半導体が分かる 4
半導体不足が終わる?
シリコンサイクルを解説
SEMICONDUCTOR
半導体業界の好況と不況の循環は「シリコンサイクル」と呼ばれている。名前が付くほど注目されている理由は、生産量や価格の変動が激しく、景気全体に与える影響も大きいからだ。新型コロナウイルス禍で半導体不足が続いてきたが、転調の色が濃くなっている。活況は終わるのか。なぜ変動が激しいのか、サイクルが生まれる仕組みから分かりやすく解説する。
3~4年周期
世界景気に先行
半導体の好況と不況は3~4年程度で一巡するといわれる。これまでテレビやパソコンといった消費者向けのエレクトロニクス製品の需要に左右される局面が多かった。半導体は最終製品の生産活動に先行するため、シリコンサイクルは世界景気に先行するとも言われている。
高成長だが「波」が大きい
世界の半導体市場規模
半導体の市場規模は2021年に5558億ドル(約70兆円)と初めて5000億ドルを超えた。20年で4倍と世界的な基幹産業の1つになっている。 といっても、常に右肩上がりを続けてきたわけではない。半導体の四半期売上高をグラフにしてみると、ところどころに谷がある。高成長だが波が大きい産業ということが分かる。
3~4年に一度、
減速やマイナス成長
世界の半導体市場規模(前年同期比)
四半期売上高を前年同期と比較してみると、市況の浮き沈み、シリコンサイクルがはっきりする。成長局面と後退局面が交互に訪れていることが分かる。2021年は20%増、それ以前には40%増、50%増という高い成長率がみられる半面、3~4年に一度は大きな減速や、マイナス成長に見舞われている。
世界景気の先を読む「温度計」
世界の半導体市場規模とGDP(前年比増減率)
半導体の好不況は世界景気の「温度計」ともいえる。実際に半導体の売上高の山は、世界の国内総生産(GDP)より1年ほど先行している。 半導体は製造業の川上に位置しているため、生産量が変動するタイミングが早い。例えば家電メーカーが冬のクリスマス商戦に弱気の見通しを持って生産計画を立てると、半導体メーカーの生産量は夏や秋には先行して減る。川下の生産活動に先んじることになる。
好不況の循環はなぜ起こるのか
シリコンサイクルという好不況の循環はなぜ起きるのだろうか。好況期と不況期に何が起きているのかを順番に見ていこう。
需給が引き締まり
値上がり
好況期は家電や自動車など最終製品の需要が旺盛になり、半導体の発注量が増える。半導体の増産が需要に追いつかなかったり、在庫水準が下がったりすると、取引条件は半導体メーカーに有利になる。価格の上昇や発注量の増加が起こり、半導体メーカーは設備投資や新工場の建設に着手する。
供給過剰で
取引条件が悪化
新工場の稼働などにより半導体の供給能力は増えていくが、需要も想定通り増え続けるとは限らない。民間消費が冷え込むなどして半導体需要が減ると、需要に対して生産が過剰な状態になる。価格下落や発注量の減少など取引条件も悪化する。半導体メーカーは生産量や在庫量の調整で対応する。
新製品や生活様式の
変化が需要喚起
新たな需要がシリコンサイクルを好転させる。高速通信規格「5G」が浸透したり、スマホの新製品が開発されたり、「巣ごもり需要」など生活様式の変化がけん引役となったりして、半導体を搭載した製品の需要を押し上げることになる。
サイクルの変動幅が大きくなる理由
製造が長期間
生産調整難しく
半導体製造には3~4カ月かかる。需要の変化に応じて出荷量を調整するにも時間が必要だ。同じような最終製品に使われる電子部品、積層セラミックコンデンサー(MLCC)の約1カ月と比べても、最終市場と半導体工場の間の「距離」がうかがえる。 工場の建設や製造装置の立ち上げに時間を要することもあり、需要や経済環境の変化に半導体企業の対応が追いつかないということもある。
複雑な供給網、
発注量と実需に開き
半導体の供給網が複雑なことも、市況変動が激しくなる要因だ。最終製品のメーカーと半導体メーカーの間には、部品の組み立てメーカーや商社などが入る。最終製品メーカーが発注量を決めると、中間企業は発注量の増減に余裕を持たせるため、好況時には半導体メーカーに届く注文は、実需を大きく上回りやすくなっている。また、製品1台あたりの半導体搭載数が増えていることも、需要の変動幅を大きくしている。
サイクル変調、山から谷へ
ここでは足元の半導体産業の状況を見ていこう。新型コロナ下で活況が続いたが、減速に対する懸念が強くなっている。シリコンサイクルは、すでに山から谷に転じたのだろうか。
価格 メモリーは21年秋を境に下落
DRAM価格は21年秋をピークに下落
需給バランスの変化を示す分かりやすい指標が価格だ。データ保存に使う半導体「DRAM」はコロナ下の巣ごもり需要が一服し、取引価格は21年秋ごろから下落基調に転じた。22年春以降は一段と値下がりしている。中国・上海のロックダウン(都市封鎖)や世界的なインフレなどを背景に、スマートフォンやパソコンの売れ行きが鈍ったことが背景にある。市況は先行きの不透明感を示している。
在庫と生産
アナログ半導体は調整局面
次に半導体の生産量、在庫量の変化を見ていこう。景況感の変化を視覚的に分かりやすくするため「在庫循環図」を作成してみた。在庫と生産の前年からの増減をプロットしたものだ。 グラフの右上は景気の山、左下が景気の谷になる。
