半導体が分かる 2 世界で過熱する
工場誘致合戦
SEMICONDUCTOR

日本をはじめとした世界各国・地域が、半導体工場への投資を後押ししている。世界的な分業体制を築いてきた半導体産業だが、なぜ政府が資金を出して工場を誘致しようとしているのか。日本を中心に3つのポイントを解説する。


STORY 1

日本の工場は
古くて小さい

1980年代、日本の半導体メーカーは世界を席巻した。日本は半導体の工場数ではいまも世界1位だが、生産規模や製造技術では最先端とは言えなくなってきている。

先端のロジック半導体を
作れない

日米欧がいま重視しているのはロジック(演算用)と呼ばれる半導体の生産拠点だ。最新のスマートフォンからスーパーコンピューターまで、ロジック半導体は「頭脳」の役割を果たす。

ただ、先端製品をつくる技術を持つのは、台湾積体電路製造(TSMC)など一部のプレーヤーに限られている。地政学リスクが高まるなかで、自前の生産能力を持ちたいという日米欧の経済安全保障上の理由が、誘致競争を過熱させている。

ルネサスの生産拠点をみる

那珂工場(茨城県ひたちなか市)

川尻工場(熊本県熊本市)

European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2021, processed with EO Browser、200ミリウエハー工場や関連施設なども一部含む

日本と台湾の半導体の前工程(回路を描く工程)工場がある拠点を比べてみよう。ルネサスエレクトロニクスは、国内に那珂工場や川尻工場といった生産拠点を抱えている。日立製作所から受け継いだ那珂工場の第3棟は2000年、直径300ミリメートルのシリコンウエハー(基板)を使った半導体の生産にいち早くこぎ着けた。

しかし、半導体の性能を左右する回路線幅は40ナノ(ナノは10億分の1)メートルで止まったままだ。ルネサスは自前の工場に対する投資負担を抑制する「ファブライト」の経営方針を採り、最先端の製造技術が必要な製品はファウンドリー(製造受託企業)などを活用している。

TSMCの生産拠点は大きい

新竹市

台中市

台南市

European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2021, processed with EO Browser、TSMCの開示資料などをもとに作成、200ミリウエハー工場や関連施設なども一部含む

TSMCの工場を見てみよう。ルネサスや米アップル、エヌビディアなど世界各国から製造を受託している。台湾内に300㍉㍍のウエハーを使った工場4拠点をはじめ計9拠点を抱えている。台南の工場は5ナノメートル以下の先端品を生産する拠点となっている。

日米欧からアジアへ
生産の中心地はシフト

世界の半導体生産能力(面積ベース)

出所:SIA/BCG「Government Incentives and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing」 2020年途中までのデータに基づく予測。月産5000枚以下や200ミリ未満のウエハーで生産する工場は除く

半導体生産の中心はもともと欧米と日本だった。1990年の世界生産能力(ウエハーの面積ベース)は、日米欧が100%を占めており、人材や技術、装置などは日米欧に集中していた。

2020年のシェアを見ると、台湾と韓国がそれぞれ20%超を占めるようになった。押し上げたのは先端の製造技術に莫大な投資を続けたTSMCや韓国のサムスン電子だ。日本勢はこの開発、投資競争から徐々に突き放されていった。

日本は40ナノで足踏み
台湾は5ナノを生産

会社名・工場名工場の中の
最先端製造ライン
(回路線幅、ナノメートル)
ジャパンセミコンダクター
岩手工場
130
ルネサスエレクトロニクス
熊本川尻工場
130
ジャパンセミコンダクター
大分工場
90
ソニー 鹿児島TEC90
タワーセミコンダクター&ヌヴォトン 魚津工場(富山) ※145
ルネサスエレクトロニクス
那珂工場(茨城)
40
聯華電子(UMC)
三重工場 ※2
40
TSMC 熊本工場
(24年末量産開始)
22 - 28
TSMC 台湾の先端工場5

※1は旧パナソニックの工場 ※2は旧富士通
出所:経済産業省2021年3月「半導体・デジタル産業戦略の方向性」

ロジック半導体で、日本の回路微細化は40ナノメートルで止まっている。一方、台湾TSMCは5ナノメートルまで進んでいる。日本は半導体の工場数は世界1位だが、微細化技術の面では陳腐化している。

微細な回路を描く製造能力は日本の半導体産業の「ミッシングリンク」となっていた。TSMCの工場誘致は、この欠けたピースを埋めるための施策だ。とはいえ、熊本に誘致する工場も20ナノメートル台だ。10年前に確立した製造技術で、最先端ではない。

日本は半導体のすべての分野で国際競争力を失ったわけではない。記憶用半導体「メモリー」ではキオクシアホールディングスが、画像用半導体の「CMOSセンサー」ではソニーグループが投資を続けている。

