オリンピックが生む
イノベーション

 2016年はブラジル・リオデジャネイロ五輪が開かれるオリンピックイヤー。そして4年後の2020年、いよいよ東京五輪・パラリンピックを迎える。1896年のギリシャ・アテネ大会以来、120年にわたって続く近代オリンピックは、スポーツの祭典であると同時に、人々が驚く技術やサービスが登場し、様々なイノベーションを生んだ。そして、2020年の東京五輪に向けたプロジェクトも動き出した。常識を変える観戦スタイル、世界の人々をもてなす賢いロボット、スマートフォンが威力を発揮するIT警備……。五輪の歴史を振り返りつつ、2020年の実現を目指す日本発のプロジェクトを探ってみよう。

TIMELINE
1948-2020

1948

1948 LONDON

1952

1952 HELSINKI

1956

1956 MELBOURNE

1960

1960
ROME

欧州18カ国で初の生中継

1960
2012
21カ国テレビ放映220カ国・地域
120万ドル放映権料256900万ドル
1960
21カ国
テレビ放映
220カ国・地域
2012
1960
120万ドル
放映権料
256900万ドル
2012

 エチオピアのアベベ・ビキラ選手が、はだしで石畳のマラソンコースを走り抜き、優勝したのがローマ五輪。この大会は欧州18カ国(当時)で初めて生中継され、米国、日本、カナダでは1時間遅れで放送された。

 その後、オリンピックは世界中で放映されるようになり、ロンドン五輪(2012年)のテレビ放映は220カ国・地域に広がった。

 ローマ五輪当時のテレビの放映権料の総額は約120万ドル。この放映権料も五輪の歩みとともに高額になり、2012年のロンドン五輪では総額25億6900万ドルになった。

ローマ五輪の陸上競技の様子=AP

1964

1964
TOKYO

新幹線登場
東京ー新大阪間を4時間で結ぶ

1964
2015
4時間東京ー新大阪間2時間22
1964
4時間
東京ー大阪間
2時間22
2015

 1964年10月10日に開幕した東京五輪。そのわずか9日前に開業した東海道新幹線は、最新の鉄道技術を駆使した世界初の高速鉄道だった。開業時の東海道新幹線「ひかり」の最高時速は210キロ。東京―新大阪間を4時間で結んだ。

 それから50年余、現在は東京―新大阪間を最速2時間22分で結ぶなど、スピードアップが実現。新幹線の路線も九州、東北、北陸、北海道へと延びている。

東海道新幹線の開業式 (1964年10月1日、東京駅)

厚さ7センチ
クオーツ時計の小型化に成功

 オリンピックの公式計時を初めて担当したセイコーは、水晶の振動を利用するクオーツ時計の小型化に成功。同社が開発した厚さ7センチのクオーツ時計は、AC電源が不要で持ち運びができる世界初のものだった。このときの小型化技術をさらに進化させ同社は、1969年に世界初のクオーツ腕時計「クオーツ アストロン」を発売した。

クオーツ時計と出発合図計=セイコーホールディングス提供

ポリペール3000個が生んだ
清掃革命

1964
2014
東京都杉並区の
3000世帯に配布
販売数累計
4,000,000個に
1964
東京都杉並区の
3000世帯に配布
販売数
累計
4,000,000個に
2012

 五輪開催を前に、東京都が悩んでいたのは1日約7000トンという膨大なゴミの処理。そこで登場したのは、積水化学工業が提案した「ポリペール」。フタ付きのポリエチレン製ゴミ容器で、米ニューヨークのゴミ収集方式を参考にしたものだ。1960年、都は杉並区をモデル地区に定め、3000世帯にポリペールを配布。新しい収集方式はその後、都内全区で実施され、「清掃革命」とまで呼ばれた。ポリペールはそれから全国に広がり、2014年までの累計販売数は約400万個に達している。

ニオイがもれず、軽くてゴミの移し替えが簡単に。ゴミ収集の効率を大きく上げた=積水化学工業提供

1968

1968
MEXICO CITY

カラー放送938時間
テレビ普及に弾み

1968
1975
5.4%カラーテレビ普及率90.3%
1968
5.4%
カラーテレビ
普及率
90.3%
1975

 カラー放送が本格的になったのはメキシコシティー五輪から。カラー放送の放映時間は約938時間となり、東京五輪の時より大幅に増加。世界の視聴者数も6億人に達した。日本国内でのカラーテレビ普及率は1968年時点で5%だったが、五輪のカラー放送視聴で普及に弾みがつき、7年後には90%を超えた。

1970年ごろのカラーテレビ製造ライン=パナソニック提供

1972

1972 MUNICH

1976

1976 MONTREAL

1980

1980 MOSCOW

1984

1984 LOS ANGELES

1988

1988 SEOUL

1992

1992 BARCELONA

1996

1996 ATLANTA

1998

1998
NAGANO(winter)

インターネット
世帯普及率初の10%超え

1998
2014
11%世帯普及率85.6%
1998
11%
世帯普及率
85.6%
2014

 インターネットが普及する時期と重なったのが冬季の長野五輪。五輪の組織委員会は公式ホームページを開設し、選手の紹介や公式記録はもちろん、自然保護の取り組みなどをアピールした。スキーやスケートの選手も自らホームページを開設して情報発信を始めた。この年、五輪が後押しする形でインターネットの世帯普及率が10%を超えた。

日本国内のインターネット普及率の推移(世帯)

