Visual Tokyo2020 200m Breast stroke

「お家芸
誇りをかけて

東京五輪水泳・200m平泳ぎ

1920年アントワープ五輪で日本が初めて競泳に参加してから約100年。これまでメダルを量産してきた競泳ニッポンにとって、平泳ぎは特別な種目だ。五輪2大会連続金メダルの北島康介さんなど、並みいるスター選手を輩出。その強さから、いつしか「日本のお家芸」とも称されるようになった。

近年は各国に強豪選手がそろい、男子200メートルを中心に「超高速化」が進むこの種目。その最前線には現日本記録保持者の渡辺一平(トヨタ自動車)ら日本選手も負けじと顔を並べる。

新型コロナウイルスのため1年延期となった東京大会に向け、選手たちを駆りたててきたのは「お家芸で負けるわけにはいかない」という強い思い。まずは代表選考会を兼ねた4月3日開幕の日本選手権で、プライドをかけた戦いの火蓋が切られる。




Player

注目の日本選手

実力世界級。
五輪表彰台の
ワンツー狙う


渡辺 一平選手

渡辺一平 わたなべ・いっぺい

1997年3月18日生まれ。大分県出身。小学2年生から競技を始める。大分県立佐伯鶴城高校卒業後、2015年に早大進学。17年1月、当時の世界記録となる2分6秒67をマークした。

主な成績は17年、19年世界選手権銅メダル、18年パンパシフィック選手権金。16年リオデジャネイロ五輪では200メートル準決勝で2分7秒22の五輪記録を出した(決勝は6位)。193センチ。


幼少期に磨いた
肩甲骨の柔軟性
「M字泳法
水をとらえる


平泳ぎに限らず4泳法で水中の推進力を得るには「肘を立てる」動作が重要で、渡辺はこの動きを難なくこなすことができる。手をかく様子を正面から見るとまるでアルファベットの「M」のよう。渡辺本人も「大学1年時に水中映像で見た時は衝撃だった。この泳ぎめっちゃいいじゃんと思った」と振り返るほどだ。

M字泳法を支えるのが肩甲骨のやわらかさ。渡辺の小学生時代に指導した小野信一郎コーチによれば「始めから肩がやわらかくて頭の上に肘がきた」。練習前に30分程度、うつぶせの状態から腕を回して耳につけるストレッチを継続して取り入れたことで、可動域がさらに広がったという。


大柄な体格を
カバーする
水面と平行な姿勢


平泳ぎは4泳法の中で最も水の抵抗を受けやすいとされるため、手足のタイミングや動かし方など繊細な技術が必要とされる。渡辺の場合、193センチと日本人離れした体格ながら、ゆったりとしたフォームと、水面と平行なストリームラインを保つことで、抵抗を最小限に抑えている。

小野コーチによれば「もともと蹴伸びがうまくて、減速が少ないのが強みだった」。もっとも、ストリームラインを取る時は「頭から足の先まで抵抗受けない姿勢を意識している」と渡辺。幼い頃から力を使わず楽に速く泳ぐ方法を模索した結果、現在の泳ぎにたどり着いたという。


渡辺 一平選手

佐藤翔馬 さとう・しょうま

2001年2月8日生まれ。東京都出身。0歳から水泳を始める。小学校から慶応に通い、慶大進学後の2019年、世界ジュニア選手権男子200メートル平泳ぎで銀メダルを獲得した。

今年2月のジャパン・オープンでは世界歴代4位の記録である2分6秒74で優勝。かつて北島康介さんが所属していた東京スイミングセンターを拠点とし、体格や泳法も似ていることから「北島2世」と称される。177センチ。


キックが持ち味
急成長を遂げた
「北島2世


長らく渡辺がリードしていた男子平泳ぎ界に彗星(すいせい)のごとく現れたのが佐藤だ。20年1月の北島康介杯では2分7秒58をマークし、渡辺を破り初優勝。その後もぐんぐん記録を伸ばし、この2年で自己ベストを約5秒縮める驚異的な成長を遂げている。