STORY 2

工場の運営コスト
日本は高い

先端半導体の工場新設には数千億~1兆円規模の投資が必要と言われる。半導体産業の競争力には投資力や国の補助が大きく影響する。

中国や韓国、
補助金や優遇政策が潤沢

米国半導体工業会(SIA)の調査によると、半導体メモリー工場を運営するコストは中国や韓国などと、日本や米国では2~4割の差があるという。政府からの補助金や優遇政策が潤沢で、電気代や土地代、人件費も日本などに比べて安価なためだ。

先端ロジックは米国を100とすると、
台湾と韓国は78

出所:SIA/BCG「Government Incentives and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing」 コストは土地、建物、製造装置など工場立ち上げにかかる費用や10年間の運営コスト(人件費、水道や光熱費、材料、税金など)を比較

SIAの分析をもとにすると、先端ロジック半導体の生産工場を建設・運営する場合、米国でかかるコストを100%とすると、台湾や韓国で要するコストは78%にすぎない。さらに中国でのコストは63~72%まで減少する。土地代や建設資材だけでなく、長期間にわたって工場を運営した場合にかかる人件費や光熱費、税金なども考慮すると大きな差が生じる。

先端メモリーは
米国100、日本99、韓国81

出所:SIA/BCG「Government Incentives and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing」

先端メモリー半導体では、米国でかかるコストを100%とすると日本は99%と同程度だが、韓国は81%、シンガポールは79%で、中国のコストは66~73%になる。つまり、日本や米国のメモリー工場は韓国やシンガポールに比べてコストが2割以上高いことになる。

支援が最も手厚いのは中国

  • 政府支援

土地

建物

装置

人件費

出所:SIA/BCG「Government Incentives and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing」

半導体工場のコスト差は、政府の支援の違いが大きい。多くの項目で中国は他のどの地域よりも政府による補助金が手厚い。土地代に着目すると、中国では全額が補助されるのに比べて、日本では75%、米国と台湾は半分の補助にとどまる。

工場の建設では中国が総額の65%を補助金でまかなうのに対して、台湾と韓国は45%、日本や米国は10%の補助にとどまる。製造装置や運用にかかる人件費などのコストでも、中国では他の地域と比べて大きな支援が得られる。

一方、減税措置では国によって違いがある。中国では法人税の75%を補助するが、米国では代わりに州税や固定資産税が全額免除になるなど、地域による差が見られる。

STORY 3

日米欧、
工場誘致に
巨額の補助金

デジタル経済を下支えする半導体産業の重要性が再認識されるなか、生産の海外依存が強まっていた日米欧が一転、工場の回帰に取り組み始めた。課題となっていた建設コストの高さは巨額の補助金で埋め合わせる。半導体供給基盤の確保につながると期待される半面、将来の過剰生産につながるリスクも否定できない。

米国や欧州、兆円単位の予算を投じる

国・
地域
金額産業支援策の
主な動向
米国5.5兆円最大3000億円/件の補助金や「多国間半導体セキュリティ基金」設置等を含む国防授権法(NDAA2021)の可決。大統領は500億ドル(約5.5兆円)の半導体産業投資を含むCHIPS法案に賛意
欧州17.5兆円2030年に向けて、ロジック半導体、量子コンピューターなどに1345億ユーロ(約17.5兆円)投資
中国10兆円「国家集積回路産業投資基金」を設置。半導体関連技術へ計5兆円超の投資、地方政府にも計5兆円超の半導体産業向け基金が存在

出所:経済産業省2021年6月「半導体戦略(概略)」

日本政府も国内での製造能力、技術の確保に向けた政策を立案している。目玉は先端ロジック半導体などの製造事業者に対する投資の支援だ。認定を受けた企業に対して複数年度をかけ助成金を交付するもので、6170億円を2021年度の補正予算案に計上した。TSMC工場誘致に対する助成にも使われる。

研究開発では先端半導体の設計、製造技術の開発を補助する事業も進んでいる。すでに産業技術総合研究所が中心となり、海外企業も含めたコンソーシアムが設置されている。半導体の微細化や組み立てなどに関する次世代技術の開発を進める考えだ。

新工場計画、
半分を中国と台湾が占める

国・地域別にみた半導体工場の着工計画

  • 2021年
  • 2022年予定

出所:SEMI「World Fab Forecast Report」2021年6月

半導体の国際団体、SEMIの6月時点の予測では、21~22年にかけて世界で29の半導体工場が新設される見通しだ。最多はロジック半導体に強い台湾と、国を挙げて半導体の自給率向上に取り組む中国で、それぞれ8工場ずつを占める。日本の新設工場は21~22年に2つにとどまっている。

日米の誘致策で工場立地に変化

TSMCやサムスンは誘致策に応え工場進出を進めている。熊本県ではTSMCが自動車や家電に多く使われる回路線幅22~28ナノメートルの工場を2024年に稼働させる。米国ではTSMCがアリゾナ州、サムスンがテキサス州で先端半導体の工場建設を計画している。インテルも米国や欧州で投資を進める。