半導体が分かる 5
脱炭素・EVで活況
パワー半導体を解説
SEMICONDUCTOR
脱炭素が世界的な潮流となる中で、キーデバイスとして注目を集めるのが「パワー半導体」だ。モーターを回すにも、充電をするにも欠かせない電気の「制御」を担っている。電気自動車(EV)という大きな市場の立ち上がりで、市場の拡大や次世代素材の商用化が加速しはじめた。半導体市場全体では不況期に入っているが、パワー半導体の需要は底堅い。役割や仕組み、今後の展望についてみていこう。
実は身近な半導体
省エネのカギを握る
電気の状態を操る半導体
ロジックやメモリーは
頭脳の役割
「半導体が分かる」シリーズではこれまで、おもに演算を担う「ロジック」や記憶を担う「メモリー」など、人間の頭脳にあたる半導体を取り上げてきた。このほかにも、様々な半導体がある。
パワー半導体は
電気を制御する
パワー半導体の役割は、電気の制御にある。電源から送られてきた電気を、モーターや電子部品に適した形にして渡す。スマートフォンから電車、発電所まで、電気の制御が必要なあらゆる製品にとって欠かせなくなっている。
電気自動車を例に役割をみる
充電するために
交流を直流に変える
電気自動車(EV)を例に、パワー半導体の役割を具体的にみてみよう。高速充電スタンドでは、交流で送られてきた電気を高電圧で大出力の直流に変換する。
モーターに交流
電装品に直流を供給
EVは低い電圧で動く部品から高い電圧を必要とするモーターまで、数多くの部品で作られている。パワー半導体を核とする部品が、電流を適切に変換して配分する。モーターを動かすためには、バッテリーから送られてきた直流電流を交流に変える。カーナビゲーションシステムなど電装品向けには、電圧を下げて供給する。
パワー半導体回路の4つの働き
パワー半導体の役割は大きく4つに整理できる。
① 直流を交流に変換するインバーター
② 交流を直流に変換するコンバーター
③ 交流の周波数を変換するAC/ACコンバーター
④ 直流の電圧を変換するDC/DCコンバーター
例えば①のインバーターの場合、パワー半導体が電気を流す、流さないという状態を細かく繰り返すことで、直流を交流に変換している。
性能アップは世界の省エネに
パワー半導体が電気を制御・変換する際にロス、無駄が発生する。スマートフォンやパソコンの充電器が熱くなるのは、電気の一部が熱となり逃げてしまうためだ。パワー半導体の性能が上がれば、電力の損失を抑えられる。電気自動車の走る距離が延びたり、短い時間で充電を済ませたりできるようになる。電気製品の性能向上だけでなく、世界の省エネルギーにもつながる。
日本メーカーに勝機あり
世界トップ10のうち5社が日本
パワー半導体 売上高ランキング
順位 | 社名 | 世界シェア(%) |
---|---|---|
1 | インフィニオンテクノロジーズ(独) | 20.9 |
2 | オンセミ(米) | 8.8 |
3 | STマイクロエレクトロニクス(スイス) | 7.4 |
4 | 三菱電機 | 6.3 |
5 | 富士電機 | 5 |
6 | 東芝 | 4.3 |
7 | ビシェイ・インターテクノロジー(米) | 4.3 |
8 | ネクスぺリア(オランダ) | 2.9 |
9 | ルネサスエレクトロニクス | 2.8 |
10 | ローム | 2.7 |
ロジック半導体やメモリー半導体では、日本企業は「シリコンサイクル」の荒波に耐えられず、地盤沈下が続いてきた。だが、パワー半導体では様相は異なり、日本勢が世界で存在感を示している。「脱炭素」に向けた市場の成長を見据えた投資が相次いでいる。
市場は有望、27年には
20年比2倍に成長
パワー半導体の世界市場規模
2022年、半導体市場の7割を占めるロジックとメモリーの減速感が強まってきた。しかし、パワー半導体は底堅さを示している。EV向けが成長著しいうえ、多様な用途が支えとなっている。
23年は市場全体ではマイナス成長が予想されるが、パワー半導体は5%程度の成長が見込まれる。2027年には約290億ドル(約4兆3000億円)と20年比で2倍近くに伸びる見通しで、市場は有望だ。
パワー半導体も投資競争の時代に
メーカー各社は供給能力の増強を急ぐ。三菱電機は広島県で新工場を立ち上げ、ルネサスエレクトロニクスは閉鎖した拠点をパワー半導体用の工場として再稼働させる方針だ。東芝なども生産ラインの新増設計画を進める。海外勢では世界首位の独インフィニオンテクノロジーズがオーストリアに新工場を設けるなど、世界中で投資競争は過熱するばかりだ。
日本企業の特長・強い領域は
電圧や周波数の高低で
市場は分かれている
パワー半導体の用途は幅広い。電力インフラや新幹線では高電圧で高い信頼性が求められる一方、モバイル機器では小型化などが重視される。同じ車向けでも、ワイパーの小型モーターを動かすのか、駆動用モーターを動かすかでまるで変わる。
用途や要求性能に合わせ半導体素子の構造や、素子を使ったモジュール(構成部品)が分化、進化してきた。日本メーカーの間でも得意とする分野は異なってくる。
高電圧・大電流の三菱電機
低電圧・高周波数の東芝