2000

2000
SYDNEY

デジタルカメラ時代
出荷台数が倍増

2000
2008
10342084デジタルカメラ出荷台数119756808
2000
10342084
デジタルカメラ
出荷台数
119756808
2015

 オリンピックの報道写真でデジタルカメラが本格的に使われたのはシドニー五輪から。デジタル一眼レフカメラの価格が大幅に下がる一方、性能が急速に向上。2000年のデジタルカメラ出荷台数(CIPA調べ)は前年比倍増の1034万台となった。事務機器・家電メーカーの参入も相次ぎ、2008年の出荷台数は1.2億台にまで達した。しかし、カメラ機能を売りにしたスマートフォンの普及でその後はデジタルカメラの出荷台数が減少。2014年にはピークの3分の1近くまで減った。

選手を撮影する報道カメラマン=AP

2004

2004
ATHENS

2008

2008
BEIJING

競泳で25の世界新
規定を変えた高速スーツ

 2008年の北京五輪の競泳競技では、世界新が25も飛び出す高速レースの連続だった。注目を集めたのは同年2月に登場した英スピード社の水着「レーザー・レーサー(LR)」。同社の調べでは、8冠を達成したマイケル・フェルプス(米国)をはじめ、競泳のメダリストの89%がLRを着用していたという。メーカーによる高速水着の開発競争が激しくなる中、「技術のドーピングだ」といった批判の声も上がり、国際水泳連盟は2010年からラバー製やポリウレタン製、肩から足首までを覆う水着の着用を禁止した。

百貨店のスポーツ用品売り場に並んだ「レーザー・レーサー」などのスピード社製の水着

競泳競技で1大会8冠を達成した米国のマイケル・フェルプス選手

2012

2012
LONDON

観戦はスマホ
ツイート1.5億回

 ロンドン五輪はスマートフォン(スマホ)や「ツイッター」などのソーシャルメディアが本格的に普及する中での大会だった。大会公式サイトは、結果の閲覧などができるスマホ向けの公式アプリも提供。公式サイトへのアクセスの半数はモバイル端末経由が占めた。試合会場やテレビで観戦する視聴者も、交流サイト(SNS)を通じて応援メッセージや試合の感想などを発信する観戦スタイルが世界中で活発になり、ロンドン大会に関連するツイッターでのツイート数はのべ1.5億回に達した。

スマホを片手に試合観戦する姿も多く見られた=AP

2016

2016
RIO DE JANEIRO

観客もスタッフも
100%公共交通機関で移動

 南米大陸で初めて開くリオデジャネイロ五輪は、2016年8月5日から21日まで。リオ五輪組織委員会がアピールするのは、街ぐるみで地球環境に配慮すること。例えば、観客とスタッフの移動は100%、公共交通機関を利用する予定だ。市内4地区に分かれる競技会場は鉄道や地下鉄のほか、この大会に合わせて整備する4つのBRT(バス高速輸送システム)などで結ぶ。BRTは、車両をつなげて多数の乗客を運んだり、専用のバスレーンを整備して効率的に運行したりする。また、75%以上の軽車両がエタノールや電気自動車などの環境負荷の少ない燃料を使用する計画もある。

整備が進むリオ五輪の大会会場=共同

2020

2020 TOKYO

日本発の
先端プロジェクト、始動

どこでもワクワク 
観戦革命

 競技場でも、テレビでも、街中でも。2020年の東京五輪は観戦スタイルが大きく変わりそうだ。大型シートのディスプレーをビルに張って観戦したり、伝送された立体映像がライブ会場に浮かび上がったり。競技場の熱気を様々な場所に伝える技術開発が進む。

NTTは競技場の映像を別の場所に浮かび上がらせるシステムを開発した

OMOTENASHIを
磨く

 2015年の訪日外国人数は過去最多の1973万人。五輪イヤーの2020年はそれ以上の外国人観光客を迎えることになるだろう。様々な言語に対応する自動翻訳機、てきぱきと競技会場を案内するロボットなどが、世界各国・地域からやって来る外国人をサポートする。

パナソニックが開発中の多言語翻訳機

移動楽々、
自動運転の時代に

 五輪会場と街中の移動など、スムーズに人を運ぶシステムも開発中。公共車両を優先する信号、乗降時間を短くする自動課金、車いすに合わせたクルマの高さの自動調整などがその例。人工知能を使い、無人運転のロボットタクシーが選手や観客を運ぶ計画もある。

テスト走行をするZMP(東京・文京)の「ロボカーHV」

水素エネルギー社会で
暮らす

 クリーンエネルギーとして期待が高い水素の活用が進みそうだ。水素の製造、貯蔵、輸送といった過程を支えるインフラをどこまで整備できるか。水素と酸素を反応させて動力にする燃料電池車がどこまで実用化されるのか。水素社会の実現に官民が動いている。

水素ステーションの整備が進む

最新IT警備で
異変キャッチ

 安全と安心を確保する取り組みも重要だ。日本の警備会社は次世代型警備の開発を急ぐ。小型無人飛行機を駆使する警備ドローン、不審者を素早くとらえるウエアラブルカメラ、衝撃や水に強いスマートフォンの配備など、最新のIT(情報技術)が五輪を支える。

ALSOKは眼鏡型端末を使った警備を提案している

(注)1979年までは内閣府の1998年度国民経済計算(90年基準)、80年以降は国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(2015年10月版、推計含む)。出所・基準が異なるためデータは一貫しない

制作
板津直快、白尾和幸、今村大介、安田翔平
参考資料
OLYMPIC MARKETING FACT FILE 2015 EDITION (IOC)
田崎雅彦「オリンピックとITの歴史-ラジオ放送からインターネットまで-」(「情報処理」55巻 11号)
「消費動向調査―参考7表 主要耐久消費財の普及率の推移(一般世帯)」(内閣府)
「通信利用動向調査」(総務省)
デジタルカメラ統計(一般社団法人 カメラ映像機器工業会)
平成27年版「情報通信白書」(総務省)

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