

2050年、技術は私たちの生活や価値観をどのように変えているのだろうか。日本経済新聞の取材を織り交ぜながら大胆な未来予想を劇画で描く。
これまでのあらすじ
17歳の私、未来(みき)は2019年から2050年にタイムスリップする。そこで出会ったのは30年後の自分「ミキX」。みきはXに連れられて技術によって様変わりした社会を目の当たりにする。
エピソード3
国家はフィクション
大阪から帰京するリニア新幹線の車内。前から思っていた疑問を聞いてみた。

みき
現金を支払うことはないの?

ミキX
今、決済はほぼすべてデジタルマネーよ。

ミキX
しかも円やドルなんていう国が発行するお金を使った決済は半分以下。
じゃあ、企業の取引や給与支払い、買い物で使われているのは何かといえば、世界最大のネット企業Googalが発行する「Gマネー」やAmazanが発行する「Aコイン」。ものすごい数のユーザーや会員を持つ2社は独自のデジタルマネーでも利用者が増えていって今や世界で一番流通しているんだって。


ミキX
AIがお金の発行量を管理していてモノやサービスに対する価値を安定させているわ。

みき
お金って結局、交換できる人や企業がどれだけ多いかで価値が決まるんだ。
決済手段もスマートフォンではなく、体一つあればできちゃう。超小さいICチップを皮膚の下に埋め込み、買い物の時端末に読み込ませればネットバンクから引き落とされる。


ミキX
見てみて。私の手もチップ入りよ。

みき
やばすぎる…。ちょっとわたしには無理。
すでに北欧や英国では約4000人が認証用のICチップを埋め込んでいる。スウェーデンでは鉄道料金の決済にも利用している。
「2050年は埋め込みが一般的になっている。チップが神経システムの一部となり、AIと統合することで個人データを日常生活のあちこちで利用しやすくなる」
(極小ICチップの埋め込み技術を持つスウェーデンのバイオハックス、ユアン・ウステルンドCEO)

車内でミキXとネットをみていたら「海外でAI政治家が選挙で当選した」というニュースが飛び込んできた。AIは人格もなければ国籍があるわけでもない。だけど、ある国では国内外の社会情勢データを読み込んだAIが賢い判断を下せることが分かり、国民投票で「政治を任せられる」と認められれば〝国民〟となり参政権も持てるのだという。教育や納税、労働の義務もある。
AIはブロックチェーン技術で国民登録されるため改ざんもほぼできない。

みき
国が発行するお金が消えかけている話もあったけど、国民って何?国家ってどうなるんだろう?
ニュージーランドでは「SAM」というAI政治家の開発を進めている。
「2050年にはAI政治家が出馬しているだろう。AIは様々なデータを吸い上げ偏向なく予算配分やマイノリティ問題を把握できる」
(AI政治家を開発するニュージーランド・スプリングロード社のアンドリュー・スミス氏)
スイスの身分証明システム会社プロシビスは18年、国籍を持たない少数民族ロヒンギャにブロックチェーン技術を使った身分証明書を発行すると発表。既存の国家とは違う新たなデジタル共同体が出てくる可能性がある。
東京に着きミキXのマンションで私は考えた。人と同等の存在になったAI、生命を自由自在に書き換えるゲノム編集、人々のあらゆるデータが吸い上げられネットで流通する「IoB(Body)」の世界――。


みき
未来の技術はすごい力だけど、なんか薄気味悪い。

みき
ねぇ。
技術は人々を幸せにしたと思うんだけど、人間の存在があまりに変わりすぎてない?取り返しのつかないことになってなければいいんだけど。

ミキX
私にも分からない。ただ、この30年間、技術革新は止めようがなかった。
確かにAIによって労働力不足は補われ、ゲノム編集によって遺伝病は過去のものとなり、宇宙にも生活の可能性を広げた。でも…。この未来を私は2019年の人たちにどう伝えればいいんだろう。

みき
わたし、19年に戻って…ていうか、そもそもなんで30年後にきたんだろう。

ミキX
私はコンピューター上に保存した自分の記憶から「17歳の私」のデータを呼び出し、あなたにインストールしたの。

ミキX
あなたは「17歳の私」のアンドロイドってことよ。

みき
な、な、何それー!
ゲーム中、画面に吸い込まれたのはあなたにアップロードされたからってこと?!

Xがいう意識や記憶データの保存・呼び出しっていうのは脳神経科学の発達が大きい。2045年には脳の神経細胞ネットワークを模した「ニューロモーフィック」という半導体チップの開発が進み、人の脳ほどの能力を持つチップが実用化されたとか。意識や記憶にかかわる原理をチップ上で再現する技術が確立したんだって。

みき
脳の意識や記憶が機械に宿るなんて完全にSFの世界だ。
米インテルは「ニューロモーフィックチップ」という脳型の半導体チップを開発中。ニューロン(神経細胞)は拡張性があり、コンピューターが意識を持てるようになるには推定で今後、20年ほどの時間軸がいる」
(米インテルのマイク・デービス氏)
米カリフォルニア大ロサンゼルス校のデービッド・グランツマン教授らは2匹のアメフラシを使った実験で「記憶の移植に成功した」と18年に論文発表。
「2050年までに意識を持つ機械が登場するだろう」
(東京大学の渡辺正峰准教授)
米カリフォルニア大学サンディエゴ校は2018年、ヒト細胞を培養して作った「人工脳」から脳波が出ていることを発見。「人工頭脳につながる可能性がある」
(米アレン脳科学研究所のクリストフ・コッホ最高科学責任者)
エピローグ
「なぜ、17歳の私を呼び出す必要があったの」。私はたずねた。ミキXは「それは高校時代のあなた、つまり私が未来についてあれこれ考えていたから。あの頃はAIとかゲノム編集とかみんな騒ぎ始めていて、未来社会はどうなるんだろうと思ってた」と答えた。
「ありがとう。2050年はやばすぎる世界だけど、技術とどう向き合えばいいか考えるきっかけになった。そろそろ記憶に戻るわ」。ミキXも別れを告げた。「さようなら…。次は10年後にでも呼び出すわ」。彼女はディスプレー上の専用アプリを開き「スリープ」のアイコンをタップした。「さようなら…わたしの未来…」

この漫画は日本経済新聞の取材に基づいて予測しています。登場する人物、名称などは架空でありストーリーはフィクションです。
元日から連載企画「新幸福論 Tech2050」が始まりました。2050年までの人とデジタルを巡る技術は私たちの価値観をどう変えていくのか。ぜひお読み下さい。
インターネットブログサービス「note」と共同でみなさまの「30年後あったらいいな」を募集します。30年後、こんな技術があれば幸せになっている、こんな仕組みがあれば社会はより良くなっているなど「あったらいいな」に関する投稿をnote上で募ります。詳細はnote公式サイト(https://note.mu/info/n/n17873e22e826)まで。
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- 取材・制作
- 上阪欣史、久保庭華子、森田優里
「2050年にはブロックチェーン技術でキャッシュはなくなっている」「今のドルのように、どこかの国・有力企業が発行する仮想通貨が支配通貨になるのかも知れない」
(世界最大のブロックチェーンコンソ-シアム「R3」のデビット・ルターCEO)
中央銀行が本格的に普及したのはこの100年ほど。仮想通貨やブロックチェーンなどの新しい仕組みが100年後に標準になっていたとしても、おかしな話ではない
(メタップス 佐藤航陽会長)
エストニアでは「Bitnation」と呼ばれるブロックチェーン技術を使ってバーチャル国家を作ろうとするプロジェクトが進行中。婚姻、出生証明、難民のためのID発行などをネット上で手掛ける。