上半身がやわらかい渡辺に対し、佐藤の泳ぎの特徴は強いキック。西条健二コーチによれば「足首が人一倍曲がるので、早めに水をとらえて蹴ることができる」。また、日本代表の平井伯昌監督はかつてのまな弟子である北島康介さんを引き合いに出し、泳法だけでなく「集中力とガッツがあるところがそっくり」と証言する。


約100年の伝統
引き継がれる
DNA

影響力は今も健在
「北島康介」
というレジェンド

「憧れの選手は北島康介さん」。渡辺と佐藤が口をそろえてこう話すように、北島さんは五輪2大会連覇といった活躍ぶりで後世に大きな影響を与えてきた。

渡辺が北島さんと直接初めて会ったのは2007年。地元の大分国体前のイベントで隣で泳ぎ、サインボールをもらったことを今も鮮明に覚えているという。「動画を見てはストリームラインをマネした。みんなが期待する結果を五輪で出すところにも憧れる」。

佐藤は09年に拠点主催の大会で初めて北島さんと対面。「サインと握手をしてもらって。その大会で平泳ぎが一番いい結果が出たので、(専門を)平泳ぎにしようと思った」。レジェンドのDNAは脈々と次代に引き継がれている。

2016年リオデジャネイロ五輪前の日本選手権で、渡辺(右)は北島康介さんと代表争いを繰り広げた


古くは戦前から
多くの名場面で
鮮烈な印象を残す

日本の平泳ぎの歴史は古くは戦前まで遡る。1928年アムステルダム大会、鶴田義行が男子200メートル平泳ぎで2分48秒8で日本水泳界初の金メダルを獲得。その8年後のベルリン大会では、前畑秀子が200メートルを制し、日本人女性初の金メダリストとなった。

戦後も続々とトップ選手が生まれ、92年バルセロナ大会では当時14歳だった岩崎恭子が史上最年少の金メダリストに。「今まで生きてきた中で一番幸せです」というレース後の言葉が話題を集めた。2016年リオデジャネイロ大会では、金藤理絵が岩崎以来24年ぶりに女子200メートルを制した。


しのぎを削る
群雄割拠の
実力者たち

渡辺や佐藤だけでなく、国内には五輪派遣標準記録(2分8秒28)を突破できる実力を持った選手が数多くそろう。188センチの長身で、2017年世界選手権銀の小関也朱篤(自衛隊)は100メートルの日本記録も持つベテラン。中京大スポーツ科学部の高橋繁浩教授は「もともと自由形をやっていたので肩がやわらかく、泳ぎに力強さがある。前半を速く入れるのが一つの武器」と解説する。

一方、小日向一輝(セントラルスポーツ)は170センチと小柄な体格のハンデを埋めるように、細かくストロークを刻むのが特徴。他にも20年12月の日本選手権2分8秒15の3位となった武良竜也(BWS)など、新鋭が次々現れている。




Game

競技の特徴とライバルたち

200m平泳ぎの
注目すべき
2つのポイント

  • 世界のライバル
  • 勝負を左右するレースプラン

歴史に残る
高速レース
主役は俺だ


日本の前に
立ち塞がる
世界の強豪たち

アントン・チュプコフ選手

アントン・チュプコフ ロシア

1997年2月22日生まれ。男子200メートル平泳ぎ世界記録保持者。ラスト50メートルの驚異的な追い上げに定評がある。2019年世界選手権では、渡辺が当時持っていた世界記録を一気に塗り替え、2分6秒12で優勝した。

