Visual Tokyo2020 Mens 100m

9秒を懸けた
熱き戦い

東京五輪陸上男子100m

人類最速の戦いといわれる陸上男子100m。その花形種目で日本人が世界の強豪に挑もうとしている。力強いスタート、中盤のスムーズな加速、スピードの維持。簡単にいえば「かけっこ」。だが単純ゆえに奥は深く、走りの細部にこだわる。

厳しい国内選考を勝ち抜いた3人の精鋭。けん引役は9秒95の日本記録を持ち、3大会連続出場となる山県亮太(セイコー)だ。日本選手権を制した多田修平(住友電工)も9秒台に手が届くところまで成長してきた。目指すは「暁の超特急」こと吉岡隆徳以来、89年ぶりのファイナリスト。夢追うスプリンターたちの走りをひもとくと――。


Player

注目の日本代表選手

9秒台が2人
世界に挑む
スプリンター

山県が日本新記録
9秒8台も視野
群雄割拠の時代へ

山縣 写真

山県亮太やまがた・りょうた

1992年6月10日生まれ、広島県出身。小学4年から陸上を始め、広島・修道高から慶大に進学。18年アジア大会は10秒00で銅メダル。五輪は12年ロンドン、16年リオデジャネイロに出場し、ともに準決勝進出。リオでは男子400mリレー銀メダルに貢献した。21年6月に9秒95の日本記録を樹立。セイコー所属。


多田 写真

多田修平ただ・しゅうへい

1996年6月24日生まれ、大阪府出身。中学から陸上を始め、関学大時代の2017年に追い風参考ながら9秒94をマーク。同年と19年の世界選手権では男子400mリレー銅メダルを獲得。21年6月には4年ぶりに自己ベストを更新。続く日本選手権では初優勝を飾って初の五輪出場を決めた。住友電工所属。


小池祐貴 写真

小池祐貴こいけ・ゆうき

1995年5月13日、北海道出身。北海道・立命館慶祥高から慶大に進学し、2017年日本学生対校選手権男子200mで優勝。18年アジア大会では同種目で日本勢12年ぶりに金メダルに輝いた。200mを主戦場にしていたが、19年ダイヤモンドリーグの100mで日本人3人目の9秒台となる9秒98。住友電工所属


東京五輪代表
史上最高の
日本一の争い

2021年6月25日
日本選手権
男子100m決勝

多田、反応時間トップ
山県、主導権握れず
勝負分けた後半の減速

緊張のスタート
静寂が集中力を高める

スタートは勝負を占うポイント。反応時間が0秒100未満でフライングになるが、選手はそのギリギリで飛び出すことを目指す。ただ、踏み出した直後の数歩で推進力を得なければ序盤で先行できない。スムーズに加速することも重要だ。


多田逃げ切り初V
薄氷の3位山県
4位小池と0秒001差

低く鋭い飛び出し
中盤までの加速に自信
「これまで以上に集中」

低く鋭く飛び出して加速していく多田の走りが際立った。40m地点で誰よりも早く秒速11m台に到達。リードを奪うと、失速が課題の終盤は必死に脚を回して逃げ切った。「この走りでは世界のトップ選手には勝てない。自力を上げたい」とさらなる飛躍を誓う。

4位小池と約1センチ差で先着した山県は「運じゃないですかね」。80m付近で脚がもつれながら薄氷の代表入り。本人に自覚はなかったが、レース中に靴ひもがほどけていた。


Game

競技の特徴と勝敗の鍵

陸上100m
注目したい3つの見方

  • 9秒台到達へ重要な「最高速度」
  • ボルトはストライド型、日本代表はピッチ型
  • 記録から見る世界と日本の差

9秒台出すには
11.6m/秒目安
出現区間もカギ

号砲から加速を続け
後半の減速抑えるか
風向きも記録に直結

(注)自己ベストのデータ

日本陸連の科学委員会によると、最高速度と記録は相関関係にあり、9秒台の条件に秒速11.6mに到達することを目安に挙げる。

最高速度に達する地点も重要で、後半になればなるほど加速し続けていることを意味する。五輪や世界選手権の決勝では60m以降の選手が多い。誰もが終盤に減速するが、相手を抜き去って伸びているように見えるのは走速度低下率が小さいため。背中に受ける追い風は失速を抑えてくれる要素になる。

一歩の幅
脚の回転か
特徴さまざま

ボルトは
ストライド型
日本代表はピッチ型

スピードを決める要素となるのが「歩幅(ストライド)」と「1秒あたりの脚の回転数(ピッチ)」だ。100mで代表入りを逃したサニブラウン・ハキームは1歩で稼ぐ距離を速さに結びつけるストライド型。山県や多田、小池は5歩/秒に達するほど脚を素早く回すことでスピードを得るピッチ型に分類される。2021年6月の布勢スプリントで日本記録を更新した山県は47.9歩で駆け抜けた。日本陸連のデータによると、サニブラウンは19年日本選手権決勝で44.1歩で走っている。

進化する日本勢
世界との距離
縮めて五輪へ

過去150人以上が
9秒台突入。準決勝
で10秒の壁破れば
五輪決勝の可能性大

米国のジム・ハインズが人類初の9秒台(電動計時)となる9秒95を出したのは1968年。そこから日本人が初めて9秒台で走るまでに49年の歳月を要した。過去「10秒の壁」を破ったのは150人以上。米国が圧倒的に多いが、日本も2016年リオデジャネイロ五輪以降、4人まで増えた。

人類最速
海外勢による
至高の戦い

五輪での日本人最速タイム10秒05を持つ山県は「自分の持っている力を100%出し切ることができれば夢だった決勝進出も現実になってくる」と語る。ただ、世界は広く、日本勢に立ちはだかる海外勢もつわものぞろいだ。

  • 2015年世界選手権銅メダル。今季世界最高記録を持ち、サニブラウンのチームメートでもある

  • 全米大学選手権ではサニブラウンらを抑えて優勝した新鋭。

  • 16年リオデジャネイロ五輪5位の実力者

  • アジア記録保持者。15、17年世界選手権で決勝進出

今回の代表は故障や挫折を乗り越え、レベルの高い選考を勝ち抜いた精鋭たちだ。世界での経験値もあり、100分の1秒を削るために膨大な時間を費やしてきた。東京五輪男子100m決勝。国立競技場のスタートラインに立ち、新たな時代を切り開く。


負けられない
闘いがはじまる

Next Tokyo 2020

出典
陸上競技研究紀要
日本陸連科学委員会による発表データ
取材
渡辺岳史
ディレクション
清水明
企画
森田優里
WEBデザイン
安田翔平
マークアップ
宮下啓之
CG
伊藤岳
写真
柏原敬樹、山本博文
イラスト
大島裕子

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