海面上昇、
空港に迫る標高3m以下、世界に224カ所

地球の温暖化が進み、海面水位はじわじわと上昇している。臨海部の空港では、高潮などによる浸水リスクが少しずつ、しかし着実に高まっていく。港湾、発電所、石油タンク――。重要インフラの守りを固め、変貌する地球に「適応」する動きが始まっている。

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国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2月末に公表した報告書で「都市、居住地、主要インフラに対するリスクは、さらなる地球温暖化によって中長期的に急増する」と警告した。

日本経済新聞が、世界の空港の情報を集めたOurAirportsなどのオープンデータを基に分析したところ、世界にある中規模以上の5014空港の15%、753空港が海抜10メートル以下の低地に位置していた。仮に海面が現在より1メートル上昇すれば35空港が海抜0メートル以下となり、3メートル上昇すれば224空港、7メートル上昇すれば591空港に増える。

乗降客数のトップ100に絞ると、3割近い28空港が海抜10メートル以下にあった。オランダ・スキポールは現状でも海面より低い場所にあるが、海面が3メートル上昇すればタイ・スワンナプームなど5空港、7メートル上昇では米国・ジョン・F・ケネディや中国・上海浦東などさらに19空港が海面以下となる。

海面が1.0m上昇した場合

海抜0m以下の空港

スキポール(オランダ)

海抜3m以下の空港

上海浦東(中国)、上海虹橋(同)、深圳宝安(同)、スワンナプーム(タイ)、ドンムアン(同)、ハマド(カタール)、ジョン・F・ケネディ(米国)、サンフランシスコ(同)、マイアミ(同)、フォートローダーデール(同)、バルセロナ(スペイン)、フィウミチーノ(イタリア)、ブリスベン(オーストラリア)

海面が3.0m上昇した場合

海抜0m以下の空港

上海虹橋(中国)、スワンナプーム(タイ)、ドンムアン(同)、マイアミ(米国)、フォートローダーデール(同)、スキポール(オランダ)

海抜3m以下の空港

上海浦東(中国)、深圳宝安(同)、ハマド(カタール)、ジョン・F・ケネディ(米国)、ロナルド・レーガン(同)、サンフランシスコ(同)、サンディエゴ(同)、ニューアーク(同)、バンクーバー(カナダ)、バルセロナ(スペイン)、フィウミチーノ(イタリア)、コペンハーゲン(デンマーク)、ブリスベン(オーストラリア)

海面が7.0m上昇した場合

海抜0m以下の空港

上海浦東(中国)、上海虹橋(同)、深圳宝安(同)、杭州蕭山(同)、仁川(韓国)、チャンギ(シンガポール)、スワンナプーム(タイ)、ドンムアン(同)、ハマド(カタール)、ジョン・F・ケネディ(米国)、ロナルド・レーガン(同)、サンフランシスコ(同)、マイアミ(同)、フォートローダーデール(同)、サンディエゴ(同)、ラガーディア(同)、ニューアーク(同)、ローガン(同)、バンクーバー(カナダ)、スキポール(オランダ)、バルセロナ(スペイン)、フィウミチーノ(イタリア)、コペンハーゲン(デンマーク)、シドニー(オーストラリア)、ブリスベン(同)

海抜3m以下の空港

関西(日本)、香港(香港)、パルマ・デ・マヨルカ(スペイン)

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月に公表した報告書によると、世界平均の海面水位は1900年以降で約20センチ上昇している。温暖化ガスの排出量が多い状態が続くシナリオでは、海面上昇は2100年までに約1メートル、2300年には2~7メートル程度になると予測されている。
ハリケーンや台風に伴う高潮は10メートル近くになることもあり、海面が上昇すればするほど、低地にある空港の浸水リスクは高まっていく。

米ニューヨーク市マンハッタンのタイムズスクエアから東に約10キロ。ラガーディア空港は米国内線の拠点となっており、新型コロナウイルス禍前の2019年には4600万人の旅客が利用した。海峡のイースト川に面し、2本の滑走路の海抜は約4メートルしかない。