三菱電機は「IGBT」と呼ばれるパワー半導体に強みをもつ。IGBTは高電圧、大電流に強い構造で、送配電の関連機器や鉄道車両などから家電まで幅広い用途で活用される。
一方、東芝の得意分野は「MOSFET」とよばれる構造。低電圧でかつ、高周波数の取り扱いに適しており、充電器のアダプターや、照明機器、産業機器などに使われる。両社とも急速に需要が立ち上がっているEV向けに力を入れている。
デンソーとルネサス
車載に足場
デンソーは自動車部品のメーカーだが、1960年代から半導体の研究開発にとりくんできた。強みは電動車の駆動用などに使うIGBT。20年にはトヨタ自動車と共同出資で「ミライズテクノロジーズ」を立ち上げ先端開発にとり組んでいる。
ルネサスも主要な用途は車載向けだ。IGBTが中心だが、素子を自社でモジュール(複合部品)化する能力は持ってこなかった。現在は他の半導体と組み合わせ、車載向けの提案能力を磨いている。
次世代半導体
新素材で性能アップ
炭化ケイ素や窒化ガリウムに期待
EVやサーバーなどの進化にともない、パワー半導体は高性能化が求められている。そこで期待されているのが新素材、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)を原料とするウエハーだ。パワー半導体は長らく、ロジック半導体やメモリー半導体と同じシリコンのウエハーを使ってきた。
シリコンウエハーは直径300ミリ、200ミリが主流だが、SiCウエハーは直径150ミリ以下が主流だ。GaNはさらに小さい。ウエハーが小さければ生産できる半導体個数も少なく、生産効率は落ちる。
新素材は高い電圧、高い周波数に強い
材料 | 優れる点 | 用途 |
---|---|---|
SiC | 薄くても大電流、高電圧に対応できる | EV、鉄道、産業用モーター |
GaN | 高周波数に向く。小型化しやすい | 基地局、充電器、サーバー |
SiCのウエハーは大電流や高電圧を扱うのに優れており、電力の損失を減らせる。GaNは高周波数の処理に強みをもつ。
ただ、新素材のウエハーは、シリコンよりコストが高い。安定生産や加工技術など改良の余地は大きい。ウエハーの大口径化も課題だ。
大電力に強いSiC、新幹線やテスラが採用
SiCの注目企業
企業 | 特徴や計画 |
---|---|
STマイクロ(スイス) | 世界シェア首位。テスラ車にいち早く導入 |
ローム | 世界4位。25年度に売上高1000億円を狙う |
三菱電機 | 新幹線で採用の実績 |
トヨタ | 22年冬以降発売の「レクサス」のEVに採用 |
ホンダ | 26年に投入予定の中大型EVに採用 |
新素材で実用化が先行してきたのはSiCだ。JR東海の東海道新幹線の車両「N700S」で、モーターを動かす駆動システムにSiCのパワー半導体が使われた。EVでは、米テスラが主力車種「モデル3」の一部でモーターの制御などを担うインバーターに採用したのが火付け役となった。
仏調査会社ヨールによると、21年のSiCの世界シェアトップは、STマイクロで4割を占める。日本勢のトップはロームで、世界では4位だ。ロームは22年に福岡県に製造棟などを新設しており、25年度に世界シェア首位を目指している。三菱電機、富士電機、東芝も世界トップ10に入っている。
小型化に優れるGaN、携帯基地局など採用期待
GaNの注目企業
企業 | 特徴や計画 |
---|---|
ナビタスセミコンダクター(米) | 充電器向けで中国の小米などに提供 |
イノサイエンステクノロジー(中) | 21年に大口径ウエハーを使う工場稼働 |
三菱ケミカルグループ | 日本製鋼所と23年初頭に基板を量産 |
住友化学 | 24年度の基板量産へ子会社吸収合併 |
住友電工 | 基板関連技術の特許で世界首位 |
GaNは高周波数の処理に強みをもつ。周波数を高めると電気をより細かく制御できるため、調整に必要だった周辺部品を減らしたり小さくしたりできる。機器全体がコンパクトになり持ち運びや設置がしやすくなるため、充電器や携帯電話の基地局などで採用が期待されている。高周波電力の制御に伴うロスも抑えることができる。
現在、生産しているのは海外の新興企業が中心で、USB充電器などで一部採用されているのにとどまる。採用が広がるには、基板の品質向上が不可欠だ。三菱ケミカルグループなどは23年初頭に量産し、住友化学も24年度にも量産を本格化する。
次世代パワー半導体、伸び盛り
次世代半導体の市場規模
21年のSiCのパワー半導体の市場規模は10億ドルだったが、27年には4倍の39億ドルと、パワー半導体全体を上回るペースで成長することが期待されている。GaNは2020年代後半から採用が本格化する見通しだ。
GaNの研究、日本がトップ
GaN出願特許の4割は日本が占める
2000~19年に世界で出願された特許の約4割を日本勢が占める。14年に青色発光ダイオード(LED)でノーベル物理学賞を共同受賞した名古屋大学の天野浩教授は「材料やデバイスなどで、企業を含めて日本が強みを持つ。大企業が早くから研究に取り組んできたことが数字にも表れている」と話す。