柔の道を究め
息をのむ
一本を
東京五輪 柔道
1964年東京五輪で初採用されて以降、39個の金メダルを日本にもたらしてきたお家芸、柔道。当初は男子のみ4階級で始まった競技は男女7階級に広がり、東京五輪では混合団体も加えた激戦が、再び日本武道館を舞台に繰り広げられる。
日本柔道界が目指すのはずばり、全階級での金メダル。しかし、競技が国際化された今、海外のライバルたちも教科書にない変則技、奇襲技を交え、牙城を崩しにかかってくる。それでも日本の柔道家たちが貫くのは「柔よく剛を制す」、美しい一本へのこだわりだ。
Game
これが
柔道。
こん身の
「一本」を
奪い取れ。
一本を志向した
ルール改正
「技」持つ日本には
追い風に
柔道の醍醐味は何といっても鮮やかな一本にある。指導1の差による微妙な決着が物議を醸したリオデジャネイロ五輪後、国際柔道連盟は分かりやすい試合を増やすためルール改正に踏み切った。「指導」の差による勝敗決めをやめ、どちらかが3度受けて反則負けとなるまで試合は続行。さらに技のポイント判定では「有効」を廃止し「一本」「技あり」に絞った。しっかりと相手を投げきる技を持つ日本勢には追い風といえるだろう。
将棋のごとき
駆け引きの末に
成就する投げ技。
柔の美学がここに。
グランドスラム大阪2018
66kg級 決勝
丸山城志郎vs阿部一二三
背負い投げ、袖釣り込み腰と担ぎ技に必殺の破壊力を秘める阿部に対し、切れ味鋭い内股を主軸にしながらも奥行きの深い丸山の戦いが光った一戦だ。喧嘩四つで引き手争いから入った前半は阿部が組み手不十分でも前に出て、先に技をかけながらチャンスを探ったが、丸山は同じモーションからともえ投げ、内股、出足払いと威力のある技を使い分けることで徐々に阿部の警戒心を呼び起こす。延長に入っての決着シーンはその集大成。内股をちらつかせ、阿部がその得意技にかかるまいと腰を遠ざけた瞬間を見逃さない。隙間に潜り込んでのともえ投げで、腰が引けていた阿部は引っ張り込まれ、飛び込み前転するような形で飛ばされた。この1勝から丸山は阿部に世界選手権まで3連勝。階級の勢力図を塗り替えたが、その後阿部が巻き返し、2020年12月、「ワンマッチ」での代表決定戦を制して五輪代表の座を射止めた。
「柔道」と「JUDO」
世界で進化、
立ちはだかる海外勢
今や200以上の国・地域で愛好されるようになった柔道は、その国の国技や国民的スポーツと融合しながら発展を遂げた。しばしば横文字の「JUDO」と表現され、相撲のように密着したり、強引に押し倒したりする独特の戦法や構えが、両腕で道着を持って十分な間合いから鋭い技を繰り出す伝統的な日本柔道を苦しめる。
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2018年に男子最重量級の世界王者となったグラム・トゥシシビリら、隆盛を誇るジョージア勢。レスリングにも似た「チタオバ」を民族格闘技に持つ彼らが時に見せる帯を持っての裏投げなどには「バックドロップ」を思わせるものも。
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相撲のように組み付いて、密着した状態から足を引っかけて後ろに倒す「小外掛け」などを多用する。現在は背中に抱きついた状態での投げは熊に例えた「ベアハグ」として指導の対象になるが、「規制」の網をくぐってなおこの形を狙ってくるモンゴル勢も多い。
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柔道がブラジルに渡り、護身術として独自に発展したのが寝技や関節技主体のブラジリアン柔術。数千種類とも言われる多彩な寝技があり、相手の腕や頭の位置に応じて自在に変化する。日本代表も柔道に応用できる部分ありとみて、講師を招いて学ぶことも。
Player
柔道競技が五輪で
注目の3つの訳
- 過去メダル数最多のお家芸競技。五輪での活躍は折り紙付き。
- データで追い風。“ゴジラ”を駆使して他国を圧倒せよ。
- 受け継がれる伝統と、狙うのは「一本であり金のみ」と意気込む。
メダル数でも
期待大の日本
数で他競技を圧倒。