2012年10月、
大型ハリケーン「サンディ」がニューヨークを襲った

12年10月、大型ハリケーン「サンディ」が米東海岸を直撃し、ニューヨークは甚大な高潮被害に見舞われた。ラガーディア空港は滑走路やターミナルなどほぼ全域が浸水し、3日間にわたって閉鎖された。

被災後、洪水対策の
強化が進められた

サンディ被災後、空港を運営するニューヨーク・ニュージャージー港湾公社(PANYNJ)は総額3700万ドル(約44億円)をかけて洪水対策の増強を進めた。

注:米連邦航空局の公開資料を基に作成

注:米連邦航空局の公開資料を基に作成

堤防

空港は埋め立て地に整備されており、海に面した部分のほとんどに外周堤防を設けている。空港西側にある変電施設を守る堤防はサンディ被災後に新設された。

排水ポンプ

5カ所の排水ポンプ施設のうち、東側の施設は浸水に備えて高架化し、新たに非常用電源を追加した。他も電気設備を防水壁で囲い、一部を高架化するなどした。

新ターミナル

空港では24年まで9年がかりの再開発が進行中で、新しいターミナルにはサンディ級の浸水から建物を守る耐水壁や耐水ドアが設けられた。停電に備えた非常用電源も大型化した。

PANYNJの公表資料によると、現在の対策は、海面上昇が50年までに約40センチ、80年までに約70センチ、2100年までに約90センチとの想定に基づいている。PANYNJの広報担当者は「今世紀末以降も海面上昇は続く。回復力の高いベストプラクティスを研究し続けている」と説明した。

再開発中のラガーディア空港の完成イメージ=ニューヨーク・ニュージャージー港湾公社提供

シンガポールのチャンギ国際空港は、2019年には6830万人が利用した東南アジア一のハブ空港だ。運営会社のチャンギ・エアポート・グループ(CAG)などによると、1981年の開港時に整備された第1滑走路の海抜は4メートル、第2滑走路は4.5メートルとなっている。

海面上昇を想定して
標高を確保する

注:シンガポール民間航空庁の公開資料を基に作成

同国政府は2100年時点で最大76センチの海面上昇を想定し、11年、新規開発地で確保すべき海抜を3メートルから4メートルに引き上げた。これを受け、20年に供用開始した第3滑走路は海抜4.8メートル、新設中の第5ターミナルは5.5メートルで設計された。

新しい滑走路はより高く

注)空港運営会社への取材などに基づき作成。OurAirportsに登録された空港の標高は6.7メートル

他の浸水対策の強化も続けており、16年には空港北側の堤防道路を長さ1キロにわたって80センチかさ上げした。21年末には滑走路の排水溝の状態を自動監視するセンサーシステムを導入した。

国土の3割が海抜5メートルに満たない同国では、海面上昇への危機感が強い。CAGの環境・持続可能性担当の責任者、ジェラルド・ウン氏は「国の主要インフラである空港の発展のため、政府と共に気候変動対策に取り組んでいく」と話す。

オランダ・アムステルダムのスキポール空港は1916年に水を抜いた湖の底に建設された。海からは約20キロ離れているが、低地に囲まれた6本の滑走路は海抜マイナス4メートルのゼロメートル地域にある。

終わりなき水との闘い

注:オランダ航空交通管制局の公開資料を基に作成

ゼロメートル地域では、外からの水の流入を防ぐとともに内側にたまる水をどう排出するかが大きな課題となる。スキポール空港は2018年以降、逆流を防ぐためにできるだけ敷地内に水をためる新たな排水システムの導入を段階的に進めている。

敷地内に水をため、逆流を防ぐ

注:ロイヤルスキポールグループの資料を基に作成

雨水が流れ込む排水溝は太めの直径80センチとし、排水溝があふれそうなときは駐機場などの地下に設けたプールに水をためる。滑走路の基礎構造の隙間も貯水に使う。

敷地外への排水を遅らせる

注:ロイヤルスキポールグループの資料を基に作成

張り巡らせた水路網は総延長450キロ。二重三重のシステムによって敷地内の貯水機能を高め、敷地外のため池の水位が下がるまで排水を遅らせる時間的な猶予を生み出している。

