半導体が分かる 6
中国半導体の躍進
米国規制の狙いと影響
SEMICONDUCTOR
米国は2022年10月、中国の半導体産業に対して広範囲の規制に踏み切った。半導体製造装置で高い市場シェアを持つ日本や欧州の企業も米国に歩調を合わせる。米国に「封じ込め」を決断させた、中国半導体の実力はどれほどなのか。そして米国の規制の狙いと範囲、想定される影響などについて解説していく。
米国が焦る
中国半導体の進歩
中国企業は半導体の設計や製造で後発だったが、いまや世界のトップに並ぶ性能や技術を有する企業も増えてきた。半導体の性能は軍事力をも左右する。急速に実力を高める中国企業に対する警戒感が、米国による規制の引き金の一つになった。
メモリー多層化技術は
世界トップクラス
NAND型フラッシュメモリーの積層数
- SKハイニックス(韓国)
- マイクロン(米国)
- 長江存儲科技(中国)
- キオクシア(日本)
NAND型フラッシュメモリーは回路の微細化が難しくなり、メモリーセルを重ねて記憶密度を高めている。22年は200層を超えるフラッシュメモリーの量産発表が相次いだ。テックインサイツのリポート(22年11月)によると、世界でいち早く200層の大台を超えたのは中国の長江存儲科技(YMTC)だったという。
ロジック半導体
SMICは7ナノ製造か
ロジック半導体の微細化の進展
半導体は回路が微細になるほど計算能力が上がる。中国の中芯国際集成電路製造(SMIC)について、テックインサイツは「7ナノ世代の技術を採用している」と分析している。7ナノ開発に成功したファウンドリー(製造受託企業)は、台湾積体電路製造(TSMC)と韓国サムスン電子に続いてSMICは世界3番目だった。
AI半導体の性能
「NVIDIA超え」製品も
中国企業は製造能力だけでなく、設計面でも実力をつけている。新興企業の壁仞科技(BIREN)は22年8月、同社の人工知能(AI)向けの半導体は、米NVIDIA(エヌビディア)の「A100」に比べて速度で2倍強の性能を出せると発表した。
基礎研究でも躍進
論文数は世界一に
半導体の国際学会「ISSCC」での論文数
23年2月に開かれた半導体関連の世界最高峰の国際学会「ISSCC」では、中国は採択された論文数で初めて首位になり、米国や韓国を上回った。国・地域別のシェアで中国は29.8%を占め、前回22年の14.5%から倍増した。採択件数はマカオ大学が15件、清華大学が13件など大学主導で研究が進んでいる。一方、22年に首位だった米国は2位に後退した。
自立自強の中国
リード保ちたい米国
バイデン米大統領は23年2月の一般教書演説で、中国に対して厳しい姿勢を隠さなかった。「米国の技術革新や将来を左右する、中国政府が支配しようとしている産業に投資する」「先端技術が我々に敵対する目的で使われないように(同盟国と)協力する」などと述べた。
米の対中規制
18年から徐々に強化
米国は18年に輸出管理の法律を改正した。その後、中国に関する技術規制を徐々に強めている。貿易を制限する企業や政府、外国人を掲載する「エンティティーリスト」に華為技術(ファーウェイ)やSMICを追加してきた。
ただ、規制は弾力的に運用されていた。米議会調査局によると20年11月~21年4月段階ではファーウェイへの輸出614億ドル、SMICへの輸出419億ドルが承認されている。こうした中でバイデン政権は大きく規制強化へかじを切った格好だ。
先端半導体と関連技術を広く規制
22年に米商務省が公表した貿易ルールは、規制する企業リストにYMTCなどを加えるだけでなく、「先端半導体」に関わる技術をベースに規制範囲を一気に広げた。概要を3つのポイントにわけて見ていこう。
日本やオランダに
対中規制の協力要請
米国による規制の範囲は同国内にとどまらない。米国産の技術を使った製品については第三国からも一部貿易が制限される。規制に反すれば、米国の規制企業一覧に載りかねないリスクを背負う。超微細回路の形成に欠かせない極端紫外線(EUV)を用いた露光装置を手掛けるオランダのASML、薄膜形成用の装置などに強い東京エレクトロンなどにも網をかける仕組みだ。
米国はオランダ、日本政府との対中規制を巡る交渉を明らかにしている。各国政府から23年2月末時点で正式なアナウンスはないが、一定の合意に至ったとみられている。半導体サプライチェーン(供給網)の上流にある装置の対中輸出を絞り、規制の効力を高める狙いだが、中国は強く反発している。
深まる分断
輸出規制の着地点は
