスラム教圏のトルコであればより難民を受け入れやすい」とトルコの大学関係者らと接触を重ねる。さらに「難民受け入れの成功例をいくつも生み出したい」。難民受け入れに慎重な声が強まる世論にも一石を投じようとしている。

 「ここは大学というより、コミュニティー、家族なんだ」。パキスタン出身のカシフ・カズミ(20)はうれしそうに話し始めた。混乱が続く祖国での暮らしを断念し、トルコ、ギリシャ、マケドニアなど9カ国を渡りたどり着いたのがドイツ。知人の紹介を通じキロン大学で学び始め、友人もできた。

 機械工学を学び、将来はエンジニアになるのが目標という。「人工知能(AI)、機械学習、ロボティクス……。オンラインで世界のトップクラスの講義を受けることができる」と興奮気味に話す。興味のある分野を聞くと宇宙開発、ブラックホールと尽きない。学べることが楽しくて仕方がないのだ。

 同じパシュトゥーン人でノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイ(18)の存在も刺激になるという。「彼女はテロリストからの攻撃という逆境を乗り越えて活躍している。私も地球の住民。将来はパキスタン、ドイツにとらわれず活動したい」

 共同創設者のクレスラーはキロン大学を「バーチャルクラス2.0」と称し、新時代の学び方を提供するプラットフォームと位置づける。カズミはその申し子とも言える存在だ。

難民6000万人に 世界24番目の人口に相当

 紛争や迫害などから移動を強いられる難民、国内避難民は2015年に6000万人をいよいよ突破したもよう。欧州に押し寄せるシリア難民の急増が背景にある。世界の国別人口と比べると21位の英国(約6450万人)、22位のフランス(約6390万人)、23位のイタリア(約6070万人)に続く規模に相当する。

 冒頭のバブルチャートでグローバルな難民の動きを過去から振り返ると、その急増ぶりが分かる。難民の規模を示す円の大きさは膨らみ、地域も広がっている。

 1948年以降に激化したイスラエル・パレスチナ紛争、60~70年代に続いたベトナム戦争、79年から始まった旧ソ連のアフガニスタン侵攻。90年代に入ると湾岸戦争が勃発し、旧ユーゴスラビア紛争などで大量の難民が発生した。2000年以降もイラク戦争、12年にはミャンマーで大規模暴動をきっかけに大量難民が生まれた。アフリカでは1950年代から各地で続く紛争、虐殺などで数百万人単位が国内外での避難生活を余儀なくされた。

 そして2011年からのシリア内戦では15年半ばまでの難民数が420万人、国内の避難民が760万人に上る。

紛争や迫害を背景に難民急増

難民の大規模移動は単なるリスクか

 世界的にみても難民が急増したのは2010年代に入ってから。10年に約1040万人にとどまっていたが、15年半ばに約1510万人まで膨らんだ。14年の1年間に限っても270万~290万人が新たに難民になり、増加幅は過去最高の水準に達している。欧州に向かうため地中海を渡るシリア難民の数だけでも15年に100万人規模になり、自国内にとどまる避難民を含め膨張に歯止めがかからない。

 難民問題は受け入れを巡って揺れる欧州各国だけでなく、世界が直面するグローバルリスクでもある。「難民らによる大規模移動は全世界で最大のリスクになりつつあり、企業はこうした流れを踏まえた対応を迫られる」。1月下旬に開かれた世界の政治・経済界のリーダーが集まるダボス会議でも、こう警鐘を鳴らす報告があった。

 一方で、国際通貨基金(IMF)は中東から欧州に難民が流入したことによる経済効果を試算。支援のための財政支援によって経済活動が活発になるほか、彼らが新たな労働力になる可能性によって欧州連合(EU)全体の域内総生産を0.25%押し上げるとの見方を示した。