在庫循環図の基本的な見方を解説する。縦軸は在庫の増減率、横軸は生産または出荷の増減率だ。①は景気の谷にあたる。メーカーは需要減に対応するため生産量を前年より落とし、在庫量も減らしている状態だ。景気が回復してくると企業は生産量を増やすため、プロットした点は②、③に移動する。増産が需要に追いつくと在庫が増え始めて④に移動する。
景気の山を過ぎると、在庫が思うようにはけなくなっていく。企業は生産量を減らしはじめ、プロットした点は⑤から⑥へ移動していく。⑥と⑦は生産量は前年比で減らしたが在庫は減らない状態だ。⑧になって在庫が減りはじめ、景気の谷になる。在庫循環図上の点は、反時計回り、左回りに動いていくのが一般的だ。
アナログ半導体の
在庫循環図を見る
では半導体の在庫、生産のバランスはどうなっているだろうか。日本の半導体メーカーが多く手掛ける「アナログ半導体」の在庫循環図を作成した。経済産業省の生産動態統計を基に18年4~6月から22年5月までの図を作成した。
19年4~6月(2Q)は景気の谷にあたる。19年2Qは在庫、生産量ともに前年同期を1割ほど下回っていた。この時期に生産調整と在庫調整は完了して、20年1~3月(1Q)に向けて生産量が回復していく。
20年1~3月(1Q)から21年7~9月(3Q)はプロットした点はほぼ右側にあった。生産増が続いていたことを示している。在庫は前年比マイナスの時期が長い。生産を増やしても在庫を積み上げきれない、半導体の不足感が強いまま循環図は好況に向かって動いている。
21年3Qから22年にかけて生産に急ブレーキがかかる。生産を抑えても在庫が増える局面となり、22年は循環図は左下方向、景気の谷に向かっている。
株価 22年初めから
下落、深い「谷」を警戒
半導体企業の株価指数は市場全体を網羅する指数より下落が早い
株式市場は半導体の転調を先取りしていた。主要な半導体銘柄で構成されるフィラデルフィア半導体株指数は、22年初めから売りが膨らみ、7月上旬には年初から3割安まで下落した。 台湾積体電路製造(TSMC)の経営幹部は22年4~6月期の決算発表で「典型的なダウンサイクルで23年前半まで在庫調整が続くかもしれない」とコメントした。米マイクロン・テクノロジーは「消費者市場が低迷し需要が弱まっている」とコメントしている。
半導体不足はどうなった
半導体の価格や在庫循環図、株価などシリコンサイクルの悪化を示すデータをみてきた。半導体市況は全体的に悪くなっているが、半導体不足は全面的に解消されたわけではない。実際には製品によって不足感と過剰感が入り交じるまだら模様の様相となっている。
半導体の需給は最終製品次第
製品別にみた世界の半導体市場規模
用途別にみた世界の半導体市場規模
一言に半導体といっても製品によって、メーカーや工場、製造ラインが大きく異なる。DRAMなどメモリーはスマートフォンやサーバー、パソコン(PC)の売れ行きに影響を受ける。一方、マイコンは産業用機器や自動車などに多く使われている。搭載する製品によって需給バランスに差が出ることになる。
パワー半導体など長納期続く
半導体の納期
半導体を扱う米オンライン商社ソースエンジンが公開する製品群やメーカーごとの納期情報をまとめた。平均納期が長くなっているのはパワー半導体だ。21年10月は28週だったのが、22年2月は36週、22年6月は42週に延びた。パワー半導体は電力制御に使う半導体で、EVの省電力化などに欠かせず、需要が恒常的に延びている。動作制御に使うマイコンも改善の兆しは出ているものの、まだ高止まりしており、電源管理に使うパワーマネジメントICの納期は短縮している。
需給バランス
識者の見通しは
半導体の需給バランス
2021 | 2022 | 6月 | 12月 | 6月 | 12月(予) |
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用途別 | 車載向け | ||||
スマートフォン | |||||
PC | |||||
産業機器 | |||||
データセンター | |||||
家電 | |||||
種類別 | 先進ロジック | ||||
メモリー | |||||
マイコン | |||||
パワー | |||||
アナログ |
では需給のバランスはどのように変化したのか。商社や調査会社、有識者6人にアンケートを実施した。分野ごとに需給の逼迫度合いを5段階で評価を依頼して、その平均値でヒートマップを作成した。 需給が緩んでいるのはPCとスマートフォンだ。中国市場の減速や巣ごもり需要の一巡で、最終需要の落ち込みが大きくなっている。車載や産業機器、データセンターなどはなお旺盛な需要が続いている。 半導体の種類別にみると、PCやスマートフォンが主要な搭載先のメモリーの供給は過剰感が目立つ。一方でパワー半導体の逼迫感は今後も残る見通しだ。
サイクルの谷
半導体企業の転機に
日本企業は撤退や統合進む
不況期は半導体産業の大きな転換点となってきた。日本企業では2001年には東芝がDRAM事業撤退を発表。09年には当時国内2位のルネサステクノロジと同3位のNECエレクトロニクスが経営統合を決め、翌年にルネサスエレクトロニクスを設立した。12年には会社更生手続き中だったエルピーダメモリを、米マイクロン・テクノロジーが買収することで合意した。
台湾と韓国は投資継続で巨大化
一方で現在大手のTSMCや韓国サムスン電子はシリコンサイクルの谷でも果敢に投資を継続した。次の需要期に備えて製品競争力を高め、先端ロジックやメモリーなどの分野でシェアを上げている。