シリーズ:解剖経済安保 NASAの逆襲
米国の宇宙開発に不可欠なのが、イーロン・マスク氏率いるスペースXだ。6月に史上最大の宇宙船「スターシップ」の打ち上げと帰還に成功した。月面有人探査計画「アルテミス」では、宇宙飛行士を月に送る。マスク氏のカリスマ経営で成長してきたスペースXだが、歩みをひもとくと、実はある巨大な組織の影が浮かび上がる。米航空宇宙局(NASA)だ。1980~2000年代に相次ぐ事故で宇宙開発の司令塔としての信頼を損なったNASAだが、民の力を活用する戦略に転換し、マスク氏と「二人三脚」でロケット世界最大手に成長したスペースXを支え続けている。
スペースX、 NASAの支援を 起爆剤に
ユニコーン150社分――。それが現在のスペースXの企業価値だ。ユニコーンとは企業価値10億ドル(約1600億円)以上の未上場企業を指す。ただ、スペースXはユニコーンになる前からNASAの支援をもとに力を蓄えてきた。
ユニコーン150社分の
企業価値を持つロケット大量打ち上げで
評価高めるスペースXが獲得してきた案件を、公表資料などを基にまとめた。世界で最も多く打ち上げられるロケット「ファルコン9」、有人輸送を担う宇宙船の前身となった「ドラゴン」の開発でNASAから支援を受けている。2030年に運用を終える国際宇宙ステーション(ISS)を大気圏に突入させて処分する宇宙機の開発も、8億4300万ドル(約1400億円)規模の契約でNASAから新たに請け負った。支援額の全体像は実績を基にすると100億ドル(約1.6兆円)を上回っている可能性が高い。
NASAの支援を受けて開発
2010年〜
ファルコン9
機体の回収・再利用が可能
2012年〜2020年
ドラゴン(無人)
国際宇宙ステーション(ISS)に物資を補給
2020年〜
クルードラゴン(有人)
大企業ボーイングに先行し実用化
開発中
スターシップ
月や火星に人を送り届ける
小型・大量の衛星を連携し、
通信速度向上衛星の打ち上げ主体のうちスペースXが占める割合は20年以降過半を占めるようになっている。同社は「衛星コンステレーション」という複数の衛星を同時に運用する仕組みで通信の速度と安定性を高め、「スターリンク」として宇宙通信サービスを世界展開している。
ロシアの侵略に伴うウクライナ戦争では、ウクライナにスターリンクが供与され、通信環境が劣悪だった戦場を一変し、現代戦に革命を起こしたともいわれた。
人工衛星の打ち上げは
スターリンクが群を抜く2018年〜
スターリンク
数万基の衛星を組み合わせる
民間への開放、 世界が競う
官が担ってきた宇宙開発を民間に開放すれば、コストの低減やより迅速な技術革新が見込める。スペースXを育てる起点となった施策を考えたのが、当時NASA長官だったマイケル・グリフィン氏だ。グリフィン氏は以前から宇宙スタートアップや米中央情報局(CIA)のベンチャーキャピタル(VC)経営を担うなど、新興企業についての知見を持っていた。スペースXの成長とともに、NASA幹部や宇宙飛行士が同社に参画するようになった。
当時のNASA長官が
支援策を主導マイケル・グリフィン氏
2005〜09年 NASA長官 着任
NASA以前は宇宙スタートアップやCIAのVCの経営を歴任
政府の資金は製品開発が
できてから投入する
NASAからスペースXに
転じた主な人材ケネス・バウアーソックス氏
宇宙飛行士、スペースシャトルに5度搭乗
09~11年に副社長として参画
ウィリアム・ゲルステンマイヤー氏
NASA担当者として民間支援策など担当
20年参画、製造や飛行信頼性を担う
ギャレット・リースマン氏
機械工学専攻の宇宙飛行士
11年参画、クルードラゴンの開発などに携わる
キャシー・ルーダース氏
有人船支援プログラムの責任者
23年参画、次世代宇宙船「スターシップ」開発など担う
NASAモデル、
各国も独自手法で踏襲2000年代以降にNASAが確立した民主導の開発モデルを、世界各国は独自のやり方で踏襲する。
宇宙産業の動向に詳しい、一般社団法人のSPACETIDE(スペースタイド、東京・港)の石田真康代表理事は「中国の転機は14年に、公共サービス分野で民間投資を推奨する方針を打ち出したことにある」と指摘する。商業宇宙活動もこの方針の一分野に位置づけた。国中心から民間を巻き込む流れとなり、10年代半ば以降に民間企業が急増した。