 難民に対して就業支援ための訓練、語学を含めた教育サービスを提供する動きも出ている。単なるリスクと位置づけて遠目に眺めるか。グローバルの新たな潮流に対し、これまでにない価値観でアイデアや知恵をひねり出すか――。国家も企業も決断を迫られる。(敬称略)

学費の壁崩せ 「グーグルカーの父」の挑戦

 きっかけはちょっとした遊び心。「僕の授業をオンラインで流したら、どれくらいの人が興味を示すだろうか」

 

 人工知能(AI)の研究者として世界的に知られるセバスチャン・スラン(48)は2011年、米スタンフォード大学での「AI入門」の授業をインターネットで配信した。たちまち話題となり、登録者数はすぐに16万人を超えた。生徒は世界中に散らばり、約190カ国・地域に及んだ。予想以上の反響に驚いた。

AIの研究者、セバスチャン・スラン

 

 もうひとつ衝撃を受けた。一連のカリキュラムが修了した後、教室で講義を受けた学生とオンライン受講生の両方を合わせて成績を比較すると、トップから412人までオンライン生が占めたのだ。スタンフォード大に世界から集まる優秀な若者らを押しのける人材が、ネットの先に隠れていることになる。

 「僕の限られた人生を費やす価値があるのではないか」。自らのオンライン講座を通じ、知識に飢えた人が想像したよりはるかに多いことを痛感させられた。そのほとんどは高額の授業料を支払ってまでスタンフォード大に通えず、米国を訪れることさえない。教室をネットに移すことで、教育が抱える不平等を解消できる。

 翌12年、スタンフォード大から10キロほど離れたシリコンバレーの一角にオンライン授業専門のユダシティを設立した。大規模公開オンライン講座(MOOC=ムーク)の先駆けで、ユダシティはコンピューターサイエンスに特化したのが特徴だ。授業はウェブ開発やデータ分析、モバイル向けアプリなど。スランは「テクノロジーの領域で最高のプログラム」と自負する。

オンライン教育の米ユダシティは最先端の学びを提供する

 教育の受け手もオープンなら、担い手もオープン。グーグル、AT&T、フェイスブック、セールスフォース・ドットコム――。地元シリコンバレーの巨人たちに講師役として協力を呼びかけた。「シリコンバレーで求められる知識を得てもらう」(スラン)。

 卒業後のキャリアにつながるよう、14年に独自の学位「ナノディグリー」の授与を始めた。価格は格安だ。例えば、人間の脳神経系の働きをヒントに大量のデータから規則性を見つけ出す「機械学習」のコースなら1年間のプログラムで月199ドル(約2万2500円)。15~16年の全米平均で3万2405ドル(約366万円、米非営利団体カレッジ・ボード調べ)という4年制私立大の学費の163分の1にあたる。さらにユダシティでは月299ドルのナノディグリー・プラスを修了し、そのうえで職を得られなければ全額が返金される。今やこの学位はシリコンバレーで就職の「約束手形」ともいえる。

「僕の目の前には大きな社会的問題があった」

 ネットを舞台に教育革命を仕掛けるスランには、もう一つの顔があった。人呼んで「グーグルカーの父」。無人運転で自動車業界に革命を起こすと期待されるグーグルカー。スランが生みの親だ。

スランはグーグルカーの生みの親として知られる

 米国防総省の研究機関である国防高等研究計画局(DARPA)が05年に開いたロボットの競技会。当時、スタンフォード大でのAI研究の成果を搭載したスランの自動運転車「スタンレー」が優勝した。この時点で自動運転車に関心を寄せる関係者はほんの一握り。 「僕自身も実際に公道で試したらちゃんと走れるか自信はなかった。周りの教授陣もみんな無理だろうと言っていた。でも、僕は成功する確率が10%でもやってみる価値はあると思った」