半導体産業は材料や装置、製造から最終製品の組み立てまで世界規模の分業が進み、複雑なエコシステムが広がる。急激に成長してきた中国の半導体製造能力は世界でも大きな存在感を持つようになった。対立が深まれば、供給網に亀裂をもたらしかねない。
製造装置、中国は日米欧に依存
半導体製造装置の貿易量
半導体製造は工程が細分化し、各段階を支える装置の技術力が肝となる。とりわけ半導体の性能を左右する「前工程」では、米国・欧州連合(EU)・日本の大手メーカーが独占的に装置を供給している。
半導体の大輸出国
中国対抗で経済混乱も
半導体は中国へ深く依存
世界の半導体市場で中国の存在感は圧倒的だ。台湾や韓国をはじめ世界中からあらゆる半導体をかき集め、パソコンやスマートフォン、自動車や産業機器など最終製品を生み出す。TSMCを持つ台湾、サムスン電子とSKハイニックスがある韓国に次ぐ金額規模の半導体を世界中に送り出す輸出大国でもある。
成熟半導体では
世界2位の生産能力
レガシー品、中国が世界生産の2割
- 中国
- 台湾
- 韓国
- 米国
- 日本
- 欧州
- その他
特に強みを持つのが「成熟品」「レガシー品」と呼ばれる領域だ。旧世代の製造プロセスで量産が可能で、生産能力ベースで世界シェアは2割程度とされる。自動車や家電、産業機器など幅広い製品に使われる。
対中輸出規制では対象外となったが、米中の技術対立が先鋭化すれば、新型コロナウイルス禍の時と同様、半導体の供給網が大きくきしみかねない。
規制の影響と先行きは
装置各社、業界からは懸念の声
企業・団体 | 幹部のコメントやIR資料の文言 |
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米アプライドマテリアルズ | (2022年10月の対中規制で)23年度は最大25億ドルの打撃を受ける可能性がある。 |
オランダASML | 中国と米国の間の緊張は、エコシステムの分離と、長期的には過剰生産能力をもたらすかもしれない。私たちの業界に大きな影響を与える可能性がある。 |
米ラムリサーチ | 業績に重大な悪影響を及ぼす可能性がある。規制環境による様々なリスクにさらされている。 |
米半導体工業会(SIA) | 業界の不確実性はかなり高まっている。 |
アドバンテスト | 規制で中国の顧客の事業計画が見直されることによる間接的な影響を受ける可能性がある。 |
中国政府はハイテク産業の育成政策を掲げ、巨額を投じて半導体の国産化を進めてきた。その製造能力は中国だけでなく世界の供給網や企業も活用してきた。米国の対中輸出規制で深まる分断に対し、産業界からは影響に対する懸念の声が上がっている。
中国経済専門家の見方
中国の反応、どう評価する | |
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丸川知雄・東大教授 | 国際法にのっとり世界貿易機関(WTO)に提訴するなど、中国にしては抑制の利いた対応をしている。 |
野木森稔・ 日本総研主任研究員 | これまでのところ中国の報復はなく、米国との対立状況を生みたくない思いが透けて見える。 |
中国の半導体製造力への影響は | |
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丸川知雄・東大教授 | 中国の半導体産業の進歩は止まる。先端半導体を自国で切り開くという中国の野望への痛手になった。 |
野木森稔・ 日本総研主任研究員 | 打撃は大きく、中国内で米国技術にキャッチアップするのはほぼ不可能。米国の脱中国が進み、中国が半導体のサプライチェーンから切り離される。 |
輸出規制の行方は | |
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丸川知雄・東大教授 | 中国はこれ以上、デカップリング(分離)を広げたくないのが本音。半導体の軍事利用禁止については米中間の対立としてではなく、国際的に話し合い、ルール化する必要がある。 |
野木森稔・ 日本総研主任研究員 | 中国は規制緩和を求めているが、米国の規制が強化されれば急激に対立が深まる可能性もある。 |
輸出規制が中国に与えたダメージは大きい。中国の半導体産業に枷(かせ)をはめようとする米国の思惑は短期的には成功したかに見える。ただ中国の危機感を改めて高める引き金にもなった。製造装置などの内製化に乗り出し、かえって中国の「自立自強」を早めかねないリスクもはらんでいる。