分断のアメリカ
大統領選まで1年
Ⅴ
深まる宗教対立
Religion
建国以来、キリスト教と政治が不可分の宗教大国アメリカ。中絶や同性婚を巡る価値観の対立はかつてなく深まっている。
「トランプ最高裁」と中絶論争


ジョージア州
メイコン
胎児の模型で出産へ説得
2020年1月、胎児の心音が聞こえた以降の人工妊娠中絶を禁じる通称「ハートビート法」を施行する米南部ジョージア州。州都アトランタ郊外の町メイコンには、望まない妊娠をした女性に中絶を思いとどまらせる施設がある。目鼻や口をかたどったリアルな胎児の模型が並ぶ。「模型をみると妊婦はみんな心が動かされるのよ」と代表のアン・ビール(51)は語る。
中絶は殺人であり神への冒瀆(ぼうとく)だ――。米国で中絶はキリスト教の信仰と深く結びつく。ハートビート法を主導したのもプロテスタント福音派やカトリックら人口の半分を占めるキリスト教保守派だ。
胎児の模型を前に「生まれる前から人間」と説明するビールさん
「同意できない政策は多いけど、中絶反対を訴えているから20年も彼に投票する」。同州のカトリック教徒、ビールは大統領ドナルド・トランプ(73)を支持する。16年大統領選では投票した福音派の8割がトランプを支持したという。
「禁止法」がじわり
米ピュー・リサーチ・センターの19年の調査では、米国民の61%が中絶を「合法にすべきだ」と答えたが、共和党支持者に限れば62%が「違法にすべきだ」とした。19年前半に中絶禁止法をつくった計12州は、いずれも16年にトランプが制した保守地盤の州だ。
規制が進んだ契機はトランプの人事だ。18年秋までに2人の判事を連邦最高裁に送り込んだことで保守派が過半数を握り、中絶の権利を合憲と認めた1973年の最高裁判決が半世紀ぶりに覆る可能性もある。
19年前半に12州が中絶禁止法を制定した
(出所)米ガットマッカー研究所
人権保護へ決起


ミズーリ州
セントルイス
州唯一の中絶施設が窮地
中西部ミズーリ州の主要都市セントルイス。州唯一の中絶施設が存続の危機に立たされている。妊娠8週目を過ぎてから中絶手術を施した医師に最大15年の禁錮刑を科す法律が5月に成立した同州から、営業免許の更新を認めないと伝えられたためだ。「政府は女性がいつ親になるかという選択の権利を思いのままにはできないはずだ」。施設を運営するメビー・ミード(51)はこう反発する。
州唯一の中絶クリニックに集まった中絶の反対者
「擁護派に一票を」
元ミズーリ州議会議員ステイシー・ニューマン(65)はたびたび集会を開き、有権者に施設存続への理解を求めている。「20年大統領選で女性の権利を守る候補者に票を投じるよう呼びかけるのが私の役目よ」。こう言い聞かせるが、保守的な同州で聞く耳を持ってくれる人は少ない。
中絶の権利を守る候補者への投票を呼びかけるニューマンさん
与野党とも看板政策に


ニューヨーク州
マンハッタン
外交政策も左右
宗教が絡むテーマに有権者の関心は高い
「女性の体は女性が管理すべきだ。政府ではない」。9月17日、ニューヨークのマンハッタンで中絶賛成派の団体が開いたイベントに顔を出したのは民主の大統領選の有力候補、上院議員エリザベス・ウォーレン(70)だ。与野党とも宗教に絡むテーマは看板政策に位置付ける。
ウォーレンは住む場所を問わず権利は同じだと訴える
「中国共産党は聖書の販売を禁じ、教会を破壊している」。キリスト教保守派の副大統領マイク・ペンス(60)は繰り返す。視線の先には米人口の25%を占める福音派、21%のカトリック教徒の存在がある。トルコには経済制裁を科しキリスト教福音派の牧師解放へ圧力をかけた。対トルコ制裁は新興国の通貨下落を招き、市場に激震が走った。
キリスト教保守派はトランプ最大の集票組織だ。17年12月にトランプがエルサレムをイスラエルの首都と宣言したのも、神がユダヤ人に「土地を与えた」とする聖書を忠実に信じる福音派への配慮だ。19年の世論調査では共和支持者の79%がキリスト教徒で、この10年で大きな変化はない。
若者は「宗教離れ」
ただ民主では若者を中心に「宗教離れ」が加速する。民主支持者で「無宗教」と答えた割合は34%と09年比で14ポイント上昇し、過去最高となった。「キリスト教徒」は55%と17ポイント減った。「米国で『無宗教』と自称すると奇異な目で見られる」。こんな通説は現在の米国では当てはまらない。
宗教別の政党支持率
(出所)ピュー・リサーチ・センターが2014年に全米の3万5000人の米国人を対象に聞き取り調査を実施
米大統領は聖書に手を置いて就任を宣誓する。プロテスタントやカトリック信者らを中心に建国した米国は、キリスト教が国民統合の役割を担ってきた。民主と共和で広がる宗教の亀裂は、米国の国家としての基盤も揺さぶる。