 そんなスランの野望に共感したのがグーグル共同創業者のラリー・ペイジ(42)。07年にスランがDARPAの競技会で2位に入ると、スランが設立した会社ごと買収してグーグルに迎え入れた。そして10年、重要なミッションを託す。スランを秘密研究機関グーグルXの初代トップに起用した。スランは昼はグーグルXにこもり、夕方からスタンフォード大で教える二足のわらじの生活が始まった。

 スランが「メンター(師)」と呼ぶペイジのハードルは高かった。1000マイル(約1600キロ)の公道を自動運転で走り抜けというのだ。「難題に挑むことが大好きだ」というスランは12人の特命チームを結成した。旧知のスタンフォード大の研究者のほか自動運転技術の研究で知られる米カーネギー・メロン大からもスペシャリストを引き抜いた。皆がAIに明るい人材だったという。当初は失敗の連続だったが15カ月で1000マイルを走破した。これに自信を持って自動運転の開発はスピードアップした。

 

 そんなスランは14年に突然、グーグルを去った。ユダシティに専念するためだ。「もちろんわくわくさせられるようなテクノロジーはたくさんある。でも僕の目の前には大きな社会的な問題があった。それが教育。これこそが僕にとって一番重要なミッションだと考えた」

「学校の仕組みは制度疲労を起こしている」

 シリコンバレーでスランが初めてAI入門の講義をオンラインで提供していたのと同じ時期。札幌市の公営住宅で似たような思いにふけっていたのが当時27歳の生保マンだった石井貴基(31)。飛び込みの営業で面会したシングルマザーの言葉に自問自答を繰り返した。

 「教育ってのはどうしてこんなに不平等にできているんだ……」

 母親は4歳の娘に良い教育を受けさせてあげたいと切実に訴える。地元の公立校は教育水準が高いとはいえない。でも、月収は12万円。塾や私立小学校に通わせるのは難しい。このやり取りをきっかけに、石井は教育に関心をかきたてられた。「学校の先生は情緒教育と教科教育を並行し、そのうえ保護者への対応も求められる。それを実際にこなすのは素晴らしいけど、現在の学校の仕組みは制度疲労を起こしていると思った」と振り返る。

インターネットで生放送される「アオイゼミ」のオンライン授業(東京都新宿区)

 ネットの世界に目を向けると、ニコニコ動画などでのライブ・ストリーミングが急成長していた。「ITを取り入れれば、教室という制約にとらわれずに誰にでも質の高い授業が受けられる仕組みを作れるのではないか」。オンラインで授業を配信するアオイゼミを設立した。

 目指すのは教育格差の是正だ。大手が手掛ける受験対策ではなく、日々の学校の授業を補うような内容とした。しかも授業料は原則、無料。大学などからの広告収入と一部の有料授業を収入源とするビジネスモデルにした。

 ベンチャーキャピタルなどのツテはない。自らも社会科の講師として出演して資金をやりくりした。口コミで利用者が広がり、13年8月にiPhone用アプリを作ったことで一気に登録者が増えた。1年間で20万人を超えた。昨年にはKDDIが出資するなど協力者も広がった。

 

 アオイゼミの人気の秘密は「無料」だけではない。東京・四谷の本社にあるスタジオ。電子黒板を前に授業する講師の横に、もう一人のスタッフがパソコンを前にして立つ。受講生からリアルタイムで送られてくる質問から、多くの受講生に役立つものを選んで講師に伝える。石井は「一方通行の授業にはしない。質問は教室の〝空気感〟を伝える効果がある」と説明する。

 社会起業家と位置づけられそうだが、石井氏は「商売人」を名乗る。「社会起業家という視点に偏りすぎると失敗するのではないかという恐怖心がある」。講師の評価は、受講のリピート率や出席率、満足度などのデータをもとにする。当面の目標は18年の株式上場。同時に東南アジアへの進出も検討する。

 くしくも日米で同じ時期に走り始めたオンライン教育の旗手たち。それまでのキャリアやサービス、規模は違うが、教育改革に賭ける情熱は同じだ。「教育から格差をなくせ」(敬称略)