主な戦績は16年リオデジャネイロ五輪銅メダル、17年世界選手権金。188センチ。

※ロシア勢は東京五輪ではドーピング違反歴や疑惑のない選手のみ個人資格で出場が認められ、所属にあたる名称は「ROC(ロシア・オリンピック委員会)」となる。


マシュー・ウィルソン選手

マシュー・ウィルソン オーストラリア

1998年12月8日生まれ。前半からの積極的なレースが持ち味。2019年世界選手権では準決勝で当時渡辺が持っていた世界記録(2分6秒67)に並ぶと、決勝でも2分6秒68の好記録で銀メダルを獲得した。

主な成績は17年世界選手権8位、18年パンパシフィック選手権3位。186センチ。


2016年リオデジャネイロ五輪以降、男子200メートル平泳ぎは一気に「高速化」が進んだ。19年世界選手権決勝は渡辺までの上位3人が2分6秒台をマーク。優勝タイムはリオ五輪から1秒以上も縮まった。

昨年12月にはカミンガ(オランダ)が2分6秒85を出し、その翌月には佐藤翔馬も2分6秒台に突入するなど、この1年で勢力図はさらに変化している。渡辺を指導する奥野景介コーチは「東京五輪では2分6秒台が決勝進出のボーダーラインとなるかもしれない」とハイレベルな争いを警戒する。


前半先行か
後半追い上げか
レースプランで
ライバルを翻弄

2019.07.26 世界選手権
男子200メートル平泳ぎ 決勝


水泳の勝敗を左右するレースプラン。2019年世界選手権表彰台の3人の戦い方にもそれぞれの個性がある。



2位のウィルソンの場合、最初の50メートルを28秒56でトップ通過したように「前半先行型」。一方、優勝したチュプコフは100メートルを最下位で折り返すも、体のきついラスト50メートルを全選手最速の31秒89で泳いだ「後半爆発型」。これには北島康介さんも「メンタルがほんとに強くないとできない」と舌を巻くほどだ。

対する渡辺は、一定の速度で各ラップを刻むことができるのがもともとの持ち味。その上で試合によって前半型、後半型とレースプランを使い分けるなど幅を広げつつある。


世界最速
前人未踏の
記録へ挑む


目指すのは
記憶に残るスイマー

東京大会の延期に、緊急事態宣言による拠点プールの閉鎖。この1年はこれまで経験したことのないような困難に直面してきたが、渡辺は「すごく有意義な、自分自身を変えてくれた1年になった」と言い切る。以前までは重視してこなかったウエイトトレーニングは下半身中心に割合を増やし、練習ではいっそう厳しいメニューを己に課すように。コロナ以前には見られなかった姿だろう。

なぜ走り続けてこれたのか。「後輩の佐藤(翔馬)くんやチュプコフといった、いろんなライバルに刺激をうけたから」。そしてこうも話した。「自分の場所を守るには、攻め続けないといけない」。その視線の先にあるのは、前人未到の2分5秒台への突入だ。




2016年のオリンピック記録に17年の世界記録。数々の記録を打ち立ててきた渡辺だが、主要タイトルにはなかなか手の届かない日々を送ってきた。だからこそ勝負の五輪イヤーに掲げるテーマは「記録とともに記憶に残るスイマーに」。4月の代表選考会やその先に待つ東京五輪へ、「注目度の高いレースで記録を出すことで、応援してくださる方々の記憶に残るはず」。金メダル、そして奪われた「世界記録保持者」の称号を取り戻すつもりだ。



パワーや身体能力に対抗しうる繊細な技術力。日本の平泳ぎが「お家芸」と呼ばれるまでに成長したのは、他のスポーツにも通ずる、日本人ならではの強みを磨いてきた証しだろう。

先輩たちからのバトンを受け継ぎ、さらに技術を磨きあげた渡辺たちが挑むのは平泳ぎ史上最もハイレベルな戦い。「勝負を楽しんで、見ている人を魅了できたら」と渡辺。歴史に新たな名を刻む瞬間が近づいている。


負けられない
闘いがはじまる

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マークアップ
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イラスト
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