遠い昔、はるかかなたにあった月が、人類にとって身近な存在になってきた。米国が月まで100人を運べる大型宇宙船の実用化を視野に入れ、中国は月の裏側から試料を持ち帰るなど、米中が月面探査計画を競う。宇宙開拓の舞台は地球近傍を超えて月面まで広がった。実現にはロケットや人工衛星、エネルギーなどの様々な技術の粋が求められ、国の科学技術やイノベーション力の基盤となる。経済安全保障上の重要性も高まった宇宙開拓の今とこれからをビジュアルデータで解剖する。

01 月面着陸、
目指せ「南極」

人類が常に仰ぎ見てきた地球に最も身近な天体、月。米国、旧ソ連の月面着陸競争から半世紀超をまたぎ、中国、日本やインド、企業さえも世界が月を目指す現代の国際競争は「大航海」の様相を見せている。目標地点も目的も、20世紀から一変した。

月面着陸の足跡

米国 中国 旧ソ連(ロシア) 日本 インド
月の南極の衛星写真
出所:NASA

1960~70年代

「敵より早く、
安全に」
東西冷戦のさなかで

1969年、世界が人類初の月面着陸を見守った米国「アポロ計画」の時代。着陸地は赤道付近の黒みがかる領域ばかりだった。安全に降りられる平地が広がり、米国とソ連が敵国への先行を目指して熾烈(しれつ)なレースを繰り広げた。

~2010年

「月は乾いた星」? 
空白の半世紀

米国が競争を制すると、ムードは一気にしぼんだ。米国やソ連が巨大な国費を投じても、有用な資源は見つからなかった。「月は乾いた星」が当時の常識だった。

~2020年

月レース再び 
中国、
「宇宙強国」の野望

50年間で冷えた機運を再び高めたのは、「宇宙強国」を掲げる中国だ。13年に初めて月面に着陸した。月レースの歴史においては約半世紀ぶりの快挙となる。20年にはその近辺から、月の土壌を地球に届けた。

2023年~

南端や着陸精度 
熱帯びる「世界記録」

火が付いた月レースは世界に広がった。国家にとどまらず、民間企業も月に探査機を送り込む計画を相次ぎ打ち出した。23年8月にインドが世界最南端(当時)に到達し、日本の「SLIM」は24年1月に世界最高の着陸精度を達成した。2月には米国が1972年のアポロ17号以来となる月面着陸に成功したが、なし遂げたのは、宇宙開発企業のインテュイティブ・マシーンズで世界初の民間企業の月面着陸となった。「世界記録」の競争は熱を帯びている。

月の「裏」は
中国の独擅場

探査の範囲は地球からは見えない「裏側」にも及ぶ。6月25日、中国は世界で初めて月の裏の土壌を地球へと持ち帰った。19年に月の裏へ世界初着陸を達成したが、さらに難易度の高いチャレンジをクリアした。従来は地球と直接通信できず表と比べて裏のデータが少なかったが、貴重なデータや試料を中国がもたらした。月探査は現在、中国が先導している。

月の裏側の衛星写真
嫦娥(じょうが)6号が撮影した月の裏(中国国家宇宙局のサイトから)

決戦の地、
南極に眠る「秘宝」

次なる世界各国の競争の舞台となり得るのが月の「南極」だ。南極の地下には希少資源の水が豊富に存在しているとされる。着陸に向く地点はごく狭い「丘」のようになっており、基地を築けば他の探査機などは近辺に降りるのは難しく、重要な戦略拠点になりうる。

南極には巨大なクレーターが無数に広がり、地表は険しい山脈のようで、着陸も探査も容易ではない。米国がアポロ計画以来の有人探査を目指す「アルテミス計画」の目的地であり、その前哨戦として日印、米国や中国がそれぞれ無人探査を計画する。

米航空宇宙局(NASA)が考える、月の南極で探査に向いた好条件を備える候補地は13カ所(写真の水色エリア)しかない。日照や地形の制約で、それぞれ15キロメートル四方ほどと東京23区の3分の1ほどの面積にすぎない。隣接、重なる候補地もあり各国で探査の好立地を巡り衝突に発展する懸念も秘めている。

「アポロ以来」
人類の月レース、
米中が競う

米国がアルテミス計画で目指すのはアポロ計画が終わった1972年以来、半世紀以上絶たれた月面有人探査の再開だ。現時点では最短で26年の実現が見込まれる。対抗して「30年まで」の有人探査実現を掲げる中国との競争の行方が最大の焦点だ。

米中の月探査計画

2026年2028年
2030年
2030年
以降
米国 有人探査
1 回目
有人探査
2 回目
30年代に月面基地構築
中国有人探査 35年までに月面基地完成

02 月探査は
イノベーションの
ゆりかご

「本当に、月の南極を十分に探査できるのか」。技術的なハードルからこんな懸念を抱く月探査の関係者は少なくない。それでも目指すのは、利用価値の高い「秘宝」と言える資源が眠っているかもしれないからだ。探査には宇宙品質の技術を求められ、「イノベーションのゆりかご」としての役割も期待されている。

1キロ1億円?
証拠探しこれから

月の南極には資源として使える水が豊富に眠る「可能性がある」と、間接的な証拠から推定されている。生活用水のほか分解して出る水素などの燃料を現地調達してより遠くの火星、小惑星に向かう足場にする構想が浮上する。輸送費が1キログラム1億円とされる月では有用な戦略物資となり得るが、具体的にどこにどのような状態であるかは分からない。決定的な証拠を世界でいち早く得るにはあらゆる宇宙技術が必要だ。

月の南極には
水が存在する可能性

イラスト「水が凍って眠る可能性が研究で指摘」

ロケットも人工衛星も、
先端技術を総動員

月の持続的な開発には人員や機材を送り込むためのロケット、安全に着陸できる宇宙船、地球や月面とデータをやりとりする情報通信、高精度な観測・測位を可能にする人工衛星、月面の生活に必要なエネルギー生成など、様々な先端技術が必要となる。

宇宙技術はいわば、あらゆる先端技術を磨く場である。各国が総力をかけはじめた背景だ。宇宙関連技術は将来、民間分野にも活用されるようになり、国際競争を勝ち抜く基盤となる。

月探査の技術を世界は競う

イラスト「月探査にはあらゆる宇宙・地上の技術総動員が必要」