世界で7兆円 インパクト投資の担い手たち

 経済的な見返りとあわせて、世の中にあふれる課題をどれだけ解決できるかをモノサシにする「社会的インパクト投資」。寄付でもなければ、収益性に重きを置く従来型のお金の使い方とも違う考え方だ。先進国では国や自治体が担っていた領域を肩代わりするほか、発展途上国の貧困エリアで生活向上を後押しするファンドやベンチャー企業、組織に資金が向かう。

 投資規模も急拡大しており、グローバル・インパクト・インベスティング・ネットワーク(GIIN)によると約600億ドル(約6兆8000億円)に膨らむ。出し手も多彩な顔ぶれが並ぶ。こうした投資は長期的にみて市場平均のリターンを上回るという検証結果もあり、財団、開発系金融機関、年金基金にとどまらず投資銀行やグローバル企業が次々と参入する呼び水になっている。

 主な「インパクト投資家」たちの母体企業や出資分野・規模を表で見てみよう。▲と▼の印を押すと、業種別や出資規模順に並べ替えることができる。

インパクト投資家 その顔ぶれや出資規模

ファンド名 業種 概要 出資額

出所:GIIN(Global Impact Investing Network)、各社、団体アニュアルレポート
(注)寄付、融資などの金額を一部含む。

インパクト投資の父・コーエン氏
「新たな投資尺度に」

インパクト投資の父、ロナルド・コーエン氏

 社会的インパクト投資が世界的に注目されるきっかけになったのが、2013年に開かれた主要8カ国(G8)首脳会議。英キャメロン首相の呼びかけで「インパクト投資タスクフォース」が創設され、各国が協力して推進することが決まった。タスクフォースの議長を務めたロナルド・コーエン氏は2000年代前半から支援組織やファンドの立ち上げを主導し、「インパクト投資の父」と呼ばれる。インパクト投資がブームになる背景や、これからの可能性について聞いた。

――なぜ今、インパクト投資が注目されるのでしょうか。

 「社会課題を解決するため、革新的な方法が必要になっているからだ。経済的な繁栄は人々の平均的な生活水準を高めてきたが、貧富の差はこれまでになく拡大し、ひずみを生んでいる。政府にはこの問題を解決するリソース(資源)がない。資本市場から資金を調達し、起業家とイノベーションの力を活用することが重要になる」

 「もう1つの理由は(2000年代に20歳を迎えた)『ミレニアル世代』の台頭だ。ミレニアル世代は収入や生活のためだけに働くのではなく、仕事に特別な意味を求める。こうした流れからインパクト投資の機運が加速している」

――貧困や教育、難民などの大きなテーマは民間が手に負えないからこそ、政府や慈善団体が担う側面があります。投資収益が十分でなければ、資金の流入は限られるのでは。

 「19世紀の投資はリターンのみ、20世紀の投資はリスクとリターンのみを見てきた。21世紀の投資はこれらにインパクトを加えた3つが尺度になる。この3要素を組み合わせることで、多様な投資ができる。例えば、市場平均を上回る収益を求める投資家がいる一方、収益は低くても大きな社会的インパクトを期待する投資家もいる」

 「インパクト投資の収益は必ずしも市場平均を下回るわけではない点が重要だ。これまで投資家が目を向けなかった事業領域では、少ない投資コストで大きな需要を手にできる可能性がある。従来型の投資と比べても短期間で大きな収益が上げられる案件がある。欧米のファンドや投資銀行もこれをチャンスととらえて積極的な姿勢をみせている」

――インパクト投資はどこまで広がるのでしょうか。

 「ベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティなど従来ある全ての投資カテゴリーに影響を与える。貧困から雇用、犯罪、移民、教育、子どもの養子縁組まで対象は限りなく、マイクロファイナンスなどの社会投資の枠組みと比べて格段に応用先が広い。フランスの食品大手ダノンなど大企業もプレーヤーに加わる。将来的には資本市場全体の10~15%を占める可能性がある」

