
極限の技と
美の競演
東京五輪新体操
英語ではRhythmic Gymnastics(リズミック・ジムナスティックス)。様々な音楽のリズムに合わせて手具を操る新体操は、滑らかな技巧と美を表現する競技だ。力強さとスピードが生み出す躍動感、柔らかで繊細な動きが織りなす芸術性で、見る者を魅了する。
長らく覇権を握り続けてきた王国ロシアなど欧州勢の牙城に、東京五輪でくさびを打ち込まんとする団体の日本代表「フェアリージャパン」。精緻な同調性と、めまぐるしく人と手具が交差する高度な演技構成を武器に、妖精たちが初の表彰台を射程に捉える。
Game
華麗に舞う。
5種の手具と
選手が
一体に
バレエが基本
総合力の個人
団体は2種目
演技するフロアマットは13m四方。ロープ、フープ、ボール、クラブ、リボンの5種類の手具のうち、ロープ以外の4つを各1分15秒~1分30秒で演技する個人は総合力が求められる。
1チーム5人による団体は各2分15秒~2分30秒で、原則2年ごとに実施種目が変わる。五輪延期により据え置きとなった2021年シーズンはボールと、フープ・クラブの組み合わせという2種目だ。個人も団体もバレエの動作がベースで、練り上げられたプログラムの中で選手は手具と一体になる。
呼吸を合わせ
交差する
連係の妙
めまぐるしい
技の連鎖と
晴れやかな笑み
2019年世界選手権に向けた「フェアリージャパン」の練習
定められた位置へ正確にボールを動かしながら、クルクルとフロアを転回していく。足で投げ上げ、背中でキャッチするなど自在にボールを操る技術と、複雑な連係をあうんの呼吸でこなしていくチームワークが目を引く。
激しく、休みなく動き回りながらも、顔には常に笑みをたたえる選手たち。観客の存在を意識しながらの演技は、スポーツであり芸術でもある新体操ならではだ。
ルール大幅変更
リスク増大も
日本には追い風
スコアの上限が撤廃され
高難度の技が多数必要。
演技速度が鍵に
2018年のルール改正で競技の風景は一変。Dスコアが青天井となったことで演技のテンポは急速に上がり、複雑な連係技をどれだけ多く詰め込めるかが順位を左右する。ただし手具落下のミスが出れば次の技にも支障を来し、点数は大幅に下がる。
強豪国でも転落があり得る厳しさだが、豊富な練習量を誇る日本には躍進の好機だ。ミスが出た場合のカバー方法を綿密に確認し、難度の高い片手キャッチなどの技術で得点を稼ぐ細やかな戦略は新ルール向きといえる。
Player
五輪での新体操競技 3つの見どころ
- 大躍進。頂点見据える団体日本
- 体形、衣装、メークも勝負
- 歴史が物語る「最強国」ロシア
輝くメダル。
世界の舞台で
花開いた妖精
2019年世界選手権バクー大会 団体で表彰台に3度上がった
共同生活で磨いた
最高のチームワーク
世界を驚かせた
「フェアリージャパン」が一気に花開いたのが2019年9月の世界選手権。年間350日に及ぶ共同生活が実を結び、団体総合で44年ぶりの銀メダルを獲得。種目別のフープ・クラブも銀、ボールでは史上初の金メダルに輝いた。
シーズン途中で演技の難度をどんどん上げる過酷な戦略に選手たちが見事に応えた。「以前の映像を見ると、当時はすごく難しいと思っていた演技が今は簡単に思える」という松原梨恵(東海東京証券)の言葉が、長足の進歩を物語る。
(注)成績と所属はすべて2021年6月時点
個人も躍進
25年ぶり2枠確保
若き大岩・喜田が
速さ武器に挑む
個人でも日本はアトランタ五輪以来25年ぶりに2人の出場枠を確保した。2019年の世界選手権で皆川夏穂(イオン)が個人総合13位に食い込み、まず1枠。そして21年のワールドカップ・シリーズで躍進した大岩千未来(同)がハンガリーなどのライバルに競り勝って見事に2枠目を勝ち取った。
6月の代表選考会でエースの皆川を抑えて代表切符をつかんだのは、20歳の喜田純鈴(エンジェルRGカガワ日中)と19歳の大岩。演技スピードを武器に、ロサンゼルス五輪8位の山崎浩子(現強化本部長)以来37年ぶりとなる入賞を狙う。
細部まで追求
観客魅了する
美
のこだわり
衣装もメークも
華やかに鮮やかに。
テーマ・曲に合わせ
全ては演技のため
芸術性や美しさを競う競技では華やかなレオタードや化粧も重要な要素。日本代表にはポーラから「美容コーチ」が派遣され、演技テーマや曲調に合わせたメークを伝授する。
05年から改革を進めた山崎強化本部長の方針の下、体形や柔軟性を重視して選抜された選手たちはスタイルも欧州勢に引けを取らない。団体の熨斗谷さくら(日女体大院)は「肌の手入れからメークの仕方、身だしなみや行いまで、常に美しくいることが演技の美しさにつながる」と語る。
揺るがぬ伝統
立ちはだかる
世界の高い
壁
スター輩出
圧倒的な環境の
王国ロシア
団体も個人も。
競技の神髄に迫る
躍動感と勝負強さ
五輪で金メダルを目指す「フェアリージャパン」にとって最大の壁となるのがロシアだ。団体総合で世界選手権4連覇、五輪は5連覇中。豊富な競技人口と育成施設、指導者の質も抜きん出た環境が、他を圧倒する結果を生み出してきた。
その演技について、山崎強化本部長は「身長も高いので、ジャンプや足を振り上げたときのダイナミックさがある」。主将の杉本も「追われる重圧の中、あれだけの技を試合でこなせる強さはすごい」と認める。
個人でも輩出し続けるロシアの女王の系譜に連なるのがアベリナ姉妹。2019年の世界選手権では妹のジーナが個人総合3連覇を含む5冠、姉のアリーナは個人総合で2位に入った。自らの演技に没頭するタイプのジーナは「スペクタクルとしての新体操の醍醐味、神髄を観客と分かち合いたい」という生粋の表現者だ。
本場に学び日本も躍進
長期合宿で基礎徹底
「恋で表現力磨け」
日本の躍進は「ロシア流」の習得なしにあり得なかった。個人のエース、皆川は新型コロナウイルスの感染拡大前は1年のうち約10カ月をモスクワで過ごした。ナディア・ホロドコバ・コーチと二人三脚の日々で「手具操作の基礎を徹底的に直された」という厳しい指導で腕を磨いた。
「フェアリージャパン」もサンクトペテルブルクで定期的に合宿を張り、インナ・ビストロワ・コーチの指導を受けてきた。「女優になれ」「恋をしなさい」など独特な言葉で表現力を磨かせる名伯楽だ。
日本代表は東京五輪に向けて新プログラムの習熟に取り組んでいる。特に団体は曲や演技構成を一新し、テンポも難度も一段とアップした。
2019年シーズン、5秒に1度のペースで入っていた技が2021年シーズンは3秒弱に1度。驚くべきスピードだが、主将の杉本は「難しいからこそ、成功する喜びを感じられる。日々の積み重ねを大切にしたい」。限界を超えた先に栄光が待つと信じて。