スキポール空港は、世界の空港が今後直面する水との闘いを先取りしてきた。空港がまとめた報告書では、地理的条件による脆弱さを踏まえ、今後の気候変動に対しても「潜在的なリスクを最小限に抑える対策を講じる」と強調している。

ロイヤルスキポールグループがYouTubeで公開している動画

堤防建設、世界で最大570億ドル

海面上昇のリスクがある空港の対策コストの総額
1.5度未満の
気温上昇
2度未満の
気温上昇
温暖化ガスの削減対策なし 削減対策なしで
高い海面上昇を想定
堤防の建設 330 347 389 568
堤防の維持 7 7 8 11
敷地のかさ上げ 265 278 313 474

英ニューカッスル大学の研究グループの試算。コストは上限値。単位億ドル

英ニューカッスル大学の研究グループは2021年に発表した論文で、海面上昇時の高潮によって滑走路などが浸水し、航路が途絶するリスクを抱えた空港は現時点で269あると指摘。温暖化ガスの排出量が非常に多いシナリオでは、2100年までに572に増えると算出した。

空港のリスクを現在のレベルに保つには、堤防の建設や敷地のかさ上げが必要となる。同グループは対策コストについて、堤防建設だけでも2100年までに世界全体で390億~570億ドル(4兆6000億~6兆7000億円)に上ることもあると推定した。

論文の執筆者の一人、同大学のリチャード・ドーソン教授は「海面上昇のスピードや経済的な資源の制約などによっては、いくつかの空港は存続できなくなるだろう」と予想している。

国内空港にも
脅威は迫る

台風の高波を受けて浸水した関西国際空港(2018年9月)=国土交通省近畿地方整備局提供

2018年9月、台風21号が近畿地方を直撃。高波を受けた人工島の関西国際空港では滑走路やターミナルが浸水した。

国土交通省近畿地方整備局提供

台風被災後の
対策強化費は540億円

関空は台風の被災を受けて護岸をかさ上げした=関西エアポート提供

その後、護岸堤防は最大で2.7メートルかさ上げされ、現在は滑走路を16~42センチかさ上げする工事が進んでいる。対策費用は総額約540億円に上る。
関空では年6~7センチの地盤沈下が続いており、将来の海面上昇と合わさって今後もさらなる対策を迫られる恐れがある。

国内の主要空港の
2割が標高7m以下
国内主要空港の標高

注:OurAirportsのデータを基に作成

OurAirportsなどのデータを基に国内89空港について分析すると、関空や福岡など25空港が海抜10メートル以下だった。中部国際や那覇など17空港が7メートル以下、岩国と佐賀の2空港は3メートル以下だった。

国土交通省は地域の拠点となる23空港で防災対策の強化を進めているが、「現段階で気候変動による海面上昇の影響は考慮していない」と同省航空局の担当者は話す。

海面上昇シナリオ、温暖化抑制で大きな差

1900年を基準とした
世界平均の海面水位の変化

注:IPCC第6次評価報告書を基に作成。将来の社会経済5パターン(SSP1~5)や温暖化ガス排出量の増減を組み合わせた6シナリオ

IPCCの報告書は、21世紀の間に海面水位が上昇し続けることは「ほぼ確実」と警告している。温暖化ガスの排出が抑制され、今世紀末までの気温上昇が1.5度以内にとどまった場合でも海面は28~55センチ上昇。海面上昇はその後も継続すると予測している。

世界の大都市は海沿いに多く、臨海部には空港だけでなく港湾、石油タンク、発電所や工場など重要なインフラが集積している。どこまでの海面上昇を想定し、どこまでコストをかけて対策を進めるべきなのか。100年先、200年先の正解は見えないとしても、動き始めるときが来ている。

調査・分析の方法

OurAirportsのオープンデータ(2022年2月14日時点)から、中規模以上の5014空港について位置と標高の情報を取得し、海面が現在より1、3、7メートル上昇した場合の影響を調べた。空港の乗降客数は英航空情報会社シリウムから提供を受け、新型コロナウイルス流行前の19年のデータを使用した。

ラガーディア、チャンギ、スキポールの各空港周辺の浸水エリアの地図は、米航空宇宙局(NASA)が公開しているスペースシャトル立体地形データ(2000年測量)を基に作成した。