――2015年、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)が総額450億ドル(約5兆円)相当の株式を社会課題の解決のために投じることを明らかにしました。こうした動きは、政府の役割や各国の競争力をどう変えるでしょうか。

 「ザッカーバーグ氏の決断は素晴らしいニュースだった。彼のように若く卓越した人物が『社会課題の解決には従来の寄付に代わる手法が必要だ』と宣言したことは極めて大きな意味を持つ。世界の国々はそれぞれの文化や国内事情があり、そのうえで異なる社会課題を抱える。テクノロジーへの投資では米シリコンバレーが勝者になったが、インパクト投資は世界により裾野広く根付いていく。インパクト投資の障害を取り除き、税制や休眠資産の活用を後押しするため、政府の役割も欠かせない」

低所得層の「信用」支援 ここにもフィンテック

 かつて「アジアの病人」と呼ばれたフィリピン。今や東南アジアで屈指の成長率を誇る若さに満ちた国だ。人口1200万人を抱えるマニラ都市圏の経済の中心、マカティ市には高層ビルが建ち並ぶ。

 もっとも、幹線道路から外れると様相はがらりと変わる。軽食を売る屋台や、電線が何本もぶら下がった電柱の脇を、クラクションを鳴らしながら車やバイクが行き交う。なかでも存在感を放つがのが「トライシクル」と呼ばれる、バイクにサイドカーを付けた3輪タクシーだ。サイドカーに2人、運転手の後ろに1人、計3人を乗せて運ぶのが一般的。料金は1人たった8ペソ(約20円)の「庶民の足」だ。

 この時間が止まったようなごみごみした路地裏。年収が15万ー20万円程度の低所得者層が多いエリアに、最先端の「フィンテック(金融とITの融合)」が溶け込み、くらしを豊かにしようとしている。

 トライシクルのドライバー兼オペレーターのルーベン・メンドーサ(48)も暮らし向きが上向いた。スキンヘッドにビーチサンダルが印象的だ。オペレーターは車両と営業権を持ち、自らの車両を別のドライバーに貸して収入を得る。ドライバーは乗車料金が稼ぎになるが、オペレーターに毎日150ペソ(約360円)前後の利用料を払う。

 メンドーサは2015年8月に手に入れたばかりの愛車に誇りを感じる。ベース車両はカワサキの「バラコ2」、タフな性能の受けが良く一番人気の車種だ。「運転しやすくて燃費もいい。1日の収入は500ペソ(約1200円)から700ペソ(約1680円)に増えたよ」と白い歯を見せる。

 メンドーサはそれまでドライバーにすぎず、オペレーターに利用料を毎日120ペソ(約290円)払っていた。午前7時から午後8時まで走っても利用料とガソリン代を引くと1日の手取りは230ペソ(約550円)。「5人の家族を食べさせるのに精いっぱいだった」。車両を買おうにも、一筋縄でいかないフィリピンの金融事情がある。

 「バラコ」は8万ペソ(約20万円)。もちろん手持ち資金はないうえ、その日暮らしのため金融機関からローンの与信がおりない。フィリピンにはメンドーサのように収入が少なく、与信がおりない人が1億人の人口の7割を占めるとされる。

料金払わなければエンジンを遠隔ストップ

 ここにフィンテックが風穴を開けた。頭金1370ペソ(約3300円)を準備してもらい、3年のあいだ月額3900~4800ペソ(約9000~1万1500円)を払うと車両を手に入れられる。このサービスを可能にしたのが日本のベンチャー、グローバルモビリティサービス(GMS、東京・中央)。現地の通信、金融機関、そして行政をつないで仕組みを築いた。