東京五輪を
導くはず。
主な競技の五輪でのメダル獲得数
リオ五輪で柔道は男子全7階級など12個のメダルを量産、日本全体でのメダル(41個)のおよそ3割を占めた。64年東京五輪で競技が採用されて以降、39個の金を含め獲得したメダル総数は84に上り、64年以降ではいずれも全競技を通じて最多。東京五輪でも日本オリンピック委員会(JOC)の「金30個」の目標達成を支える屋台骨の役割を期待されている。
勝利を計算。
強さ支える
科学の力
徹底したデータ戦略
“ゴジラ”を
巧みに操作
2012年のロンドン五輪で男子は金メダルゼロ、男女を通じても1つに終わり、盟主の座から陥落する危機にあった日本柔道。大会後に就任した井上康生男子監督が進めたのが「根性柔道」からの脱却だった。象徴が科学的な分析作業。全日本柔道連盟科学研究部のスタッフらが国際大会に飛び、1大会700もの試合を動画で撮影、約4000人に上る選手の映像と特徴をデータベース化してきた。技の繰り出し方、道着を握る位置から投げる方向、得点を奪う時間帯といった細部まで網羅した「ゴジラ」システムは2016年リオデジャネイロ五輪を前に完成。科研ではデータにとどまらず、海外勢の柔道スタイルの「はやり廃り」や審判の判定傾向まで細かく研究し、稽古や試合での対策に欠かせないツールとなっている。「インフォメーションをいかにインテリジェンスに変化させるか」(リーダーの石井孝法了徳寺大准教授)という専門部隊による緻密な分析が、海外勢を丸裸にし、日本勢の活躍を支える。
相手の“武器”を丸裸
技名のほか、両手が襟や袖、背中側など道着のどこをつかんでいるのか、投げる方向は、「一本」「技あり」の有無は――。相手選手の一つ一つの技をパソコンに打ち込み分類、該当場面の動画もクリック一つで見られるように。この情報をベースに稽古で万全のライバル対策を組み立てる。
緩急を分析
狙い時に撃て
帯グラフを見ると、男子100キロ超級で18年世界王者の強豪トゥシシビリはほかの選手と比較し、開始2分以内にポイントを奪うことの多い「短期即決型」。翌19年の世界柔道準決勝で原沢久喜は特徴をしっかり把握、序盤の攻勢を冷静にしのぐと猛攻が和らいだ2分30秒すぎ、浮腰で一本を奪ってみせた。
有力選手が
目白押し。
全階級が
見逃せない。
群を抜く技の威力
日本の伝統受け継ぐ
リオ五輪王者
大野将平 おおの・しょうへい
柔道の名門私塾「講道学舎」から名門の天理大、旭化成と進み、リオ五輪で金メダリストに輝いた。日本柔道の伝統でもある「正しく(道着を)持って正しく投げる」をモットーとし、2019年世界選手権では海外勢をものともしない圧倒的な力で世界王者に返り咲いた。大外刈り、担ぎ技、内股に寝技と何でもできる男子柔道のエースの力強く、かつ美しい一本は必見だ。
担ぎ技のキレは天才的
立って良し、寝て良しの
柔道家に成長
阿部詩 あべ・うた
シニアの国際大会で海外選手に敗れたのは1度だけと無類の強さを誇る天才柔道家。18年世界選手権を18歳で制し、19年大会はリオ五輪女王のケルメンディ(コソボ)を準決勝で破って連覇。一瞬で担ぎ上げる袖釣り込み腰に、内股、寝技にも進境をのぞかせ、「立って良し、寝て良し」の柔道家に成長した。東京五輪では17、18年世界王者で男子66キロ級代表の兄、一二三と同じ日に畳に上がる。狙うはきょうだい金メダルだ。
柔道の技は約100種
世界トップの
「十八番」を
見逃すな
柔道には投げ技で約70種類、抑え込み、絞め技などの固め技で約30種類の技がある。世界トップクラスになれば、自分の「型」にはまれば確実に投げられる十八番(おはこ)の技を1つ、2つと持つ。股に脚を入れて跳ね上げる「内股」一つを取っても、一気に脚を高々と上げるタイプ、ケンケンでしつこく相手を後方に追い込み最後に跳ね上げるタイプなど個性がある。
国内の厳しい代表選考を勝ち抜き、東京五輪の畳に上がれるのはわずか14人。選ばれし柔道家たちは先人から受け継いできた伝統の技に先端科学の力を借り、最高に輝くメダルを日本にもたらしてくれるはず。相手を敬い、畳で「礼に始まり礼に終わる」といった日本文化を象徴する礼節まで、一挙手一投足を逃さず目に焼き付けたい。