一方、インドについて石田氏は「20年にモディ政権による『自立したインド』ビジョンが民間参入の契機となった」と話す。宇宙分野の構造改革の一環で20年に、国の宇宙機関「インド宇宙研究機構(ISRO)」との調整や政策的支援をする専門機関「インド国立宇宙推進・認証センター(IN-SPACe)」が設立され、この機関が民間への指導や奨励をしている。
中国とインドも
官→民の転換を図る施策 | 特徴 | 主な | スタート アップ|
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施策 | 特徴 | 主な | スタート アップ|
中国 |
2014年:政府、商業宇宙活動を含む公共サービスで民間投資奨励の指導意見
2016年:「宇宙白書」で国家中心から民間を含む産業全体の能力強化を明記 | 国主導での産業育成。軍事と民生の技術を組み合わせる「軍民融合」戦略のもと、2030年の「宇宙強国」入りを目指す |
ランドスペース:メタンロケットの打ち上げに世界初成功
ギャラクシースペース:衛星インターネットを構築する衛星を開発 |
インド |
2020年:モディ政権による「自立したインド」ビジョン
→民間企業支援の専門機関「インド国立宇宙推進・認証センター(IN-SPACe)」を同年設立 | 専門機関が民間と国の宇宙機関「インド宇宙研究機関(ISRO)」との調整や政策支援を担う。宇宙機関は研究開発や有人探査などに注力 |
スカイルートエアロスペース:インド初の民間ロケットを開発
ピクセル:衛星開発、米グーグルが出資 |
宇宙産業をけん引する民間衛星
調査会社の米ブライステックがまとめたリポートによると、世界の宇宙産業の約4分の3は民間が担い、そのうち大半を人工衛星関連が占める。衛星を宇宙空間に届けるロケットをインフラとして育て、衛星ビジネスを軌道に乗せる工夫が要る。官が仕掛け、民が引っ張る仕組みをいち早くつくったものが宇宙空間を開拓できる。
宇宙産業の内訳では
民間が4分の3を担う人工衛星、 米国が圧倒
世界の宇宙産業をけん引する人工衛星は、米国勢が市場を圧倒している。UCS衛星データベースによると、23年5月時点で打ち上げられた商用衛星のうち85%は米国製だ。日本は0.004%の25基のみとなっている。日本は人工衛星を使って得られる通信や情報収集で、海外製に大きく依存しているのが現実だ。
商用衛星機数では
米国が支配的な地位にある日本は災害・資源調査の
衛星に力日本も人工衛星の開発で巻き返しを狙う。災害や資源調査に使う地球観測衛星では日本勢でもアクセルスペースやQPS研究所、シンスペクティブなどが打ち上げ数の拡大を目指している。地球観測分野では米プラネットが衛星コンステレーションの構築で先行しており、道は平たんではない。
地球観測衛星でも
米プラネットが優勢日本政府、
自立した衛星網に課題国の省庁はどんな観測衛星を使って地上の情報を得ているか。内閣府が3月下旬にまとめたリスト(実証や検討段階を含む)によると、21種類(民間は13種類)の衛星が挙げられ、うち日本製は8種類(同5種類)にとどまった。自立した衛星網を構築できれば、官が利用するシーンは多くありそうだが、農林水産省や国土交通省、環境省は海外サービスに頼らざるを得ないのが現実だ。
日本の省庁が利用する
観測衛星は海外製に頼る運用機関 | (海外)運用機関 | (国内)|
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運用機関 | (海外)運用機関 | (国内)|
運用機関 | (海外)運用機関 | (国内)|
国交省 |
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農水省 |
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環境省 |
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初期段階の資金を出資し、
他は外部で調達してもらう