 お金を貸すだけのローンやリースとは違う。車両に付けた、スマートフォンを一回り大きくした黒い端末に秘密がある。「MCCS」と呼ぶこの端末が車両の電子制御装置(ECU)とつながり、内蔵の通信モジュールが携帯電話のネットワークを使って情報をやりとりする。GMSが運営するサーバーに30秒単位でデータを送り、位置情報や速度などの情報を集めるほか、遠隔でエンジンを稼働したり停止したりできる。料金を支払わなければエンジンをかからないようにし、完全にストップできるのだ。GMSは日本からでも、メンドーサのバイクを意のままにコントロールできる。

 GMS社長の中島徳至(49)は「これまでは低所得者層に金融の扉が開いていなかった。言葉は悪いが『取りっぱぐれない』仕組みができたことで金融が回る」と話す。ITを活用し、お金を払わなければ車両を使えない仕組みが整い、与信のハードルが大幅に下がった。

 料金も月払いのほか、半月払いや週払いも用意し、低所得者にも使いやすくしている。サービスを提供する層の多くが銀行口座を持たないため、支払い方法もユニークだ。

 メンドーサが向かったのは郵便局のような建物。「バイヤードセンター」と呼ばれ、電気料金から水道代、携帯代などさまざまな料金を支払える窓口だ。全国に3500カ所あるという。GMSはバイヤードセンターを運営する企業と組み、ここで料金を払えるようにした。料金の支払いが滞ってしまい、エンジンをかけられなくなってもここで支払いを済ませば、サーバー同士が連携しており、すぐにエンジンを始動できる状態になる。

 フィリピン最大の携帯電話会社とも提携。新興国でよく使われる携帯電話のショートメールを使った送金サービスでも入金できるようにした。全国に84万店ある「サリサリストア」という駄菓子店とたばこ店を合わせたような小売店に行けば、入金できる。

 GMSは2015年10月にマカティ市と普及促進に向け覚書を調印。現在はフィリピン全体で100台だが、多くの注文を抱えており、3月までに300台、2017年3月までに5000台を導入できるという。

「売ろうにも、買える人がいない」

 マカティ市交通局長のエルマー・カブレラ(43)は「金融、技術、環境の3点でとても評価している」と話す。金融は通常のローンを組めない人でも入手できる仕組み。技術面では、位置情報や速度などのデータを分析できるので、交通状況の把握や営業権の最適配置ができるともくろむ。将来的にカメラを搭載すれば移動式の監視カメラにもなる。環境面にもメリットがある。マカティ市に約5000台あるトライシクルのうち、約4分の1が排ガスの汚い2ストローク。残りの半分も設計が古く、現在の環境規制を満たしていないという。GMSが扱う車両は最新の4ストロークエンジンを積む。うまく普及できれば、行政が期待する「エコタイプ」への移行も進む。

 現在はマカティ市のほか近隣のパサイ市、フィリピン最大のケソン市で自治体や交通組織と提携しながら事業を展開する。ケソン市は電気自動車(EV)に限定しており、ガソリンエンジン車より割高なため普及には時間がかかりそうだ。

 実は中島はEV業界ではパイオニア。中島が立ち上げたEVベンチャー、ゼロスポーツはEVの黎明(れいめい)期の2010年に、大手自動車メーカーに競り勝って郵便事業会社から約1000のEVを受注した。この契約は郵便事業会社によって解除され、結果的にゼロスポーツは法的整理に追い込まれた。中島はその後もEV事業に関わり続けた。GMSを立ち上げる前、3輪EVタクシーを売るためにフィリピンを訪れた中島は壁にぶち当たった。「売ろうにも、買える人がいない」。発想を転換して、与信のハードルをクリアするサービスの提供を優先させた。

 こうして構築したネット経由で遠隔制御する仕組みはトライシクルだけでなく、農機や乗用車でも使える。また、支払い実績を蓄積されれば、金融機関の融資を後押ししやすくなり、低所得者層向けのインフラとしての可能性も広がる。与信が通らない低所得者層は世界で20億人、全世界のざっと3分の1。「貧困から中間層へはい上がろうとしている人をサポートしたい」(中島)。低所得者向けボトム・オブ・ピラミッド(BOP)ビジネスで新たな旋風を巻き起こしたい考えだ。

