分断のアメリカ 大統領選まで1年 「これは人種間戦争」 Race

国境の壁」建設を掲げる大統領の登場で米社会の分断はさらに深まった。多様な人種を受け入れてきた移民大国はどう変容したのか。

2016年大統領選
ドナルド・トランプ勝利 
ヒラリー・クリントン勝利
EPISODE1

不法移民を支持するの?」

2016年大統領選
ドナルド・トランプ勝利
ヒラリー・クリントン勝利

アリゾナ州
フェニックス

民主集会でトランプ支持者が挑発

10月6日、米西部アリゾナ州フェニックス。野党・民主党の選挙集会は不穏な空気が漂っていた。「あなたたちは不法移民を支持するの?」。大統領ドナルド・トランプ(73)を支持するイタリア系移民ジェニファー・ハリソン(42)の挑発するような声が響く。

ハリソンは移民政策に寛容な意見を持つ民主支持者に食ってかかった。「不法入国を認めるのは、何年も許可を待ったわれわれ合法移民への侮辱だ」。民主支持者の一人はたまらず「うせろ!」と声を荒らげた。

激しく口論する民主党支持者とトランプ支持者

メキシコと国境を接するアリゾナは伝統的に与党・共和党が強く、トランプも16年に制した「レッド・ステート(赤い州)」。それでも白人男性アンディ・ランキン(50)は「トランプは差別主義者。20年のアリゾナはブルー(民主の青)に染まる」。全米5番目の人口を抱えながら生活費が低いフェニックス周辺には白人リベラル層の移住が増え、異端の大統領への評価は白人の間でも賛成派と反対派で真っ二つに割れる。

移民政策、白人間に溝

多様な人種や民族が集まる移民大国アメリカ。18年の世論調査では、白人の民主支持者の56%が「より多くの移民を受け入れるべきだ」と答え、トランプが当選した16年の33%から急増した。一方で移民の増加に肯定的な白人の共和支持者は1割だけ。移民を厳しく制限するトランプ政権の発足後に、民主との認識の差はかつてなく広がった。

移民政策、ばらつく米国民の意識

(「移民を増やすべき」と考える人の割合)

(出所)全米選挙研究の18年データをロンドン大カウフマン教授が分析

EPISODE2

届かぬマイノリティーの声

2016年大統領選
ドナルド・トランプ勝利
ヒラリー・クリントン勝利

フロリダ州
タラハシー

白人への不満爆発

これは戦争だ。白人に立ち向かおう!」。9月中旬、首都ワシントンで黒人150人が選挙差別を訴えた。なぜ再び危機感が強まっているのか。

10月7日、フロリダ州タラハシーで開かれた投票権回復を求めるデモ

投票させろ」。10月7日、南部フロリダ州の州都タラハシーで、連邦地裁に約70人が集まり「投票禁止は過去も現在も人種差別」というプラカードを掲げた。同州では有権者の1割近い約100万人が選挙権の回復を阻まれた。

共和主導の州議会が元受刑者らに選挙権を認める条件を厳しくしたのがきっかけだ。元受刑者はヒスパニックや黒人ら貧困層が多く、民主支持が多い少数派を狙い撃ちにした形だ。16年大統領選で同州のトランプのリードはわずか1.2ポイント(約11万票)で、100万票の有無は大きい。

EPISODE3

黒人に募る危機感

2016年大統領選
ドナルド・トランプ勝利
ヒラリー・クリントン勝利

ノースカロライナ州
グリーンズボロ

大学キャンパスが真っ二つに

黒人向けに創立したA&T大の学生は投票権の問題に敏感だ

1950~60年代に盛り上がった公民権運動の震源地、南部ノースカロライナ州グリーンズボロ。19世紀に黒人向けに創立したA&T(農業・工業)州立大学は黒人議員を代々輩出してきた選挙区にあるが、2016年を契機に白人議員が勝つようになった。

きっかけは、共和党が主導する州議会が16年、大学キャンパス内を通る道路「ローレル通り」に沿って選挙区を2つに分けたことだ。黒人票は白人支持者の多い選挙区へ分割・統合され、どちらの選挙区も白人候補が勝つようになった。「昔に戻ってしまったみたいだ」。地元の運転手マーチン・ジョンソン(65)は黒人を分断する「見えない壁」を憂う。

政治討論会に参加したA&T大学の学生たち

黒人の私たちが声を上げて公平な選挙にしよう」。10月2日、キャンパス内で約70人の学生が20年の大統領選をテーマにした討論会で意見をぶつけあった。同大教授(政治学)のジェームズ・スミス(58)は「バラク・オバマ(58)という黒人大統領の誕生が、人種差別を心に秘めていた白人の恐怖感を強めた」と分析する。

揺らぐ移民大国の歴史

米国勢調査局の予測では、18歳以下の白人(ヒスパニック除く)の子供たちは20年に初めて50%を下回る。2045年には白人の全年齢でも過半数を割る。白人がマイノリティーに転じる危機感を自らの経済的な苦境と重ね、少数派や移民を敵視する。そんな態度を公の場で表しても許される風潮が16年以降、急速に米国を覆った。

中西部ミネソタ州ミネアポリス。ミシシッピ川沿いの一角にはイスラム教徒のスカーフ「ヒジャブ」で顔を覆う女性であふれる。州内には内戦が続くソマリアから逃れてきた約5万人が暮らす。

移民を支援するデイブ・アルダーソン(60)は言う。「米国は移民国家で、外から来た人たちを歓迎して当然だ」。それでも地元では移民の急増に戸惑う人は多い。民主支持者からも「移民問題を何とかしなければいけないのは確かだ」との声が漏れる。

多様性」への米国民の意識は
大きく分かれる

出所)全米選挙研究の18年データをロンドン大カウフマン教授が分析

欧州では中東などからの移民への警戒がフランスやオランダで極右政党を台頭させ、ハンガリーなどで強権政治を生む土壌となった。「古い悪魔がよみがえりつつある」。仏大統領のエマニュエル・マクロン(41)は偏狭なナショナリズムに警鐘を鳴らす。


欧州から新大陸を目指して海を渡った米国の祖先たちは、時計が逆回転するかのような光景をどう見るだろうか。

取材・記事
永沢毅、川合智之、鳳山太成、中村亮、高橋そら、清水石珠実、野毛洋子、芦塚智子、伴百江、関根沙羅、河内真帆、長沼亜紀、西邨紘子
デザイン
渡辺健太郎、森田優里
プログラミング
清水正行
マークアップ
宮下啓之
映像
伊藤岳
Webディレクション
清水明

ビジュアルデータ 一覧へ戻る

この記事は有料会員限定です

今なら2カ月無料で有料会員登録できます

有料会員にて表示される方は こちら を経由してご覧ください