携帯充電に片道2時間 電気なかった街に光

 ケニアの首都、ナイロビから多目的スポーツ車(SUV)で北に向かう。高速道路はきれいに舗装されているが、1時間ほどで高速を降りると風景は一変した。赤土の悪路に入ると、車体は大きく揺れる。道はどんどん狭まり、ナイロビから2時間。ようやく目的地の小さな集落が姿を現した。

 この地域はシッカと呼ばれており、一帯に10ほどの集落がある。訪問した集落には100人程度が住んでいるという。土壁の簡素な住宅がぽつんぽつんと点在し、畑で豆やトウモロコシが栽培される。クルマを降りて歩くと、鶏やヤギが寄ってくる。ほぼ自給自足に近い暮らしが広がる。ここは電気や水道といったインフラからも隔絶されている。

 ナイロビに本社を置くベンチャー、M-KOPA Solar(エムコパソーラー)の利用者がここにいる。同社は出力8ワットの太陽光パネルで発電する小型装置を開発し、電力インフラが未整備の地域で住宅向けに販売している。装置の構造はシンプル。太陽光パネルを電源とする照明用の裸電球が2つ、充電式の懐中電灯、携帯電話の充電ケーブル、そして簡易ラジオがついている。

 

 シングルマザーとしてシッカで3人の子供を育てているポーリーン・キラティア(31)も利用者の1人。自宅の屋根には一辺が数十センチメートルの太陽光パネルが設置され、室内には2つの裸電球がぶら下がっていた。

 「夜7時を過ぎれば子供たちは寝るだけだった。電気がつくようになって夜に勉強を教えられるようになった」。キラティアはすっかり変わった暮らしぶりを喜ぶ。

 

 日本であれば外出先でも困らない携帯電話の充電。ここでは違う。ケニアでは自宅に電気が通っていなくても、携帯電話はほぼ必需品になっている。これまでは、自宅から片道約2時間歩き、最寄りの“繁華街”で充電するのが日課だった。M-KOPAを購入してからは、そんな骨折りがなくなった。

「発電装置はビジネスのきっかけにすぎない」

 2012年9月にサービスを開始したM-KOPAの利用者はわずか3年で30万人を数えるまでになった。現在は、ケニアのほかタンザニア、ウガンダ、ガーナで事業を拡大している。

 急成長の秘訣は、独自のビジネスモデルにある。購入者は3500シリング(約4000円)を頭金として支払い、残りを1日当たり50シリング(約60円)ずつ払う。1年間で支払い完了となる。日々の支払いには、ケニアで広く利用されている携帯電話による送金システム「M-PESA(エムペサ)」を使う。

 もっとも、安価な製品がないわけではない。例えば、中国製の同様の装置であれば1600シリング(1900円)程度で買える。

 

 それでもM-KOPAが選ばれるのは、「信用」を手にする出発点になるからだ。日々50シリング支払うことで信用履歴が蓄積され、M-KOPAはその顧客を「一定の支払い能力がある」とお墨付きを与える。それを踏まえて、太陽光発電以外の商品も割賦で購入できるようになる。

 「次は自転車が欲しい」。1年かけて太陽光発電の支払いを完了したキラティアは目を輝かせる。彼女のような、いわゆるBOP(低所得者)層の消費者にとっては、自転車は高根の花。しかし、これまでは信用履歴を蓄積するチャンスさえなく、一括支払いしか購入の道はなかった。

 M-KOPA創業者の1人、ジェシー・ムーア(37)は言う。「発電装置は、我々のビジネスのきっかけにすぎない」。蓄積した信用情報をもとにして、自転車や電気調理器、浄水タンクといった低所得者層の生活を豊かにする商品を販売していく考えだ。

 M-KOPAには、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが創設した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」や英ヴァージン・グループも出資している。昨年12月には、元米副大統領のアル・ゴアらが創設した投資会社が1900万ドル(約22億円)出資することを表明した。

 

 M-KOPAの「M」は「モバイル」の略、「KOPA」はスワヒリ語で「借りる」という意味だ。携帯電話を使った送信システムといってしまえばそれまで。金融サービスの利便性がどれだけ高まっても、低所得者層が得がたいのが「信用」。M-KOPAは少額であっても返済した実績をつくり、豊かになる一筋の光をみせる。これまでの金融の世界で生まれなかった新たな経済圏を創造しようとしている。(敬称略)

災害対応力広げる「遠隔臨場感」の進化

「人機一体」、近づけない現場のマシンと同じ目線

 「災害が起こった際、人の先に立って駆けつけるのが使命。一歩、前進した」

 2015年11月末、みぞれが降る長崎県の雲仙普賢岳。大林組の機械部副部長、栗生暢雄(53)は目の前を走るロボットに自信を深めた。人が足を踏み入れられない危険エリアで地盤調査を担い、崩落地盤の調査に役立てる。無人走行ロボットは長さ4.3メートル、幅1.6メートル、重さが1.9トン。重機のようなサイズ感に圧倒されるが、車両の前でキョロキョロする「目」こそが真骨頂だ。

 ロボットは数百メートル離れた拠点から遠隔操作されている。司令を出す作業者はヘッドマウントディスプレー(HMD)をかぶり、現場に入り込んだロボットに同期して一挙手一投足をコーントローラーで操る。体や首の傾きに合わせて、車両のカメラを支える棒が動きを真似る。回り込んでみたり、振り返ってみたりといった仕草もお手のものだ。人とロボットが空間を超えて一体になる。

操縦者がヘッドマウントディスプレーを装着し、無人調査ロボットを遠隔操作。

 自らがその場にいるかのように感じる「テレイグジスタンス(遠隔臨場感)」と呼ばれる技術だ。大林組、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科などが共同開発し、実証実験に取り組む。災害時、事故現場など人が足を踏み入れられない状況での活躍を期待する。今はせいぜい2キロ離れたロボットを手足のように扱えるぐらいだが、技術を突き詰めれば遠く離れた東京からでもロボットを意のままに操ることが可能になる。

無人走行ロボット。視界や操作精度を高めて、人が近づけない災害や事故現場での活躍をめざす

 ドローン(小型無人機)による地形データと組み合わせれば、応用範囲はさらに広がる。ショベルカー、ブルドーザーなどの建設機械への搭載も想定する。復旧工事で発生しやすい二次被害を防げるほか、コスト削減や工期短縮にもつながる。「多様な地形でも活動できるように走行パワーを上げるほか、コストをいかに下げるかが今後の課題」と栗生は話す

 テレイグジスタンスの技術は視覚だけではない。音声や手触りといった触覚さえも再現しようとする研究が進む。さらに一歩踏み込み、生物の脳とロボットを結びつける発想が「ニューロ・ロボット」だ。我々が考えていることをロボットに投影させて動かす。SF映画「アバター」のような世界は夢物語ではなくなっている。自宅にいながら現実に近い感覚で勤務できたり、海外を旅したりできる。人類が宇宙に向かう前にロボットを送り込み、別の惑星に基地をつくる離れ業を可能にする。

 空間をいとも簡単に超えたうえで、分身であるロボットの力と同化する。テレイグジスタンス技術がもたらす未来は、人類の可能性を無限に広げる。(敬称略)・一部の画像大林組提供

取材・制作
森園泰寛、松本千恵、鎌田健一郎、河本浩、清水正行、蛯谷 敏、加藤貴行、杉本貴司、深尾幸生、田中深一郎
データ出典
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の Statistical Online Population Database

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